中々に終わらないです。
お昼を食べに行くことになり悩んでいた所、父さんの友人であり『五反田食堂』の店主である五反田 弾さんと会ったことで急遽俺達は五反田食堂でお昼を食べることになった。
駅前から歩くこと約十数分。
駅から少し離れた所にある商店街、その中にある一件の店。
木造のような作りで、昔からやっているのであろう貫禄を感じさせる。
「ここが五反田食堂ですよ」
「ここが一真様のよく行くお店ですかぁ…」
五反田食堂を見て目を輝かせる葵さん。
お淑やかな人だけどこういうところは表情が素直に出るんだと思うと共に、その可愛らしい顔にドキっとした。
ついつい魅入ってしまいそうになるが、それではおじさんを待たせてしまう。
弾おじさんは店に着くと共に、先に店に入っていった。
どうやら他のお客さんに謝りつつも注文をかたづけるらしい。中からは少し騒がしいくらいお客様がいるらしく、賑わっているようだ。
結構待たせてしまったし、大変じゃないかな。
「それじゃあ、入りましょうか」
「はい!」
葵さんは楽しさで声を弾ませながら答えた。
そんな葵さんに笑いつつ、俺は一緒に五反田食堂の暖簾を潜った。
「わぁぁぁっ………」
店内の様子を見て感動に声を漏らす葵さん。
そこまで驚くようなことでもないと俺は思うのだが。
使い古されたテーブルに椅子。独特の雰囲気に、数多くの料理の匂いが鼻をくすぐる。
俺にとってなじみ深い場所なだけに、そこまで感動はしないがホッとする。
葵さんは若干はしゃぎながら辺りを見回し、物珍しそうに席やら厨房やらを見たりしていた。
「そんなに物珍しいですか?」
「は、はい! こういうお店に入ったのは初めてです。わたくしが行ったことのあるおっ店はもっと静かな所ばかりだったので、こういう風に他の人と一緒にお食事をするお店は今まで来たことがありません」
楽しさで頬を赤くしながらそう語る葵さん。
話を聞いた限り、料亭の個室とかしか行ったことが無いようだ。
信吾の奴、どれだけ凄い旧家の人間なんだ?
そして席に付いてメニューを見ると、葵さんはそのメニューについて目を輝かせながら俺に聞いてきた。
「か、一真様! このお料理の数は何でしょうか? こんなに多くあるなんて、迷ってしまいます」
さらに聞けば、今まで全部コースしか食べたことがないらしい。
そのため、一品料理を頼むのは初めてでとても悩んでいた。
そんな様子はとても無邪気な子供のように見えて、俺は微笑んでしまう。
「葵さん、そんなに慌てなくても料理は逃げませんから、ゆっくり選んでも平気ですよ」
「は、はい……は、恥ずかしいです……」
はしゃいでいたことを指摘されて恥ずかしがる葵さん。
そんな姿も可愛くて、俺は目が離せない。
「そ、その……一真様のお勧めってありますか?」
そのまま悩んだ後、葵さんはメニューから目を離すと、俺を上目使いでみつめながら聞いてきた。その瞳は期待が込められており、潤んでいる。
「でしたら、ここの看板メニューである『業火野菜炒め』はどうですか? 味も良いし値段も安いのでここに来るお客さんは大体良く注文していますよ。勿論、俺も良く頼んでいます」
「あ、でしたら、それを……」
葵さんが注文しようとしたところで、その前にテーブルに突如料理が置かれた。
いきなりのことに驚く俺達だったが、見ると弾おじさんが笑っていた。
「確かに『業火野菜炒め』はウチの鉄板メニューだが、生憎女の子が食うにはボリュームが多いから止めておけ。一真、デートの時にはもうちょっと出てくる飯のことも考えなきゃ駄目だぜ」
「確かに、言われて見れば業火野菜炒めはボリュームが多いかもしれないね。すみません、葵さん」
「い、いえ、そんな。謝らないで下さい」
謝る俺に慌てた様子で応じる葵さん。
そんな俺達を弾おじさんはニタニタと笑ってみていた。
「そんな訳で、そこの子にはヒラメの煮付け定食だ。この店で一番女性受けがいいんでな。お前はいつもと変わらない業火野菜炒めだよ」
言われてから気付いたが、確かにテーブルにはヒラメの煮付け定食と先程から話題の業火野菜炒めが置かれていた。
「ここに来る前に好きな物食べさせてやるって言いませんでしたっけ」
「お前、大体ここの料理好きだろ。どうせ悩むのがオチなんだから、こっちで先に選んでやったんだよ」
「むぅ……」
小さい頃、それも生まれてからずっとの付き合いのため全てお見通しなのでやりづらい。
どうもこういった人達には頭が上がらないんだよなぁ。
「ってわけだ。二人とも、寛いでくれよ。それじゃあな」
弾おじさんは俺達にそう言うと、厨房に戻っていった。
まぁ、おじさんの好意なのだし、いただくことにしよう。
「それじゃあ葵さん、食べましょうか」
「はい」
葵さんは笑みを浮かべながら返事を返すと、二人同時に手を合わせた。
「「いただきます」」
それをやってからお互いに笑ってしまう。
最近では粗末になりがちな挨拶をまさか二人で重なってしまうとは。
可笑しくて笑ってしまうが、何やら嬉しく感じてしまう。
「わぁぁっ、美味しい!」
葵さんは煮付けを一口食べて感激し声を漏らす。
確かにショウガが聞いていて美味しいのだが、葵さんの行っていたお店の方が凄いんじゃないだろうか?
