「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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大鬼山を普通に攻略しよう 6

 

 

 

「おお、一目散に逃げてった。効果は抜群だな」

 

 この世界のクマにも通用するだろうとは思っていたが、効果てきめんだった。

 目、口、鼻といった粘膜に辛味成分が直撃して地獄の苦しみを与えている。

 

「シンプルだがそれゆえ防げないわけだな」

 

「唐辛子なんて効くのかと思ったけど、こりゃ強烈だね」

 

「晩ごはんちゃん、さよなら……」

 

 皆が思い思いの感想を漏らす。

 ていうかシャーロットちゃん、食べる気だったのかな。

 

「よし。これで9割以上の確率でクマを撃退できる」

 

 逆に言えば1割未満くらいで撃退できないこともあるが、ダメージを与えてパニックにさせるという意味において効果はほぼ確実である。嗅覚視覚を潰してカメレオンジャケットで逃げたり、あるいは頼れる味方に戦闘を頼むこともできる。

 

 とはいえ、遭遇しないことが一番ではあるんだよね。

 

「ベアバスターの効果は証明できた。ついでにカメレオンジャケットの弱点も」

 

「弱点?」

 

 ツキノワが聞き返した。

 

「カメレオンジャケットは気配を消す効果が高い。……ってことは、人間を警戒する動物とばったり遭遇しちゃう。普通のクマは物音を警戒するし、人間を避けるから」

 

 人間がクマと遭遇してパニックになるのと同様、クマだって偶発的な遭遇でパニックになるのだ。

 

 今回出会ったクマは恐らくゴブリンを餌か何かと見定めていたのだと思う。鹿を屠るように簡単に倒したが、人間という本来山には存在しない生物の気配を感じ取ったときに警戒を覚えたはずだ。獲物を倒した瞬間に人間が来たから、クマからして見れば非常に怖かったことだろう。悪いことをした。

 

「人間を獲物と見る存在からは隠れられるが、気性が臆病な獣とは遭遇しちまう。そして臆病な獣は臆病だからこそ強く、恐ろしい。そういうわけだな」

 

 アスガードさんのまとめに、私は頷いた。

 

「うん。頼りすぎは危険になるから注意しておきたい。発見してほしくないシチュエーションで発見されないことは難しいけど、状況としてはすごく限られる。逆に発見してほしいって状況の方が登山や巡礼の中では多いから」

 

 例えば滑落したときや雪崩に巻き込まれたときに隠蔽状態だと確実に死んじゃうしね。

 

「気をつけてよねオコジョ。あんたなら誰も行けない場所にでも行っちゃえるんだから」

 

「褒め言葉みたいな注意だ」

 

「本気で言ってるんだよ、まったく」

 

 やれやれとニッコウキスゲが肩をすくめる。

 

「ごめんごめん、気をつける。そのためにもまずは大鬼山をしっかり攻略しよう」

 

 こうして大鬼山巡礼の目的の一つ、魔道具の性能確認はできた。

 あとはしっかりと攻略して、無殺生攻略のための準備を着々と進めていこう。

 

 

 

 

 

 

 幾つかゴブリンの密集地を抜けて3時間ほど歩き続けて、私たちは盾落としに到着した。

 眺望は大したことはないが、木製の長椅子、そして湧き水がある。

 休憩のために誰かが置いた椅子は、聖地の加護のおかげで劣化することなく残り続けている。

 ありがたく座らせてもらって、水分補給だ。

 

「水が美味い。めっちゃ美味い」

 

 登山中、そのまま飲める水はけっこう貴重である。

 標高が低いと汚れを気にして浄水器にかけたり煮沸する必要があるが、ここは聖地だし、そうでなくても恐らく1300メートルのあたりまで来ている。

 

「大鬼山の湧き水は名水と名高い。山のいろんな湧き水が沢に流れて、そこからゴブリン湖に流れてく。だから魚も美味い」

 

「わかるぜ。俺はサワガニの唐揚げが好きだな。酒に合うんだよ」

 

「キジも鹿もいるから、肉料理もいいよ」

 

「お腹が空いてきました!」

 

 皆、思い思いに食のすばらしさを語る。

 魚にしてもよかったかな。

 

「そういえばオコジョ、今日のご飯は何にする予定なんだ?」

 

「そ、そこは秘密」

 

 今回の登山飯は、自然の滋味とは言い難いところがある。

 実験的な食になるのであんまり期待しないでほしい。

 

 いや、美味しいと思う。思うけど、好みは別れるかもしれない。

 昭和や平成初期の時代に登山部とかにいた人は「懐かしいけどさぁ」、「またこれかよ!」とか言われかねないやつなのだ。

 

「八合目についてからのお楽しみ。今は行動食で我慢」

 

「我慢と言っても、普通に美味いけどな。はちみつとバターか?」

 

 ツキノワが自分の分の行動食をポリポリと食べている。

 

「うん。みんなに配ったのはハニーバターナッツ。別の味もあるけど食べる? ちょっと人を選ぶ味だけど」

 

 私は、自分用の行動食の入った容器を空けて一つ摘んだ。

 ピリっとする刺激がたまらない。

 

「美味そうだな。なんだそれ?」

 

「ワサビの粉末が手に入ったから、乾燥させたミックスナッツに入れてシャカシャカしたやつ」

 

「ワサビ?」

 

 この国においてワサビは非常にマイナーな野菜だ。ごく一部の山間の村落でのみ作られており、好きな人は好きだが、この国の一般的な味覚にはあんまり合わない不人気野菜である。美味しいのに。

 

