デートを始めて二時間以上が経ち、日も真上へと移動していた。
そろそろお昼時ということもあって、『レゾナンス』の中にある飲食店は混み始めている。
「そろそろお昼ですし、何か食べに行きましょうか」
「はい、そうですね」
流石に女性からそんな事を言わせる訳にはいかないと思い俺から先に誘うと、葵さんは嬉しそうに微笑んだ。そんなやり取りでさえ、この人は美しく返す。
しかし、良くないことに今の時間帯は何処も彼処も混み合っている。
そう言った店に入って待つのはいつものような気もするのだが、葵さんを待たせるわけにはいかないと考える。あまり混でおらず、且つとても美味しい料理がでるお店。
そんなものがこの辺にあっただろうか? 遠出をすれば父さんが時折働いている懐石料理の老舗『福寿荘』があるが、葵さんを見ているとやっぱりそういうのはよく食べていそうだし……さて、どうしたものか……。
そんな風に悩んでいたところ、それを気にしてか葵さんは俺を気遣って笑う。
「別に凄いようなお店っではなくていいですよ。せっかくのデートなんですから。それにわたくし、同い年の人がどんな物を好んで食べてるのか知りたいです」
「そ、そうですか。すみません、ちゃんとエスコート出来なくて」
申し訳なさから頭を下げて謝罪すると、葵さんは慌てて俺に言う。
「そ、そんな事ないですよ。一真様は立派にわたくしをエスコートしています」
「そう言ってもらえるのなら、まだ救われますね」
そしてお互いに苦笑すると、取りあえずその場から歩き出した。
未だに手は繋いだまま(葵さんがちゃっかり繋いで離してくれない)であり、俺は緊張で手が汗ばむのを感じていた。
そのまま歩いていると、葵さんが少しクスクスと俺を見て軽やかに笑った。
「どうしたんですか?」
「いえ、すみません。一真様はとても容姿端麗で誠実なお方ですから、こういったデートなんかは手慣れていると思ってましたので」
少し恥じらいつつも笑う葵さんに俺は慌てて答える。
まさかそんな風に思われているとは思わなかった。
「そんなことないですよ! 俺は女性とデートしたことなんて一度もないんですから!」
「そうなんですか? でも、夏耶さんや真田さんとはよくデートしていそうですけど……」
「あれ? どうして夏耶と灯姉さんのことを?」
何で葵さんがあの二人のことを知っているんだ?
そう思っていたら葵さんは少し慌てて顔を赤く染めながら答えた。
「いえ、あの……あ、兄から聞いたんです! 一真様には双子の可愛い妹さんと実の姉同然の素敵な先輩がいると」
「ああ、そういうことですか。信吾から聞いていたから知っていたんですね。でも、二人とデートしたことなんてないですよ。三人で遊びに行ったり、夏耶の買い物に付き合ったり、灯姉さんの手伝いをしたりくらいですよ。少なくても、デートではないと思います(世間では男女が二人ででかければ大体デートと分類されるが、当然一真は気付いていない)」
すると葵さんは少し複雑そうな顔をしていた。
「そ、そうですか。なら、わたくしが本当に初のデート相手なのですね。そう思うと光栄です(それは単に一真様が気付いてないだけで立派なデートですよ……)」
何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか?
そう思い俺は挽回しようと思い、改めて葵さんに向き合う。
「だ、だから……この初めてのデートは葵さんに楽しんでもらえるよう頑張りますので」
それを聞いた葵さんは一瞬きょとんとし、少ししてから鈴のように笑った。
「一真様にそう言ってもらえるのは凄く嬉しいのですけれど、わたくしは勿論、一真様も楽しんでいただかないと駄目、ですよ」
「は、はい……」
なんだろうか、この感覚は……。
き、気恥ずかしい。何故か葵さんの顔をまともに見れなくなりそうになる。
そのままお互いに無言になるが、俺は気恥ずかしさから、葵さんは赤面している俺を暖かい目で見つめていた。
そしてそれを打ち破ったのは、俺の腹から鳴った獣の唸るような音だった。
別にこれだけなら俺が恥をかけば良いだけで済む。だが……
きゅるるるる~~~~~~……。
そんな可愛らしい音が葵さんから聞こえてきた。
その瞬間、葵さんの顔がポストのように真っ赤になった。
目は羞恥で潤んでしまっている。
「あ、あ、あ、あ…っ~~~~~~~!!」
それが一体なにがあったのかを物語っている。
今にも泣き出しそうな葵さんを見て、俺は何故か可愛いと思ってしまった。
そしてこのままでは泣き出すのも時間の問題だと思い、俺は葵さんに話しかける。
「すみません、どうやらお腹が空いて聞き苦しい音を立ててしまったようで。申し訳無い」
「え?」
俺の言葉を聞いて涙を浮かべていた目を見開く葵さん。
そんな葵さんに俺は苦笑を浮かべながら腹を擦ってみせた。
ここで女の子に恥をかかせては絶対にならない。そうなるくらいなら、自分で恥をかいた方が何倍もマシだ。
すると葵さんは顔真っ赤にしつつも、俺に申し訳なさそうに謝ってきた。
「す、すみません……」
「いえ、俺こそ申し訳ないですよ。まさかここまで腹の音が鳴るとは思いませんでしたからね」
そうして気付かなかったふりをしてから咳払いをして話を戻す。
「そんなわけで、早めにお昼を食べに行きますか。生憎、もうレゾナンス内の飲食店は空いていないでしょうから、外に食べにいきましょうか」
「は、はい」
葵さんは顔を赤くしながらも俺の手をきゅっと握る。
それがこのデートではもう標準になりつつあった。
だが、手から伝わる女の子特有の柔らかさに俺が慣れることはなく、常にドキドキしっぱなしだった。
外に出て、早速飲食店を探す俺達。
駅前ということもあって色々なお店が数多く並ぶ。
ここで重要なのは女性を連れていくお店についてだと、忠保が昔言っていたような気がする。曰く、
『女性とデートで入る店では、絶対に牛丼屋とかラーメン屋とかは駄目だよ』
とのこと。
流石に疎い俺でも牛丼屋は駄目なのはわかる。
ラーメン屋は仲が良ければ大丈夫じゃないだろうか。
やはり女性と一緒なら、『おしゃれ』なお店に行くべきなんだろうか?
