「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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雪崩の埋没者を救助せよ 1

 

 

 

 

 何をどうすればいいかを教えてくれる人は、ここにはいない。

 

 だからカピバラが全力で雪崩の現場に駆け付けたのは、仲間を救うためではなく仲間に救いを求めるためであった。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 汗が噴き出る。

 胸が苦しい。

 15という数字がカピバラの脳内に駆け巡る。

 だがここに辿り着くために急いで走ってきたのに、すでに10分以上経過している。

 もしかしたらすでに15分など過ぎ去っているかもしれない。

 

「どこよ……どこなの……! なんでなのよ……!」

 

 全員が雪に飲まれた瞬間は目に焼き付いている。

 雪崩の規模は決して大きくはなく、三人がどのあたりに埋もれているかある程度の範囲は絞れている。

 だが現場に来て人を掘り出すことを考えると、「ある程度の範囲」があまりに広い。

 どれだけの体力と時間が必要になるのだろうかとカピバラは計算し、絶望的な答えしか出せなかった。

 

 そして、風が吹くと雪がぱらぱらとこぼれ落ちる。

 もしかしてまた崩れるのではないかという恐怖がカピバラの背中に走る。

 

 逃げ出したいという気持ちを押し留めたのは、靴職人としての矜持ではなく、回復魔法使いとしての教えであった。

 

 回復魔法の使い手が怯懦で逃げれば、そのとき助かったところでやがて死神に命を刈り取られる。

 

 大仰な言い回しだと思った。この教えの本質は、たった一人で行動するよりも回復魔法を使って動ける人間を増やして後のことは任せた方が助かる確率が上がるという、子供でも思いつく単純な理屈だ。だが、銀世界に一人ぼっちのカピバラが縋るには十分な力があった。

 

「でも、どうすれば……あっ……!?」

 

 そのとき、銀世界にほんの少しだけ存在するノイズがカピバラの目に写った。

 青い布きれのようなものが、ほんの少しだけ露出している。

 

「オコジョのザックだ……!」

 

 これを掘り出せば何もかもがうまくいく。

 そんなカピバラの希望は、すぐに裏切られることになった。

 

「ザックだけじゃないのよ! ばか!」

 

 刻一刻と時間は過ぎていく。

 どうすれば、どうすれば、どうすればいい。

 怒りのあまりカピバラはザックを蹴飛ばし、だが、そのザックから何かがこぼれ落ちるのが目に入った。

 

 それは、祭壇だ。

 最初に誘われて登ったタタラ山でもオコジョが使っていた。

 スライム山でも当然使っていたし、大鬼山でも、ここでも使った。

 どんな状況でもオコジョは祈りを欠かすことなく、精霊に感謝を捧げ、そして安全を祈願した。

 

 いつだってオコジョは何かに備えていて、それをカピバラはずっと見ていた。

 

 今回の山頂アタックの備えは何だったのかとカピバラは考え、すぐに答えが出た。

 

「私じゃん」

 

 涙を袖で拭い、大きく息を吸う。

 太陽の光がじりじりと照りつける中で吸い込む清浄で冷え切った空気は、思った以上に心地よい。

 どんな窮地であっても、ただ自然はあるがままにここにある。

 泣いてもわめいても自然は思いを汲み取ってくれることはない。

 ただ自分の意思を示し、選択し、行動し続けるしかないのだ。

 

「まずは、祈りを捧げないと……」

 

 冷静になれば助かる確率が上がる。

 昨日聞いたばかりの言葉を今まで忘れていた自分に苛立たしさを覚えた。

 だがそれさえも無用な感情で、行動するしかなかった。

 

 カピバラは雪を足で踏みならして平らな面を作り、祭壇を組み立てる。

 震える手を抑えながら香を並べ、祈りを込めて火を付けた。

 魔法の種火もまた火であり、この気温では成功率が著しく下がる。

 何度も失敗して、苛立ち、毒づき、7回目にしてようやく着火に成功した。

 ここから煙が立ち上り、精霊の姿が現れるはずである。

 

 だが、少しいつもと様子が違った。

 

