「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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ペミカンを食べよう

 

 

 

 うっかりシャーロットちゃんの使命を暴露してしまった。

 腰を落ち着けて弁明をしたり、あるいはもう少し深く話を聞きたいところだったが、今は巡礼の真っ最中である。魔物が現れるかもしれない山道で込み入った話はちょっと危ない。

 

「あー……色々と話すべきことがあるのかもしれないが、ひとまず『鎧落とし』まで行かないか? あそこがセーブポイントになってるから、食事でもしながら落ち着いて話もできるだろう」

 

「アスガードさん、ナイスアイディア」

 

 アスガードさんが空気を読んで上手い提案してくれた。

 

 ちなみにセーブポイントとはゲームデータを保存できる場所のことではなく、テント場のことである。

 

 山頂の祠もそうなのだが、聖地の中には魔物には侵入や破壊できないポイントが存在している。そして、テントを設置できるほどの広さの場所は慣習的にセーブポイントとか呼ばれているのだ。

 

 もしかして私以外の転生者が名付けたのではないかと疑っている。「テントを設置できる場所はセーブポイントである」というのは、なんだか日本のゲーマーのような発想だからだ。

 

 そして私たちはゴブリンのちょっと強いバージョンを蹴散らしつつ、無事に「鎧落とし」に辿り着くことができた。

 

「おお……いい景色……!」

 

 ここから稜線になっている。

 森林限界ではないものの木々の密度が薄くなって見晴らしが良く、遠くの山々を見渡すことができる。しかも空は晴れ渡っており、森林の緑がとても眩しい。夏山ほんと好き。

 

「天魔峰は言うまでもないとして……向こうの方は竜の巣だね」

 

 ニッコウキスゲが指を指した方向には、様々な山があった。

 

「うん。一番高い山が主峰で五大聖山の一つ、火竜山。昔、このへんを暴れ回ったドラゴンの焔王が眠っているらしい。その隣にあるのは虎翼山。更に隣は白鴉岳。山間には管理を委託された聖燕公国がある。まあ公国って言ってもお屋敷と山小屋があるだけだけど」

 

 竜の巣とは、複数の山や台地、湿原などの総称だ。日本で例えるならアルプスのような山脈というほどの規模ではなく、尾瀬や上高地に近い。全体的に標高が高く、山へのアクセスが容易だ。また山小屋や旅館なども整備されていて、少人数パーティーの旅商人の交易路としても利用されている。歩荷さんとかもいるっぽい。

 

「お前ほんと詳しいな。つーか全部一発でわかるのか。白鴉岳って聞いたことがねえし」

 

 ツキノワが呆れと賛嘆の混ざった評価をくれた。

 癖になってるんだよね、遠くの山を見て名前を当てるの。

 

「だが、名前と形を把握していると位置関係が混乱しないから長旅でも迷いにくい。長旅だと案外役に立つぜ」

「そうそう。重要スキル」

「うっそだー。山に登ったときに一発で当てられたら格好良いとかそういう理由だぞ」

 

 ツキノワにはお見通しであった。

 

「そ、そんなことないし。それより、このあたりはどこにテント広げてもいいの?」

「他の巡礼者や冒険者の通行の邪魔にならなけりゃな。もっとも今日は俺たちしかいなさそうだが」

 

 ツキノワが嬉しそうにザックを降ろした。

 この世界で初めてのテント泊に、私もわくわくしている。

 

「じゃ、テントを広げる班と、料理をする班にわかれよっか。ていうかご飯は私に任せて、ツキノワたちはテントをよろしく」

「了解」

 

 こうして私たちは、初めてのテント泊をすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 テント設営班はアスガードさん、シャーロットちゃん、ツキノワの三人だ。

 料理班は私とニッコウキスゲである。

 

 と言ってもメニューはすでに決まっていて、ある程度下ごしらえも済ませている。ニッコウキスゲは魔法による補助をしてもらうだけだった。

 

「ねえオコジョ。この料理、何……?」

 

