「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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大鬼山を普通に攻略しよう 5

 

 

 

 次のゴブリンの密集地は、私が一人で抜けられるかを試してみることにした。

 

「だ、大丈夫ですかオコジョさん!? 何かあれば槍を投げますから!」

 

「うん。頼りにしてる」

 

 シャーロットちゃんは体力がある。けっこう重そうな槍を持っていてもふらつくことはなく、また、木の枝に引っ掛けることもない。構えも堂に入っていて、多分腕が立つ方なんだと思う。

 

 だがまずやるべきは、私が魔道具と自分の実力で抜けられるかどうかのテストだ。

 

「【隠蔽】、発動」

 

 今度は私の体全体が保護色に包まれた。

 自分の袖や足を見ると、周囲の色を反映して服は緑や木の枝の茶色、靴は土色になっている。

 ただ、自分の気配が感じにくくなっているかはわからない。

 視覚に現れない部分は信じるしかないのがつらいところだ。

 

「オコジョ。ゴブリンの感覚器官は人間と大して変わらない。人間と同じように油断して、人間と同じように違和感に気付く。道具に頼る気持ちを捨てて、静かに抜けていくんだ」

 

「わかった」

 

 アスガードさんの助言に従い、静かに歩みを進める。

 落葉の季節はまだまだ先で、木の根っこと小石と土くれの乾燥した地面は、音を立てることはない。ただし小枝を踏めば当然音が出る。

 一歩一歩、クライミングのように、どこに足を置くべきかを考え、自然と一体となって歩いていく。焦っているからこそオブザベーションをしてプランを立て、機械のように淡々と実行する。

 

 ゴブリンは熊ではない。

 

 熊より恐ろしい面は確かにある。だが熊のように生きるための必死の努力と、恐怖を振り払って人間に立ち向かう勇気を持ち合わせているわけではない。魔物は生存への意思はなく、恐怖もなく、ただ人間に襲いかかる。

 

 だから、彼らの意表を突くことはできる。

 

 生き物は、自然に生まれたものは、人間の想定を凌駕する。甘い見通しには容赦なく罰を下し、万全を期しても最悪の状況が生まれかねない。だが魔物は別だ。彼らは人間と同様、自然から外れつつあるなにかだ。

 

 であれば戦える。

 

 戦えなくても、欺くことができる。

 

(よし……抜けた……!)

 

 私は、ゴブリンたちに一切気付かれることなく密集地を抜けることができた。

 

 どっと冷や汗が出るが、まだ終わってはいない。

 登って降りるまでが登山であるように、再びゴブリンのもとをすりぬけて合流しなければいけない。

 

(ちょっと臭いんだよな……)

 

 ゴブリンは正直、くさい。

 イノシシと同程度に獣臭がする。

 先程までは緊張で感じなかった不快感をこらえつつ、私はもう一度ゴブリンたちの横を通り過ぎる。

 

 気付かれませんようにとハラハラドキドキしながら歩いていたときとは違って余裕がある。

 

 だがゴブリンはちょっと違った。

 

 なんだか妙にそわそわしている。

 

(もしかして……気付かれた……?)

 

 思わず息をひそめる。

 だが風向きが変わった瞬間、ゴブリンとは別の、本能に突き刺すような獣臭が漂ってきた。

 

 なんかヤバい。

 

 猛烈にヤバい。

 

 今すぐここから逃げ出してしまいたい。

 

 本能のごとき何かが「ここは危険だ」とひっきりなしにサインを出してくる。

 

 その危険の正体を探るまでもなく、すぐに答えは出てきた。

 

「ウォアアアアオー!」

 

 その獣は、黒い体毛をしていた。

 魔物ではない。

 地球では山や動物園で見かけたことがある。

 山で絶対に遭遇したくない危険の五本の指に入る。

 ツキノワグマだ。

 

 いや……うっそでしょ……。

 

「ギャッ!?」

 

「グワワワ!」

 

 クマは荒ぶっている。人間を警戒しているのか魔物を警戒しているのかはわからないが、とにかく気が立っている。お腹を空かせているか、あるいは子グマがいるのか。

 

 だが問題はこのままではゴブリンVSクマの真っ只中に巻き込まれて大怪我をしてしまう。

 

「オコジョ! 大人しくしてろ! 今行く!」

 

 ツキノワがツキノワグマに気付いて声を上げた。

 ありがたいがちょっと待って!

 そこのゴブリン、押すな押すな!

