「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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下山をしよう 3

 

 

 

「どうやって?」

「弱層っていうのがあるのが原因なんだろう? 水を飛ばして雪を重くして、そこに冷気の魔法を放つ……ってどうかな」

「上手く行けば弱層はなくなるかもだけど……衝撃でまた雪崩が起きないかが心配」

「うーん……。上手く行くか、試しにやってみない?」

 

 ちょっと迷うところだ。

 山にさらなる衝撃を与えるのは避けたい。

 ただ、さらさらとした雪をなんとかして弱層の上から落ちるのを防ぐという発想は面白い。

 

「目的は、雪の状態を均質にすること。なるべく衝撃を与えずに」

「衝撃を与えずに、ってところが難しいね」

「……火と水の属性の魔法を同時に使えばなんとかなるかとは思うんだけど……難しいよね」

 

 今、パッと思いついた方法がある。

 

 雪の温度を少しだけ上げて、そしてまた下げる、という方法だ。

 

 弱層となっている箇所もろともちょっとだけ溶かしてまた冷やして固めたら、理論上、弱層はなくなる。また、弱層の上のさらさらとした雪も、重くてざらざらした雪に変わって滑りにくくなるはずだ。

 

 多分だけど。

 

「え、できるよ。あたしが考えた方法より魔力は減らせる」

「できるの?」

「あんたにコーヒーを淹れてやったの覚えてない?」

 

 ……そういえばそんなこともあった。

 サイクロプス峠の岩壁に泊まった日の朝、ニッコウキスゲはお湯を作った。

 お湯を直接生み出す魔法は、火と水を同時に扱う高度な魔法なのだ。

 

「雪が均質になるよう、雪の温度をちょっとだけ上げて溶かして、そこからまた下げる」

「いける。大丈夫」

「魔力は足りる? 範囲はかなり広いよ」

「山全体に付与するとかは流石に無理。けど、私たちが歩く方向の1キロくらいだったらいけるし、10回くらいなら使える」

 

 思いの外、心強い答えが来た。

 なにより、ニッコウキスゲはやりたがってる。

 ここを攻略したい。

 負けっぱなしは、嫌だ。

 

 大自然に勝てるなんてことは思わないけれど、それでも、私たちが助かったことに、カピバラが助けてくれたことに、意味を見出したい。報いたい。それがどれだけ傲慢で強欲であったとしても。私たちは巡礼者であり、冒険者なのだ。

 

「……弱層テスト用の雪の柱を作って、そこに魔法をかけてテストしよう。上手くいったら本番」

 

 私たちは再びスコップを奮って小さな雪の柱を作った。

 

 流石に疲労がたまっているので、範囲はごく小さい。だがこれが成功すれば大きな価値が生まれる上に、私の考えてる省力化と組み合わさればかなりの時間短縮になる。

 

「よし、行くよ……【昇温】。そして……【凍結】」

 

 最初に使ったのは水を湧かしてお湯にする魔法であり、次に使ったのは水を凍らせる魔法である。

 どちらも、生活魔法という攻撃魔法未満の威力しか持たない魔法である。

 ニッコウキスゲは、それを雪の柱に付与した。

 

「できた?」

「できた……はず」

 

 雪の柱の見た目は一見、何も変わらない。

 だがその温もりと冷気は確実に雪の姿を変質させているはずだ。

 

「叩いてみるよ」

 

 私は、雪の柱の頭に手を置き、手首の力だけで10回叩く。

 なんともない。

 そして次は肘を支点にして、やや強めに叩く。

 これも問題ない。

 そして最後に、肩の力を使って体重を乗せて叩く。

 

「これは……いけそうだね……」

 

 雪の柱を横から叩いたり、揺さぶったりしても、頑として動かない。

 ていうか表面が硬いのでちょっと痛い。

 弱層が、消えた。

 

「オコジョ、いけるね……!」

 

 ニッコウキスゲが、童心に帰ったようにはしゃいで喜ぶ。

 失敗続きの山行の中で、ようやく前に進んでいるという実感に喜んでいる。

 

「ニッコウキスゲ、本番お願い。ただ無理はしないで」

「わかってる。……【昇温】【凍結】」

 

 私はニッコウキスゲの後ろに下がって、魔法を放つニッコウキスゲを見つめた。

 この山に積もる雪は今、ニッコウキスゲにとって、コーヒーカップに満たされた水と同じだ。

 あるいはウイスキーグラスの中のお酒とロックアイスだ。

 少しだけ温め、そして冷ます。

 氷が溶け、そして液体のすべてを冷やし、均質化させる。 

 

「よし!」

 

 見た目は何も変わらない。

 だがニッコウキスゲは大きな手応えを感じている。

 成功の感覚を掴めたのだろう。

 私もほんの少しだけど、湿度が上がり、そして下がったような妙な感覚を肌で感じた。

 

「じゃあ、オコジョ。行こうか」

「いや、まだだよ」

 

 もうちょっと試したいことがあるんだよね。

 

「ん? まだ雪崩の不安があるのかい?」

「ううん。効率的に進むための方法。精霊召喚を使う」

【なんじゃ、またオコジョになるのか? 魔物も獣もおらぬし、試練を仕掛ける我は休業中じゃ。様子を探っても意味はないぞ】

「あっ、まだいたんですか」

【おったわ! おぬしもなかなか無礼者の……】

「すみません」

 

 邪精霊シュガーは不機嫌そうだが、精霊がこれだけ姿を維持してくれるのは中々ないことだ。

 普通は聞かれたこと以外に答えることは少なく、すぐに姿を消す。

 意地悪とかではなく人間の会話の機微にあまり関心を持たないからだ。

 

