いきなり斬り掛かられたのを何とか流すと俺は冷や汗を掻きながら笑い、センセー……『宮本 武蔵』様はニタリと不敵な笑みで返す。
毎回思うのだが、とても齢六十の人間の太刀筋ではない。威力も片腕だけで父さんと同等かもしれないくらい重く、流すので精一杯だ。真正面から受け止めたら俺の腕は持ってかれて斬り捨てられていたかもしれない。
そんな命掛けの『挨拶』を終えて、俺はセンセーに連れられて山小屋の中へと入る。
センセーが暮らしている山小屋は、武帝校以上に寂れていた。
今では最早絶滅したかもしれない程に古い囲炉裏に鉄鍋が吊されており、木造の室内には古い香りが立ちこめる。
情緒溢れるというにはあまりにも簡素で、生活感があまり感じられない居間に通されると、その床に指示されて座る。無論、客人など想定していないために座布団やクッションなど置いてはいない。
センセー自身、人里から隔絶したような生活を送っているからか、人が来てもその扱いはこんな感じにぞんざいなのである。
センセー向かいに胡座をかいて座ると、俺に目を向けて話しかけてきた。
「小僧……何やら面白そうな玩具を持ってきたようだな」
「はい、絶影のことですね」
センセーは俺の目を見ながらそう聞く。その瞳は俺の全てを見透かそうとするかのように俺を捕らえてならない。
「高校に上がって、やっと俺も自分の劔冑を持つことが出来ました。まぁ、政府からの借り物ですけど。銘は絶影、数打劔冑ですが真打に現代の技術で少しでも近づこうとして作られた一騎です」
「日本政府もこのような紛い物、よく作るものだ」
そう返すも、センセーの瞳には好奇心の光が出ていた。
それを見て内心で苦笑しつつ絶影を呼び、センセーに詳しく見せることにした。
センセーは目の前に現れた絶影を興味深そうに見て考察を広げていく。
「成る程………これはまた、随分と混じっている。鋼は悪くなさそうだが、混じり物が多いだけに強度が弱そうだ………」
「あはははは……さすが先生。一見で見破りますね」
流石の洞察力とでもいうべきだろうか? 見ただけで特徴と弱点を見破られた。
そして一通り絶影を見たセンセーは俺に再び目を向ける。
その視線に込められた威圧感は慣れていてもやはりきつい。
「して、このような物を持ってきてどうするつもりだ?」
その言葉に俺は自信を持って答える。
「センセーに鍛錬を付けてもらいたくて……だから来ました。今までの剣技だけでなく、真の劔冑同士の死合いを学びたく」
俺の瞳を見て、ふむと頷くとあることを言い出した。
その言葉に俺は驚いてしまう。
「成る程…………倒すべき敵が居ると言うことか……下らん……」
「なっ!? 何で分かったんですか!!」
「その程度、目を見ればわかる。分からぬはただの阿呆だけだ」
ただ目を見ただけなのに、俺がどうして修行を付けに貰いに来たのかを殆ど察したらしい。
なんでそこまで言い当てられるかなぁ、本当。
この人には隠し事なんて出来なさそうな気がする。
俺はセンセーに意を決して打ち明けることにした。
「実は………絶対に負けたくない奴がいるんですよ。IS学園で出会った奴なんですが………………………」
そのままあの男……凰 劉鳳の事をセンセーに話していく。
あの全てを打ち砕く拳を振るうあの男のことを。
その全てを聞き終えると、センセーは黙ったまま外へと歩き出した。
いきなりの行動に驚いた俺だが、センセーは俺に振り向くと呆れた声で話しかけた。
「何を惚けた面を晒している、早く外に出ろ小僧。貴様の力を見てやろう」
「は、はい!」
俺はニヤリと笑うセンセーの顔を見て、少し嬉しくなりつつも怖さに身が震える。それを噛み締めながら外へと出て行った。
外に出てしばらく山道を歩いていると、山の中だというのに、とても広い荒野に出た。他はそれなりの傾斜があるというのに、この場所だけはそれがない。
地面には草木一本も生えておらず、地面は陥没してクレーターがいくつも出来上がっている。まるでここだけ天変地異が起きたような感じだ。
「あの、センセー? ここは一体?」
俺の質問に対し、センセーは何かを思い出しながら愉快そうに笑い出した。
「くはははは。ここはな………小僧の父親と死合った場所だ」
それを聞いて俺は顔を顰めた。
これが………父さんとセンセーが戦った跡だって?
