王女がやって来た夜のことである。サガはマルルの炎杖を弄っており、ルイズは何故か挙動不審で部屋を行ったり来たりしていた。
そんな時である。突然ドアがノックされた。
ノックは規則正しく叩かれた。初めに長く2回、それから短く3回。
ルイズの顔がはっとした表情になった。急いで立ち上がると、ドアに駆け寄って開く。
そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女だった。辺りを窺うように首を回すと、そそくさと部屋に入ってきて後ろ手に扉を閉める。
「あなたは...?」
ルイズは驚いたような声をあげた。頭巾をかぶった少女は、しっと言わんばかりに口元に指を立てる。それから、マントの隙間から杖を取り出すと軽く降った。ルーンを短く唱えると、光の粉が部屋に舞う。
「
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
そう言って少女は頭巾を取った。
現れたその姿に、ルイズは驚愕した。そこには式典で目にした、アンリエッタ王女の姿があったのだ。
「おお、王女だ。ルイズ、王女と知り合いだったのか?」
サガがのほほんと言う中、ルイズは慌てて膝をつく。サガがついていないのを見て、ルイズは
あんたもしなさい!と、いわんばかりにサガの身体を引っ張って膝をつかせた。
「姫殿下!」
それを見て、アンリエッタは涼しげな声で言った。
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
そして王女は、今度は感極まったような表情を浮かべ、膝をついたルイズを抱きしめた。
「あぁ、ルイズ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」
「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて...」
「あぁ、ルイズ!ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!あなたとわたくしはおともだち、おともだちじゃないの!」
「もったいないお言葉でございます。姫殿下」
「なんだ、やはり知り合いか」
「知り合い程度ではありません!わたくしとルイズはおともだちなのです!」
「友達か。口ぶりからして、久しぶりに会いに来たのか?」
サガの質問に言い淀むアンリエッタ。
ルイズはサガを睨む。
「あのねぇ、姫殿下がそんなことの為にここまで来るわけ無いでしょ?」
「えっ...そんなこと?ルイズにとってわたくしはそんなこと程度の事だったのですか!?」
「あ、いや、ち、違います!違います姫殿下!」
わたわたするルイズを見て、仲が良いなと思うサガ。
そして、アンリエッタとルイズは昔話を始めた。
泥まみれになりまで走り回ったこと、おやつの菓子を取り合ったこと、デイヤーループでアンリエッタをボコボコに負かしたこと...
何か違う記憶があった気がするがそれはさておき。
一通り話したあと、アンリエッタの表情が暗くなる。
そんなアンリエッタの様子が心配になり、ルイズは彼女の顔を覗き込んだ。
「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」
「何をおっしゃいます。あなたはお姫様じゃない」
「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。飼い主の機嫌一つで、あっちに行ったり、こっちに行ったり」
アンリエッタは外の月を眺めて、寂しそうに言った。それからルイズの手を取ると、にっこりと笑いながら言った。
「結婚するのよ。わたくし」
「...おめでとうございます」
アンリエッタの声の調子に、何か悲しいものを感じたルイズは沈んだ声で言う。
少し空気が暗くなる。その空気をぶち壊したのは...サガだった。
「結婚!それはめでたい!王女の結婚式ならば盛大なものにしないといけないな。成る程、何故ここに来たかが分かったぞ。ルイズを直々に結婚式に招待するためだったんだな」
「どう考えても政略結婚でしょうが!?何勝手なこと言ってるの!」
「せい、りゃく...?」
サガは政略結婚を知らなかった。そもそも超獣世界で結婚していたクリーチャーをサガは指で数えるぐらいしか知らなかった。
なので、完全にサガにとって結婚とはめでたい良いものという認識なのであった。
「フフっ、面白い使い魔さんを使い魔にしたのね。ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」
「好きでアレを使い魔にしたわけじゃありません」
ルイズは何処からか取り出した辞書で政略結婚の意味を調べているサガを見ながら言った。
「はぁ...」
「姫様、どうなさったんですか?」
「いえ、何でもないわ、ごめんなさいね。嫌だわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるような事じゃないのに、わたくしってば...」
「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくという事は、何かとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」
「...いえ、話せません。悩みがあると言った事は忘れてちょうだい。ルイズ」
「いけません!昔はなんでも話し合ったじゃございませんか!わたしとお友達と呼んでくださったのは姫様です。そのお友達に、悩みを話せないのですか?」
ルイズがそう言うと、アンリエッタが嬉しそうに微笑んだ。
