「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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進路を考えよう 1

 

 

 

 クライド氏がガルデナス家から縁を切られ、ほぼ文無し状態で追い出された事を知ったカピバラは激怒した。必ず邪知暴虐の父を除かなければならぬとまでは思わなかったが、生まれて初めて父に反抗した。

 

 だが父であるグスタフは真面目に取り合うことはなかった。「クライドは卑怯者だ。あいつに騙されている」、「巡礼者の真似事をする分にはとやかく言わんが、金輪際クライドと関わるな」と命令を下した。更には恩を着せるかのように、婚約者の顔でも見て満足しろと言ってカピバラを執務室から追い出した。

 

 そしてカピバラは執務室どころか、「こんな家、出てってやるわよ! 婚約も願い下げよ!」と捨て台詞を残して家を出た……というわけだった。

 

 どうしてこうなった。

 

「ていうか、ケヴィンいたんだ」

 

「いたけど寝てたわよ! 全然起きないし! なんなのよ!」

 

「なんで……?」

 

 私の知る限り、ケヴィンは良くも悪くも隙を見せないタイプだ。

 何かを終わらせるにあたって他人任せにすることはあったが、何かを始めるにあたって遅刻したことはないし、婚約者の家でぐーぐー寝てるというのはちょっと考えにくかった。

 

「それがわかったら苦労しないわよ!」

 

 カピバラがめちゃめちゃブチ切れている。

 私も、何が何だかさっぱり事態が飲み込めない。

 

「大体おかしいんじゃないの!? 大叔父様だって自信満々に『大丈夫ですよ』って言ってたのに全然大丈夫じゃないし! お父様はこっちの話なんて全然聞いてないし! ケヴィンは婚約成立したと思ったらお父様に訓練に連れて行かれて一度も会えてないし! 戻ってきたかと思ったらぐーすか寝てるし! 一体全体どーゆーことなのよ!」

 

「ええと、それで……家出して、婚約破棄してきた?」

 

「婚約破棄は、えっと、これからだけど……ケヴィンも寝てたからほとんど話せてないし……一応、言うだけ言ってから家を出たけど……」

 

 ごにょごにょと言葉が曖昧になってきた。

 オーケー、把握した。

 

「とりあえず話を纏めると……おじいさんが縁切られたことと、パパの話の通じなさに怒って、捨てゼリフを言って家から出てきたって感じ? 具体的な話は全部これから?」

 

 私の言葉に、カピバラが気まずそうに視線を逸らした。

 

「だ、だって、みんな自分勝手なんだもの。それなら私だって勝手にやるわよ!」

 

「別に責めてるわけじゃない。カピバラが怒るのはよくわかる。ところで……おじいさんは、ここに戻ってくる?」

 

「来るとは思うんだけど……。ここも大叔父様の名義で借りてるはずだし……」

 

 カピバラはそう言いながらも自信なさげだ。

 まあ、もぬけの空なのだから不安なのも仕方ないだろう。

 

「でもガルデナス家の専属の靴職人って信用があるから貸してもらえてるのかもしれないし、どうなるかちょっとわからないわね……」

 

「……それは、けっこうピンチかも」

 

 この世界ではアパートを借りるにしろ、工房を借りるにしろ、日本と同じく保証人を設定しなければいけないことが多い。家賃を払えなくなったときの保証人から縁を切られたとなれば、色々と条件は変わってくるだろう。

 

 日本ほど借主の権利が守られているわけでもないので、『トラブルを起こすなら出て行ってくれ』とか『保証人がいないなら家賃が2倍ね』とか言われても不思議ではない。

 

「あ、でも、伯爵いるんじゃない? あのマッドサイエンティストみたいな人。あの人なら頼れるし、何ならそこに行ってるかも」

 

「そっか! きっとコルベット様のところよ!」

 

「うん。仮にそうでなくとも相談は聞いてくれるかもしれないし。とにかく行ってみよう」

 

 こうして私とカピバラは、コルベット伯爵の邸宅に向かった。

 

 

 

 

 

 

 コルベット伯爵の邸宅に到着した頃にはあたりは暗くなっていたが、伯爵は快く私たちを迎え入れてくれた。むしろ私たちを待っていた空気さえある。

 

「こんな時間に独身の娘が出歩くものではない……と言いたいところだが、今日は構わん。飯でも食べていけ。あいつもいる」

 

 そしてコルベット伯爵と共に、靴職人のおじいさんがいた。

 

「お嬢様……それにカプレー様も」

 

