凰 劉鳳を下し、早々に奴の後ろの控え室へと飛び込んだ。
「無事ですか、葵さんっ!!」
「あ、一真様ぁ!!」
飛び込んだ部屋では、葵さんが椅子に縛り付けられていた。
その顔は不安に揺れていたようで、俺を見て安心したらしくぱぁっと輝く。
よかった、乱暴されたような感じはみられなくて。
俺はすぐさま葵さんの所まで行くと、縛っていた縄を解く。
それまで心を覆っていた怒りと不安が一気に抜け落ちていくのを感じ、同時に自分の中で張っていた糸が切れる音が聞こえたような気がした。
そのため、いつもでは考えられないような行動を取ってしまう。
縄を解き自由になった葵さんに向かって……。
「キャッ!? か、一真様!?」
葵さんを抱きしめていた。
ただ、心の底からホッとしたんだ。葵さんが無事かどうか、本当に心配した。
だから、こうして無事でいたことに本当に安心した。
俺は殆ど意識せずに、ただ無事なことを無心で喜びながら葵さんを抱きしめる。
「よかった……本当によかった……」
「一真様………」
そのまま俺に抱きしめられる葵さん。
柔らかく、そして小さいこの身体。その暖かみが愛おしい。
葵さんはそのまま俺の背にそっと手を回して優しく抱きしめ返していたようだが、それに俺は気付かず、ひたすらに抱きしめていた。
その際、慈しむような瞳で顔を真っ赤にしている葵さんの顔は見えなかったが。
そしてこの抱擁は夏耶とアリシアさんが来るまで続き、
「あぁ~! 何してるの、お兄ちゃん!」
「お兄様、何をなさってるのですか!」
と、二人の叫びを聞いて自分が如何に可笑しいことをしているかに気付いて、慌てて離れた。
「むぅ~、ずるいよ、お兄ちゃん」
「そうですわ! わたくしだって……」
二人が羨ましそうな目で俺と葵さんを見る中、俺は咳払いをして葵さんに謝る。
「すみません、葵さん。その、さらわれて心配だったので………」
気恥ずかしさと先程の自分の行動のおかしさに羞恥で真っ赤になってしまう。
いくら動揺していたからって女の子にいきなり抱きつくなんて、ただの変質者じゃないか。
自己嫌悪に陥りつつも頭を下げると、葵さんは顔を赤く染めつつも俺を許してくれた。
「い、いいえ、寧ろわたくしもこんなに心配してもらえるなんて思わなくて! それに……寧ろあんなに抱きしめてもらえて嬉しかったですし……」
後半が小さかったので聞こえなかったが、許してもらえて良かった。
妙に嬉しそうな葵さんを何故か夏耶とアリシアさんが羨ましそうな目で見ていたが。
許して貰えた所でさっさと移動することにする。いくら凰 劉鳳が気絶しているからとて、いつ復活するかわからないから。
「いつまでもここにいると物騒ですから、速く行きましょうか」
未だに席に座る葵さんに笑顔でそう話しかけると、葵さんも微笑む。
「はい、そうですね」
そして椅子から立ち上がろうとするのだが……。
「あ、あれ?」
少し腰が持ち上がった所でポスンっと再び椅子に座り込んでしまった。
「あ、あははははは」
「葵さん?」
苦笑し始める葵さんを心配して声をかけると、葵さんは顔をトマトの様に真っ赤にして俺を上目使いで見つめてきた。涙で少し濡れたその瞳にドキっとしてしまう。
「そ、その……縛られていた所為で足が痺れてしまったみたいです。な、なので……運んでもらえませんか?」
その可愛らしい助けを求める声に、俺は頷くしか出来なかった。
「う~~~~~~~~~~!」
「む~~~~~~~~~~!」
「あらあらあらあらあらあら」
「へぇ~、こいつはなぁ~!」
背中に刺さる視線が痛い……。
葵さんを救出した後に少し落ち着くためにも学食のカフェにでも行って何か飲もうという話になったのだが、途中で灯姉さんと颯姉と合流した。
それは良いのだが学食に向かっている現在、俺は4人からの視線を一身に受けていた。
理由は単純であり、足が痺れて動けない葵さんを背負っているから。
普通なら前に抱きかかえるものなのだが、葵さんが背負って貰いたいとお願いしてきたのでその通りにすることに。
その際にまた夏耶とアリシアさんが大きな声で叫んだが、怪我人を運ぶのになんでそんなに騒ぐのか不思議で仕方ない。
そしてアリーナから廊下を通って歩いて来たわけだが……。
「うふふふふふ、あたたかぁいです……」
葵さんは俺に身体を預けて安心しているようだ。
苦しい様子もないので安心したが、それとは別で俺がヤバイ。
制服越しとはいえ、葵さんの胸が背中に押しつけられてむにむにと形を変える感触が伝わり、その心地良い感触に赤面してしまう。また、女子特有の柔らかさと太股のスベスベとした感触、柔らかな暖かみが心臓の鼓動が早まるのを加速させ気が気では無い。