「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」
アンリエッタは決心したように頷くと、真剣な表情を浮かべた。
「今から話す事は、誰にも話してはいけません」
アンリエッタの話はこうだ。
それは、アンリエッタがゲルマニアの皇帝に嫁ぐという事だ。
何故そうなったかというと、それには国の複雑な情勢が絡んでいた。
アルビオンの貴族達が反乱を起こし、今にも王室が倒れそうな事。反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに侵攻してくるであろう事。
それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ事になった事。
その同盟のために、アンリエッタ王女がゲルマニア皇帝に嫁ぐ事になった、というわけだった。
「そうだったんですか...」
ルイズは沈んだ声で言った。アンリエッタがその結婚を望んでいないのは、口調から明らかだった。
「良いのよ、ルイズ。好きな相手と結婚するなんて、物心ついた時から諦めていますわ」
「姫様...」
「礼儀知らずのアルビオンの貴族達は、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。二本の矢も、束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね」
アンリエッタは続ける。
「従って、わたくしの婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」
「もし、そのような物が見つかったら...」
「終わり、投了だな。対戦ありがとうございました、というやつだ」
サガの言葉に、ルイズは顔が真っ青になる。
ルイズはアンリエッタに聞く。
アンリエッタは顔を両手で覆うと、床に崩れ落ちた。まるで芝居がかった仕草であった。
「言って!姫様!一体、姫様のご婚姻を妨げる材料って何なのですか?」
ルイズは興奮してまくしたてた。アンリエッタは重々しげに呟いた。
「...わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」
「手紙?」
「そうです。それがアルビオンの貴族達の手に渡ったら、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」
「どんな内容の手紙なんですか?」
「それは言えません。でも、それを読んだらゲルマニアの皇室は、このわたくしを許さないでしょう。あぁ、婚姻は潰れ、トリステインとの同盟は反故。となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンの立ち向かわねばならないでしょうね」
「それはもう駄目だな。そういうときは諦めてさっさと寝るに限るぞ。私もアプルが全然除去できないときとか我我我に先攻とられたときとかはそうしてる」
ルイズはサガの言葉を無視してアンリエッタに聞く。
「一体、その手紙はどこにあるのですか?トリステインに危機をもたらす、その手紙とやらは!」
その言葉に、アンリエッタは首を振った。
「それが、手元にはないのです。実は、アルビオンにあるのです」
「アルビオンですって!では、すでに敵の手中に?」
「いえ、その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が...」
「プリンス・オブ・ウェールズ?あの凛々しき王子様が?」
アンリエッタはつらそうに、ルイズのベッドに腰掛けた。
「ああ!破滅です!ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ、反乱勢に囚われてしまうわ!そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう!そうなったら破滅です!同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」
ルイズは息を呑む。サガは水を飲んだ。
「では姫様。わたしに頼みたい事というのは!」
「無理よ!無理よルイズ!わたくしったら、なんて事でしょう!混乱しているんだわ!考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事、頼めるわけがありませんわ!」
「何をおっしゃいます!例え地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、ループしてるサガの間だろうが、姫様の御為とあらば、何処なりと向かいますわ!姫様とトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけには参りません!」
「待て、危険地帯シリーズに私も混ぜたか?今」
2人はどんどん盛り上がる。そしてルイズは再び頭を下げ、言った。
「あのフーケを捕まえたこのわたくしめに、その一件是非ともお任せくださいますよう」
「このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ!懐かしいお友達!」
「もちろんですわ!姫様!」
ルイズがアンリエッタの手を握ってそう言うと、アンリエッタはぽろぽろと泣き始めた。
「姫様!このルイズ、いつまでも姫様のお友達であり、理解者でございます!永久に誓った忠誠を、忘れる事などありましょうか!」