 ごく基礎的な魔法の一つに、『保冷』という魔法がある。

 油紙や布で包んだ物に魔法をかけると、そこそこひんやりした状態を維持できる。

 地球のクーラーボックスほどの性能はないが、そこそこ重宝する魔法だ。

 レストランで腕を振るうシェフや、私のように旅をするポーターにとっては必須スキルと言って良い。

 

「ペミカン」

 

 で、私は油紙を開いて、保冷して持ってきた食料をニッコウキスゲに見せた。

 そこには白い塊の中に、何か肉や野菜のようなものが入っている。

 ニッコウキスゲは見たことも聞いたこともなかったようで、?マークがふよふよと浮かぶような顔をしていた。

 

「え、なんて言ったの? ぺみ……?」

 

「ペミカン」

 

 ニッコウキスゲが、私の料理工程を不思議そうに……もっと言えば、いぶかしみながら眺めている。

 何を食べさせられるのか戦々恐々といった様子だ。

 

「炒めた野菜と肉を、油脂で固めて密封しておいたやつ。外気を遮断して酸化を防ぐからけっこう日持ちする」

 

 ペミカンとは、昔ながらの保存食であり、そして登山メシである。

 

 元来はアメリカの先住民族の保存食で、干し肉や焼いた肉、砕いた木の実やドライフルーツを獣の脂肪で押し固めたものだ。

 

 乱暴に言えばこれは固体のオイル漬けのようなもので、微生物が繁殖できない油脂の中に食料を閉じ込めて腐敗を防いでいる。そして瓶で持ち歩く必要はないため持ち運びやすい。

 

 そして時代は過ぎて19世紀頃、これに着目したアメリカの軍隊が兵士のための食料に採用したり、北極探索などでも使われたり、巡り巡って日本の登山者にも伝わった。

 

 もっとも、日本の登山者や登山部員が食べているペミカンは元来のものからレシピが魔改造されていて、「カレー粉を入れる前のカレーをラードやバターで固めた感じ」、あるいは「固形ルゥに具材も全部いれちゃいました」みたいなものを想像してもらえるとわかりやすいだろう。

 

「バターのカタマリを食べさせられるかと思ったよ……でもよく見ると、野菜とか入ってるわけね」

 

「みじん切りにした玉ねぎとニンジン、ピーマン、豚肉をしっかり炒めて、解かしたバターで押し固めて魔法で冷やした」

 

「で……そのまま食べるわけ?」

 

 ニッコウキスゲがおっかなびっくりに尋ねた。

 

「できなくはないけどオススメはしない」

 

 火や鍋を用意できない状況ならそうするしかないが、基本的には水で戻してスープ状にして食べることが多い。そもそもペミカンは肉と野菜と油で構成されているシンプルな保存食だ。色々と応用が利くわけで、料理しないのも少々もったいない。

 

 例えばお湯で溶いて味噌を入れて即席の豚汁にすることもできるし、あるいは味噌ではなくカレールゥやシチュールゥで割ればカレーやシチューができあがる。

 

 なお、スープ状にして食べるならバターがオススメ。ラードはバターより溶けにくいメリットがあるものの風味がけっこうキツい。

 

「色々と調理法はあるけど、今回は水で戻した乾燥豆のスープで割る。あとは香辛料とか塩とかダシで味付けって感じかな」

 

 カレーではないが、カレーっぽいスパイシーなペミカンスープを作る。

 これをご飯と一緒に食べるのが、私の考えた登山メシだ。

 

「あーよかった。オコジョの思いつきで凄い物を食べさせられたらどうしようかと思った」

 

 ニッコウキスゲがあからさまにホッとした表情になった。

 

「そういうのも考えてる。でも今はペミカンの実用性を証明するのが優先かな。これがあれば長旅のQOLは大きく改善される。よろしく」

 

「……マーガレットお嬢様の気持ちがちょっとわかってきたよ」

 

 ニッコウキスゲがやれやれとばかりに肩をすくめた。

 だが今日ここにカピバラはいないのだ。

 みんなにはカピバラのかわりに、私の思いつきに付き合ってもらう。

 

 

 

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