フリーレンを拉致ってきてから半年ほどが過ぎた。
最近ではあいつの警戒心も少しは解れ、朝起こしに行っても全然起きやしなくなった。
フッフッフ……まさかこの俺よりもだらしなくなるとはな……。読めなかった……この俺の目を以ってしても……!
「おい、起きろフリーレン」
「うーん……あと五時間……」
「許すわけないだろう」
俺もそんなに寝てないのに、虐待用玩具に許すはずがねぇよなぁ?
くるまっている毛布ごと掴み、そのまま床に転がした。
やけに毛深い羊から取った毛で適当に作った毛布だからか、モコモコしすぎていて実に掴みにくい。これは寝にくいだろうなぁ……。
「……ぁー」
「だらしねぇな。魔法使いとしての自覚があるのか」
魔法使いだから立派ってわけじゃないけどな。
現に俺はだらしないし。まぁ最強の魔族だから関係ないんだけどなぁ!
そのまま目をしょぼしょぼさせているフリーレンを横抱きし、そこら辺に生えていた木を切り倒して適当に作った椅子に座らせる。
やはり適当に作った机に皿を乗せて、今日の朝食はこれで終わりだ。
「……なにもないの?」
ようやく目が覚めてきたのか、不思議そうに首を傾げる。
生意気なことを言いやがって、お前にやる飯はない……と言うこともなく、俺はニヤリと笑った。
「クックック……そんなわけがないだろう。朝食は大事だからなぁ、一日のスタートがどうしようもないものになっちまう。お前の朝食は
「あれ?」
指さした方を素直に向いた彼女は、驚いたように目を見開いた。
「今日は……バイキングだぁ!!」
そう、そこにあったのは多くの籠に入ったパンやベーコン、実に朝食らしい食べ物の数々だった。
前世で泊まったホテルでよく出てきたラインナップだ。フフフ、あれは朝起きてすぐに直視するには量が多すぎるよなぁ。思わず食欲を失っちまう程だ。その上人の列が邪魔でスピーディーに取ることが出来ない……。
それを再現するなんて、なんて卑劣な虐待なんだろうなぁ!!
しかもそれだけじゃねぇ。余ったら昼食にも夕食にも出してやる。勿体ないからなぁ。
母親の作る馬鹿に量の多いカレーと同じだ……いくら美味いものとはいえ、ずっと食べ続けちゃ飽きが来る。
食事というのは精神を癒やす唯一と言ってもいい娯楽。それを永遠に同じものにされるなんて、精神崩壊寸前の鬼畜な虐待だ。
「……好きなものを取って良いの?」
「当たり前だ。そのために作ったんだからなぁ」
「お前が作ったのか」
「他にコックがいるように見えるか? それと俺の名前はケーフィヒだ。これからはケーフィヒ様と呼ぶようにな!!!」
「そうかケーフィヒ。じゃあ取ってくるよ」
話聞けよ。
全く躊躇せずに呼び捨てにしやがったぜこのエルフ。
まぁそれでこそ虐待しがいがあるってものか……人形相手に話しかけても虚しいだけだからなぁ。
実は朝に弱い俺は結構な量を皿によそっているフリーレンを尻目に、ヨーグルトのみで朝食を終えた。
「クックック……フリーレン、口元に汚れが付いてるぜ」
こういうところもだんだんだらしなくなってきているのか、彼女の口元にはパンに付けたであろうジャムが付着している。なにも言わずに自分で気づかせ、羞恥を覚えさせるもの虐待の手段のうちの一つではあるが、これからもっと凄い虐待をするつもりの俺はあえて口に出した。
懐から取り出したよくわからない虫の糸から作った布で、フリーレンの口を強引に拭う。
拉致してから初めこそ抵抗していたものの、最近では無抵抗に暴行を受けるようになったなぁ……。
「食べ終わったら久しぶりに地上へ行くぞ。渡しておいた服も着ろよ? 歯磨きもしっかりなぁ」
バッチリ皿の上が空になったことを確認して、俺はニヤリと笑って立ち上がった。
近頃ダンジョンとかいうのが湧いてくるようになったらしいからな……それを利用して虐待してやるぜ!
