汚いエルフを見つけたので虐待することにした   作:音塚雪見

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第十三話

 風が吹いている。遠くから見れば酷く重たそうに見える草原が、ざわざわと揺れていた。

 露を多分に含んだ朝の草木は太陽の光を反射して光り輝いている。

 紙くずを突くような音を立てながら、杖を支えに歩くフランメ。以前よりも曲がった腰が、経過した月日を感じさせた。

 

 

「……調子はいいのか」

 

 

 俺は顔を顰めながら僅かな運動で首筋に汗を流している彼女に話しかける。

 顎から雫が流れ落ち、地面と混じり合った。

 皺をことさらに深くしたフランメはこちらに向き合い、体重をかけていた杖を地面から離してみせる。反射的に支えようとして、

 

 

「この通り。珍しく散歩ができるくらいに元気さ」

 

 

 などと笑ったフランメに、俺はため息を吐いた。

 彼女と出会ってから五十年は経っただろうか。魔族にとって僅かなそれは、人間をどうしようもなく遠くへ連れて行ってしまうものだったのだと思い出させる。

 存外に生命力に溢れる手の甲には、しかし血管が目立っていた。杖をしっかりと握っているために白く染まり、まもなく儚くなってしまいそうだ。

 

 

「フリーレンは?」

「あいつはいつも通り二度寝。私が修行をつけてやろうかと言ったのに、それよりもゆっくりしようよなんて言いやがった」

 

 

 少し上がっていた息が戻ってくる。肩の動きが小さくなり、それに伴って存在感まで薄くなっていくようだ。魔力を制限しているせいで、目を瞑れば消え失せてしまう気がする。

 きっとフリーレンは今の状態の彼女に無理をさせたくないのだろう。だから二度寝を言い訳にして修行をやめさせた……だよな? クク、あいつのだらしなさを考えれば、普通にサボった可能性もあるな……。

 

 

 随分と白くなった髪を揺らしながらフランメは歩きつづける。

 そうしているうちに慣れてきたのか、杖を片手で持って両足のみで地を踏みしめた彼女は、久しぶりに息ができるようになったというように、大きく息を吸い込んだ。

 胸を広げ、深呼吸するその様子はいっそ童女のようで、不思議と物悲しくなる。

 

 

「……あとどれくらい持つんだ」

 

 

 やけに喉に引っかかったその言葉は、掠れて寒風に混じった。

 しかし衰えてきているはずの耳で聞き取って、フランメは苦笑する。

 

 

「そんな顔するなよ、師匠(せんせい)

「……俺がかァ? 一体どんな顔をしているかご教授願いたいものだぜ」

「こんな顔だよ」

 

 

 呟いて、杖を手放し頬を掴まれる。

 無理矢理口角を上げられた俺の顔は自分からは見えないが、きっと無様なものになっているだろう。

 反射的に睨みつけると向けられた遠い目。

 

 

「……楽しかったよ」

 

 

 ぽつぽつ、小雨が降るように語られる思い出の数々。

 吹けば飛ぶ塵よりも少ない時間だと思っていたが、案外振り返れば多いものだ。

 数え切れない悪辣な虐待が脳裏をよぎる。お湯責めをし、禁忌を教えこみ、まともな感性をしていれば一生もののトラウマを数多刻み込んだ。

 

 

 それが楽しかったとは、最期まで口の減らないやつだ。

 

 

「クックック、そうかそうか」

 

 

 魔族には感情がないはずであるが、なぜか胸のあたりがぽっかりとなくなったような心地がする。

 俺は地面に横たわっている杖を拾い上げ渡した。

 フランメはなにか大事なものを受け取るかのように――憎き魔族から押し付けられたものにも関わらず――、しっかりと胸に掻き抱く。

 

 

「……私はなにかを残せたのかな」

 

 

 ぼーっ、と初めに比べればかなり増えた小さな傷を見つめながら、彼女は息を吐き出した。

 よく見れば杖は微かに震えており、漏れ出た言葉が心の底からのものであるとわかる。俺はため息を吐いてフランメを横抱きすると、任意の場所に移動する魔法を使った。

 

