「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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大鬼山のボスに挑もう 2

 

 

 しゃりしゃりとした足の感覚が心地よい。これが正常な気象現象であればの話だが。

 

 今は標高2000メートル弱。麓から十度以上寒い計算になるし実際肌寒いが、水が氷になるほどの気温ではない。

 

「どう思う?」

 

 私はみんなの顔を見て尋ねた。

 

「戦闘の音と魔力を感じるね。人間……のような、違うような」

 

 ニッコウキスゲが曖昧に答えた。

 

「誰かに追い抜かれてボスと戦闘してる……わけじゃないな。別のルートから誰か山頂に来たんじゃないか」

 

「でも、登るときのお祈りで誰かが登ってるとか、大地の精霊からお告げはあった?」

 

「ううん、聞いてない」

 

 実は私はこの山に入るとき、私は大地の精霊を召喚して天気や他の登山者の状況を確認した。

 特に何か異変はなかったはずだ。

 

「ゴブリンマジシャンは火の魔法くらいしか使えんし、星のめぐりが悪くてボスが強くなるとしても魔法を使う方向にはいかないはずだ。むしろそれに対抗するために氷の魔法を人間が使ってる……って考える方が一番辻褄が合うぜ」

 

「……ヤミ巡礼じゃないか?」

 

「かもしれねえ」

 

 ツキノワの言葉に、アスガードさんが気になる言葉を放った。

 そんなヤミテンみたいな言葉、この世界にもあるんだ。

 

「ヤミ巡礼って何?」

 

「大地の精霊に気取られないよう、何かしら魔術的な隠蔽をして潜り込んでるってことさ」

 

「そんなのあるんだ……でも、なんで?」

 

 大地の精霊に隠れて巡礼するなどデメリットしかない。

 他の登山者の状況も、獣がどれだけ荒ぶっているかもわからない。

 予測不可能な事態になったときに救援を求めることも難しい。

 

「一つは盗賊や暗殺者の可能性。貴族や金持ちが巡礼するスケジュールを把握して待ち伏せして狙うって手口だ。誰か、狙われるにあたって心当たりのあるやつは?」

 

 全員が首を横に振った。

 私はソルズロア教でちょっとした注目を集めているが、暗殺されるほどの重要人物でもないと思う。

 

「いたとしても、テント場で休んでるタイミングを避けるのは不思議じゃない?」

 

「そうだな……となるともう一つの可能性か」

 

「そうだね。昨日聞いた話を考えると、そういう無茶するやつがいてもおかしくないと思う」

 

 アスガードさんがどこか悩ましげな顔をした。

 ニッコウキスゲもそんな感じだ。

 私とツキノワとシャーロットちゃんは何のことかわからず、?マークを浮かべていた。

 なんだか無知トリオになってしまっている。

 

「無茶ってどういうこと?」

 

「代償を払って強力な魔法を使ってる……ってところかな。一種の禁呪を使ってるから精霊から隠れてるのかもしれん」

 

「それは……不穏だね」

 

「ただ、変異した魔物が暴れてるとかじゃないだろう。人間側の俺たちには危険は少ないと思う。確認と報告の必要はあるがな」

 

「じゃあ、偵察しよう。私が精霊召喚をするから、みんなは周囲に警戒してほしい。もしものときは……」

 

「担いで逃げるさ」

 

 ツキノワが任せろとばかりに笑った。

 お米様抱っこしてもらうことになるのは恥ずかしいが、ここは任せよう。

 

「旅人に加護をもたらす大地の精霊よ。祈り15日分を供物とする。麗しき姿を大地に降ろし、我が化身として願いに応えたまえ……【精霊召喚】」

 

 そして私は、真っ白いオコジョに意識を宿した。

 

 

 

 

 

 

 登山道の脇、雑草をかき分けて静かに山頂方向を目指す。

 霜が降りているどころか、凄まじい勢いで雪が降っている。

 白毛のオコジョが雪面を駆ける姿は美しいものだ。

 自分で自分の姿が見えないのがちょっと悔しい。

 

