トロピカルジュースを飲み干し、重い腰を上げる。
灼熱の砂浜で足裏を焼く虐待のためにビーチサンダルなどは用意していないから、そこら辺にある流木などは非常に危険だろう。
少しくらい目を離しても子供じゃないんだから大丈夫だろうし、俺は掃除をすることにした。
「……おや、珍しい」
面白い形の流木を浮かばせていたとき、背後から声がかけられる。
当然存在は把握していたが、脅威にならないために無視していた。
「あァ……?」
「その角はファッションですかな。私は田舎者ゆえ、そのようなものに疎いのです」
立っていたのは杖をついた老人。
言動からして、魔族について詳しくないのだろう。
魔族共が表舞台に出たのは比較的最近のことだから、生態をあまり知らない人間は存外に多い。
「お前は?」
「この辺に住んでいる者です。村というには小さすぎる集まりですが、綺麗な海のおかげか苦労はしとりませんよ」
「……とすると、以前よりも砂浜が綺麗だったのは」
えぇ、私たちが村総出で海岸の整備をしているのです。
目が見えないほどに湛えられた眉を揺らしながら、老人は笑った。
「クックック、いい心がけだ」
「そう言っていただけるとなによりです。ところで、前々から気になっていたのですが、あの城は……」
言って、俺が作り上げた砂の城に目線を移す。
「俺が作った」
「道理で。思えば、その角といい人知を超える城といい、あなた様は海の化身なのですね」
「は?」
なにを言い出すかと思えばこのジジイ、ボケたか?
どう見ても魔族……いや、知らないのか。まぁ知らなかったとしても、俺の溢れ出る悪辣オーラが、そんな聖なるアトモスフィアを纏ってそうなやつと一致するわけがない。
「あの城は、数年前に私たちの村を襲った大津波を防いでくれました。砂という儚い物でできていながら、その実堅牢。よもや人の創造物ではなかろうと思っていましたが、今はただ、感謝を」
「馬鹿げたことを言ってるんじゃねぇ。俺を誰だと………………いや」
信じていたものを目の前で破壊する虐待をしてもよかったのだが、それ以上に面白い勘違いをしているこいつ、並びに村のやつらに虐待をすることにした。
「――あの城は人の想いで強くなる。毎日とは言わん。せめて年に一度……新年くらいに、日の出に臨むあれに祈れ。そうすればお前の村はそれこそ千年くらいは残るだろう」
一から十まで嘘である!
別に魔法で強化しているだけだから祈る必要なんてまったくないし、わざわざ時期を指定したのにも意味はない。
ただ、新年の日の出を見られる時間ということは相当寒いだろうと思い、未来の村の人間を寒さでうち震わせる虐待をしようと思ったのだァ!!
「ありがとうございます……なんとお礼をすればいいのか」
「いらん。……そうだな、それでもなにかしたいと言うなら、新年を祝う祭りでもしろ。祈りのついでになぁ」
俺は前世から初日の出というものに懐疑的だった。
普通にただの日の出である。楽しめるとは思えない。というか楽しめなかった。
そんなものを見るために遅くまで起きさせられて、非常に疲れる祭りまで開かされる……なんて嫌な虐待なんだろうか!
頭を下げ続ける老人に別れを告げ、掃除が終了した砂浜を眺める。
いつの間にか時間が経過しており、焼けるような茜に染まって、海面には太陽までの道が伸びていた。
「
背中にフリーレンを抱えたフランメが、疲れたように息を吐いた。
どうやら遊び疲れて眠ってしまったようだな。子供か?
「代わってくれないか」
「代わるわけないだろう? お前の弟子だ、なんとかしろ」
元は俺の虐待が原因だと言うのに、責任を一切取らずに任せる酷さ!
フランメも諦めたようにため息を吐き、隣でぼーっと斜陽を見やる。
魔法で状態を固定している俺には関係ないが、一応乙女であるフランメにはこの潮風はきつかろう。なんせ髪が傷むらしいからなァ!
ククク、無理矢理海とかいう人類が遥か昔に乗り越えたステージに回帰させ、本能的に襲い来る恐怖に晒す虐待……。
あわせ技で恐ろしさが倍増しちまうぜぇ!?
「楽しかったよ」
ポツリと自然に溢れたように、彼女はこちらを見ることもなく呟く。
当然それが強がりであることは明白なので、鼻で笑ってやった。
「そうか、この程度だったらいつでもやってやる」
今日の虐待レベルだったら、一週間に一度くらいは出来るか?
まぁメリハリがなくなるからやらないけどな!
