俺の悩みはまだ他にも色々と有り、上げれば切りが無いほどある。
その一つに、頭が上がらない存在が多いということだ。
父さんや母さんは勿論だが、実は俺にはもう一人? 頭が上がらない人? がいる。
俺が産まれたときからずっと俺達の事を見守っている人? で、俺の鍛錬をいつも手伝ってくれている。
その日も朝早く起きて鍛錬を行う。
起きる時間は父さんとほぼ一緒で、一緒に庭に出て筋トレなどを開始する。
父さんとやっているメニューと同じなのだが、それをこなす速さが俺と父さんとでは違いすぎる。
俺が二十回目の腕立てをする頃には、父さんは四十回目に入っているのだ。
その速さに感心しながら腕立てをやっていると、それを見かねてか前から大きな声が浴びせられた。
『何を魅入っておる、若! まだその程度で惚けておっては御堂には追いつけぬぞ』
そう俺に大きな声を浴びせてきたのは………
有り得ない大きさの鋼で出来た天牛虫だった。
これが父さん、織斑 一夏の劔冑。
『相州五郎入道正宗』
天下一名物と謳われるとてつもない真打劔冑。
数打よりも性能が高く、何よりも自我がある。この科学万能と言われている時代でさえ、その製作法は明らかになっていないという凄く希少な代物だ。
父さんはこの『正宗』を使い、世界に名を馳せた。
今でも父さんの劔冑であり、父さんと供に色々と活躍している。
その正宗なのだが、ともかく俺は父さん達と一緒で頭が上がらない。
何せ産まれた時からずっと世話を焼いてくれていたのだから、実の親と何も変わらない。
父さん曰く、二人が産まれた時から大層可愛がっていたそうだ。
俺も幼い頃は良くその背に乗せて貰っていた。
そんなわけで、俺達は小さい頃から正宗に世話になっていたのだ。
故に、この身内に俺は頭が上がらない。
「別に魅入ってなんてない…ただ、少し凄いと思っただけで……」
少し言い訳がましくそう言うと、正宗は更に怒鳴る。
『何言っておる! 御堂が若よりも凄いのは当たり前だ! 寧ろ若の方が若いのにその為体はなんだ! 御堂が若と同じ年の頃はもっとマシであったぞ! 言い訳した罰として腕立て百回、追加だ!!』
「そんなぁ~」
正宗にそう言われ、俺は情けない声を出してしまう。
鍛錬や武術において、正宗は俺の先生の一人なのだ。先生の言ったことは絶対で有り、言われたら素直にやるしかない。
「正宗、そうきつく言わずに」
父さんはもう腕立て五百回を終えたのか、タオルで顔を拭きながら此方へと歩いてきた。
俺と正宗が話している間にも、ペースを一切落とさずに終わらせたようだ。
その体力に毎回驚かされる。
『御堂は若に甘い! それでは御堂のような武者にはなれんぞ! 若のためを思うのならば、このくらいの厳しさなど当たり前よ』
「そうは言うがなぁ…」
正宗にそう言われ、父さんは苦笑する。
父さんが苦笑して言いよどむ時は大体正宗が言っていることには賛成ということである。
それが分かるだけに、少し悔しい。この年齢は丁度反抗期であり、父さんに反抗する気は無いが少し負けず嫌いの気もあってか苛立ってしまう。
そのまま腕立てを悔しさをバネにしてこなすと、結構な汗を掻いてしまった。
そ疲労に息を切らせながら座り込むと、家から母さんが庭に出てきた。
「二人ともお疲れ様です。はい、スポーツドリンクと蜂蜜レモンの差し入れですよ」
母さんはいつも六時くらいになるとこうして差し入れをしてくれる。
この差し入れが本当に良く効いて、疲れが取れるのだ。
それは本当に有り難い……のだが、同時に俺は微妙な気分になってしまう。
何故なら……
「旦那様、お疲れ様です」
母さんはそう言って父さんにスポーツドリンクをを渡すと、一緒に持ってきたタオルで父さんの体を拭き始める。
「わぁ、凄い汗!」
「結構やってますからね」
父さんの体を拭いて驚きの声を上げる母さん。
それはまだいい。問題はその後だ。
母さんは父さんの体を拭いていると、段々顔が赤くなってきて息が少しだけ上がってくる。
そして父さんに抱きつくと脳が溶けるくらい甘い声で小さく言うのだ。
「旦那様の匂いがします…すぅ…はぁ…」
その顔は明らかにふやけており、それを見た父さんも感化されたかのように母さんを抱きしめる。
「そう言う真耶さんだって甘い香りがしますよ。それに、昨日の……」
「っ!? もう、旦那様ったら~~~~~」
そして始まるいつものイチャつき。見た目はともかく、年甲斐と言うものを息子として考えて貰いたい。
俺はそれを間近で見て、毎回のお決まりの如く正宗に聞く。
「正宗……父さんと母さんっていつからこうなんだ……」
『………交際を始めたときからこうであった。若……何も言うでない』
そう答える正宗の声はどこか諦めた感じがする。
きっと昔からああだったんだろう。
「……正宗……筋トレ……続けようか」
『そうだな。では、次は腹筋を1000回だ』
「1000回!? それは流石に…」
『ええい、つべこべ言わずやれい!』
「そんなぁ…」
家で俺が頭が上がらないのが三人。
父さんと母さんと正宗。
父さん以上に厳しい正宗だが、それでもあの二人には適わないらしい。
これもまた、悩みの一つである。