第82話 敵と本気の死合い その1
学園に戻ってから一週間が経ち、それまでの間にコンディションを整える。
武者ならば常に臨戦態勢であり、そんな生優しい事など考えないが流石にあの形態を完璧に使いこなせているわけではない俺では少しでも力を長く使用出来るよう整える必要があった。それも偏に己の未熟故。
恥じ入るばかりだが、あの真打すら超える速さの前には仕方ないと思える気がする。
そして今日、八月三十一日。
夏休み最後の日にして、俺がIS学園にいられるギリギリの最終日。
IS学園はともかく、武帝校の短期留学には三日間の猶予が新学期になっても与えられる。それを利用して奴との再戦を望む。
まるでこうなることを予想していたかのような猶予に、少しだけ怖さを感じるけど。
その怖さに多少身震いするも感謝し、俺は闘志高めつつアリーナに立っていた。
そう、奴と戦うために。
思えば妙な奇縁だった。
奴と戦うことに燃え上がる自分がいる中、多少冷静な部分はそれが可笑しいと言っている。
別に……怨んでなどいない。
因縁という物があるにしては短すぎる時間しか接してないし、敵意がむき出しになる程憎悪しているわけでもない。
だが、ライバルなどと言ったお互いに高め合える仲良い物では断じてない。
憎いわけでは無いが、仲良いわけでもない。
ただ、まるで水と油のように相容れないのだ。
一目見た時から感じた。分かっていた。
この男は、自分の……………敵だと。
怨敵ではない、怨みは無いのだから。
宿敵ではない。そんなに知り合えていないのだから。
だからこそ、敵としか言いようがない。
自身の前に聳え立つ壁。乗り越えなければならないと、本能が吠える。
自分とは違う真逆のような男。だが、認めたくないことにその根元にあるものは同じものであった。
それを認めつつある自分が嫌になる。
だからこそ、叩き潰したいと思う。
どちらが上なのかの優劣をはっきりとさせたい。
敵を倒すことに戸惑いも無ければ躊躇もないのだから。
だからこそ、今俺の闘志は最大限まで滾っていた。
やっと全力をもって、奴と戦えるのだから。
そして待つこと数分。奴は向かい側からゆっくりと、しかし確かな足取りで此方に向かって歩いて来た。
その足取りは悠然とした獅子の如く堂々としたもので、全身から発せられる獣のような殺気はまさに、野生の獣を前にしているような感じを受ける。
「よぉ、しばらくぶりじゃねぇか」
「あぁ」
奴は……凰 劉鳳は俺の顔を見てニヤリと笑いながら言葉をかけてきた。
その瞳に宿しているのは燃え上がる炎のような闘気。初めて会ったときに向けられた此方を値踏みするようなものではなかった。
それはつまり、奴が俺を侮ってなどいないということ。
故に俺も笑う。殺気と闘気の籠もった視線を奴に向けて。
「テメェも充分に何やらしてきたって感じだなぁ。その面を見れば良く分かる。そいつぁ………昔よく見た命掛けの奴等の面によく似てる。いや、それ以上か。そいつ等は追い詰められてそんな面をしていたが、テメェは違う。テメェは命掛けで俺を叩きに来た。そんな感じだろ」
「ご明察だ。俺もそうだが、貴様も一緒だろ。最初の頃とは顔が全く違う。それは最初から殺す気でいる武者のそれと一緒の表情だ。身体の筋肉の付き方も最初よりより絞り込まれている」
お互いに笑い合うが、その目はまったく笑っていない。
常に互いを睨み合い、緊張が身体を走り抜ける。
まだ何もしてないというのに、気を抜いた瞬間には呑まれると分かるから。
奴は視線を全く動かしていないのに、まるで空を見上げているかのように声を出した。
「良い天気だよなぁ。まるでこの後どうなるのか分かっていねぇような暢気な天気だ。だが、だからこそ、そいつをひっくり返るくらいでかいことがこれから起こると思うと、ワクワクしてくる」
それに対し、俺は何も答えない。
答える言葉を持たなかった。俺も同じようなことを思っていたから。
確かに良い天気だ。雲一つ無い快晴。
昔死地に赴いた兵士が言った『死ぬのには良い天気だ』という言葉は、きっとこんな天気のことを言ったのかもしれない。
だか、この言葉には裏がある。これは単純に死ぬ覚悟を決めたような言葉に聞こえるが、実の所はそうではない。『死ぬには良い天気だ。だからこそ、まだまだ死ぬ気はない。これからもこんな空を見ていたいから』。そんな裏があったりする。
故に俺も思う。
良い天気だ。だからこそ、この戦いがより苛烈な物になると。
負ける気はない。この空をこの先も見ていく気だから。
互いにそんなことを考えているのだろう。
少々感慨に耽った後、俺と奴は互いに笑う。
これから本気で戦う……否、殺し合うと言って良い相手に。
今日の日のために思い出されるこの学園に来てからの日々を振り返る。
殆どあの六人との思い出ばかりだが、奴とは純粋な戦意のみでぶつかった。
思えばほとほと可笑しな関係だ。
だが、だからこそ……世の中は面白い。
このような男と出会えるのだから。
俺はそう思いながら奴を睨み付けると、奴も同じように睨み付ける。案外お互い思い返していることは一緒なのかも知れない。
今日の試合のために、アリーナを特別に貸し切りにしてあり、周りには観客一人もいない。また、アリーナのバリアも最大レベルまで上げられている。
これは俺と奴との戦いが如何に激しくなるのかを考えてのこと。