「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です!感激しました。わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れません!ルイズ・フランソワーズ!」
「おぉ、美しい友情。危険な戦場に送っても必ず戻ってくるだろうと信頼しているのだな」
「...え?」
サガの言葉にルイズはぽかんとする。サガは首をかしげて続けた。
「アルビオンは今、戦地になっているのだろう?単に手紙を取りに行くだけではなく、戦地に赴き、敵と戦いを繰り広げている皇太子一人を見つけ出さないといけないし、そこから手紙を受け取り、そして無事に帰ってこなければならない。どう考えても危険だし、正直ルイズみたいな一般貴族に任せるような仕事ではないだろう?」
「そ、それは...」
狼狽えるアンリエッタを後目に、サガは更に続けた。
「そんな依頼を友達であるルイズに頼むのだ。本当に信頼して、信じてないと選ばないだろう」
サガはそう言って、ルイズの方へと向いて言った。
「だから、ルイズ。お前は王女の信頼にこたえないといけない。その覚悟が、お前にあるか?」
ルイズは少し悩んだように見えたが、直ぐにその表情は覚悟したものになった。
「...当たり前よ!必ずアルビオンに無事に赴きウェールズ皇太子を捜し、手紙を取り戻してみせるわ!」
「あぁ、本当に、本当にありがとう、ルイズ...!」
口をおさえ、感動している様子のアンリエッタ。サガはルイズに言う。
「私も共に行こう。私はルイズの使い魔だからな」
「なぁに当たり前の事言ってるの、あんたは。使い魔なんだからついてくるのは当たり前でしょうが」
その言葉に、サガは苦笑しながらいった。
「それもそうだな。では、話を聞いた私たち3人で行くとするか」
サガの言葉の違和感。ルイズはサガに尋ねる。
「...3人?あんた、姫殿下も頭数に数えてる?」
「いや?」
「じゃあ、何で...」
「...それは、僕だよ...」
ドアが開き、金髪の少年が頭をかきながら入って来た。ギーシュである。
「は、はは、こ、こんばんわ...」
「ギーシュ!あ、あんたまさか、立ち聞きしてたの!今の話を!」
「薔薇のように見目麗しい姫さまの後を付けてきてみればいつの間にかこんなところへ...それでドアの鍵穴から盗賊のように様子をうかがえば...」
ヘラヘラとそう言うギーシュだったが、突然シャキッと背筋を伸ばすと、アンリエッタに向き直って膝をついた。
「姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう!」
「え?あなたが?」
「ダメに決まってるでしょ、なんでよギーシュ!?」
ルイズが尋ねると、ギーシュは頬を赤らめた。
「姫殿下のお役に立ちたいのです!」
「ルイズ、ギーシュもこう言っていることだし、一緒に連れて行ってもいいだろう?話も聞いてしまっているし」
サガはいつの間にかギーシュと肩を組んでいる。友人となったギーシュがついてくるというのが嬉しいらしい。
「えぇ、でも...」
そんな中、アンリエッタが口を開いた。
「グラモン? あの、グラモン元帥の?」
「息子でございます。姫殿下」
ギーシュは肩を組んだサガを一旦離し、恭しく一礼する。
「あなたも、わたくしの力になってくれると言うの?」
「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう望外の幸せにございます」
どこか熱っぽいギーシュの口調に、アンリエッタは微笑んだ。
「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。この無力な姫をお助けください、ギーシュさん」
「姫殿下が僕の名前を呼んでくださった!姫殿下が!トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んでくださった!」
「よく分からんが良かったなギーシュ」
サガとギーシュは肩を再び組んで脚をあげて踊り始めた。ルイズはその騒ぎには目もくれず、真剣な声で言った。
「では明日の朝、アルビオンに向かって出発するといたします」
「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」
「了解しました。以前、姉達とアルビオンを旅した事がございますゆえ、地理には明るいかと存じます」
「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達は、あなたがたの目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」
アンリエッタは机に座るとルイズの羽ペンと羊皮紙を使い、さらさらと手紙をしたためた。
そして自分が書いた手紙をじっと見つめ、悲しげに首を振った。
「姫様?どうなさいました?」
アンリエッタの様子を怪訝に思ったルイズが声をかける。
「な、なんでもありません」
ルイズに手紙を手渡し、言う。
「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」
それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜くと、ルイズに手渡した。
「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」
ルイズは、深々と頭を下げた。
「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風からあなた方を護りますように」
こうして、国の存亡をかけた任務が始まるのだった。
存在しない記憶(デイヤーループ)