「あれ……雪が、舞ってる……?」

 

 普段であれば煙が集まって、曖昧模糊とした精霊の姿を取るはずであった。

 だが煙ではなく、風に舞う雪が少しずつ集まり、たおやかな女性の姿となった。

 まさに雪の精霊という言葉が似合う、そんな外見だ。

 

【氷菓峰によく来た、巡礼者よ。そなたら人は、我を邪精霊と呼ぶ】

 

 ヤバいのが出てきた。

 

 カピバラは、膝が崩れ落ちそうになるのを堪えるのに必死であった。起きるはずのない雪崩が起きたのは何故なのかと考えたら、精霊が何か妨害をしてきたと考えるのが妥当だ。邪精霊が喜んでいるという意味深な言葉があったが、この邪精霊はきっと、生贄がまんまと来たことに舌なめずりしていたのだろう。

 

 ここが私たちの冒険の終わりなのだ。

 

 そう自覚した瞬間、カピバラの目から涙がつうと流れる。

 

【……まず願いを聞く前に、詫びをせねばなるまいな】

 

 だが、邪精霊は意外な言葉を放った。

 

「わび……?」

 

 何を言ってるんだろうと、カピバラは言葉の意味を掴みかねた。

 

【今、この山の魔力は大きく枯渇している。一ヶ月もあれば回復はしようが、我が吸い取ってしまった。雪は崩れやすく、寒さも保てぬ】

 

 邪精霊は淡々と説明する。

 それが今の現状、雪崩の原因を説明していると、遅れて気付いた。

 

「……魔力が枯渇? そんなことありえるの?」

 

【ありえるともさ。それ相応の敵がいて、それ相応の代償を払うならば】

 

「それってもしかして……焔王とか……?」

 

【いいや。だが強大な魔物じゃ】

 

 どうやらこの邪精霊は、自分が契約した精霊魔法使いと共にどこかで戦っていたらしい。

 

 それはそれは壮絶な戦いであると同時に、どこかの街、ひいては国全体を守るために何としても勝たなければならなかったそうだ。その結果、この氷菓峰が持つ魔力が大きく失われ、一時的に「聖地」から「自然の山」に近くなってしまった。

 

 なるほどとカピバラは思うと同時に、だからどうしたと思った。

 

【ゴーレムの王、古の魔なる神に造られし破城を倒すためには、どこかの聖地を犠牲にする他なかった。たまたまおぬしらがここにいたのは不運であった……だがこの窮地を脱することができたならば、それは反転するであろう】

 

 邪精霊にどうすべきか考えていたカピバラの緊張とストレスは今、頂点に達した。

 

「うっさいわねそんなことはどーーーーーーーーーーーーでもいいのよ! オコジョたちを助けてくれるの!? 手伝ってくれるの!? くれないの!? どっちなのよ!」

 

【願いには応えよう。手伝いもしよう。だが、約束はできぬ】

 

 この役立たず! と叫びたくなる気持ちを抑えて、カピバラは怒りを呼吸とともに飲み込む。

 うっかり怒ってしまったが、この精霊の機嫌を損ねてはどうにもならないと頭の片隅ではカピバラも理解していた。

 

「……じゃあ、手伝って」

 

【祈りを捧げよ。されば応えよう】

 

「祈り3日分を捧げる! みんなは……巡礼者カプレー、冒険者ジュラ、冒険者フェルドは、どこにいるの! どうなってるの!」

 

【……三人とも生きておる。場所を説明してやってもよいが……面倒じゃ。目をつぶれ】

 

 邪精霊がカピバラの顔に、いや、まぶたに手を伸ばした。

 神秘の存在が自分に触れるという異常事態にカピバラは恐怖するが、だがその恐怖はすぐに払拭された。特に痛くもなく終わり、目を開けた瞬間には望むものを与えられていた。

 

「これは……魔力が見える……?」

 

【少々、我が目を貸してやろう。それでわかるな?】

 

 十メートルほど先の雪面の下の方に、青い光が見える。

 さらに先には黄色の光と黒い光。

 三人が埋もれている場所だとわかり、カピバラは喜んだ。

 

 だが、その喜びはすぐに焦りに変わった

 ここから三人を掘り出すのにどれだけの時間をかければよいのか。

 

 順当に考えれば、ジュラを最優先に助けなければいけない。

 だがそれまでに時間を費やして他の仲間が危機に陥ったら?

