「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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ぺミカンを食べよう 2

 

 

 

 鍋にペミカンと水で戻したレンズ豆、ダシ代わりのドライトマトと塩を入れて静かに煮込む。

 

 同時にもう一つ鍋を用意してご飯を炊く。

 

 火に掛ける以外の調理工程はまったくなく、ナイフさえも使っていない。私は祭壇兼焚き火台を用意して、具材の入った鍋を火にかけただけだ。ニッコウキスゲには味付けをしてもらった。

 

「これ、凄い簡単だね……普通はもうちょっと手間だよ」

 

「手間を減らすのも巡礼者の技量。地味な労力の削減は、何日も続く巡礼ほど恩恵が大きい」

 

「確かにね」

 

 私が思うに、登山メシやキャンプ料理を成功させる秘訣は準備や下ごしらえに全力を尽くすことだ。

 

 準備の時点で想定が甘いと無駄なゴミが出て処分できなくなったり、失敗した料理の後始末に困ったりする。ゴミ袋やジップロックに入れられる固体のゴミならいいが、想定外の液体のゴミが出ると「頑張って食べる」or「捨てる」の二択に追い込まれる。そして山の環境を汚すのは単に道徳の問題のみならず獣の問題が出る。

 

「生ゴミが出ちゃうと獣が来るから、ゴミが出ないのが最善」

 

「クマと出会ったばっかりだしねぇ」

 

「クマ以外も、イノシシだって怖い。あとカラスが押し寄せてきてテントをフンだらけにされるとか、場所によってはありえなくもない」

 

「そうそう、カラスは目が良いから困るんだよ。目敏く食べ物を見つけてくるからね。だから食べたくもないガチガチのパンでも、取られないよう腹に入れなきゃいけなくてキツかったなぁ……」

 

 ニッコウキスゲは騎士だったときに長期間の行軍を経験していたようで、戦闘糧食=まずいという揺るがぬ方程式が頭の中にあったようだ。そのため私が用意したペミカンも懐疑的な目で見ていたらしい。だがペミカンがどうやら美味しそうだとわかると、嬉しそうに味付けに取り掛かっている。何やら香りの良さそうな香辛料を使うつもりのようだ。楽しみだ。

 

「さて、ご飯もそろそろできたかな?」

 

 米を炊く鍋の底からばちばちという音が響く。

 水分が減って米に吸収された証拠だ。

 ここからは蒸らしモードである。

 

「みんなー、もうちょっとでご飯できるよ。そっちはどう?」

 

「ご覧の通り、バッチリだ」

 

 テント班はすでに設営を完了していた。

 二組のテントがセーブポイントに鎮座している。

 みんな荷物を降ろして中で寝っ転がったりと、だらだら遊んでいたようだ。ずるい。

 

「設営した側の特権さ。それでオコジョとしてはこのテントはどうだ? 断崖絶壁のホテルほどじゃないが、今日の宿だって負けたもんじゃないぜ」

 

「そういえばツキノワはポータレッジ体験してなかったっけ。いつかやろうね」

 

「絶対やだ」

 

 にこやかにツキノワが笑う。

 ここでイエスと答えたら連れて行かれることを理解しているのだろう。

 ノーだとしてもチャンスは伺うけどね。

 

「それで……こういうテントを立てたんだ。格好よくていいと思う」

 

「だろ?」

 

 木と木の間をロープで弛まないようにピンと張って結び、そこに布を吊り下げている。三角錐を横に倒したような形状になっており、地球のアウトドア用語に分類するならばパップテントもしくはタープテント。軍幕であるとも言える。

 

 もっとシンプルに言うなら、運動会で使われるテントの、スカスカなところをなくして屋根部分だけを使ってるようなイメージだ。

 

 ちなみに生地はしっかりしていて耐久性があり、中の空間も広く居住性は良い。

 

 が、当然ながら短所もある。

 

「でも、重くなかった?」

 

「めちゃ重い」

 

「だよね」

 

 いわゆる登山用テントに該当するコンパクトで軽いものはないだろう。

 あったとしても耐久性の問題が出てくる。

 それを考えると軍幕を愛用する気持ちもわかるというものだ。

 

 それに居心地の良さや耐久性以外にも愛用される理由がある。一枚の四角い生地を折り紙のように折りたたんだり紐を引っかけたりしているシンプルな構造であるため、色々と応用が利くのだ。木の枝を使ってワンポールテントのようにもできるし、四角い形のままロープで引っ張れば広い面積を日差し避けとしても使える。

 