正直、ドキドキして仕方ない。
それが伝わらないか心配になるくらい心臓は早鐘を鳴らし、そして制服越しに葵さんの鼓動を感じるのが余計にそれを助長させる。
さらには背中越しに感じる4人の視線が別の意味でもドキドキさせ、心臓が筋疲労を起こしてしまうんじゃないかと思ってしまう。
そんな恥ずかしくも気まずい空気の中、俺達は学食に入った。
入ってドリンクを頼み、注文の品を持って席に付く。
そして皆一口ドリンクを飲んだ所で姉貴分二人にも事情を説明した。
「あぁ、それでなのね」
「聞いた聞いた、今年入った一番の問題児だろ、そいつ」
灯姉さんは仕方ないなぁと笑い、颯姉は楽しそうに笑う。
基本温厚な姉と血の気が多い姉はこの騒動をそれなりに面白そうだと思ったようだ。
此方としてはそれどころではなかったというのに。
「それに、葵さんは随分と良い思いしたみたいだしね」
「あ、あははははは…」
他の3人にジト目で睨まれ苦笑する葵さん。
何かあったのだろうか。
それも気になるが、それ以上に気になることがある。
奴が……凰 劉鳳が言っていたことだ。
『あれ、知らねぇのか? テメェの親父は昔、何人も女をたらし込んでたクソ野郎だってことをよぉ』
これは流石に捨て置けない。
明らかな誹謗中傷であり、許せた物ではない。
だが、そもそも煙がないところに火は起きないと言われるように、そんな話が持ち上がるということは父さんに昔何かあったということなのだろう。
息子としては知りたくないが、こう言われては調べざるを得ないだろう。
なので早速父さんに電話で聞くことにした。
皆に聞こえるようスピーカーモードで通話することに。
「あの伝説の人とお話するなんて、緊張してしまいますね」
「お父さん、元気かなぁ~」
「お兄様のお父様……ご挨拶はしっかりとしませんと」
「おじ様、お元気かしら」
「一夏さん、久しぶりだな~」
5人が口々にそう言う。
そう言えば葵さんとアリシアさんは初めてだったっけ。
特に武者である葵さんは緊張しているようだ。そこまで畏まるようなことないと思うけど。
そう思いながら俺は携帯を鳴らした。
鳴らして………少し長く鳴った後にやっと繋がった。
可笑しいなぁ? いつもなら3コール内には繋がるんだけど。
そして携帯から出てきたのは懐かしい父の声だった。
『も、もしもし、一真かい」
優しくも雄々しい声に心がホッとする。
いつ聞いても、この声は安心感を感じる。
「久しぶり、父さん」
『ああ、久しぶりだね。元気にやってるかい?』
「うん、何とかね。父さんが通ってきた道を辿れるのは、やっぱりためになるよ」
『それはよかった。話が来た時は少し驚いたけど、一真のためになったのなら俺も嬉しいよ』
父と子の会話。
久々に話したが、やはり父さんは格好いいなぁ。
声だけでもそう思ってしまう。
だが、世間話をするために電話をかけたわけではないのだから、本題に移らないと。
その後話したがっている5人に変わらないとな。
『それでいきなりどうしたんだい? いつもはメールなのに』
「ああ、うん。実は父さんに聞きたい事があるんだけど」
これで父さんが素直に答えてくれれば速く済む。
だが、この後俺は予想外の事態にどう反応すれば良いのかわからなくなった。
『聞きたいこと。答えられるようなことなら別に……あ、ちょっと、真耶さん……』
あれ? 母さんもいるのか?
まぁ、いつも一緒にいるからおかしくはないのか。
「うん、それでなんだけど…」
『ちょっと待って…あ、やめ……くっ………』
何だろう。少し苦しそうな声を出す父さん。
そして時折……何か濡れたような音が聞こえているような気が……。
『ま、真耶さん、もうちょっと待って。今、電話中だから』
『そうですけど、もう待てません』
そして何とか答えようとする父さんと少しずつ大きく激しくなっていく濡れた音、それと時折母さんの吐息が聞こえてきた。
一緒に洗い物でもしているんだろうか?
そして……。
『っ~~~~~~……………』
一拍の間を置き、
『旦那様の、美味しいぃです………』
母さんがうっとりとした声で感想を述べていた。
何か料理でもしていたんだろうか?
そう思って周りを見ると、何故か全員顔を真っ赤にしてもじもじしていた。
一体何があったんだろうか?
俺はその時父さん達にしていたことに全く気付かなかったが、夏耶達には凄く分かったらしい。
5人が真っ赤になっている中、俺は再び会話に専念することにした。
(((((こんな時間からあんなにことしてるなんて…………)))))
5人が共通して考えていることに気付くことはなかった。