「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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フラット歩行を復習しよう

 

 

 

 まあ、覚えた技術を「使うな」と言われて納得しない気持ちはわかる。

 わかるのだが。

 

「これは冗談とかじゃなくて真面目な話。滑落しないのが一番。ただ万が一そうなったときにどうすればいいか、それを覚えていてもらうことには意味がある」

 

「わからんでもないさ。剣術の稽古で似たようなこと言われたな。最強の戦法は戦わないことだってな」

 

「あたしも、部隊とはぐれたときのサバイバル技術とかはやったっけ……。最後に『そもそもはぐれるな』と言われて脱力したわ」

 

 ツキノワとニッコウキスゲがしみじみ語る。

 こっちの世界にも剣術のお稽古で禅問答じみたことを言う人がいるんだろうなぁ。

 

「まあ、レインウェアとか回復魔法とかも似たようなものではあるけどね……」

 

「そういうこと。こういう手段があるって頭に入れておいてほしい」

 

「わかった。……で、そろそろ休まない? あたし疲れたわ。特に足」

 

 カピバラが肩をすくめながら言った。

 

「やっぱり重い?」

 

 冬用装備は基本的に重い。

 ザックに入れている荷物の量が増えるということでもあるが、重さを如実に感じるのは足だろう。

 

 通常のミッドカットのトレッキングシューズなら500g前後。

 ローカットのトレイルランシューズやハイクシューズなら200gから400gといったところだ。

 

 で、保温材の入った冬用登山靴は、軽いもので700g程度。

 1kgを超えるものも珍しくはない。

 そして靴にスノーシューやアイゼンを付けると、2~3kgの重りを付けているのと同じだ。

 

 更に、誰もまだ歩いていない新雪の上をラッセルするとなるとますます体感の重さが大きくなる。地面の反発という意味での衝撃やダメージは少ないので骨や関節には優しいが、心肺機能や筋肉への負荷として見たらキツいのだ。

 

 他人の後ろをぴったりくっついて他人にラッセルさせるラッセル泥棒が嫌われる理由でもある。

 

 とはいえ、今日はそこまでの距離は歩いてはいないし、滑落停止訓練では当然スノーシューは脱いでいる。ただの疲労と思わず、原因を探らなければ。

 

「足のどのへんが疲れたとか、痛いとか、詳しく教えてほしい」

 

「重くて疲れるのもあるけど、靴が硬くて足の甲がちょっと痛いのよね」

 

「あー、紐の締めすぎかな……?」

 

 カピバラの足元にしゃがみ込み、靴の様子を見る。

 足の甲の部分の紐がキツいとシンプルに痛いし、ゆるいと靴の中で足が動くのでそれも痛い。

 靴紐がクロスしているところに指が入らない程度だと丁度良い。

 というわけで指を突っ込んでみるが、入らない。

 紐の問題ではなさそうだ。

 

「痛いのはこのへん?」

 

「もうちょっとつま先より。足の指の付け根の上の方……って言った方がいいかしら。足を上げるときに当たって痛いのよね」

 

「となると履き慣らし不足と……フラット歩行がちゃんとできてないかも」

 

「ちゃんとフラットに足を降ろしてるわよ」

 

「ちょっとやってみよう。アイゼン歩行やる上ではみんなの歩き方をまず確認しなきゃいけないし。ちょっと斜面を歩いてみてほしい」

 

「それはいいけど」

 

 カピバラが斜面を歩いてみせる。

 足の降ろし方は問題ない。

 踵でもなく、つま先でもなく、雪面に対してフラットに足を降ろしている。

 姿勢もしっかり重力に対して真っすぐだ。

 斜面に併せてのけぞったりもしていないし、俯きすぎてもいない。

 そういえば「下を見るのが悪い癖」って言ってたから気を付けていたみたいだ。

 

 だが一点、問題に気付いた。

 

「カピバラ。ちょっと一歩一歩の間隔が大きいかな。小刻みに歩く方が楽。それと足を降ろすときだけじゃなくて、後ろの足を持ち上げるときもフラットに離してみて」

 

「足を持ち上げるとき?」

 

「そう。地面を蹴り出そうとしてつま先を曲げてる。でも靴が固いから曲がらなくてストレスが掛かってるから足が痛い……んだと思う」

 