「ぐるるるるるるららららぁー!!!」

 

 そのとき、鬼の咆哮が響いた。

 それは大きく重く、腹の底が震えるような振動として響くが、サイクロプスほど怖くはない。

 むしろどこか、哀切を感じる何かがあった。

 その正体を求めて山頂にたどり着いて、理由に気づいた。

 

 それは闘争の興奮による雄叫びではなく、命乞いの悲鳴であったからだ。

 

「なに、あれ……?」

 

 攻撃魔法を見たことは何度もある。

 

 ニッコウキスゲの強力な風魔法には助けられてきたし、学校に行ってたときも授業で見かけた。魔法使い同士の決闘を興行にしてる、ちょっと治安の悪い催しも見た。だが今まで見たものとはまるでかけ離れていた。次元が違う。

 

「旅人に艱難辛苦をもたらす氷雪の精霊よ。命の灯1日分を供物とする。災いの剣となりて敵を斬り裂け」

 

 白いローブをまとった銀髪の魔法使いが天に手をかざすと、そこに冷気が集まっていく。

 巨木のごとき長さと太さの氷柱が現れる。

 それを見た鬼……大鬼山のボス、ゴブリンキングは怯えて後ずさった。

 

 見ればゴブリンキングはすでに満身創痍だ。まるでショットガンか何かに撃たれたかのように無数の傷が肌に穿たれて血を流している。そして手足の末端部は凍り付き、見るも無残だ。もう勝敗はすでに決しているように見えた。

 

「ぐおおおおおおああああ!」

 

 それでもゴブリンキングが渾身の力を込めて棍棒を振りかざして魔法使いに迫った。

 凄まじい気迫にこちらまでちびりそうになる。

 これはサイクロプスを超える恐ろしさかもしれないと思い、ごくりと唾を飲み込む。

 

「……散れ」

 

 だが、その気迫ごと、氷の大剣によって斬り伏せられた。

 ゴブリンキングは振りかざした棍棒と共に斜めに斬り裂かれ、ずしりと倒れる。

 その死体の上には雪が降り積もり、みるみる内にその姿が見えなくなる。

 まるで、雪上に倒れた遭難者が見えなくなるがごとく。

 

 だがその惨劇の後は決して夢でも幻でもない。

 事実、魔法使いの顔には返り血がべっとりと付いていた。

 

【甘露甘露。流石、聖者に見込まれた次代の勇者。それでこそ力を貸す甲斐があるというものよ】

 

「……もう少し控えめにしてもよかった。やり過ぎだ」

 

【つれないことを言うものではない。焔王を倒すまでの短い付き合いだ。せいぜい楽しませておくれ……ところで】

 

 何かの気配が、こちらを見ている。

 視認はできない……と思ったが、いや、見える。

 白いフードの魔法使いの隣に、雪のような、光のような、奇妙な幻影がある。

 精霊だ。

 だがその気配は、大地の精霊の優しい気配とはまるで異なる。

 どこか獰猛で、獲物をいたぶるような気配。

 もしかしてこれ、邪精霊というやつだろうか。

 特定の人間と共に行動するなど聞いたこともないけれど。

 

「オコジョ……?」

 

【……ま、そうじゃのう。オコジョじゃのう】

 

 魔法使いが私を見て、こちらに歩いてきた。

 

 いやいやいや待って待って怖い怖い怖い。

 

 オコジョじゃないです、人間です、と言いたいところだけど、恐らくあの精霊はそれに気付いてしらばっくれてる雰囲気がある。

 

 というか相手が精霊ならば、精霊召喚によってできた偽の動物であることなどわかるはずだ。

 

「冬毛になってる……一時的に冬にした影響かな。ごめんよ」

 

 血の付いた顔で、魔法使いは申し訳なさそうに言った。

 魔法使いはその恐ろしい実力に反して、私よりも年下であろう幼い顔立ちをしていた。

 

 

 

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