 

「ギャワ?」

 

「グゥ……?」

 

 偶然私にぶつかったゴブリンは不思議そうに首をひねり、だがすぐ気を取り直してクマと対峙した。また、別のゴブリンは人間の冒険者とクマ、どちらに向き合うべきか迷っている。私はとにかく合流するため、ゴブリンを避けながら坂を下ってカメレオンジャケットを解除した。

 

「大丈夫、私は平気!」

 

「オコジョ!」

 

 ツキノワとハイタッチしてみんなの後方に回った。

 

 だがすでにその時点で、ゴブリンたちは敗北していた。ツキノワグマに噛まれ、噛まれたまま振り回されて他のゴブリンをなぎ倒す棍棒代わりにされた。まさしく鎧袖一触だ。一瞬で死屍累々とした状況になってしまった。

 

 私は緊張のあまりごくりと唾を飲んだ。

 

 山にはいろんなリスクがあるが、絶対に遭いたくないものの一つがクマだ。

 

「どうする?」

 

 ツキノワが警戒しながら全員に尋ねた。

 

「まあ、やれるかやれないかで言えばやれる」

 

「私もクマでしたら単騎で倒せます。倒せますが……」

 

 シャーロットちゃん倒せるんだ。すごいな。

 だが問題は勝てるか勝てないかだけではない。

 

「やっぱり、クマを殺すのはご法度みたいなところあるよね」

 

 私の言葉に、アスガードさんが頷いた。

 

「ああ。人里に降りてきたクマは別にいいんだが、ここは聖地だから魔物以外の殺生は避けるべきではあるんだよな……」

 

 ソルズロア教は、聖地での狩猟や、狩猟を目的とした巡礼は避けるべきと教えている。

 

 それには理由があって、動物の骨や死体がどんどん聖地に放置されてしまうと、それが魔物化する恐れがあるのだそうだ。日々の生業としての狩猟の地となってしまうと強力な魔物がどんどん生まれてしまう。

 

 それにクマは聖地においては益獣であるとも言える。新芽をポリポリ食べる鹿を食べてくれるし、こんな風に魔物も倒してくれたりする。冒険者はクマを警戒すべき脅威と捉えると同時にちょっとした仲間意識がある。

 

 ちなみに一応、人間もそうなる恐れはある。冒険者や巡礼者が遭難する程度の頻度では魔物化は起きないだけだ。だが凄まじい怨念や執念を抱いたまま聖地で死んで、魔物化することもごくまれにあるらしい。くわばらくわばら。

 

「これは……新兵器パート2の出番かな」

 

 使う機会があるかどうか不安だったが、こんなに早く使用タイミングが訪れるとは思っても見なかった。

 

「それ、ほんとに効くのぉ?」

 

 ニッコウキスゲが露骨に疑いの目を向けてきた。

 カメレオンジャケットのときのワクワク感とは正反対だ。

 

「ふふん。カメレオンジャケットは凄いけど、貴重な魔道具とお金をかけた逸品。凄いのは当然のこと。でもこっち……『ベアバスター』は、大した費用をかけずに最大限の効果を現す。こっちの方が世の中を変える発明、つまりイノベーションの本質に近い」

 

「俺もそれ気になってたんだよ。使ってみようぜ」

 

「う、うーん……一発殴ったほう早くないです?」

 

「ま、バックアップはあるんだ。気軽に試してみようじゃないか」

 

 ツキノワは賛成のようだ。

 シャーロットちゃんはニッコウキスゲと同様、懐疑的な見方をしている。

 アスガードさんは様子見というところだろう。

 

「で……その秘密兵器はどうやって使うんだ?」

 

 私はツキノワの問いかけに答えるように、ザックから秘密兵器を取り出した。

 見た目は、虫除けスプレーを大きくした感じである。

 用途としても似たようなものだ。

 

「簡単。魔力を込めて魔石を押すと、中に詰まったガスが風魔法で飛んでいく。射程は8メートルくらいだけど、確実に効かせるなら4メートル以内。あとは風向きかな。自分が風下にいたら煙が自分に吹き掛かる」

 

「もうちょっと近づいてきたら……やるか? 立ち去ってくれる気配もなさそうだぜ」

 

「うん」

 

 私はツキノワの言葉に頷き、秘密兵器を構えた。

 気持ちとしてはスプレーを使うというより拳銃を構えているに等しい。

 実際クマにとっては拳銃よりこっちの方がダメージがあるかもしれないし。

 

 クマの方はと言えばゴブリンを一蹴して今度はこちらを睨みつけている。普通なら人間を警戒して立ち去っていてもおかしくないが、襲いかかってくる気配を発している。

 

「ごぉああああ!」

 

 吠えてきた。

 お腹の底まで響くような咆哮は、サイクロプスとはまた違った恐怖がある。

 機械的にこちらを殺しにかかる敵意ではなく、向こうも人間と同様に切実に生きていて、だからこそ立ち向かってくるという強さがある。

 

 しかし、命のやり取りをするつもりはない。

 

「えいっ」

 

「オアアアッ!?」

 

 有効射程に入ったクマに、スプレーを吹きかけた。

 運良く煙はクマの顔……つまりは目、鼻、口といった粘膜にヒットした。

 

 この煙の主成分は、カプサイシン。

 唐辛子の辛味成分である。

 つまりはクマスプレーであった。

 

 

 

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