次回はどうなることやら……
信吾……いや、葵さんとのデートを終えた翌日。
起きてすぐ隣を見たら、もう葵さんはいなくなっていた。
それどころか葵さんの今までの荷物も全てなくなっていた。それに驚愕するも、どういう反応をすれば良いのか分からない。
昨日の晩に葵さんから、
「これからもよろしくお願いします、一真様」
と笑顔で言われたのだ。
決して笑顔で嘘を言えるような子でないことは一緒に過ごした日々で大体分かっている。
だから学校を止めた訳ではないと思うが……。
だが、なら何故荷物がないのか? それがどういう事なのか俺には分からない。
学校を止めた訳ではない一番の証拠は卓袱台に置かれている作り置きされた朝食だ。
ご飯は炊飯器で保温されているので茶碗はひっくり返されているが、おかずが色々と並んでいた。
鯵の開きに野菜の煮物、浅漬けに納豆と味噌汁といった純和風の朝食が保温用の透明なカバーで覆われている。
そして側には葵さんが書いたらしい達筆だがどこか可愛らしい字での書き置きがあった。
『一真様へ。 所用があって先に出ます。朝ご飯は置いておきますので、ちゃんと食べて下さいね。 追伸 今日も精一杯、一真様のことを想って作りましたから、一杯食べてくれると嬉しいです』
これを見る限り学校を去ったとは思えない。
だからこそ、複雑になってしまう。これは一体どういうことなのかと。
しかし、いつまでも考えていても時間が過ぎてしまうだけであり、このままでは鍛錬の時間もなくなっってしまう。
だからこそ、俺は一端そのことを考えるのを中止して動きやすい服装に着替え始めた。
そしてすぐに外へと飛び出し、日課である鍛錬を行うことに気合いを入れる。
だが、その心のどこかには、葵さんが作ってくれた朝食を早く食べたいという考えが湧いていた。
鍛錬を終えた後に食べた朝食は今まで以上に美味しく、ついつい食べ過ぎてしまったが…。
教室は朝からでもいつものように賑やかに騒がしい。
そんな中、俺が一人で教室に入ったものだから、クラスメイトに
「あれ? 今日はお前一人なんだ? いつもは信吾と一緒に来てるのに珍しいなぁ。もしかして愛想尽かされたのか? ん?」
と聞かれてしまった。
その友人は笑顔で聞いてきたが、その目が全く笑っていないことは誰の目から見ても分かるだろう。正直怖すぎる。
それをやんわりと躱しながら軽く答えて席に付くと、雄飛達が此方に来た。
その顔は不思議そうな感じだ。
「あれ? 信吾はどうしたんだ? お前達いつも一緒じゃないのか?」
「信吾がこの時間までこない何て珍しいね。何かあったのかい?」
信吾がいないことに少し不安になる二人。
それほどに俺達はいつも一緒にいたのだから。
「いや、俺もよくわからないんだよ。起きたら既に先に行くって書き置きが置いてあったし」
実際に分からない以上、こう答えるしかない。
俺の答えに二人とも何も言えなかった。
そしてそのまま朝のSHRまでの時間、葵さんが来ることはなかった。
「はぁ~い、みんな~! 席に付いて~!」
「みんな、席に付け。SHRが始まるぞ」
鷺沢先生と幸長おじさんが教室に入り皆を席へと座らせてる。
そして教壇の前に二人で立っているのだが、その顔は極端に真逆だった。
方や凄い疲れ切った顔をしている鷺沢先生。もう方や実に面白そうなことでもあったのか、上機嫌にウキウキした様子で笑っている幸長おじさん。
一体二人に何があったのだろうか?