「うおっ!? なんだこれ、辛っ!?」

 

 一粒食べたツキノワが目を白黒させた。

 

「多分、お酒好きな人なら好きなやつ」

 

「い、言われてみたらそうだが……いや、言ってくれ……」

 

「ごめんごめん」

 

 ツキノワが口の中の刺激を消すように水を飲む。

 

「ったく、オコジョが『人を選ぶ』って言ったじゃないのさ」

 

「そうだな。試したい気持ちもわかるが」

 

「辛いんですか?」

 

 みんな興味津々だ。

 というわけでひと粒ずつ上げる。

 

「お、意外に美味いんじゃないかこれ」

 

「酒がほしくなるね。オコジョ、もう一粒頂戴」

 

「ううっ……これはちょっと苦手ですぅ……」

 

 アスガードさんとニッコウキスゲは美味しそうに食べている。

 シャーロットちゃんは苦手なようだな。

 

「さっきのベアバスターは唐辛子の成分を使ったんだっけ。こっちの方が効くんじゃない?」

 

 ニッコウキスゲがポリポリとつまみながら言った。

 

「うーん、ワサビの辛味はあんまり舌に残らないんだよね。多分カプサイシンの方が効果が高い」

 

「そ、そうかぁ?」

 

 ツキノワが不思議そうに首を傾げる。

 シャーロットちゃんもツキノワに同意するように頷いている。

 

 この国の人の多くはカプサイシン、つまり唐辛子の辛さには慣れていても、ワサビの辛さには慣れていないのだ。辛いのが得意という人でも成分が異なるワサビへの耐性はそんなにないということもある。

 

「なあ、これ、ゴブリンに効くのか?」

 

「え、ワサビが?」

 

「ワサビもだが、さっきのベアバスターもだよ」

 

 ツキノワの問いかけに、はてと考え込む。

 ゴブリンには、というか多くの魔物には、目と鼻と口と耳がある。

 動物系の魔物はもちろん、植物が変化した魔物にさえ顔がある。

 

 つまりは感覚器があり、粘膜がある。

 

 理論上、効く魔物は多いはずだ。

 

「……鳥系にはまず効果がない。でも人間に近いゴブリンやサイクロプスのような魔物であれば……多分、効くと思う」

 

 鳥にはカプサイシン受容体がない。

 ハズレのシシトウだろうとジョロキアだろうと平気で食べる。

 だが哺乳類であれば反応する。

 

 そして魔物もまた、鳥類や哺乳類という視点で分類することができる。本能的な行動は人間や普通の生物とは異なり、妙に機械的なところはあるが、キャパシティを超える刺激になんの反応もないとは思えない。

 

「やってみるか?」

 

「うん。やってみよう」

 

 魔物除けの聖水に変わる素敵なアイテムが爆誕するかもしれない。

 

「じゃあ次のゴブリンの出現ポイントが来たら、さっきみたいにみんなは私の護衛をお願い。そして私が……」

 

「いや、オコジョ。俺にやらせてくれ」

 

 ツキノワが挙手した。

 

 えっ、という声がニッコウキスゲから漏れた。

 アスガードさんも心配そうな顔を浮かべている。

 

「ちょっとツキノワ。あんた、ゴブリンは苦手でしょ。防衛に回るならともかく、直接戦闘するようなもんじゃないか」

 

「だからそれは回復してる……と、思う」

 

「と思うじゃダメだろ! 遊びでもトレーニングでもないんだよ!」

 

「根拠なく言ってるわけじゃない。今日の戦闘だって、昔みたいに強ばったりしてなかっただろ」

 

「一対一とか単独はまた別でしょ! ていうかさっきはクマが出てきて有耶無耶になったじゃないか!」

 

 ニッコウキスゲがツキノワに詰め寄る。

 ツキノワには、大鬼山で語られる勇者のように敗走した苦い経験がある。

 敗走した当時は魔物全般に苦手意識を持っていたようで、今もゴブリン系の魔物には苦手意識がある。

 そう、自分の口から言っていた。

 

「そのへん歩いてる野生のクマがゴブリンを一蹴したんだ。ツキノワなんて大層なあだ名をもらった俺がいつまでも苦手意識を持っているわけにはいかねえ」

 

 白いスカーフを見てツキノワグマと名付けただけではあるんだけど……。

 

 でも、ツキノワはツキノワというあだ名を喜び、そして誇りに思っている。

 

「効くっていうのは、『多分』『思う』って根拠の薄い予測。秘密兵器が効かない可能性も十分にある。いい?」

 

「そんときゃ助けてくれ。パーティーじゃねえか」

 

 私の警告に、おどけたようにツキノワが肩をすくめる。

 ニッコウキスゲは心配そうな顔をしたままだ。

 アスガードさんは静かな表情で成り行きを見守り、シャーロットちゃんはなんかわたわたしている。

 

 私としては、別にゴブリンなんか倒せなくったっていいと思う。

 ツキノワには他にいくらでもいいところがあるし、ニッコウキスゲもそう思うからこそ心配し、守ろうとしている。冒険者としては確かに欠点かもしれないが、その程度で見損なうはずがない。

 

 でもこの瞬間、大鬼山に挑んでいるのは私の巡礼であると同時に、みんなの冒険だ。

 

「わかった。バックアップは私たちに任せて」

 

「ちょっとオコジョ。いいのかい」

 

「ニッコウキスゲ。心配する気持ちはわかる。だけど大鬼山に来るって決断した時点で、こういう機会があるのは仕方ないと思う」

 

 ツキノワが、ツキノワのためにやる、冒険だ。

 

 

 

 

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