「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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タタラ山に登って温泉付き山小屋に泊まろう 4

 

 

 

 林道を抜けた先には青々とした空、高いところにしか生えないくせに背が低くて謙虚なハイマツ、そして鮮やかな赤紫に彩られたツツジが私たちを出迎えてくれた。この世界における正式な名前はわからないが、ヤシオツツジっぽい。

 

 ああ、こういうときにスマホやカメラがあればなぁ。

 

 風情ある人は心に刻んで詩を綴ったり絵を描いたりするのだろうが、私は文芸や芸術には詳しくない。今、この瞬間を切り取ることのできる現代機器がほしい。

 

 ま、ないものねだりをしても仕方がない。

 

 登山が終わったら、ツツジの美しさを日記でも書き記しておこう。

 

「いい。山に来たって感じ」

 

 だが、花に見とれる横でマーガレットが怪訝な表情を浮かべていた。

 

「ん? どうしたのマーガレット?」

 

「風景はすごく素敵なんだけど……温泉の気配がないのに温泉の匂いがする。しかも、やたら濃い」

 

 あー、確かにこのあたり硫黄くさい。

 ここは火山だし、どこからか臭ってくるのは仕方がない。

 

「人が入る温泉はここまで臭くない。温泉とは別の、どこかの噴気口から漂ってきてると思う」

 

「ちょっと萎えたんだけど、大丈夫よね……?」

 

「危険なところは危険。致死量のところも多分ある」

 

「死ぬの!?」

 

 マーガレットがめちゃめちゃ驚いた。

 しまった、温泉をさほど怖いと思っていない日本人的な感覚で物を言ってしまった。

 

「だ、大丈夫。ちゃんと整備されたルートを歩く限り死亡はない。王都を守っている聖地がここの噴火も抑えてる。ガスが濃くて危険なところに行かないよう道もちゃんと整備されてる。ほら」

 

 私が指し示す方向には、ちゃんとロープが張られて「ここが順路ですよ」と示されている。聖地や他の山と違って、ここは常に誰かが山小屋に常駐しているので事故は少ないらしい。

 

 日本の山と同じように要所要所で立て看板があったり、道筋を示すものがあったりする。硫黄という根本的な危険がありつつも人の手による管理が行き届いているのが見てわかる。

 

「う、うーん……そういうものなの……?」

 

「王都にだって立ち入り禁止の場所はある。魔法の実験場とか鍛冶場の炉とか。それと同じ。入ってはいけないところには入らない」

 

「でも素人にはわかりにくいわよ。うっかり順路を間違えることだってあるじゃない。そういうときはどうするの?」

 

「精霊を召喚して案内してもらえばいいんだけど……当然、無理なときもある」

 

「そうよね」

 

「歩けるなら、基本的には来た道を引き返す。体力がないとか暗くて危ないときはビバーク。テントとか防寒シートとかで寒さを凌いで体力を回復させる」

 

「野宿は嫌だけど、まあそれも道理ね」

 

「ただ、道から外れちゃってると「どこから来たのか」がわからなくなるときもある。そういうときは、上を目指す」

 

「上?」

 

 私が指をさす方向には、山頂がある。

 その高さを見て、マーガレットがごくりと唾を飲み込んだ。

 

「え……でも、山頂に行ったらふもとから遠くなるんじゃないの?」

 

「上から見下ろせば、どこがルートなのかすぐにわかる。逆に、あなたを見失った人やあなたを探す人も、あなたを見つけやすくなる」

 

「……あー、なるほど」

 

「道がよくわからないままに下っていくと、滑落したり、斜度がキツすぎて登るのも降りるのもできない袋小路みたいな場所に出るから危険」

 

「うっ……それは怖いわね……」

 

「特に火山での遭難で怖いのは、うっかり火山ガスが滞留してるところに迷い出ること。風が遮られてるのに雑草も生えてないハゲた場所とかに出たら注意して。そういう場所はガスが植物を枯らしてたりする」

 

「わ、わかったわ。自分が意識を失ったら解毒魔法を使うどころじゃないしね」

 

「……ん? 解毒魔法?」

 

 まるで治せるような言い方だ。

 

「火山ガスって硫黄と硫化水素でしょ? 一応、鉱物の解毒は習ったわ。……とはいえ、倒れてからすぐに魔法をかけないと治せるかどうか怪しいけど」

 

 え、マジで?