「五人を超えるパーティーでの長旅だと便利なんだけど……もうちょっと携帯性があればなぁ……」

 

「またあのお嬢様に頼んで作ってもらうか?」

 

 ツキノワが笑ってそんなことを言った。

 私の考えてることをよくわかっている。

 

「……マジで何か考えてるっぽいな」

 

「素敵なホテル第二号、期待してて。さて、そろそろご飯にしよっか」

 

 皆を集めて車座になる。

 

 お皿にご飯を盛り、そしてシェラカップにペミカンスープを入れて皆に行き渡らせる。

 

「ではみんな、太陽神ソルズロアに日々の恵みを感謝して、頂きます」

 

 私は両手を組んで祈りを捧げる。

 それを皆、ちょっと不思議そうに見ていた。

 

「……そんなお祈りの文句ありましたったっけ?」

 

 シャーロットちゃんが首をひねる。

 はい、私のオリジナルの文言です。

 いやオリジナルというのも語弊があるか。

 前世の世界の風習を、この世界で違和感がないような感じにカスタマイズしている。

 

「なんとなく山で食事するときはお祈りしちゃうのが私の癖」

 

「なるほど……それは大変素敵なことと思います。では私も……。ソルズロアに日々の恵みを感謝して、頂きます」

 

 なんか極めて日本人的な文化を伝播させてしまった気がする。

 

 いいのかな……?

 

 ……ま、いいか!

 

「それよりみんな、食べて感想を教えて。これに不評が無ければ、今後の巡礼でのご飯に正式採用するつもり」

 

「言っとくが俺はグルメだぜ。巡礼中のご飯には一家言あると言っても過言じゃねえ」

 

 ツキノワがグルメ漫画の審査員みたいなことを言い出した。

 そして匙でスープを掬って口に入れた瞬間、彼の目の色が変わった。

 

「……おいおい、いいのかよこんなもん食って」

 

「巡礼中の飯はまずいってのが相場なんだが……こういうしっかりしたものを食べられるのは初めてかもしれんな。作るの大変だったんじゃないか?」

 

 ツキノワはもったいぶってたくせに素直に褒めてくれた。

 そしてアスガードさんも美味しそうに食べている。

 私もそろそろ食べよう。

 味付けはニッコウキスゲに任せていたし、どんな雰囲気になっているか楽しみだ。

 

「んん……? これ、美味しい……っていうかカレーっぽい……!」

 

 唐辛子の辛味、だけではない。

 スパイシーな口当たりの奥に、どこか清涼感を感じさせる不思議な芳香がある。

 現状でも満足感はかなり高いが、タマネギの甘味やとろみがあれば、かなりカレーに近付くだろう。

 

「なんでオコジョが作ったのにオコジョが驚いてるんだよ」

 

 ツキノワが笑ってツッコミを入れてくる。

 

「ニッコウキスゲに仕上げを任せてたから……これ、何入れたの?」

 

「え? 大したものは使ってないよ。カリカリに乾燥させたトマトでしょ。塩でしょ。あとなんか衝動買いした香辛料」

 

「なんか衝動買いした香辛料について、もっと詳しく。クミンとかコリアンダーとか?」

 

「それはいいんだけど……あの話はいいのかい?」

 

「あの話? ……なんだっけ?」

 

「大事なこと忘れるんじゃないよ。ほら、そっちの……」

 

 ニッコウキスゲが横の方をちらりと見る。

 そこには、美味しそうにペミカンスープを食べているシャーロットちゃんがいた。

 とても幸福そうな表情で、私たちの話は耳に入っていなかったようだ。

 

「あっ、その、すみません……美味しくて、つい……」

 

 視線に気付いたシャーロットちゃんが、ご飯を飲み込んだ後に恥ずかしげに詫びた。

 

「大丈夫大丈夫。時間はまだまだあるし」

 

「いえ、ですが大事な話でもありますから」

 

 こほんとシャーロットちゃんが咳払いをして、居住まいを正した。

 

「実のところ、オコジョさんが巡礼神子になるのはすでに決まったようなものでした」

 

「でした?」

 

「少々状況が変わりつつあります。あ、オコジョさんが何かしたとか、不興を買ったとか、そういう話ではありません。そこはご安心ください」

 

「それはそれで何か不穏なものを感じるんだけど」

 

 安心してくださいという前置き、基本的に安心できないし。

 そして私の言葉が図星だったのか、シャーロットちゃんは気まずそうな顔をしていた。

 

「……オコジョさん。焔王という名を聞いたことはありますか?」

 

 

 

 

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