武芸大会も無事に終わり数日が経った。
あの大会の優勝でより俺の名は知られるようになった。良くも悪くもだ。
良くもと言うのは、武者として有望であるということだが、まだ『織斑 一夏』の息子というのが前に出てしまう。しかし、俺の戦い方などは父さんとは違うのでちゃんと『織斑 一真』として見てくれる人も増えてきた。
では悪い方は? それはあの戦いの後の一部始終を見たがために、より羨望と憎悪の眼差しを向けられるようになったことである。
つまり……灯姉さんが俺の頬にしたキスを見られたということで、それを見てよりねたまれているのだ。
告白される前は何で? と思ったものだが、今だと少し分かる気がする。
あんな綺麗な人にキスされれば、見ていた異性としてはやはり羨ましくもなる。
そんな立位置にいる状態の俺としては、何も言えない。
あの告白の所為で、今まで姉として見ていた人を異性として感じ始めてしまう。
そしてその好意を向けられて、嫌ではないと感じてしまうのだ。
確かに灯姉さんのことは好きだ。だけどこれが家族同然としての物なのか、将又異性への恋愛感情なのか? それが分からなくて最近は悩んでばかりだ。
しかし、その答えを見つける前に他の問題事がやってくる。
毎度お馴染み、異端審問会の連中が前にも増して盛大に襲い掛かってくるようになった。
武芸大会のアレを見られて以来、数も二倍以上に増して休み時間には必ずと言って良いくらい襲撃される。
特に筆頭としては、完璧俺を敵として認識した通称『真田さん大好きクラブ』の会員が殺意をむき出して攻撃してくる。それを率いているのはあの四天王の先輩方だ。
皆血涙を流しながら襲ってくる。その気迫は怨嗟の籠もったあくどい物ばかりで、正直試合の時より厄介だ。
唯一気が休まるのは昼休みと寮にいる時だけで、この時間だけは襲われない。
寮には厳密なルールーがあり、騒ぎを起こした者は容赦無く武者式の罰が与えられる。
それを受けた者は髪が真っ白になるくらいの恐怖に見舞われるらしく、その恐怖から寮で騒ぎを起こすものはいない。
そして昼休み。此方は別の意味で苦労が絶えなくなる。
昼休みになると共に、俺達は自分の席で弁当を広げるわけなのだが……
「かずく~ん、一緒にお弁当、食べよう!」
弁当を開くと同時に、必ず灯姉さんが教室に来る。
日向のような明るい笑顔を俺に向けると、俺のすぐ隣の席に座って自分の弁当を広げ始める。その席の主は数日前に教室に来た時た灯姉さんの上目使いでのお願いにノックダウンされ、今では何も言わずに快く席を貸している。
曰く……
「あぁ、俺のこの席にあの真田先輩がぁ。匂いとかするかな……」
とか。この後思いっきり叩きのめしたが。
と、そんなわけで灯姉さんはあの大会以降、毎日この教室に来て俺達とお昼を一緒にしている。
そして姉さんは自分の分とは別にもう一つお弁当を用意してきて、それをいつも俺に渡す。
「はい、かずくん、お弁当」
それは俺のために作った弁当だと灯姉さんは言って俺に満面の笑顔で渡してくる。
灯姉さんの料理は美味しいのでとても嬉しいのだが、告白の一件以来、何やら嬉しいが気恥ずかしくてしかたない。
そのお弁当を開けると、色とりどりのおかずにご飯と食欲をそそられる。
特に目を惹くのはご飯であり、ピンク色の桜でんぷで描かれた大きなハートに、海苔を切って書かれた『かずくんLOVE』の文字がでかでかと描かれている。