武者同士の死合いを見たことは無かったけど、これじゃあまるで……災害その物じゃないか。
とてもじゃないが、父さんがこれをやったと聞いても、イマイチ想像つかないなぁ。
そんな俺を見抜いてか、センセーは懐かしそうに話し始める。
その様子はとても楽しかったことを思い出しているようだ。
「あの時は確か………小僧の父親から言い出したのだったか? 是非とも本気で死合ってみたいと。その時は貴様の母親が止めに入ったが、父親の方が引かなくてな。まだあの小僧も若かった……。それで我も編纂をするために死合ったのだ。結果は見ての有様……中々に愉快な戦であった」
「そ、その時の勝敗は………」
こんな事になるということは、余程苛烈な死合いになったに違いない。
だからこそ、その勝敗が気になった。
だが、それを教えてくれる気は無いらしい。
センセーはその話を打ち切ると、相変わらず覇気の籠もった視線を俺に向ける。
「小僧の父親は愛だ何のと言ってそれを力に変えていたが、我はそのような物など当てにしない。この力はただひたすらに編纂するだけの物。編纂し尽くした先にこそ、我の求める物がある。故に小僧には精神論なぞ求めてはおらん。今から行うのは飯事ではない。小僧の本能を刺激する根源的な力よ」
そう言うなり両手を広げ、誓約の口上を唱えた。
『千日の稽古を劔とし 万日の稽古を冑とす 以て此れ我がツルギなり』
その言葉と共にいつの間にか背後に表れていた鎧が弾け、センセーへと装甲されていく。
そしてセンセーじゃ一騎の武者となった。
雄々しさを感じさせる太く逞しい手足。
荒々しさを象徴するかのように生えている二本の角。
そして、まるで後光が差しているかのように展開されている母衣。
そう、これこそが、……この世界最強の兵法書『五輪書』である。
その名は武州五輪。
詳しくは知らないが、確かその特質すべき陰義は『術理吸収』。
理論さえ分かり理解すれば、どのような事象も再現可能という反則じみた陰義だ。
それはつまり現代兵器は勿論、他の劔冑の陰義も再現可能だということ。父さんの正宗と違いカウンターですらないのだから、それがどれだけ凄まじいことなのか……想像を絶することになるだろう。
装甲したセンセーは俺に向かって二刀を抜くと、俺に突き付ける。
「今からすることは単純だ。我は小僧を手加減しつつも殺しに掛かる。小僧はそれをひたすらに防げば良い。ただし、し損じれば死ぬだけだ。故に必死に我の攻撃を防ぎ避け、生き残るための己の全てを使って編纂せよ」
その言葉と共に放たれた殺気に、背後で鳴いていたはずの蝉の鳴き声がぴたりと止まる。
真夏で熱いというのに、足下から喉にかけて冷ややかな冷気を感じ取った。
あまりの殺気に身体が震え、逃げ出したくなる。
だが、それでも……強くなるためにはセンセーと戦うしかない。
「わかりました。だったら俺も……全力で防がせて貰います! いくぞ、絶影!」
自分に檄を入れるために叫び絶影を呼ぶ。
俺の求めに応じて絶影が目の前に飛び出し、俺と一緒にセンセーと相対する。
そのまま装甲の構えを取って誓約の口上を口にする。
『我が内なる正義を顕現し、全ての悪を滅ぼさん』
そして絶影が弾け、俺の身体に装甲されていく。
俺は武者となりて、センセーと同じように二刀を引き抜き、そして構えた。
「センセー、胸を借りるつもりで頑張ります!」
「その程度なら直ぐに死ぬのみ! 行くぞ、BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
そしてこの荒野に、久方ぶりに鋼同士の激突音が轟いた。