「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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進路を考えよう 5

 

 

 

 管理人室の入口に「靴修理」と書かれた立て札を立てる。

 すると、立て札を見た登山客や巡礼者が興味深そうに集まってきた。

 

「え? 今日は靴の修理なんてやってるのか?」

 

「こりゃいいや。お嬢ちゃん、あんたらがやってるのかい?」

 

「って、オコジョ様じゃねえか!」

 

「誰だいオコジョ様って」

 

「ほらアレだよ。聖オリーブ様に続いて裏スライム山を走ったっていう」

 

 噂が噂を呼び、なんだか人だかりができてしまった。

 靴が壊れていないのに興味本位でどやどや集まってきている。

 

「ちょっとちょっと! なんか凄いことになってるんだけど!?」

 

 カピバラがパニクって私を詰めてきた。

 どうどう、落ち着いて。

 

「スライム山は屋台売りも登ってくるし、治癒魔法の使い手もいる。でも靴修理の人が最近腰を壊して登ってこられなくなった。需要がある」

 

「そーじゃなくて、どう考えてもあんたの名前が売れてるせいでしょ! それに、こういうの勝手にやったらまずいんじゃないの?」

 

「靴を売るのはともかく応急修理は徒弟のバイトみたいなもので、うるさく言わないのがマナーらしい。クライドおじいさんが言ってた。というわけで……」

 

 私は、集まってきた客たちに向かって声を張り上げた。

 

「今日だけ特別の出張サービス。靴底のはがれの応急処置は基本5千ディナ。その他は応相談。この子は私の靴を作ってくれた子。新進気鋭の職人で腕はいい。よろしく」

 

 おおー、というどよめきが群衆に走る。

 カピバラがちょっと何言ってんのよという視線を送っているが、ここはスルーだ。

 

「そういうことなら頼むよ。ちょっと靴底が割れちまって」

 

「サンダルのベルトが取れて困ってたのよ」

 

「なんかサイズ合ってない気がするんだ。どうすりゃいいかな」

 

 靴を壊した人が10人以上現れた。

 まったくもう、みんなもうちょっと靴の状態を見てから山に来てほしい。

 

 下駄箱にずっと入れっぱなしの登山靴が実は加水分解しててボロボロで、山に登って硬い岩を踏んだ瞬間に靴底が崩壊する……なんてこともありえる。しばらく仕舞っていた靴や樹脂製品は使う前にちゃんとチェックしようね。

 

「流石に全員分直せるかわからないんだけど……!」

 

 カピバラが私の耳にささやくように抗議する。

 

「大丈夫。時間がかかりそうなのは予備の靴やサンダルを売りつけて、下山だけ頑張ってもらえばいい。なんとかできそうなところだけがんばろう」

 

「ならいいけど……オコジョも手伝いなさいよね。サンダルの紐を直すくらいはできるでしょ。簡単そうなのはあんたに回すからね」

 

「ん、了解」

 

 この世界ではサンダルで山に来る人もいる。サンダルと言ってもビーチサンダルのような軽いものではなく、かかとや足首に紐を回して固定するがっしりしたものだ。グラディエーターサンダルとか言うタイプに近い。

 

 つま先を守ってくれる防御力は登山靴より弱いが、軽快に履けるのでこの世界で愛用する人は大勢いる。スニーカーみたいなポジションだろう。そんな靴事情を考慮しつつ、修理屋さん営業開始します。

 

 まずは私が内容を聞いて客を捌く。

 紐などの消耗品を交換して解決しそうな人はそれを売っておしまい。

 そうでなければカピバラに相談だ。

 

「靴のサイズ合ってない気がするんだよな。どうすりゃいい?」

 

 チャラい感じの若者が尋ねてきた。

 いかにも物珍しさで来てる感がある。

 

「キツい? 緩い?」

 

「緩いんだよ。旅してると足が大きくなるから緩めの買っとけって冒険者のアニキに言われたんだけどさぁ」

 

「旅で足が大きくなるなんて数週間とか1ヶ月歩き続けたらの話。……ただ、靴下が薄手っぽいし、厚手のものを履いて履き心地を再確認してほしい。それでも緩いなら買い替えるかした方がよい」

 

「へぇー。ところでお嬢さんたち綺麗だね。仕事が終わったらお茶でも……」

 

「はい次ー。あなたは……靴紐が千切れただけ? 予備の靴紐は500ディナ。はい、まいどあり! 次!」

 

「誰かがナイフを落としてて踏んじまったんだ。靴底が割れちまったし足もちょっと切った。靴底の破片で切っただけだから怪我は大したことはないんだが……」

 

「おっと、これはまずい。カピバラ」

 

「あらら……でも靴底以外は大丈夫だし修理できそうね。靴はなんとかしてみるから医務室に行ってきなさい。誰か、この人に肩貸してあげて!」

 

 山頂で働ける時間は限られている。スライム山くらいなら日が落ちても明かりを灯す魔法で下山することもできるが、下山後の馬車の時間を考えたら結局は昼下がりに営業終了しなければならない。というわけでどんどん客を捌く。ナンパはおととい来てね。

 

 状況についていけずおっかなびっくりだったカピバラは、壊れた靴を前にした瞬間、瞳に静けさが宿った。

 

 彼女は哀れな状態の靴に共感して悲しみ、いたわりの手付きで剥がれた靴を縫い付ける。

 

 左右で不均衡なすり減りをした靴底をやすりで磨く。

 

 修理した靴を履かせて歩き方を眺める。

 

 迷いのない職人の手捌きは、ピアノやバイオリンを弾く音楽家に似ている。流石にクライドおじいさんのような鮮やかさはないが、カピバラの動きには素人が四苦八苦しているような迷いや粗雑さはまったくない。祈りを捧げるような真摯な美しさがある。

 

 誇らしく思った。カピバラは、履く人のことを思って靴を扱ってきた。靴を履く人がどんな道を歩くのか、自分の足に教え込ませた。私という無茶苦茶な登山者のために作ってくれた。

 

「……ちょっと、見てないであんたも仕事しなさいよ」

 

 と、そんな私をカピバラはジト目で見てくる。

 まったく風情のないことだ。

 

「簡単な処置でなんとかなる仕事はほぼ捌いた。あとはカピバラ、がんばれ」

 

「暇なら何かありがたいお説教でもしてあげたら? オリーブ様の名跡を継ぐ巡礼神子様」

 

 そんなカピバラの皮肉を、管理人室に集まっている聴衆が聞きつけた。

 私の言葉に期待する空気になっている。

 

「なんだなんだ、どうした?」

 

「オコジョ様から何かお話があるそうだぞ」

 

 カピバラめ、してやられた。

 

 だが実際このままだとカピバラが忙しくばかりになりそうだ。

 今でなくてもどうにかなる相談が来て、てんやわんやになるのもしのびない。

 少しばかりこちらに注目してもらってカピバラの作業時間を稼ぐのもよいだろう。

 

「えー、おほん。私はこういう場で喋るのが苦手。人生経験は浅いし、ソルズロア教のありがたいお話をするにしても、みんなの方が知ってると思う」

 

 聴衆の皆は、静かに私の言葉に耳を傾ける。

 この程度のことで静まり返るなんて、無折殺生略は本当に偉業なんだなぁ。

 

「なので、基本的な歩き方と杖の使い方講座をやります。そこの展望台でやるから、興味ある人は来て」

 

 

 

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