「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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タタラ山に登って温泉付き山小屋に泊まろう 3

 

 

 

 カッコウやウグイスの鳴き声が響く中、私たちは黙々と林道を歩いた。

 

 じっとりと汗が流れ落ちる。

 時折、木々の切れ目から、山の大きさやふもとの宿場町が見える。

 マーガレットはその光景に息をのみ、無言で驚いていた。

 恐らくこんな高いところから町を見下ろした経験など、そんなにはないだろう。

 

 私からは余計な言葉は掛けなかった。

 おしゃべりしながらの登山もよいが、静かに、自然を味わう登山も悪くない。

 登山客も少なく、この景色は二人占めだ。

 

 などと思っていたところ、若い男女の冒険者らしきパーティーが下山してきた。

 

 そのうちの一人の少女は、見るからにくたびれ果てていた。

 荷物を他の仲間に預け、魔法使いの杖を歩くための杖のようにして地面を突き、頼りない足取りでようやく歩けている。他のメンバーも、少女ほどではないが疲労の色が濃い。

 

 ……ちょっとまずそうだな。

 

「大丈夫? 怪我でもした?」

 

「いえ……恥ずかしながら、食料が尽きてしまいまして。お恥ずかしいです」

 

 疲労困憊の女性は声も上げられない状態のようで、リーダーらしき少年が私の質問に答えた。

 確かに、これといった怪我はなさそうだ。

 低体温症は……多分ない。むしろ暑そう。脱水やハンガーノックの方が心配だ。

 しかたない、エナジーバーと水を分けてやるか。

 

「……これ、食べるといい。あと水筒も出して」

 

 1泊2日の山行で夕食朝食付きの旅だが、山小屋がやってなかったときや万が一に備えて多めの食料を持ってきている。エナジーバーも作りすぎた。

 

「いいんですか!? し、しかしあなたたちの分が……」

 

「2、3日遭難しても問題ないくらい食料は用意してる。ゆっくり食べて」

 

 冒険者たちに一人一本ずつ与え、水筒に水を少しずつ補給してやると、彼らは神の助けとばかりに喜んだ。

 

「すみません、恩に着ます……! 山小屋まで引き返すか迷ってて……。ああ、謝礼を今渡しますので……」

 

 リーダーの少年が、慌てて自分の懐をまさぐる。

 金を渡すつもりなのだろう。

 だが私は、それを手で制した。

 

「いらない。行動食や非常食は常に携帯するように。もっとキツい山ならマジで死ぬ」

 

「き、気を付けます。ですのでなおさら謝礼を……」

 

「ダメ」

 

 金は大事だ。

 けれど、山が金があれば助かる世界だと思ってもらっても困る。

 

 それに私も似たようなシチュエーションで助けてもらったことがあり、恩を返せなかったことの罪悪感は戒めとして強く残っている。

 

「冒険や聖地巡礼をしていれば、必ずどこかで動けなくなった人や遭難者と遭遇すると思う。あなたが誰かを助ける番になったとき、それを私たちと思って恩返しするように。私も助けられたからそうしてる」

 

 山小屋の臨時休業で崩れ落ちた私に同情した登山者が、カレーメシをお湯付きで譲ってくれたことがあった。あのとき食べたカレーメシは涙でしょっぱく、そして狂おしく美味しかった。

 

 彼らにもそれを味わってほしい。

 

「……心得ました。ですが、せめてお名前を……!」

 

「あーー……もしどうしても御礼をしたいなら、ガルデナス家のマーガレットお嬢様宛てに御礼の手紙を送るように。それじゃ」

 

 ガルデナス家の名前を出した途端、全員が顔を青くして平伏した。

 

「そ、そういうのいいからさっさと下山する!」

 

「はっ、はい!」

 

 そして私たちは、恐縮している冒険者たちを置いて逃げるように立ち去った。

 そういえばさっきからマーガレットは何も言ってこない。

 もしかしてバテて会話する余裕もないのか、あるいは勝手に名前を出したことを怒っているかと心配して振り返る。

 

「ごめん。勝手に名前出した。あと行動食渡しちゃった」

 

「それは別にいいわよ……自分の名声を上げなさいよとは思うけど」

 

「ウチに来られる方が面倒くさい。寮母はいるけど執事とかメイドとかいないし、追っ払うのも一苦労」

 

 私は下宿暮らしだ。王都に勉学に来ている下級貴族向けの集合住宅の一部屋を借りており、寮母に面倒を掛けると追い出されかねない。

 

「あんたらしいわね……」

 

 くっくとマーガレットが笑いだす。

 はて、そんなに面白い話だっただろうか。

 

「……だ、大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないわよ。めちゃめちゃ疲れてるの!」

 

 あっ、これ疲れすぎてハイになってるやつだ。

 

「そろそろ休憩を……」

 

「でも、足が痛くないのよ!」

 

 と思ったら、違った。

 マーガレットが相当疲れているのは確かだが、同時にその目には発見と感動がある。

 きらきらとした目で私を見る。

 

「靴ずれもしてない! マメもできてない! 膝を深く曲げてもへっちゃらよ! 冒険者がへばっちゃうような道をわたしも歩いてる! こんなの信じられない!」

 

 貴族令嬢は自分の足で遠出などしない。

 

 ピクニックやハイキングに行くにしても馬車が多いし、そのときに履く靴だってそんなに歩行に適したものではない。夜会や晩餐会には、当然のごとくヒールの高い靴で出かける。

 

 それを望んでいる人であればよいのかもしれない。

 

 だがマーガレットは夜会のダンスは嫌いだという。

 足が痛くなるから。

 それを我慢して夜会に行くのは仕事のようなものだと言っていた。

 

 だから痛みから解放されて行動したときの喜びを、マーガレットは今まで知らなかった。

 

「……それが、あなたの作った靴。あなたを素敵な場所へ連れてってくれる、素敵な靴」

 

「作ったのはわたしじゃないわよ」

 

「あなたが窓口になって動いてくれたからできた。職人の腕は大事だけど、依頼する側のコミュニケーションがしっかりしてなきゃよい靴はできない」

 

「あ、ありがと……靴もだけど、トレッキングポールもいいわね」

 

 恥ずかしさをごまかすように、マーガレットがトレッキングポールを撫でる。

 

「ポール、いいでしょ?」

 

「ちょっとゴツくてどうかなって思ってたけど……うん、いい子よ。名前つけてあげようかしら」

 

 マーガレットが嬉しそうに、自分の履いている靴とトレッキングポールを見る。

 作り手に愛されるとは、道具たちも幸せだろう。

 

「ゆっくり考えるといい。あと、ゴツいと思うなら可愛いデザインとか考えて」

 

「考えるのはいいけどあげないわよ」

 

 あかんべえとばかりにマーガレットが悪態をつく。

 現金なことだと思いつつも、その喜びは私もよくわかる。

 自分の足にフィットした靴で山を登ったときの感動は、私もよくわかる。

 

「……まだまだ先は長い。感動するには早い」

 

 だからこそ、このまま彼女には山頂に登ってほしいものだ。

 だがそんな私の忠告に、マーガレットは眩しい笑顔を浮かべる。

 

「わかってるわよ。行くわよ!」

 

「あ、水分補給と栄養補給もしておいて」

 

「教育係のメイドみたいなこと言わないでよ、まったく」

 

 

 

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