それから数十分ほどが経ち、ログハウスの外で待っているとフリーレンが出てきた。
「……それで、今日は一体なにをするんだ」
「まぁお楽しみってやつだ」
少し不満げな彼女を無視して、ふと思いついたことに笑みを浮かべる。
せっかくなので移動時間も虐待をすることにしたぜぇ。
「こっちに来なフリーレン」
「…………」
「絶対に手を離すなよぉ? いくらお前でも死んじまうからなぁ」
転移魔法で天脈竜の背の端まで行くと、ぽてぽてと近づいてきたフリーレンを抱きしめる。
憎き魔族に抱かれるってのも虐待になるが、今回はそれ以上の恐ろしさを体験させてやるか!!!
「まだ飛行魔法の使えないお前に、自分の力で空を飛ばせてやる!!」
――と言っても、かっこよく落ちるだけだけどなぁ?
なにをするのか理解した彼女は反射的に俺の胸から脱出しようとするが、力強く抱きしめているために逃れられない。耳元で風を切る音がゴオゴオと流れ去っていく。
雲よりもなお高い位置にいる天脈竜から飛び降りたのだ、その恐怖もひとしお。
最初はジタバタ暴れていたフリーレンは、やがて俺から離れたほうが危ないことに気づいたのだろう、落ち始めて十秒ほどすると動かなくなった。
「……これで死んだら祟るよ、ケーフィヒ」
「クックック、死後も虐待されに出てくるとは殊勝なものじゃねぇか」
頭から緑の大地に吸い込まれていく。
白いツインテールが風で暴れ、顔にペチペチと当たって痛いが必要経費みたいなものだ。
それよりも半眼でこちらを睨みつけてくるフリーレンの恐怖に満ちた顔を鑑賞しないとなぁ!! 情動の薄いエルフだからか、そこまで変化しているように見えないが。
「……そうだ、おいフリーレン。魔法でなんとか着地してみせろ」
「え」
「お前ほどの魔法使いならなんとかなるんじゃないか? 失敗しても俺がなんとかしてやる」
フフフ、馬鹿を見るような目をこっちに向けているなぁ。
以前フリーレンに「魔法は好きか」と質問したところ、好きだと即答が返ってきた。そこで思いついたのが今回の虐待よ。魔法を正確に扱えないと落下死する。しかしまぁ出来ないだろう。少しでも魔法の威力をミスったら落下死だからなぁ。
自分の好きなものも満足に扱えないという至らなさを実感させることで、精神的にもダメージを与える高度な虐待だ!!!
まもなく地面に激突する。あと十秒ってところか?
「こいつは本当に…………はぁ、やるしかないか」
フリーレンはその難しさを理解しているのか、彼女に似合わない重苦しいため息を吐いた。
「冷静に……反動で体が回転したらそのまま落下死だ…………」
手のひらを下へ向け、勢いよく魔力を放出する。
ほぉ、魔法ではなく魔力そのものでこの威力……戦闘にも使えそうだな。
元々のプランではあわや大激突、というところのフリーレンを救出するつもりだったが、予想以上の成長に口角が上がる。
この半年間みっちりと鍛えてやったからか、精密な魔力のコントロールは俺たちの落下速度を緩やかに落としていく。そういえば人類は魔族よりも魔法に長けていないから、後で杖でもプレゼントしてやるかぁ。
たまには息抜きをさせることで虐待の酷さが色濃く現れるんだ。
「クックック、流石フリーレン。傷ひとつない」
「はぁ……はぁ……疲れた。おんぶ」
「あまり俺を舐めるなよ? と言ってやりたいところだが、お前の身では難しいことをさせたからなぁ、特別に許してやろう」
しっかりと両足でもって地面を踏みしめた俺は、今にも倒れ込みそうなフリーレンを背に抱える。
「ダンジョンは……あっちか。もうすぐ着くからなぁ、楽しみにしてろ」
「もう帰らない? 魔力が底をつきそうだ」
「回復するまで待ってやるさ。野営の準備もしてきたからな」
そんなことを言ってダンジョンに挑みたくなかったのだろう? お前の浅い考えなど透けて見えるぜ。
俺は高笑いを上げながら、そのせいで寄ってきた魔物を倒してダンジョンを目指していった。