「大叔父様!」

 

 カピバラがだっと駆けだして、クライドおじいさんの胸元に飛び込んだ。

 クライドおじいさんは慌ててカピバラを受け止める。

 

「お嬢様……どうか落ち着いてください」

 

「落ち着けるわけないでしょ! ていうか、お父様が怒らないとかウソだったじゃない!」

 

「嘘ではありません。マーガレット様には怒ってなどいなかったでしょう。私とグスタフ様の件はやむをえないことなのです」

 

「そんなのどーでもいいわよ! 工房から出ていくとか言ったら怒るわよ!」

 

「お嬢様……」

 

 むせびなくカピバラに、クライドおじいさんが果てしなく困った顔をしている。

 ちょっと助け船が必要な状況のようだ。

 でも、何をどう言えばよいだろうか。

 

「ええい、他人の家でケンカするな!」

 

 私が何か言う前に、コルベット伯爵が怒った。

 

「とりあえず……飯じゃ飯! 日も沈んでるのに玄関で湿っぽい話をされてたら迷惑じゃ! 娘、お前も食っていけ!」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 そんな伯爵の少々強引な仕切りの下で、私たちは食事をしながら話し合いをすることになった。

 

 

 

 

 

 食堂に案内されると、そこは年季の入った大きなテーブルが置いてある素朴な雰囲気の場所だった。

 

 いかにも貴族の邸宅という雰囲気ではなく、冒険者向けの宿を少しばかり清潔にしたような、気の利いた大衆食堂であるかのような、どこか温かみのある空気だ。

 

 食卓を囲む人々の前には木の器に食前酒が注がれ、またテーブルの中央には豪快な煮込み料理と白パンを重ねたカゴがででんと置かれた。宅飲みかな。

 

「なんか美味しそう」

 

 煮込み料理はカレー、もしくはアメリカ料理でいうところのガンボっぽいスパイシーで食欲をそそる香りを放っている。

 

 香辛料で味付けした濃い目のどろっとしたスープには、エビ、ミンチにして団子っぽくした魚肉、そしてトマトやオクラがゴロゴロ入っている。白米が欲しくなる。

 

「齢70で人生の荒波に乗り出すのだ。気の利いたコース料理などより、こういう料理の方が好ましかろう」

 

「あなたの常日頃の食事ではありませんか。ですが……こうして食卓を囲むのも悪くはありませんね」

 

 クライドおじいさんがニヒルな笑みを浮かべ、コルベット伯爵はふんと鼻を鳴らす。

 

「酒だけは秘蔵のを出してやったんだ、感謝しろ。クライドの独立記念とお前たちのスライム山無殺生攻略の記念というところか」

 

「独立記念って、家から追い出されたのに……」

 

 カピバラが、不満げにぽつりと呟く。

 誰に聞かせるわけでもなかった小さな言葉だったが、伯爵は笑い飛ばすように反論した。

 

「伯爵家ともあればお家騒動など珍しくもなんともなかろう。兄弟姉妹全員いがみ合って刃傷沙汰を起こす家とか普通にあるんじゃぞ。追い出されたくらいで済んでよかったじゃろうが」

 

「でも、大叔父様の工房はお父様のものだったし、仕事だって……」

 

「金がないから不幸か? いいや違う。職人としての腕と頭が残っているではないか。そこのオコジョ娘が無殺生攻略を成し遂げたのは誰がいたからだ? そこのしょぼくれたジジイとべそをかいてる小娘ではないか」

 

「はぁ? 泣いてないですけどぉ!?」

 

「泣いてないなら前向きになれ」

 

 伯爵の言葉に、カピバラが押し黙った。

 無茶苦茶な理屈なのに反論できないでいる。

 私も、この伯爵の圧には何だか抗いがたいものを感じる。

 

「それとクライド。お前、独立しろ。自分の名前で店を開け。御用聞きのような仕事をするより遥かに儲かるぞ」

 

「いいえ。私は無理ですよ。一般人に靴を売るには靴職人ギルドに入らなければなりませんが、私にはその資格がないのです」

 

「なんでじゃ!」

 

「年齢制限です。入会の申請時点で15歳から60歳まででなければならないので」

 

 あ、そういうのあるんだ。

 

「バカモン! もっと早く家と縁切りをせんか!」

 

「コルベット、無茶苦茶です」

 

「ええい……ならば小娘、おぬしはどうじゃ?」

 

「え……わたし……?」

 

 降ってわいた提案に、カピバラが目を丸くした。

 

 

 

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