 

「虫とか蛇とかの毒って治せる? あと外傷とか捻挫とかは?」

 

「そっちの方が簡単よ。まあ蛇の毒の強さにもよるし、怪我の方は骨折までいくと難しいけど」

 

「……けっこう凄くない?」

 

 治癒魔法の使い手でそれほど熟達している子は、同世代ではなかなかいない。

 ケヴィンが誉めるのもわかる。

 

「ふふん、騎士団長の娘だもの。武具の手入れとか、治癒魔法とかは子供のころから叩き込まれたわ」

 

 こんなにスペック高いのに、この子は妙に自信がないのだろう。

 

「あなた、なんでもできるでしょ……。治癒魔法も使えて、武具の手入れもできて、職人と話を付けてオーダーメイドの登山用品も作れる。独立して自分の看板で商売したら?」

 

「はぁ!? なんでそんな面倒なことしなきゃいけないのよ」

 

「いいと思ったけど……」

 

「器用貧乏なのよ、わたし。色々できるけど、これだってものはないし」

 

 うーん……色々ともったいない。

 

「そうは思わないけど……まあ、無理強いするつもりはない」

 

「そうして。特に治癒魔法はね」

 

「ん? そうなの?」

 

「こういう場所ではできるだけ使いたくないわよ。私の体力が尽きるから、背負ってもらって下山することになるわよ」

 

「なるほど」

 

「治癒魔法を使うだけ使わせて、体力が尽きた使い手をポイ捨てするような悪い人……世の中にはいるわよ。戦場とかこういう場所で治癒魔法を使うのは、使い手にとって覚悟がいることなの。どうしてもってときに迷うつもりはないけど、安易に頼らないで」

 

 マーガレットの言葉には、今までにない厳しさがあった。

 治癒魔法の使い手は誉めそやされる。

 街で人の傷や病を治すという尊い仕事をしている。

 だがその有能さの裏側には、治癒魔法の使い手だけが知る恐怖があるのだろう。

 

「……わかった」

 

「わかればいいわ」

 

「温泉でのぼせたときだけにしとく」

 

「わかってないでしょ!」

 

「冗談冗談。あなたを無事に山を案内するのが私の仕事。あべこべにはしない」

 

「まったくもう。そうしてよね」

 

 やれやれとマーガレットが溜め息をついて苦笑する。

 

「じゃ、そろそろ先に行こう」

 

 足を止めて雑談していたので、体力もそろそろ回復してきた。

 私たちは再び歩き始める。

 歩けば歩くほど、背の高い樹木の姿が消えていく。

 目に映る背の低い草花やハイマツばかりで、地面にはゴロゴロと岩が転がっている。

 

 ここは、森林限界だ。

 

 山において一定の標高を超えると、樹木が生育できない環境に辿り着く。

 火山は土の酸性度が高いために早めに森林限界に到達するので、ザ・山!って景色をすぐにお目にかかれてお得だ。

 

 ほんと、火山って最高だよね……愛してる。

 アイラブボルケーノ。

 

「ちょっと風が出てきたわね……あー涼しい……」

 

 周囲を遮るものが減って、やや風が強くなっている。

 マーガレットは心地よさそうに風を浴び、私もその風に身を任せる。

 まだ心地よさの範囲だ。寒くはない。

 2時間以上歩いたが、休憩と補給も適時取っているので体力の問題もない。

 そしてようやく今日の目的地の一つが見えた。

 

「あっ! あれじゃないの!?」

 

「うん。今日の宿泊地」

 

 木造二階建ての、大きな建物があった。

 山小屋だ。

 だが、そちらへのルートを無視して山頂方面のルートを歩いていく。

 

「って……通り過ぎるの?」

 

「まず山頂に行って、そこで昼食にしよう。山小屋にチェックインはそれから」

 

「えー……そろそろ温泉入りたいんだけど……」

 

「まだ我慢。明日は昼くらいから雨が降る。山頂に行くのを明日に持ち越すと面倒くさい」

 

「あー、それはそうね……仕方ないわね……」

 

 先にチェックインするくらいはしてもよかったが、ちょっと時間が早い。

 テント場だったらさっさと場所取りした方がよいんだけど。

 

「マーガレット。地図見て」

 

「ん?」

 

 私が懐から紙を取り出す。

 タタラ山の全景が平面で描かれている地図だ。

 ……と言っても、現代の地球の地図と比べると精度は悪い。

 

 だがそれでも最低限の情報は読み取れる。

 

「ここが山小屋。で、ここから先から坂がキツくなるし足元も悪くなる」

 

「ふんふん」

 

「ガレ場……石や岩が転がってて歩きにくいところが出てくる。転ばないように気を付けて」

 

「わかったわ」

 

「20分くらい進めば山頂」

 

 私の言葉に、マーガレットの顔がぱぁっと明るくなる。

 

「そっか、よく考えたら7割か8割くらいすでに歩いたんだものね……このくらい楽勝よね!」

 

「う、うん」

 

 そういうことにしておこう。

 

「ほらほら、ボサっとしてないで行くわよ!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

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