次回からは遂に、奴との戦いです。
センセーの元に修行をしに来て、今日で丁度一週間目。
例の荒野にて、俺は……………………。
死にかけていた。
呼吸が追いつかずに酸素を求めて喘いでは吐き気に襲われ悶える。
身体からは汗が殆ど流れなくなっていた。それまでは滝のように流れていたというのに、もうすべて出し切ったんじゃないかというくらい何も出ない。口の中もカラカラで舌がもつれ喉に詰まりかけていた。
目や粘膜はヒリヒリと痛み、頭がガンガンと痛みを発する。
完璧なまでの脱水症状。
しかも身体中の筋肉が悲鳴を上げて激痛が走り、腕に至っては感覚が酷く鈍い。外から見ても分かるくらいに浅黒く腫れ上がり、正直筋肉がどうなってるのか考えたくない。
まさに死に体。
そんな俺の目の先には、二本の角を備えた威風堂々たる相貌の武者が立っている。
その胸には致命傷ではないにしろ、一筋の斬傷が刻みつけられていた。
それを撫でながらその武者……センセーは顔こそ見えないがニヤリと笑ったようだ。
「ふむ………この一週間で多少はマシになったようだな」
お褒めの言葉に嬉しく思い感謝の言葉を述べたい所だが、そんな余裕はない。
今の俺は言葉を発することも出来ないのだから。
だが、確かに……センセーに一太刀入れることが出来た。
この一週間の集大成としては満足のいく成果と言えよう。
だが、それにしても思い出して見ては過酷すぎたなぁ、この鍛錬。
初日から三日間までは朝から夜まででひたすらに組み手。
実際には組み手を言うのも烏滸がましい。ひたすらセンセーから逃げ切ろうと必死になっていた。
凄い手加減で打ちのめされ、ボロボロになった所で山小屋に戻り夕食。
それが終われば二時間近く己の編纂を行い、疲れ切った身体を引き摺って風呂へと入り寝る。
それだけでも俺の身体にはきつかった。
だが、四日目からは更に酷くなってきた。
朝から殆どが組み手だ。
それこそ夜間でも行い、寝る時間は二時間あるかどうか。
食事は簡素な物を短い時間で素早く取り、食事が終われば即座に組み手。
休む間もなく打ち合い続ける。
剣戟の音が荒野に鳴り響き続けるが、その音の殆どは俺の防御したときの激突音である。此方から攻めるのは容易ではなかった。
しかも………何よりも一番しんどいのは、絶影のリミッターを解除し、真の姿になって鍛錬したことだ。
成る程。確かにこの形態は凄まじい。
速さだけなら政臣おじさんよりも速いかもしれない。だが、その能力故に求められている此方の力量がかなり高い。未熟な俺では最初は三分と立たずに疲労し切った。
そして真の形態を用いて組み手を行い続け、昼夜の殆どを鍛錬に費やす日々。
そんな過酷な日々を乗り越えこうしてやっとの事で最終日にセンセーに一太刀浴びせることが出来たというわけだ。
それと引き替えに俺の身体はボロボロになったわけだが。
センセーはそのまま装甲を解除すると、俺の身体を片手で持ち上げた。
流石にこのままでは不味いと思ったのだろうか? センセーにしては優しいかな………と思ったが、矢張りと言うべきか先生は優しくなかった。
そのまま持ち上げられて運ばれると、近くの川に………放り投げられた。
「ぶはっ!?」
口に入った水を急いで吐き出し、流されぬように身体を岩に引っかけつつセンセーの方へと顔を向ける。
「ちょっ、センセー!」
センセーは文句を言いたそうな俺の目を見て不敵な笑みを浮かべると、山小屋へと歩き始める。
「しばらくそこで身体を冷やしておけ。その様子ではまだ動けぬであろう。まぁ、速く上がらねば心の臓が冷え切って死ぬやもしれぬがな」
そう俺に言い残し、センセーは山小屋へと帰っていった。
俺は未だに動かない身体を引き摺りつつもセンセーの背中を見送っていく。
夜の川の水はとても冷たく、熱を発し続ける身体には気持ち良かった………。
一時間後、俺は冷え切った身体をガチガチと震わせながら山小屋へと戻ってきた。
かなり冷やされたためか、腫れは退いたようだが風邪を引きそうだ。
小屋に入るなり急いで囲炉裏の火で身体を温め始める。
その炎の暖かい事何のその。夏だというのに気分だけは真冬になったような気がする。
そんな俺を気似せずにセンセーは一人で茶を啜っていた。
気遣いの欠片もないが、それがこの人だ。今更気にして仕方ない。
俺は身体を温めつつも最後に行った組み手についてセンセーに聞いてみることにした。
「センセー、最後の仕上げはどうだったでしょうか?」
自分では最後の最後に全力を出しきったあの組み手。
センセーからしたらどう感じたのだろうか? 少なくとも一太刀だけでも浴びせることが出来たのだから上出来だと思うのだが?