 

「なにを……?」

「いいから黙ってろ。お前の疑問に答えてやる」

 

 

 大人しく腕の中に収まりながら、力なく首を傾げる。

 今まで虐待を受けて俺を楽しませたんだ、これくらいはサービスしてやるか。

 本当は自分で気が付かせたほうがいいのだろうが、生憎こちらには時間がない。

 

 

 転移したのは切り立った崖。梢がそよそよ揺れている、空がいやに近く感じる場所だ。

 静かに地面を踏みしめながら、羽よりも軽いフランメが吹き飛ばされないように加減しながら抱きしめる。

 音が発生しなくなる魔法も併用し、できる限り小枝やらを避けながら進んだ。

 

 

 そこで座っていたのは、魔力制限の修行を行うフリーレン。

 

 

「…………どうしてここに?」

 

 

 フランメが呆然として尋ねる。

 俺は肩をすくめて、「お前が言うべきはそんなことじゃないだろう」と地面におろした。

 ゆったり背中を押して邪魔者は隠れる。汚らしい魔族が挟まるべき時間じゃないからなぁ……。

 

 

「……だいぶ様になってきたな」

 

 

 草を踏みしめながら近づいていくフランメ。

 フリーレンはその存在に気がついていたようで、首だけを後ろへ向ける。

 

 

師匠(せんせい)……体調は大丈夫なの?」

「この通り。今なら魔王だってぶっ殺せそうだ」

「そう」

 

 

 呟くフリーレンの魔力はほとんど揺らぎがない。何十年もしてきた修業の成果がこうして結果となって目の前に顕現している。

 それを眩しそうに目を細めながら、フランメは崖からの景色を見渡した。

 

 

「……結局、私はお前に戦いのことしか教えなかった。復讐のための魔法だ」

「後悔しているの?」

「いいや」

 

 

 魔族に対する恨みつらみが、今だけは消え失せて。

 

 

「お前に私の魔法を託してよかったと思っている」

 

 

 満足な顔をしてフランメは微笑んだ。

 そのままこちらに戻ってきそうになったから、俺はしっしと追い返す。

 不思議そうに瞬きする彼女に頭を押さえて、仕方なく自分も出ていった。

 

 

「ケーフィヒも」

「奇遇だなぁ…………二人きりの時間を邪魔する虐待、ってところか?」

「なにそれ」

 

 

 フリーレンは首を傾げた。

 

 

「フランメ、最期くらい好き勝手しろ」

「……私は結構わがまましてきた気がするけどな」

「話にならん」

 

 

 弱い力で彼女の額を弾いて、じとりと双眸を見つめる。

 しばらく相向かう時間が流れたが向こうが折れて、照れたように笑った。

 

 

「フリーレン、一つ頼みがある」

「何?」

 

 

 命令ならともかく「お願いごと」をされたのは初めてなのか、フリーレンは少し意外そうな顔をして振り返る。

 ……まぁ命乞いは願い事に入らないだろう。冗談めいたものだったしな。

 

 

「私の墓の周りは花畑にしてくれ」

「似合わな………………そんなことないか。フリフリの服着てるもんね」

「そうだな」

 

 

 なぜかフランメに睨みつけられた。

 俺は理由が理解できなかったので、なにもない空間から、なにかあったときのために作っておいた魔法少女に似合うステッキを取り出す。

 嫌なものでも見たと言うように顔を顰め、こちらから目を外した。

 

 

「…………フリーレン、私の一番……いや、好きな魔法は、綺麗な花畑を出す魔法だ」

 

 

 遠い過去を――魔族に両親が殺される前の、幸せなものだろう――思い返したように、笑みを浮かべる。

 なにを感じているのかはわからないがフリーレンは「花畑」と口ずさみ、

 

 

「その魔法教えてよ」

 

 

 一瞬、静寂が響き渡った。

 葉が風によって巻き上がり、崖の向こうへと飛んでいく。

 俺はニヤリと笑って、フランメは形容できない感情を閉じ込めた複雑な表情をして、口元を緩めた。

 

