そしてアリシア陥落ですよ。もう一真は爆発すればいいのに……
試合も終わり、俺は急いでアリシアさんを保健室へと連れて行った。
見た限りは怪我をしているわけではないのだが、ふらついている所を見ると油断は出来ない。運ばれている間、彼女の顔が真っ赤だったのも心配だ。
そして彼女をベットに寝かせたのだが、その間一言も彼女は言葉を発することはなかった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
心配して話しかけると、彼女は真っ赤な顔のまま何とか答える。
先程からずっと赤味が退かない。風邪か何かを引いてしまったのだろうか?
それを調べる為に彼女の額に手を当てる。
「すみません、少し失礼します」
「え? て、キャッ!? な、何を!」
「じっとして……」
「っ~~~~~~~~~~~~~!」
彼女は突然顔を更に真っ赤にして慌てているようだが、疲れている身体にそれは良くないのでゆっくりと伝えるように言う。すると彼女は俺の顔を見つめながら静かになった。
彼女の額は先程まで試合をしていたこともあってか若干汗を掻いて熱かったが、熱がある程ではないようだ。
その事に安堵し手を離す。
だが、離した途端にアリシアさんに呼び止められてしまった。
「貴方、その手は!?」
「手? あ…」
驚いているアリシアさんの視線の先を見ると、そこには浅黒く手首を変色させている俺の左手があった。
見た限り結構内出血を起こしたようで、手と腕の間にくっきりと境が出来ていた。それもさっきまで意識していなかったが、かなり腫れ上がっている。
焼けるような痛みも段々としてきた。
「あ~、またやっちゃったか」
俺は気まずく思い頬を掻く。
そんな俺にアリシアさんは若干怒りながら詰め寄ってきた。
「何がまたですの! わたくしよりも貴方の方が大怪我じゃないですの! 急いで治療しないと! あぁ、痛そうですわ」
「いや、そこまで気にするようなことじゃあ……」
「こんな大怪我で何を言っているんですの! 今から応急処置を施しますから、お静かになさって下さい!」
大丈夫だから心配しないでくれと言おうとしたら、凄い剣幕で強く言われてしまった。
そして俺を黙らせたアリシアさんはいそいそと俺の手に冷却シートを貼って包帯で固定し始める。
彼女のひんやりとした手が腫れ上がっている部分に触れる度に鈍い痛みと女の子の手の感触を感じて何やらドキドキしてしまう。
「っ!?」
「す、すみません、大丈夫ですの」
その感触に声を漏らしてしまうと、彼女が心配そうに俺を見つめてきた。
その心遣いに申し訳無く思ってしまう。
そして……彼女はまったく気付いていないのだが、実は先程から彼女の胸が俺の左手に度々当たってしまっていた。
大きさでは夏耶よりは大きくないが、その分プリっとした弾力が伝わってくる。
その所為で赤面してしまう。こんな弾力があるんだ…………。
と、そんな不埒なことを考えてしまい、そんな自分に嫌悪しアリシアさんにばれないように右手で思いっきり顔面を殴った。
その痛みで自制を促し反省すると、彼女は左手の治療を終えて俺の方を振り向き不思議そうな顔をしていた。
「どうしましたの、その頬?」
「……何でもないですよ」
赤くなった頬を掻きながらそう誤魔化すと、改めてアリシアさんと向き合う。
彼女はその途端に顔を真っ赤にして布団で顔を隠したが。
「そ、その~……元気ならいいんだ。怪我がないようで良かったよ」
「あ、ありがとうございますわ……」
その言葉の後、言葉が出なくなり沈黙してしまう。
余りにも気まずい空気に俺はどうすれば良いのか悩む。取りあえず彼女は無事なようだし、俺がここにいては気も休まらないだろう。だから出て行こうと思い椅子から立ち上がるが……。
「あ、あの、待って下さいまし!」
アリシアさんに呼び止められてしまった。
彼女はそのまま慌てつつも、俺を縋るような目で見つめてきた。
「そ、その……一人では心細いので、お喋りに付き合ってもらえませんか」
「そ、それはいいですけど」
懇願するようなアリシアさんに俺は頷く。
だが、俺はそこで先程からずっと気になっていることがあって其方に意識を持っていく。