 登山ではフラット歩行を覚えましょうとよく言われるが、ちゃんとやるのは案外難しい。

 歩き方って映像を見ても意外とわかりにくいし、指導者の教え方もまちまちなので感覚がなかなか掴めない。

 

「難しくない? 地面を蹴らずに足を持ち上げるってこと?」

 

「ちょっとくらいつま先曲げるのは問題ないけど、後ろの足はぐっと踏みしめないよう意識してみて。骨盤とか大殿筋とか……つまり、おしりの筋肉で足を持ち上げるイメージ。そして重力を利用して足を降ろす。遅くてもいいから、一歩一歩小刻みに確実に歩く」

 

「遅くしたいけどあんたたちが速いのよ!」

 

「それはごめん。ペース配分のミス。もうちょっとゆっくりでもよかった。ちょっとやってみるから見てて」

 

 カピバラにお手本を見せる。

 ゆっくりと足を降ろし、ゆっくりと足を離す。

 膝や足首、つま先には力を入れない。

 後ろの足はギリギリまで雪面から足を離さない。雪面を蹴り出すのではなく、前に出した足の方の大殿筋とハムストリングスで持ち上げるように自然と雪面から離す。

 

「なんていうか……ケモノっぽい? 大型草食動物みたいな」

 

「け、ケモノじゃないし!」

 

 陸上競技の選手のようなスマートでスタイリッシュな姿とは違って、安定を目的としているから、そう思われても仕方ないかもしれない。ちょっと熊っぽいなと思うことはあるし。

 

 でもこれをしっかりできれば、筋力の少ない人でも長時間の行動ができる。

 

「そういえば、二人は大丈夫なの?」

 

 カピバラがニッコウキスゲとツキノワを見る。

 

「あたしは大丈夫」

 

「靴が固いのはちょっと違和感あるが、まあなんとか」

 

「なんで平気なの? この靴、作ってそんなに経ってないと思うんだけど」

 

 カピバラが不思議そうに首をひねった。

 

「底の薄いサンダルとかで歩き慣れてると、フラット歩行は身に付きやすい。二人とも登山靴以外で山を歩いたり長距離を歩いたりした経験は長いし、足に負担をかけない歩き方を自然と習得してるんだと思う」

 

「なるほど……長年の訓練の賜物ってわけね。靴に守られてない人の方が靴を効果的に使えるっていうのも、ちょっと皮肉な話ね……」

 

 歩き方と靴の関係は奥が深い。

 カピバラが黙々と歩き方を試したり、かと思えば立ち止まって考え込み始める。

 この調子でまた何か面白いものを作ってくれると嬉しいな。

 

「ちょっと汗をかいて冷えてきたし、そろそろ小屋で休もうか」

 

 こうして、今日の雪上訓練はひとまず終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 ここは氷菓小屋という名の小屋で、フローリングの広間とロフトの寝室がある。

 その他、衣類を掛けるハンガーもあるし、更衣室のようなスペースもある。

 ちなみにトイレも野外に設置されている。

 

 だがもっとも目立つのは、広間の壁際にある暖炉だ。

 

「暖炉があるのはありがたいが、薪がないんじゃどうしようもねえな。拾ってくるか?」

 

 ツキノワの言葉に、ちっちっと人差し指を横に振った。

 

「ふふふ、ここの山小屋の暖炉は魔法の暖炉。火種さえ用意できれば、薪を燃やすのと同じくらい暖かくなる」

 

 というわけで、火種(プチファイア)の魔法を唱えて暖炉に火を放り込んだ。

 ついでに燭台にも火を灯す。

 軽く汗をかいて冷えつつある体に、ほっとするような温もりが伝わり始めた。

 

「あら、けっこう暖かいじゃない」

 

「なんかこういう山小屋にいると怪談話をしたくなるね」

 

「お前の怪談は洒落にならんから嫌だ。前に話してコレットちゃん泣かしただろ」

 

 ニッコウキスゲが悪戯を思いついたような悪い顔を浮かべる。

 ツキノワはけっこう本気で嫌そうだ。

 

「うーん、自分ではそんなつもりもないんだけど……。オコジョは何か怖い話とか知ってる?」

 

 なんかニッコウキスゲから無茶ぶりが来た。

 

 

 

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