 

「……いいか、フリーレン。歴史に名を残そうなんて考えるなよ。目立たず生きろ」

 

 

 彼女は言葉を探すように指で虚空を掻き、やがて合点がいったと柔らかく笑う。

 

 

「――お前が歴史に名を残すのは、魔王をぶっ殺すときだ」

 

 

 フリーレンは目を細め、立ち上がった。服についていた細かな土砂がその勢いで落ちていく。

 二人が向いあう光景はなにか絵画の一枚のようだ。これからなにかが起きるんじゃないか……そう観客に思わせずにはいられない。

 

 

「クックック、お前はフリーレンが魔王を倒せると思っているのか?」

「できるよ。フリーレンは平和な時代の魔法使いだ」

 

 

 心の底から湧き上がってくるおかしさが口から漏れ出て、思わず尋ねてしまった。

 しかしフランメは一切の躊躇なく断言する。髪の一本すら入る隙のない即答だった。

 彼女は横に立つフリーレンを流し見て、ぽんと手を頭の上に置く。

 

 

「私達じゃ無理なんだよ。まぁ魔族の師匠(せんせい)に言うのもおかしな話なんだが……」

「そりゃわざわざ魔王を殺そうとは思わないからなァ」

 

 

 俺はクツクツと喉を鳴らして、先程から一言も喋らないフリーレンに視線を移す。

 

 

「……そういうわけだ。フランメの最期のとんでもない願い、お前が叶えろ」

「…………うん」

「いい返事だなぁ!」

 

 

 音が響くほど強く彼女の背中を叩き、驚き跳ねるものぐさエルフをフランメのもとまで行かせた。

 不満気に目が細められるが、なにも反応せずに踵を返す。

 これからは二人だけでいい。悪辣な魔族の出番などない。

 

 

 ……らしくないことをしちまったぜ。

 俺にも人間らしい部分が少しは残ってたってのかぁ? それにしては恐ろしい虐待をすることになにも思わなかったが。むしろ存分に享楽を楽しんでいた。

 

 

 思えばここまで関わった人間が死ぬというのは初めてかもしれない。

 ゼーリエはエルフだし放ったあとは一度も会っていない。気まぐれに虐待をした人間たちともほとんど会っていない。

 なるほど、身近な人間の死が俺をらしくなくさせたのか。後ろから聞こえてくる温かい雰囲気の会話を聞きながら、少しずつ暗くなっていく森の中へ入っていく。

 しばらくすれば完全に声は聞こえなくなり、俺は転移した。

 

 

 ◇

 

 

 花弁が散る。

 踏みしめる音が軽い。

 空は近く香りが花になって舞う。

 ぽつりと立つ素朴な石が花畑に囲まれていた。

 

 

 俺とフリーレンは二人並んで、それ――フランメの墓石を眺める。

 彼女は何処かふわふわとした雰囲気だった。

 

 

「これで、師匠(せんせい)とはもう会えないんだね」

「あぁ」

 

 

 下ろされた白髪が風に乗って揺れる。

 不思議そうな顔をして首を傾げた。

 

 

「短い間だったね」

「あぁ」

「……人間って、こんなにすぐ死ぬんだね」

「あぁ」

 

 

 フリーレンはゆっくりと地面に座り、墓石に縋り付くように手を当てた。

 ザラリとした冷たさを感じながら彼女は呟く。

 

 

師匠(せんせい)は幸せだったのかな」

「そう思うぞ」

「……そう、なのかな」

 

 

 彼女は悲しい顔一つしない。今まで見たことがない。

 しかしそれが薄情だという感想に落ち着くことはなかった。

 

 

「悲しいか?」

「悲しくないよ。だって私、この人のこと何も知らないし…………」

 

 

 握りしめた手が震える。

 緊張した喉が震える。

 澄ました表情が揺れ動き、肩が震え始めた。

 

 

「たった二十年一緒に過ごしただけだし……」

 

 

