この街は大陸で最も大きい都市だ。
魔物やら魔族やらの脅威にさらされ、怯え縮こまっている人間どもの集まり……そんな所に俺みたいな悪辣な魔族が侵入しているとバレたら、地獄絵図が誕生しちまうなぁ!?
まぁ虐待は相手を選んでやらないとつまらなくなるから、人間に変身する魔法で混乱を発生させないようにしているのだが。
ここまでの規模の街には来たことがないのか、フリーレンがきょろきょろとあたりを見渡している。交通の要衝であることを直接に伝える、街路に沿った出店から漂ってくる焼けた肉などの香りが鼻腔に飛び込んできた。
フランメは孫娘を見るような目でそれを優しく見守っている。
クックック、俺がお前らにのんびり観光を許すはずがないんだよなぁ!!
「そういえば昼食を食べていなかったなぁ」
「ん、そういえばそうだね。見たことがない景色で満足してたよ」
食事というストレス解消に最も有効な手段――だと俺は思っている――をチラつかせてやれば簡単に精神的虐待が可能だ。フリーレンが目ざとくその発言に反応し、大きな肉塊を炭火で炙り、鉄串に刺して掲げている出店を指差す。店主が客を逃さないためにか、「いらっしゃい!」と声を出した。
フランメは苦笑しながら俺の袖を掴んでくる。
「
「ククク、ならあそこで食っていくとするか」
わぁい、と嬉しいのか嬉しくないのかよくわからない声を上げてダメダメエルフが歩いていく姿を、二人並んで眺めた。
人波に慣れていないのかしきりにぶつかり、その度に小さく頭を下げている。
定期的に渡している小遣いで無事買い物を完了させたようだ。彼女はさっきよりもスルスル歩いてきて、自慢気に紙袋に入った肉を見せつける。
金というのは古今東西争いのもとになる……!
人類の意地汚さの塊、それと見合うほどの自由……!
選択肢があれば悩んでしまう存在に、恐ろしいほどの自由度を誇る金銭を授けるなんて、考え抜かれた悪辣な虐待だぜ!!
「私が奢ってあげるよ」
「それは元々俺が渡したものなんだがなぁ?」
まるで初めてお使いを終えた子供だ。
嬉しそうな顔を曇らせるために吐いた言葉にムッとし、若干油が染み出ている紙袋を胸元に押し付けてくる。善意を否定されると嫌な気分になるだろう? それが虐待だ。
悪い悪いと言いながら頭を撫で――当然汚れていない方の手で――髪を梳く。
フリーレンは少し擽ったそうにしながら、「ケーフィヒならいいよ」とほのかに笑った。
「私にはないのか?」
「
悪戯気なフランメの問いに、澄ました顔で両手を背に回すフリーレン。
先程購入してきたときに三袋持っているのは見えていたが、彼女はあえて隠すことにしたようだ。フランメの様子を窺いながら口元に笑みをたたえている様子は、わざと親に怒られようとしている子供。
やっぱりガキじゃないか!!!
「クックック、精神の成熟具合が差をつけさせたんだよなァ!」
種族的特徴という禁止カードを使って虐待を行いつつ、「でも今回だけだよ」と紙袋を渡しているところを見る。
初めて会ったときは魔族殺すとかしか考えていなさそうな顔をしていたのに、今ではなにも考えていなさそうなアホ面だ。ほわほわとした雰囲気が形を纏って周囲に漂っているようである。
フランメは以前よりも多く刻まれた皺を深くしながら、フリーレンの髪をクシャクシャにした。
二人して髪を弄ったものだから最早寝起きなのかと疑うくらいの荒れようだ。
まぁ流石は自称情動に薄いとかいうエルフ。他人からどう見られるなど意識にもないのか手櫛すら通さずに、そのまま肉を取り出して頬張り始める。
一応、乙女であり師匠であるフランメが咎め整えてやっていたが、これは問題だな……。
見た目を気にしないということは、着ていると恥ずかしい服をプレゼントしても虐待にならないじゃないか!!
虐待のスペシャリストである俺が失敗する訳にはいかない! なぜなら俺の失敗とはすなわち虐待業界の衰退につながるからなァ!!
フリーレンの情操教育をすることを決意しつつ、見えてきた「動物監禁施設」を指差す。
「見えてきたぜ……今夜の地獄が!!」
「まだお日様出てるよ」
空気の読めない一言を華麗にスルーして、罰として背中を突っつく。
むず痒いのか何度も振り返ってくるが無視。
自分の軽率な発言に後悔するんだなぁ……!