奴の力がどれほど増したのかはわからないが、そうでもしなければ絶影の真の力を発揮することは出来ないだろう。奴もかなり力を付けて来ていると考えると、こうでもしなければIS学園で試合など出来そうにない。
まぁ、聞いた話では父さんは昔、自分の師匠と幸長おじさんの三人でこのアリーナを文字通り灰燼に帰した事があるらしいけど。流石にそこまでは出来ない。
広いアリーナに二人だけ。だが、きっと試合が始まれば寧ろ狭くなるのかも知れない。
そろそろ互いに戦おうと構え始める。
奴は右腕を前に突き出し、左手を添えて両足を大きく開く。
前に見た奴の独特の構え。
対して、俺は絶影を呼ぼうと空気を吸い、そして覇気を込めて声を出そうとしたが、それは別の方からかけられた声で中断された。
『お兄ちゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んッ!! 頑張って~~~~~~~~~~~~~~!!』
管制室からの放送が大音量で此方に響き渡った。
どうやらこの試合を見に来ていた夏耶が応援の声をかけたらしい。
応援してくれるのは嬉しいものだが、如何せん雰囲気というのが台無しにされた。せっかく本気で殺り合をうというのに、緊張が抜け始めてしまったでは無いか。
だが、それで終わらないのが彼女達らしい。
『一真様、応援しております。ご無事に………勝って下さい!」
『かずくん、怪我したら駄目なんですからね~。したらお姉ちゃん、泣いちゃうかも』
『お兄様なら絶対に勝てますわ! そんな野蛮人に負けるようなお兄様では無いですもの!』
『絶対に勝てよ、一真! 勝ったら……き、キスしてやる!』
『む、そう来るか~! だったらかずくん! かずくんが勝ったら束さんの全てをプレゼントだ~! お口も胸も全部使いたい放題! やぁん、かずくん、そんな荒々しく~、束さん、壊れちゃう……』
最後のは聞きたく無かったなぁ………。
そう思いながら恥ずかしさを感じていると、奴はクックック、と笑い出した。
「どうやらテメェの応援団は過保護なまでに心配らしい。良かったなぁ、応援して貰えて」
明らかに人を馬鹿にした挑発。
だが、事実なだけに否定出来ない。
だが、そんな俺に更に追い打ちがかけられた。
『かずくん、大怪我なんてしちゃ駄目だからね。お母さん、そんなことになったら怖くて泣いちゃいそうです……』
何で来たんだ母さん!
日頃は家にいるのに、何でこんな重要なときにここに来ているのか問い詰めたい。
『一真……お前の死合い、武者として見届けさせて貰うよ。あ、でも真耶さんを悲しませるようなことだけはしないでくれ。もししたら……いくら息子でも容赦しないから』
何で父さんまでいるの!
今日の仕事はどうしたんだと突っ込みたい。
そう思って管制室の窓に目を向けると、マドカ叔母さんが笑顔で手を振り、チフユ伯母さんがしたり顔で笑っていた。犯人はこの二人か。
目を戻して奴を見ると、もう破顔状態だ。
いつ噴火するかわからないくらい笑いを堪えている。もう、さっきまでのシリアスな雰囲気が完璧に台無しになった。
だが、次ぎに聞こえた声で奴の顔は凍り付いた。
『劉鳳、アンタちゃんと正々堂々と戦いなさいよ! 一真君に怪我させたらただじゃ置かないんだからね!』
「なっ、ババァ!?」
驚愕する奴の反応を見た後に再び管制室の窓に目を向けると、そこには小柄な女性が立っていた。見た目が若々しく三十代の、丁度マドカ叔母さんと同じ位に見える女性だ。
俺も聞いたことのある声。確か奴の保護者で父さんの幼馴染みの凰 鈴音さんだ。
どうやらあの人も伯母さん達に呼ばれたようだ。
俺は少ししたり顔で奴に笑いかける。
「どうやら貴様も応援してくれる人がいるようじゃないか」
「ぐぅ……」
奴はそう言われ、無言で俺を睨んできた。
奴なりに恥ずかしいらしい。
これでお互いに張っていた雰囲気は散ってしまい、少しリラックスした状態になる。無論、戦意は衰えないが。
だが、そこに更に冷や水が浴びせかけられる。
『そうそう。一真、武蔵さんから伝言。無様な死合いをしたら容赦なく斬り飛ばすって』
『劉鳳、あんたにもアメリカ本社のクーガーさんから伝言よ。スピーディーじゃないトロい戦いをしたら容赦無く蹴り殺すって』
それを聞いて互いの顔が真っ青になった。
センセーは嘘を言わない。つまりその伝言は本当にそうするということだ。
絶対に無様な死合いは出来ない。
それは向こうも同じらしい。
そのクーガーという人は奴にとって何かあるようだ。
お互いに真っ青になり、乾いた笑い声を上げる。
そして向き合い。笑顔のまま話しかけられた。
「んじゃ………するか」
「あぁ、殺ろうか」
そして再びお互いに構える。
「来い、絶影!!」
俺の呼びかけに応じ、俺の背後から飛び出す絶影。
そして俺は装甲の構えを取り、誓約の口上を述べる。
『我が内なる正義を顕現し、全ての悪を滅ぼさん』
そして始めた絶影は俺の身へと装甲され、俺は白い武者となった。
「いっくぜぇえええええええ! シェルッブリッドォオオオォオオオオオォオオ!!」
獣の咆吼と共に、奴の右腕が光ると共に。その腕に黄金色の装甲が装着されていた。
それは初めて奴と戦った時と同じ状態。
お互いにそれが分かった上で笑みを浮かべる。
「まずはこいつから……いこうか!」
「あぁ、いくぞ!!」
返事を返すと共に、試合開始のブザーが鳴り響く。
そしてどちらからともなく、同時に駆け出した。
敵を倒すために……。