「何をしたいかというと、ウェブビレイヤーの糸の先端をオコジョに運んでもらって上の方に固定して、引っ張る力を利用する」

【うぇぶびれいやー?】

「あっ、その手があったね!」

 

 ニッコウキスゲは、私が何をやろうとしているのかわかったようだ。

 

「見てて。面白いと思うから」

 

 私は、再びミニ祭壇の前に跪いて祈りを捧げた。

 

「旅人に加護をもたらす大地の精霊よ。祈り15日分を供物とする。麗しき姿を大地に降ろし、我が化身として願いに応えたまえ」

【ま、よかろう。何をするかわからぬがやってみるがよい】

 

 そして祈りに応えて、私の目の前に冬毛のオコジョが現れた。

 ていうか私の精神がオコジョになった。

 

「で、オコジョに糸を発射して、と……」

 

 オコジョに乗り移った状態で本来の肉体を動かすの面倒くさいな……。

 なんか操り人形を扱ってるような、クレーンゲームのクレーンを動かすようなもどかしさがある。

 

「よし。上手く行った」

「オコジョ、気をつけてね。その体で怪我しても命に支障はないけど、痛み自体は感じるはず」

「うん」

 

 ニッコウキスゲの忠告を聞きつつ、私は雪面を駆けた。

 うわっ、めっちゃ早っ。

 不慣れなはずの動物の体は、まるで元からオコジョとして生まれたかのように自由自在に動いた。

 

【それはお前の精神のあり方が似ているからじゃ】

「内心の疑問に答えられるとビビるんですけど」

【で、どうする?】

「もう少し上のところの木に巻き付けようと思います」

 

 私の視線の先には、岩が露出しているところがある。

 傾斜が強いためほぼ岸壁のようになっているのだ。

 

【なるほど。浮き石もないし丁度よかろう】

 

 ありがとうございます。

 というわけで、雪面から露出している岩にロープを巻き付け、粘着力を発生させる。

 軽く引っ張るが、強度的な問題もなさそうだ。

 

「よし、解除」

 

 オコジョの姿を消して、私の精神は再び人間ボディの方に戻った。

 

「どうだい?」

「いけるね。じゃあニッコウキスゲ。ビレイヤーの糸を私に飛ばして。数珠つなぎで行こう」

「……なんか子どもの遊びみたいな格好だね」

「でもこれが一番ラク」

 

 ウェブビレイヤーの糸によって、岩、私、ニッコウキスゲの三点が結ばれる。

 そしてウェブビレイヤーを少しずつ短くすることで、上に進む力を働かせて楽に登る。

 転倒が怖いので、エスカレーターのごとくガンガン進むってわけにもいかないが、それでも十分に体力温存しつつ速度を維持できる。聖地だからこそできるチートプレイだ。

 

「雪面が硬いからスノーシューはいらないね。普通に立てるしツボ足の方が楽かな」

「そうだね」

「よし、行こう」

 

 こうして私とニッコウキスゲは、雪面をすいすいと登り始めた。

 糸の終端にたどり着いたところで再びオコジョに変身して更に上部の岩場に糸を運び、また糸で引っ張ってもらう……という作業を繰り返す。

 

 これは……本当にずるい……!

 

「ついちゃった」

「ついちゃったね……」

 

 シュガー・マウンテンの第一峰、氷菓峰の山頂に楽々とたどり着いてしまった。

 

 眼下には真っ白い雪面が広がり、それがある瞬間において突然途切れている。

 皿に盛られた氷菓に例えた人はもしかしたら、下から見上げたのではなくここから見下ろしたのではないだろうか。自分が小人になってアイスクリームの上に上り詰めたかのような錯覚を覚える。

 

「あれ、祠は……あそこかな?」

 

 ほとんど雪に埋もれているが、祠の先端だけがちょこんと出ている。

 祠のほぼ上で跪くのってアリなのかなと疑問に思ったが、まあ大事なのは祈りの心だ。

 

「いと高きにおわします太陽神ソルズロアよ。寄る辺なき空の寒さにその御心が凍てつくことのなきよう我らが日々の歓喜と哀切の薪を捧げます。そして神の愛が炎となり空と海と大地をあまねく照らし、我らの小さな営みをお守りくださるよう切にお祈り申し上げます」

 

 山頂の祠が反応して、輝きだした。

 あ、そういえば無殺生攻略してたんだった。

 目映い輝きが祠から放たれたかと思うと、それは山全体を覆いだした。

 

「これで……任務達成かな……?」

【うむ。聖地としての力が蘇った。感謝するぞ。では本来の精霊に任せて、我は契約者の元に戻ろう。下山も油断するでないぞ】

 

 また邪精霊シュガーが現れ、そして礼を告げて去って行った。

 

「傍迷惑なやつだったね」

「どっちかというと、傍迷惑な人の使い魔って感じ?」

「違いない」

 

 なんとなくやり遂げた気分になって、私たちはここから先の景色を見た。

 そこには、二つの山頂が待ち構えている。

 極光峰と、凍刃峰だ。

 ここよりも傾斜が強く、そして標高もちょっとだけ高い。

 来るなら来てみろとでも言っているかのような、雄々しい気配を感じる。

 なんとなく女っぽい山とか男っぽい山ってあるんだよね。

 氷菓峰は、雪崩に見舞われていうのもなんだけど、たおやかで女性的だ。

 

「流石に、今日の縦走は無理だね……」

「また来ればいいさ」

 

 私の言葉に、ニッコウキスゲが微笑んだ。

 

 

 




おかげさまで1巻発売しました。ありがとうございます!
買って貰えるとめちゃめちゃ嬉しいです。
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