そう、この保健室に来てからすぐのことだが、保健室の扉の前に四つの気配を感じていた。それは勿論、夏耶、葵さん、灯姉さん、颯姉の四人。
たぶんアリシアさんを心配してお見舞いに来たのだろう。だというのに、一向に入って来る気配がない。
寧ろ外で待っているといった感じだ。
一体何で待ってるのやら。
そこで待っているくらいなら、今心細そうにしているアリシアさんに会いに来ればいいのに。その方が彼女も喜ぶのになぁ。
そう思いながら彼女と向き合うと、彼女はあたふたしつつも俺に向かって顔を向けると、意を決したように頷き……いきなり頭を下げ始めた。
「そ、その……この前は助けていただき、ありがとうございました。わたくし、ちゃんとしたお礼も言わずに……」
「前の事なら気にしなくてもいいですよ。どうも性分でしてね。ああいう陰険で卑怯なのが嫌いなんですよ」
どうやら前の事を気にしていたらしい。
別に礼を言われるようなことでもなく、当然のことをしたまでなんだけどなぁ。
「それにわたくしは今まで貴方に失礼な態度ばかりとって……とても不快な思いをさせてしまって……」
「いや、そんなことはないですよ。寧ろ良く話しかけてくれて嬉しかったですし」
別に失礼なことなんてなかったと思うが、彼女はそう思っていたようで本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
「何より、こんな急に決闘を受けていただいて……それに対してお礼も言わずに……」
「理由はどうあれ、アリシアさんが真剣だったのがわかったからね。だから受けたんだ」
彼女に決闘を受けた理由を明かすと、彼女はその可憐な瞳に涙を溜め始めた。
そしていきなり泣き始めた彼女に俺は困惑してしまう。
「あ、あの! どうして、急に……」
すると彼女は俺を涙で濡れた瞳で見つめてきた。
その綺麗な青い瞳にドキリとしてしまった。
「何で貴方はこんなに優しいんですの。わたくし、貴方に失礼なことばかりしたのに、こんな嫌味な女に、何で!」
アリシアさんは吐き出すかのように俺にそう言ってきた。
それが本当に本音だと、何故か聞いていて分かる。
だから、俺もその真剣な思いに答えよう。
「別にアリシアさんは失礼なんてしてませんよ。いつも俺に話しかけてくれて、夏耶の友人だけど俺にも親しくしてくれて。いつも話しかけてくれる貴方には本当に感謝しているんです。それに嫌味な事なんて全然ありませんよ。気丈でしっかりとした人だと俺は思います」
「っ~~~~~~~!?」
その答えに口を押さえて悶えるアリシアさん。
何かあったのか心配になるが、彼女は少ししてコホンと咳払いをして気を取り直し、俺を真剣な表情で見つめてきた。その瞳から意思の強さが伝わってくる。
そして彼女は口を開いた。
「今まで失礼な態度を取ったこと。改めて謝罪しますわ」
「別にそんなことないですって」
「いえ、貴方がそう思っていなくても、そうなのは事実ですから。そして、わたくしが何故、貴方にきつく当たっていたのか? その理由をお話し致しますわ」
そこから彼女曰く、俺にきつく当たっていた理由を聞いた。
「わたくしはこの学園に来るまで、そこまで友人が多くありませんでした。貴族という性質上気位が高いということもあって、周りの人達がわたくしを避けてきました。わたくしも周りの向上心の薄い人達など気にかける気などなかったので、そこまで気になりませんでしたわ。でも、IS学園に入学するにあたって、初めて一人での異国に心細かったのです。そんな私に救いの手をさしのべてくれたのが夏耶でした。あの子の御蔭でわたくしは無事にIS学園に行くことが出来、そして共に高め合えるわたくしの理想の『大親友』が出来ました」
アリシアさんにとって夏耶はそんな大切な友人なのか。
何だか兄冥利に尽きる気がする。
それを言えば、俺なんて……あれ、何か目から何か流れてきそうだ。
「夏耶とわたくしは大の仲良し。同じ専用機持ちの代表候補生ということもあって話も合い、いつも一緒でした。わたくしにとって夏耶は一番。それこそ、純潔を捧げても良いと思えるくらい」
あれ? 何か聞いたら不味いことが出てきたような気が……。
もしかして妹の貞操の危機? だとしたら兄としてどう行動すればよいのだろうか?