そんなことを考えている内に鷺沢先生が話を始めた。
「まず、皆さんに悲しいお知らせがあります。何と……徳臣 信吾君がこの学校を退学ました」
「「「「「えぇええええええええええええええええええええええ!!!!」」」」
先生のその言葉に、クラスの皆……主に男子から驚愕の声が上がる。
俺も同じであり、驚愕のあまり開いた口が塞がらない。
「徳臣君は都合によりこの学校を退学することになりました。急な事だったので、みんなに言う時間が取れなかったみたいです。なので皆に申し訳ないと伝言を頼まれました」
鷺沢先生の言葉に皆打ち拉がれいたが、俺はその中で妙なことに気がついた。
それは先生の表情である。
鷺沢先生は感情豊かで、感情が思いっきりでるタイプの人間だ。
皆がショックを受けているこの状況で先生が泣かないわけがない。この先生はそういう人だ。
だが、その先生が泣かずに疲れ切った表情をしているというのは、可笑しな話だ。
つまり、この話にはまだ何かしら続きがあるのではないだろうか。
すると今度は幸長おじさんが話し始めた。
その表情はこの状況をとても面白がっている。そんな顔をしていた。
「さて、クラスメイトが一人減ってしまったことで悲しいとは思うが、そんな君達に今度は朗報を教えよう。何と……転入生が来ます! それもとても可愛い子だぞ」
「「「「おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
先程まで悲しみに暮れていたとは思えないテンションの上がり方に、どれだけ内のクラス(ほぼ男子)は厳禁なんだと、白い目で皆を見てしまう俺。それは俺に限らず、数少ないこのクラスの女子からも同じような視線を向けられている。
「入って来なさい」
「はい」
幸長おじさんが廊下側に声をかけると、ドアが開き教室にセーラー服を纏った女の子が入って来た。
長い艶やかな黒髪を後ろでポニーテールに纏め、細身だが出るところは出ている体型。色白い肌は白磁の陶器のように美しく、その微笑みは見る者を魅了して止まない。可憐な水仙の花を彷彿とさせる雰囲気に皆が息を飲み込んだ。
だが、俺はその女の子のことを人目見た時から気付いた。
その証拠は、彼女のポニーテールを結んでいるリボンの柄が『桜』のデザインをしていることである。
それは俺が昨日『彼女』に送ったプレゼントだ。見間違えるわけがない。
そして彼女は教壇の前に行くと、俺達に向き合う。
その顔に何人かの生徒は何かしら気付いたような反応を示す。
彼女はそんな様子に気付いたのか、可憐に微笑みながら自己紹介を始めた。
「わたくし、『徳臣 葵』と申します。皆さん、改めてよろしくお願いいたします」
綺麗にお辞儀する彼女。その華やかだが清廉な雰囲気は、高貴な者が成せるものだろう。
その自己紹介を聞いて、気付いたであろう生徒が彼女に声をかけた。
「も、もしかして……徳臣君? でも、なんで………」
気付いたところで理解が追いつかない。
そんな表情をしている生徒に、皆がそのことを意識させられた。彼女に向かっていた視線が妙な真偽を含めたものへと変わっていく。
その空気の中、鷺沢先生は疲れ切った様子でその訳を話した。
「その……徳臣君は徳臣さんだった…と言うことでした……はぁ……」
「「「「「「えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」」」」」
その瞬間、このクラスで今日一番の驚愕の声が上がった。
あまりのうるさい声に隣のクラスから苦情が来るかと思ったが、この学校だと割と可笑しくないので何もこない。今はそのことが有り難く感じる。
「え!? 信吾って女の子だったの!!」
「やっぱり女の子だったのか! ありがとう、神様! これで俺は阿修羅の道を歩まなくても済む!」
「やっぱり女の子だったんだ。あれだけ可愛い顔していればね~」
「そ、そんなぁ……私、狙ってたのに……」
クラスメイトから上がる悲観に暮れた叫びに苦笑しつつも、あることに気付いた生徒が先生方に質問をした。
「あれ? そういうことだと、織斑君が同室だったんなら知っているはずじゃぁ……」
その途端に俺に視線が集まる。その殆どが嫉妬と殺気の込められた痛いものばかりだが。
それに俺は答えようとした所で、また入り口の扉が開いた。
「それに関しては私から説明しよう」
その声に皆の注目が集まると、先程とは別の意味で驚く。