そんな葵さんを見て笑いつつ、俺も業火野菜炒めを一口食べる。うん、相変わらず良い味してるな。
葵さんとしばらく食事を楽しんでいたが、俺はさっきから葵さんから目が離せなくなっていた。
葵さんは箸を正しく使い少し摘まんで煮付けを食べていく。その様子が礼儀正しく美しく、まさに絵になるような光景に俺は息を呑む。
そのまま魅入ってしまっていると、俺の視線に気付いた葵さんが羞恥で頬を赤く染めながら話しかけてきた。
「あ、あの、一真様? わたくしに何か? そ、その……食べている所を見られているのは、恥ずかしいのですけど……」
「はっ!? す、すみません! 食べている姿もとても綺麗だったものですから、魅入ってしまって」
「そ、そうですか! き、綺麗…ですか……」
さらに恥ずかしがって顔を赤くする葵さん。
(か、可愛い…………)
綺麗なのに可愛いというギャップがさらに俺の胸をドキドキさせる。
気恥ずかしく感じてしまい、それを誤魔化そうと俺はご飯を大目に食べ始めた。
そして今度は葵さんが俺を見つめていたことに気付いてそれを止める。
「あ、あの、葵さん?」
「キャッ!? す、すみません」
呼ばれた葵さんは恥ずかしそうに謝ってきた。
俺は何かしてしまったのだろうか?
「あ、あの……一真様がとても美味しそうに食べているので、どんな味なのかと」
「え………あぁ、業火野菜炒めですか! 確かに美味しいですよ。食べてみますか?」
「い、いいんですか?」
葵さんはさっきから話題に上がっていた業火野菜炒めが気になっていたらしい。
そう言われた葵さんは喜ぶと、また恥ずかしい所を見せてしまったと顔を真っ赤にしていた。何だか結構子供のような人だ。
俺はそのまま葵さんに少し分けようと思ったのだが、取り分けるようの小皿がなかった。
いつもはあるのに、何でこう必要な時にはないんだ?
「おじさ~~~~~ん、小皿がないんですけどーーーー!!」
厨房に聞こえるように大きな声で言うと、厨房から弾おじさんが叫び返した。
「今丁度洗っててねぇんだよ。しかも洗ってる暇がねぇんでなぁ。無理だ」
忙しいらしく皿を洗うことが出来ないようだ。
厨房を見ると、奥さんである伊月さんも忙しなく動いていた。
さて、どうしたものだろうか?
すると葵さんがトマトのように顔を真かにしながら俺を見つめてきた。
「あ、あの! そこまではいいので、一口分だけで大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。でもどうやって……」
そう言われても葵さんに出す方法が思いつかない。
すると葵さんはそれこそ噴火手前の火山のように顔を真っ赤にしてたどたどしく俺に話す。
「こんな事を言って、はしたない娘だと思わないで下さい…」
「は、はい…」
「あ、あの…一真様……その……一真様が食べさせて下されば、それで充分ですから……」
「ああ! そういうことですか!!」
葵さんが言っていることを理解し、俺は葵さん同様瞬時に赤面してしまう。
確かにそれなら小皿がなくても食べさせられる。でも、それなら……
「だったら葵さんが直接取れば早いんじゃぁ…」
「い、いえ! それだと一真様の食べている物が汚れてしまいますから!」
行った途端に全力で否定されてしまった。
少し必死な感じで、俺は即座に頷いてしまう。
「な、なので…お願いします………」
顔を俺に向けて小さく口を開ける葵さん。
その様子ですら美しく、俺は緊張しながら一口分業火野菜炒めを摘まんで葵さんの口元に運ぶ。
「はい、あーん」
「あ、あーん……」
恥じらいながら声を出す葵さん。その様子はひな鳥のように可愛らしいものだった。
そして野菜炒めはそのまま葵さんの艶やかな唇から口の中へと運ばれていく。
「あ、美味しいです……」
顔を真っ赤にして幸せそうに味わう葵さん。
どうやら目に適ったようだ。
(か、一真様にはい、あーんしてもらっちゃいました! そ、それも……間接キス……キャッ)
その後も二人で美味しく料理をいただいた後、弾おじさんにお礼を言って俺達は店を出た。
「ねぇ、弾君。あの二人の席の小皿、わざと抜いたでしょ」
「あ、やっぱりばれてた? だってどう見たってあの子、一真に惚れてるでしょ。応援したくてね」
二人の背中を見ながら、五反田夫婦はそんな会話をしていた。