 

 最悪の場合、冷徹なまでの選択が必要になる。

 

 それはいやだと心が軋む。

 

【主人よりもらった祈りが少々余っており、今ここに顕現する分には問題ない。よって助言をしてやろう】

 

「助言って、何よ?」

 

【それはそなた次第。問いを放つのはそなた。動くのもそなた】

 

「わたし……」

 

【それと急げ。あまり時間はない】

 

「わかってる。それはわかってるわよ!」

 

 焦らせないでよ、とカピバラは内心で舌打ちする。

 だが精霊がこんなにも柔軟かつ協力的なのは例外中の例外だった。

 カピバラはそこまでは理解してはいなかったが、箴言であろうが皮肉であろうが、他者の言葉は喉から手が出るほどほしいものだった。

 

「……もしみんなを雪から掘り出すとして、あなたの力を借りるとしたらどれくらいの祈りの日数が必要?」

 

【直接自然を操作することは、年単位の祈りが必要となる。あるいは、より強い供物が】

 

「例えば、寿命?」

 

 カピバラが、少々の覚悟を抱きながら尋ねた。

 だが邪精霊は首を横に振る。

 

【だがそれは、神前で互いに生涯を寄り添う儀式を執り行い、契約を結んだ上で初めてできること。今、ここでは無理じゃな】

 

「なんでよ!」

 

【そういうものじゃ。助けたくば、他の方法を考えよ。このままでは息途絶えてしまうぞ】

 

「そんなことわかってるわよ! 息途絶えることくらい……息が、途絶える?」

 

【ああ】

 

「……なんでオコジョは、雪崩が起きたら15分に助けろって言ったの? おかしくない?」

 

 今、カピバラの頭脳に、何かが降りようとしていた。

 そのひらめきを掴もうとカピバラは必死に考え、言葉を紡ぐ。

 

【それは知らぬ。人の心は読めぬ】

 

 邪精霊のそっけない言葉に、カピバラは怒ることはなかった。

 それは自分の疑問を明確にするための、自分への問いかけであった。

 三人を助けるのはあくまでカピバラ自身なのだから。

 

「……雪崩に埋もれた人間が死ぬのはなぜ? 20分とか1時間とか、ゆっくり死んでいくのは、どうして?」

 

 カピバラは、雪崩で死ぬ理由がよくわかっていなかった。

 

 雪崩で人が死ぬのは当然のことだ、という観念があり、じゃあ雪崩の何が作用して人を死に至らしめるのか、具体的に理解しようとはしていなかった。

 

 いや、もっと言えば、雪崩とは何なのかもよくわかっていない。雪が転がってくるという現象がどうして怖いのかを分解しようとはしていなかった。ただ、怖いという思いしかなかった。

 

 恐怖が悪いわけではない。それがあるからこそできることがある。恐怖と戦うということはただ剣や杖を取って戦うことではない。恐怖が何なのかを分解し理解することだ。

 

【息が続かぬからだ】

 

「つまり、雪崩になった人は、呼吸できないから死ぬの?」

 

【いいや、雪の勢いに流されて岩に体や頭をぶつけて死ぬこともある。運良く息ができる状態でありながら気を失い、気付けば体の温もりが奪われれることもある】

 

「三人は、怪我をしてる?」

 

【いいや。だが、息が弱まっておる】

 

「そっか」

 

 雪崩の死因のほとんどは、窒息、もしくは外傷だ。

 

 特に、口や鼻に雪が詰まっている状態となると呼吸が不可能となり致命的な状況となる。ヘルメットがあれば頭部がすっぽりと雪に包まれることはなく、口元の空間が確保されるが、それでも残存する空気は僅かなものだ。

 

「だったら、まだ、なんとかなる」

 

 カピバラの目に、光が宿った。

 

 

 

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