何せ来たのは校長だからである。
校長は教壇まで来ると、親しみやすそうな笑顔で説明を始めた。
「実はこれも武者の教育の一端でね。男子の中に女子を一人だけ混じらせたのは、武者として彼女のことを見切れるかどうかの真理眼を鍛えるためなんだ。これを鍛えればより物事の真理を追究することが出来るようになるからね。それで彼女に協力してもらってたんだ。勿論、学校公認で親も了承していることだよ」
校長はそう説明しながら俺の席にそっとメモを置いた。
それを開いてみると、そこには……
『童心が迷惑をかけたようですまない。あの人は私の教育係を務めていた人でね、私は頭が上がらないんだよ。それで童心に頼まれ……基そそのかされて彼女をこんな形で入学させてしまった。でもまぁ、君のためにもなったと思うのであまり責めないで欲しい。そうそう、君のお父さんも君と同じ歳の頃、同じように性別を偽って入って来た生徒と同居していたことがあったそうだよ。父が経験したことを息子が同じように経験してみるもの良いものだって童心が言っていたからさ……本当にゴメンね』
と書かれていた。
童心……この名前には聞き覚えがある。
六波羅の大幹部で、父さん曰く『とんでもなく碌なことをしない人物』だとか。
まさかそんな人が校長の教育係をしていて、葵さんをこの学校にいれてくるとは。
世の中何があったか分かったものではないな。
そして校長の説明はまだ続いていた。
「彼女の部屋だが、そこはまったく変わらずに織斑君の部屋だ」
その事に男女共に批判の声が上がったが、校長は笑顔でそれをやんわりと受け止めた。
「この学校で『教員が許可』をしてりるのだから可だよ。それに織斑君はちゃんと気付いたからこその処置でもある。分かっていても手を出したりしない、その高潔な武者の思考は尊敬に値する。故に彼になら任せられるというわけだ。でからといって君達が合意でもないのに手を出したのなら、許す気はないけどね」
途端に膨れ上がる殺気に皆が飲み込まれ言葉を失った。
普通の学校ではありえない光景だが、ここではそれすらもいつものこと。
いまさら文句を言う生徒はいない。
そして校長は帰っていくと、葵さんは信吾が座っていた席に歩き、俺と向き合う。
「これからもよろしくお願いしますね、一真様」
その眩しい笑顔に胸が高鳴り赤面してしまう。
そして席に着こうとしたのだが、どういうわけかそこで足を滑らせてしまった。
「キャァ!?」
「葵さん!?」
可愛らしい悲鳴を上げて倒れ込みそうになったので、俺は慌てて受け止めようと動いた。
その前に赤面したのが良くなかったのか?
動揺していたせいでちゃんと動けなかった俺はそのまま葵さんを受け止めると共に床に倒れ込んでしまった。
そして自分の唇に柔らかい感触を感じ、目の前には葵さんの綺麗な顔があった。
紫水晶のような美しい瞳が俺の目を間近で見つめ、顔が赤くなっていくのがよく見える。
そして俺達は起き上がると共に、葵さんはその場でぺたりと座り込んでしまった。
その顔は真っ赤だが、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「じ、事故でしたが、一真様に初めての唇を奪われてしまいました……キャ」
俺はその表情に見覚えがある。
そう、母さんが毎回父さんに向ける、あの『恋する乙女』の表情だ。
その途端、キスしてしまった事実に俺はドキドキが止まらなくなってしまう。
そして次の瞬間、教室は騒然となった。
「「「「「「「かっっっずぅっっっまぁああぁああああああああああああああああああああああああ!!!! まぁっっったあぁ、貴様かぁあああああああ死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」」」」」
まるでどこぞの戦隊物の兵士役のように飛びかかってきたクラスの男子達に俺は顔が引きつった。皆、血涙を流して阿修羅のような顔をしていた。
そして始まる乱闘騒ぎ。
俺は絶影を出して応戦し、皆怪我を恐れずに襲い掛かってくる。
阿鼻叫喚とかした教室の中で、俺の耳は確かに彼女の声を聞いた。
『一真様、これからもずっと一緒です。わたくし、負けませんからね。真田先輩にも夏耶さんにも。だから、わたくしのことをもっと見ていて下さい』
こうして、彼女は再び武帝校に編入した。
『徳臣 葵』として。俺とルームメイトとして。
そして……俺を好きだと言ってくれる一人の女の子として。