 湖のような碧眼が決壊する。

 涙が滝のように流れ、頬を伝って落ちていった。

 俺はそれを横目で見ながら墓石を眺めている。

 

 

「……人間の寿命は短いってわかっていたのに……なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう…………」

 

 

 ついにフリーレンは顔を押さえてしまった。

 泣きじゃくりながら俯いている様子は、とてもあの情動が薄いエルフとは思えない。それほどの影響をフランメは与えたのだ。

 

 

 俺は頭を撫でることもなく、持ってきていた杖を墓石の近くに突き刺した。

 憎き魔族の作ったものなどいらないと思ったのだが、フランメがそうして欲しいと言ったのだ。前世のようにそっと膝を突き、両手を合わせる。

 

 

「…………何を、してるの……?」

「祈っている」

 

 

 震えて上擦っている声に短く返し、瞑っていた目を開く。

 

 

「人は死んだら無に帰ると言われているが、俺はそう思わない。人は死んだら天国に行くんだ」

「天国……?」

 

 

 少なくとも前世ではそう言われていた。あるいは俺のように転生するのかもしれない。

 どっちにしろフランメは幸せになるのだろう。そっちのほうが救われる。

 

 

「……そうだね。そっちのほうがいいね」

 

 

 フリーレンは目を擦り涙を止め――完全には止まっていなかったが――、俺の隣に膝を突いた。

 慣れない様子で両手を合わせ、天国で幸せに過ごしてくれと祈る。

 ふぅ、と息を吐いて立ち上がると、彼女はそっと見上げてきた。

 

 

「……魔王を倒せ、フリーレン。そうしてフランメに報告してやれ」

 

 

 俺にはできないからな――。

 呟いていつかのように踵を返し、森の中へ入ろうとした時。

 

 

「ケーフィヒ」

 

 

 遠慮がちな、言ってしまえば彼女には到底似合わない声がかけられた。

 片眉を上げて振り返るとフリーレンは立ち上がって、強く服を握りしめている。深く刻まれた皺はその感情の大きさを現しているようだ。

 まったく以て、フリーレンらしくない。

 

 

「なんだ」

「……これを言っていいのかわからないけど……いや、多分駄目なんだけど…………」

 

 

 随分と今日の舌は滑りが悪いらしい。どもりどもり、視線は宙を彷徨い全身で迷っている。

 言うべきか言わざるべきか。

 初めて見たその姿に嫌な予感がして、鳥肌が立つ。

 

 

「私は…………」

 

 

 身体の底に溜まった淀みを吐き出すように。

 フリーレンは片腕を掴んで叫んだ。

 

 

「――私はケーフィヒと暮らして、魔族に対する憎しみが薄まっちゃったんだ……っ」

 

 

 だから、魔王を倒せるかわからない。

 彼女は一言喋る事に口内に針が突き刺さっているような、そんな苦悶の表情を貼り付けながら言い切った。

 魔族に対する憎しみが、薄まった。それはどうやら俺のせいらしい。

 

 

「………………」

 

 

 わけがわからない。俺は虐待をしてきた。それならば魔族に恨みを抱くことこそあれど、その逆などありえない。しかしフリーレンは苦しそうに呻いている。彼女は嘘が苦手だ。とても嘘をついているようには見えない。

 混乱して雑多な言葉が脳裏を飛び回り、視界が安定しない。

 

 

 ただ一つ、わかったのは。

 

 

 すべて俺が悪いということだ。

 

 

「そうか」

 

 

 ぽつりと呟いて、俯いているフリーレンのもとへ歩いていく。

 かさりと地面を踏みしめるたびに音が鳴り、それが死刑の宣告であるとでもいうように彼女は肩を震わせた。

 手を伸ばせば触れられる距離に近づいて、足を止める。恐る恐る顔を上げこちらを見たその目は、酷く呆然としていて大きく見開かれていた。

 

 

「だったら最後の虐待だ」

 

 

 ――お前に魔族への恨みを思い出させてやろう。

 

 

「かかってこい、フリーレン」






もうすぐ終わります。
ちなみにこの作品はハッピーエンドです。



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