圧倒的な重量感を誇る石造りの屋敷……!
明らかに
どう考えても恐怖による行動制限だなぁ?
「フフ、流石俺が見込んだ男だ……」
初めて会ったときは俺の腰くらいまでしか背丈がなかった男だが、小さい頃から虐待教育をしていたことで立派な虐待スキーに成長してくれた。
この屋敷はその現れである。
二人を引き連れて門番の前を素通りし、扉の前で待っていたメイドが口を開く。
「お待ちしておりました、ケーフィヒ様」
「前言っていた通り、例のブツを見させてもらうぜェ……!!」
ニヤリと笑った俺に流し目を向けて、しずしずと彼女は歩いていく。
瀟洒な服装には主人の趣味の良さが現れており、自ずとその虐待力の高さも読み取れた。虐待ってのはセンスがなくちゃ上手くいかないからな……自然と趣深くなるものだ。
建物の中に入ることなく中庭に進む。
確かに整えられた庭園はなかなか響くものがあるが、今日の目的はこれではない。
感嘆のため息をついているフリーレンを引っ張って「それ」の前に押し出してやった。
「クックック、これが今日の虐待だ!!」
太い鉄棒の向こうに見える岩肌のようにそびえる身体。
恐ろしく鋭い牙には人を殺してやるという殺意が滲んでいる。
それでいて深い叡智を感じさせる瞳は、一種の恐怖を感じさせた。
「狂気の殺人兵器、南方の象……!」
「わぁ」
フリーレンはあまりの恐怖に呆然とするしかないようだ。目を丸くし口をぽかんと開け、殺意のこもった瞳と向き合っている。
隠しているようだがフランメも怖がっているなぁ……?
ウズウズとしている腕を左手で抑えて、彼女はそわそわしている。
ハーッハッハッハッハッハッハ!!!!
なんて恐ろしい虐待なんだ!! しかしまだまだこれだけじゃないぜ!!
「こいつをくれてやれ」
なにもない空間からリンゴを取り出し、二人に手渡す。
フリーレンは一体なぜ渡されたのか理解していないようだが、フランメは合点がいったという様子。
気づいてしまったようだな、真の虐待に。
「わからなかったか? 餌をやれ、と言っているんだよ……!」
狂気の殺人兵器である象に餌をやるというのは、そのまま自分が餌になる危険を孕んでいる。
食われるかもしれないという恐怖に晒す恐ろしい虐待だ。自分で自分のことが怖くなるね。正直、最後の象を見たのは思い出せないほど前だから人を喰うのかは忘れたが、多分この見た目だったら数人くらいペロリといくだろう。
掴んだリンゴをおっかなびっくり檻に差し込むフリーレン。それを見ながら哄笑する。俺の意図をくんだのか象は人を簡単に殺してしまう鼻を伸ばし、圧倒的な吸引力でリンゴを奪い取った。
その勢いに驚いたのかフリーレンは腰を抜かしてしまう。
せっかく作った服が汚れるのも面白くないので、俺はさっさと彼女の腰に手を回して立ち上がらせた。
「次はフランメの番だ」
表情を曇らせていたこいつも見逃せねぇよなぁ? どうせ次は自分になるのだろう、あわよくば忘れていてくれないかなとか思っていたことは明白だ。
俺は公平性を重んじるタイプの悪辣魔族だからな……しっかりと同じくらい虐待してやるぜ!!
彼女もそろりと檻の中に手を入れ、もしゃりもしゃり咀嚼されているところを観察していた。
おそらく自分が食われたらどうしようと心配でもしているのだろう。クックック、虐待用玩具の心情など手に取るようにわかってしまう、己の冴え渡る頭脳が憎いよ。
なんせ有効的な次の手段がパッと思いつくからなぁ!
「まさかこれで終わりだとでも思っていないよな?」
「……まぁ檻がいくつかあるからね」
「よくわかっているじゃないか」
屋敷の主に対して怒りでも抱いているのか、フリーレンの頬は少し染まっていた。
ギラギラと義憤心に瞳が光り輝いている。正義感の強いお前にはちょっと刺激が強すぎたかぁ?
それでこそ虐待だ!!!
その後もライオンやらシマウマやらに二人を襲わせる虐待をして、本日は終了。今日の恐怖を忘れられないようにするために、恐ろしき姿を模した、今にも動き出しそうな人形を押し付ける。
ついでに疲れているだろうから疲労回復効果のある温泉に連れて行ってやるぜ!! これで明日からもバッチリ虐待できるって寸法よ、恐れ慄け!!