それが今までなら気にしなかったのだが、もう告白の一件で灯姉さんが本気なのははっきりしているので、意識してしまい見た途端に赤面してしまう。灯姉さんは冗談で告白するような人でないということは、この長い付き合いで分かっている。
俺のために作ってくれた弁当。それは本当に心のこもったもので、嬉しい。
それを食べるのは作ってくれた人への礼でもあり、快く食べようとするのだが……
「待って下さい、真田先輩。一真にはいつも僕がお弁当を用意しているので必要ないって言いましたよね」
信吾が目は笑っていない笑顔で灯姉さんにそう言うのだ。
そしてお互いに笑い合うのだが、俺は二人の後ろに竜虎の姿が見えるような気がする。
そして二人は笑顔のまま火花を散らせるのだ。
「あら、別にかずくんがいらないっていったわけじゃないし、いいじゃない。それに、かずくん、何だかあなたのお弁当だけじゃ物足りなさそうよ。前も言ったけど、武者はカロリーの消費が激しいんだから、ちゃんと食べとかないとね」
「それはちゃんと考えてありますから大丈夫ですよ。それよりも毎日一真の分のお弁当を作って大変じゃないですか。先輩のそんな苦労させるわけにはいきませんから」
「ありがとう。でも、私は好きでしてることだからそこまで気にしなくてもいいわ」
「そうですか。でも、毎回この教室に来るのは大変じゃありませんか? それに先輩にもご友人がいらっしゃるはず。ご友人と友好を深めることも大切ですよ」
「みんな私の『恋路』を応援してくれるから。寧ろ積極的に行けって背中を押してくれているわ」
「そ、そうですか……あははははは」
「そうなのよ。うふふふふふ」
そして笑い合う二人に俺は背筋が凍り付くんじゃないかと思うくらいの恐怖を感じてしまう。
そのまま二人は話しながらお昼を食べるのだが……
「ほら、かずくん、あ~ん」
「って、何身体を密着させて一真におかずを食べさせようとしてるんですか、真田先輩! 恥ずかしくないんですか!」
「別に恥ずかしくなんてないわよ。だって大好きなかずくんに食べて貰いたいんだもの」
「っ~~~!! か、一真、ほら、こっちの唐揚げなんて自信作なんだ。食べてみて欲しい。あ、あ~ん」
と、こんな感じに騒ぎに発展する。
確かに二人の弁当は美味しいし、気恥ずかしいけど嬉しくもなる。
だが、そのやり取りの影で血涙を流しながら此方を睨み付ける奴等の視線を少しは気にしてもらいたいかな。
と、こんな感じに昼は昼で別の騒ぎが起こるので苦労するハメに合うのだった。
何というか、楽しいけどどうにかしないとなぁ…………。
そんな日々を過ごしている中、信吾からのお願いを聞く日が来た。
「一真、明日は本当にお願いだからな。遅刻はするなよ」
「ああ、分かってるよ」
真剣な表情で信吾は俺に強く言う。
よっぽど妹思いなんだと思う。同じ妹を持つ身としては感心するばかりだ。
信吾のお願い……『信吾の妹』が男が苦手だというのでそれの克服を手伝うためにデートをして欲しいというお願い。
俺は別に気にしなかったのだが、一生懸命頑張って自分で言った通り武芸大会一学年代表戦を優勝した信吾のためにも、この大任、頑張らなければ。
デートは明日の日曜日、待ち合わせは午前十時に駅前にあるモニュメントの前だ。
その日は緊張しつつも明日のために速く寝ることにした。
やけに信吾が眠りにつくのが遅かったような気がするが。
(つ、ついに明日………キャァーーーーーーーーーーーー!)