するとセンセーは特に表情を変えることなく答えた。
「未熟……」
分かりきっていたが、そう堂々と言われるとやっぱりへこんでしまう。
少しは褒めてくれても良いのになぁ。
「貴様の劔冑の真の力、確かに速さだけなら真打を超えている。だが、それを御するにはまだ貴様は未熟。直線的過ぎて見切るのが容易だ。この数日でかなり鍛えられたとは言え、まだ貴様の父親とは天と地の然程ある。何せ貴様の父親は貴様と同い年の時に我と引き分けた故な」
その話を聞かされてますます父さんが可笑しいと思う。
俺と同じ歳のころから武者をやっていたとは聞いていたけど、この鬼神の如き強さをもったセンセー相手に引き分けるって一体………。
するとセンセーは何かを懐かしむように話し始めた。
「あの時、貴様の父親は恋仲の娘と一緒でな。その娘を悲しませまいとのたうち廻り、聞いてる此方が恥ずかしいような台詞を吐いて我に挑んできおった。それでいて我を凌駕せんとするのだから、人の感情というのも捨てた物ではない」
本当、父さんは若い頃から何してるやら。
聞いてるこちらが恥ずかしくなってきた。
「貴様の闘法は我に近いが、心根は父親に近い物がある。前はそうではなかったが、ここに来る前に何かあったのだろう。実に青臭く馬鹿らしい。だが、それ故に野味に溢れる。それが貴様の編纂に必要だというのなら、全て飲み込んで見せろ。あの父親のようにな」
「そういうものですか?」
「我には分からぬ。それは父親にでも聞くんだな」
そう言って先生は自己の編纂のために目を瞑り始めた。
俺はもう聞けないと判断し、自分の編纂へと入る。
だが、疲れ切った肉体は休むことを強要し、俺は強制的に眠りに就いた。
翌日の朝。
俺は帰り支度を纏め、山小屋の外へと出ていた。
今日はもう帰らなければならない日。
そろそろ帰らないとアイツとの戦いが出来なくなるから。
「センセー、お世話になりました」
俺は感謝を表すように痛む身体を動かして礼を言う。
それに対し、センセーは興味が無いように返して来た。
「世話などしておらん。ただ貴様が生き残っただけだ」
「ま、まぁ、そうですけどね。それでもですよ」
「ふん、勝手にしろ。小僧、次はもっと編纂を積んでから来い。いずれは貴様が継ぐやもしれんからな……『武蔵』を……」
センセーはそう言うと、そのまま山小屋へと入って行ってしまった。
その後ろ姿にセンセーは変わらないなぁと思いつつ、俺も下山をし始める。
さっきの言葉はセンセーなりの応援だったのかもしれない。でも、それでも俺に『武蔵』を継げというのは、言い過ぎなんじゃないかな。まぁ、そこまで難しくは考えられないけど、いずれは………。
取りあえずは目先にある戦いだ。
奴もきっと俺以上に鍛え抜いて挑んでくるに違いない。
だからこそ、俺の全てを出して戦えるように。
待っていろ、凰 劉鳳! 俺の………敵!!
奴との戦いに向けて闘志を燃えたぎらせながら、俺は山を下りてIS学園へと帰っていった。
帰った後、あの六人に捕まって凄くもみくちゃにされたのはいうまでもない。
男の性が暴走しかけて大変だったよ、本当。
束さんが手で皆に分からないように擦ってきたのは大真面目に不味かった。改めて思うが、あの妖しい手付きは男を魅了して止まないんじゃないだろうか?
まぁ、何とかばれないようにして俺はそれから抜け出したわけだが。
とりあえず、これで奴と戦う準備は整った。
後は…………。
戦うのみだ。