そう考えながらああでもない、こうでもないと店を探していたら葵さんが繋いでいた手を軽く引いてきた。
「そこまで難しく考えなくても。わたくしは好き嫌いはないので、大丈夫ですよ」
笑顔を俺に向けてそう言ってくれた。
その気遣いが本当に有り難い。
すると今度は顔を少し赤くし始めた。
「で、出来れば………一真様がよく行くようなお店に行ってみたいです…」
「そ、そうですか。良く行く店か……」
その可愛らしいお願いに俺は胸が締め付けられたような感覚を感じつつ考え始めた。
そのまま歩きながら考えていると、思いがけない所から声が掛かった。
「あれ? ひょっとして一真じゃねぇか?」
その声がした方向を向くと、そこには赤い長髪をした男性が立っていた。
口元には少し髭が生えていて、見た感じは三十代後半くらいに見える。それでいてその身体は武者ほどではないにしろ、随分と鍛えられていて屈強なイメージを見る者に与える。
その男性を俺は知っている。
「あれ、弾おじさんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所で?」
「ああ、少し足りなくなった調味料があったんで買い出しだよ」
そう答える男性こそ、父さんの中学生時代からの友人である『五反田 弾』さんだ。
俺も生まれた頃から世話になっている。この町で『五反田食堂』を取り仕切っている店主だ。
「それでお店は大丈夫なんですか? おじさん以外に料理作れる人いないですよね」
「どうせ顔見知りばかりだからな。多少店を空けても少しくらい我慢できんだろ」
そんな風に挨拶がわりに話していたら、突如弾おじさんは俺の隣にいる葵さんを見て、妙にニタニタした笑みを浮かべてきた。
「あれ、その子どうしたんだ? お前の彼女か?」
「いや、別にそんなんじゃ!」
「照れるな照れるな! 凄く可愛い子じゃねぇか」
からかう弾おじさんに俺は慌てて否定しようとする。
恋人でもないのに邪推などされては、葵さんに失礼だ。
弾おじさんにそう言われた葵さんは顔を真っ赤にして手で頬を隠すようにあてるも、とても嬉しそうに笑っていた。
「そ、そんな、恋人だなんて…………」
「くっくっく。なんだ、こっちの子はあながち嫌じゃないらしいぞ」
「もう、弾おじさん、いい加減にして下さい!」
弾おじさんは俺の反応を見てやっと引き下がる。
この人は妙に色恋になると人に絡むんだよなぁ。昔何かあったのかな。これでも伊月さんっていう綺麗な奥さんがいるというのだから不思議だ。
「悪かったって。お詫びと言っちゃ何だが、ウチで飯食っていかないか。勿論、サービスするぜ」
その提案に俺はどうするか考える。
確かに五反田食堂は良く行っていたし、味も美味しい。だが、若い女の子が行くには少しばかりおしゃれではない。
そう考えていたら、葵さんが繋いでいた手をきゅっと軽く引き、頬を赤らめながらも上目使いで俺を見つめてきた。
「一真様、この方のお店には良く行っていたのですか?」
「ええ、父さんの友人なので、よく父さんと一緒に食べに行っていたんですよ」
「そうですか。なら……行ってみたいです。一真様が行っていたお店に」
その可愛らしいお願いに赤面しつつ、俺は頷いた。
「よっしゃ! んじゃ店に行くぞ。美味いモンたらふく食わせてやるからな」
意気込む弾おじさんと一緒に、俺と葵さんはは五反田食堂へと向かうことにした。
(一真様の行きつけのお店……どんなお店なのでしょうか? とても楽しみです……)