ゴロゴロと何度も寝返りを打つ音を聞きながら俺は眠りについた。
そして翌日。
俺は約束の一時間前に駅前のモニュメントに来ていた。周りは休みということもあって賑わっている。
俺の服装はジーパンに灰色のシャツ、それにジャケットを羽織っている。これでも一応はおしゃれをしているつもりだ。
モニュメントの前で立ちながら早速待つことに。
しかし、信吾の妹とはどんな子なんだろうか? 信吾が言うには信吾に似ているらしいけど。ってことはきっと可愛い子なんだろうなぁ。
信吾を女装させたら、とても似合う気がする。きっとそんな子なのだろう。
そう思うと緊張してきた。
今にして思えば、初めてのデートだ。
父さんと母さんのデートには何度も同行したことがあるし、夏耶と出かけたことも何度もあるけど、こうして異性と出かけるのは初めてだ。
緊張して心臓の鼓動が早まっていく。
「き、緊張してきたな。変な事にならなければいいんだけど…」
そう呟き、精神を落ち着かせるために目を瞑り精神統一を行う。
暗闇の中、周りの人達のざわめきや和気藹々とした声、急ぐ人の足音など、様々な音が聞こえてくる。その内に、やけに俺に視線が集まっているのを感じた。
なんだ? 何か変なところでもあるのか? 服装は別に可笑しな所などないと思うし、寝癖なんかも直してきたはず。とくに注目されるような覚えなんてないんだけどなぁ。
まぁ、敵意や悪意とかが籠もったものではないので大丈夫だろう。
(一真の容姿は世間一般から見て充分な美形である)
そしてしばらく待ち続け三十分が経とうとした辺り、俺は此方に向かってくる女の子に目を奪われた。
この人混みの中、明らかに浮いている着物姿。
確かに服装も浮いているが、それ以上にその女の子は浮き世だっていた。10人が10人美少女だと答えるであろう、儚げな美しい少女。浮いている着物も、長く艶やかな黒髪と合わせてよりその少女の美しさを際立たせている。
まさに和服美人。
可愛いと美しいの二つを兼ねそろえた少女が此方に向かって歩いてきた。
そのことに胸が高鳴っていくのを感じる。世の中、こんな綺麗な人がいたんだ。
その少女に見惚れていたら、いつの間にか俺の前に来ていた。
そして少女は俺を見てとても可愛らしい笑顔を俺に向けた。
「お待たせしました、一真様。わたくし、徳臣 葵(とくおみ あおい)と申します。今日はよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
「はい!」
その少女……信吾の妹だから徳臣さん? いや、葵さんと言った方がしっくりくるか。
こんな可愛らしい人とデートとは……。改めて意識すると身体が緊張で萎縮してしまう。
その様子が伝わってしまったのか、葵さんはクスリと笑った。
「あまり緊張しないで下さい。殿方がそれだと女性は不安に思ってしまいますよ」
「す、すみません…」
優しく微笑みながらそういう葵さん。
それを見ていて本当に男性が苦手なのか不思議に思ってしまう。
「すみません、男性が苦手だと聞いていたものですから。これでは自分が逆にエスコートされてしまいそうですね」
苦笑しつつそう答えると、葵さんは俺の手を優しく両手で包むように軽く握ってきた。
そして顔を赤く染めつつ、上目使いで俺を見つめる。
「そんなことないですよ。わたくしだって今、とても緊張していていますから。そ、それに……私服姿の一真様も格好いいですし。いつもはラフな部屋着しか見ることが出来なかったですし……」
「あの、先程何か言いませんでしたか?」
「い、いえ、何でもないです!」
ひんやりとした手の感触とその綺麗な瞳での上目使いにドキドキしてしまったが、何とか取り繕い、後半に言っていたことが聞き取れなかったので聞き返すと葵さんは慌てて何でも無いと言ってきた。
こうして見ると、やっぱり可愛い女の子だ。よく見れば、確かに信吾に似ている……というか、信吾そっくりだった。信吾に同じ着物を着せれば双子みたいになると思う。
声もどこかで聞いたことのあるような、そんな気がする。
何だか初めて会った気がしない。
それを感じた御蔭か、緊張が解れていくのを感じた。
そして俺は笑顔で葵さんに手を差しだした。
「それでは、行きましょうか」
「は、はい!」
葵さんは差し出された手を恥じらいつつもつたなく繋いでくれた。
その柔らかくスベスベとした、『女の子』を感じさせる感触にドキドキしつつ、俺は彼女と一緒に町へと繰り出した。
(て、手を繋いでもらいました……か、感動です! はぁ~…)