フランメは遠く霞んでいく太陽に目を細め、まるで逃がしたくないと言うかのように手を伸ばして、柔らかく掴んだ。
「……私はあとどれくらい生きられるんだろうな」
「どうした急に」
「いや、フリーレンの気楽そうな顔を見ていたら、な。自分の僅かな時間で、これからも生き続けるこいつに、なにを残せるのか疑問に思ったんだ」
確かに考えてみれば、この時代の人間の平均寿命は四十くらいだ。
平均とはいえ指標にはなる。まもなく至るであろう死に、不安になったか。
流石の俺も死を茶化すことはない。
なんせ覚えていないが一度死んだ身だ。
「そういうのはお前が考えることじゃない」
「……」
「大して教訓のあることが言えるわけではないが、少なくとも自分の価値を決めるのは後世の奴らだと、この目で見てきた」
エーヴィヒとかあんなカッコいい感じじゃなかったからな。
過去なんて常に未来に捏造され続けるんだ、悩んだってしょうがない。
「今を生きろ、フランメ」
そうして虐待の恐怖に怯えてしまえ! 死なんて目に入らないほどな!
彼女はふわりと口元を緩くし、流し目でフリーレンの気楽そうな顔を眺めた。
こいつは多分なにも考えていないんだろうな。虐待のことで頭を悩ませる俺とは大違いだぜ。
「……そうするよ。答え合わせは天国ですることにした」
「クックック、だったら俺もオレオールまで虐待ついでに聞きに行ってやるよ」
死後も恐れ続けるがいい!
この虐待の大魔族、ケーフィヒ様になぁ!!!!
俺は口角を上げながらフランメの額を小突いて、斜陽に背を向け転移した。
◇
勇者ヒンメルの死から28年後。
中央諸国グランツ海峡。
「ここは古くからの航行の難所でしてな。色々なものが流れ着くのです」
難破船などが散乱する砂浜を、フリーレンとフェルンは老人に連れられて歩く。
「昔は村総出で海岸の整備をしていましたが……」
「人手が足りなくなって放置ってわけか」
「以前は透き通るような綺麗な海でした」
「知ってるよ」
フリーレンは流木やら朽ちた船などが囲む、砂でできた城を見上げた。
「フリーレン様。あれは……」
「あれはケーフィヒの……いや、なんでもない」
フェルンが首を傾げるが、それに対する回答はない。
実際には途中まで出そうになったものの、彼女の魔族観を破壊してしまうと判断したフリーレンが封じた。
半眼で師匠を睨みつける弟子の圧力に、しかし珍しく屈しない。
老人の依頼を受け、海岸の清掃を引き受けた二人は、長い時間をかけて掃除していった。
「……こんなに大変なのか。やっぱりケーフィヒは化け物だな」
「フリーレン様。ケーフィヒ、とはどのような方なのでしょう」
「な、なんでもないよ……」
何度目かわからない問答を挟み、数ヶ月が経過した。
間にフリーレンのだらしなさを認識したフェルンが、自分はお母さんなのかと質問する場面もあったが、無事に新年祭までに清掃は間に合った。
「海岸の清掃と新年祭ってなんの関係があるのですか?」
「この村では新年祭の日に日の出を見る習慣があるんだ。本当は逆だったってケーフィヒが言ってたけど……透き通るような海に日の光が反射してとても綺麗なんだってさ」
「フリーレン様は見なかったのですか?」
「私が起きられると思う?」
「それもそうですね」
しかし今度こそは日の出を見ようとするフリーレンに、「不可能でございます」と断言するフェルン。
徹夜の覚悟を告げるが、なぜそこまでするのか理由がわからない。
「正直興味はないよ。だから見て確かめるんだ」
そして夜。
宿にて。
「寝てる……」
あれほど自信満々に徹夜を謳っていたフリーレンが、あっけなく落ちている姿にフェルンはキレた。
「フリーレン様起きてください!!」
「……ケーフィヒ……むにゃむにゃ」
「誰がケーフィヒさんですか!! っていうか本当に気になるんですけど、ケーフィヒとはどのような方なんですか……」
結局ものぐさエルフの腕を引きながら、海に臨む展望台まで連れて行く。
二人は少しずつ少しずつ昇ってくる太陽に飲まれていた。
「フリーレン様、とても綺麗ですね」
「……ただの日の出だけどね」
ケーフィヒに教え込まれちゃったから、と。
フリーレンは二度寝をしようとすることもなく、口元に笑みを浮かべて日の出を眺めていた。
「私一人じゃこの日の出は見られなかったな」
「当たり前です。フリーレン様は一人じゃ起きられませんからね」