悪ならまだしも彼女が良い人なのは知っているし、恋愛は自由だから。でも……。
「ですが、その前にわたくしには目の上のたんこぶがありました。それが……貴方ですわ」
「え、俺?」
「はい。夏耶はいつも貴方のことばかり話しておりました。『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と。夏耶にとっての一番はいつも貴方。それがわたくしには腹立たしかった」
あいつは人前でも公然とそんなことを言っていたのか。
まったく、兄離れが出来ないのも考えようだな……恥ずかしい。
「そんな時、貴方が短期留学してくることを聞いて会いにいきました。本当は初日に行きたかったのですが、風邪を引いてしまってそれは出来ませんでしたけど。それからは貴方が知る通りです」
「そんなことが。でも、夏耶の一番は俺じゃないですよ。ただアイツが兄離れ出来てないだけで」
そう答えると、彼女は首を横に振る。
「貴方が思っている以上に夏耶は女の子でのよ」
「そうかな」
「ええ、とても『恋する乙女』ですもの」
そうなのだろうか?
ただの甘えたがりにしかみえないけどなぁ。
そう思っていると、アリシアさんの顔が突然真っ赤になった。
そして瞳を潤ませながら俺の顔を見つめる。
「そして、私も……」
「え?」
「いきなりこんなことを言うのもどうかと思いますけど、それでも………。わたくしはっ!」
そして俺に向かって飛び込んできた。
そのことに驚き慌ててアリシアさんを受け止める。だが、勢いを殺しきれなかったのかアリシアさんの顔がそのまま俺の顔に近づいて行き……。
「ちゅ…」
唇に柔らかい感触が重なった。
俺の目に映るのは目を閉じて顔を真っ赤にしているアリシアさんの顔。
いきなりの事に困惑し反応が遅れた俺はどう動いて良いのか分からなくなる。
そのまま固まる俺を余所にアリシアさんは少ししてから唇を離した。
その顔はこれまでで一番真っ赤である。
「わたくしは、貴方のことが大好きです! 夏耶は大切な親友。でも、貴方は初めて好きになった『異性』。どんなにきつく当たられても、寧ろわたくしにあたたかな言葉をかけてくださる優しい心。それでいて悪を許せないとする正義感。貴方は……いえ、貴方様はわたくしにとって、最高の騎士様ですわ。だから……貴方様のことが……大好きです!」
まさかの告白に思考が停止する。
「夏耶に抱いた気持ち以上に貴方様が気になってしょうがなく、常にわたくしに微笑みかけて欲しい。抱きしめてキスして欲しい。貴方様になら、夏耶以上に純潔を捧げたいって本気で………」
聞いてて赤面しそうな恥ずかしい話をもの凄く恥じらいながら話すアリシアさん。
俺は思考がオーバーヒートを起こしかけている。
そして甘えるかのように上目使いでアリシアさんが俺を見つめる。
「返事はまだ聞きません。だって貴方様は他の女性からも告白されて答えられていない身ですから。でもそれは、誰も傷付かないようにしようと考えている貴方様の優しさ故だから。いずれははっきりさせていただきたいですけど、今はまだ、その時ではないから。ただ、わたくしがお慕いしているのは貴方様だけということを、分かって欲しいですわ。その上でお願いがあります」
そう言ってから少し口籠もるアリシアさん。
そして赤い顔を俺に向ける。
「そ、その……貴方様のことをお慕いしておりますけど、それと同時に夏耶が凄く羨ましくて……。なので、その……これからは貴方様のことを『お兄様』とお呼びしてもよろしいでしょうか」
そうお願いする彼女の顔は夕陽に照らされて少し艶っぽかった。
それに返事を返そうとするが、先に身体が音をあげてしまった。
「…………いいよ……」
答えると同時に視界が暗転して身体から力が抜けていく。そして何処に倒れたのか分からないまま、意識が飛んだ。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ、お兄様!? お兄様!!」
最後に聞こえたのは、アリシアさんの悲鳴。
そして保健室に入ってくる夏耶たちの声だった。