蜘蛛の糸を掴めたら   作:SHALC7

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六話になります。
投稿が遅くなり申し訳ございません。
また、新たにお気に入り登録してくれた方々、ありがとうございました。


六話

 喫茶リコリコの地下室に乾いた炸裂音が鳴り響く。 ここは倉庫として使用されており、多くの荷物が棚の上に陳列されていた。 一見すればただの地下倉庫だったが、普通の物とは大きく異なる点があった。

 室内の一角には射撃場が設けられていた。 規模はそこまで大きいわけではないが、DA本部のものに負けず劣らずの立派な設備を兼ね備えていた。 ミカ曰く「良い仕事には日頃の研鑽が必要」と言っていた。 歴戦のプロらしい発言だった。

 紫莉は射撃の訓練を行っていた。 だが、その表情は険しいものだった。

 

 

「……なんだよ、この弾。 全然当たんねぇ……」

 

 

 紫莉は、スライドが後退した“グロック21”をベンチ(作業台)に置きながら苦々しく呟く。 数メートル先には、人の上半身を模した的が新品同然にぶら下がっていた。 

 右隣の射撃ブースにいたたきなも「撃ちにくいですね、これ……」とため息をついた。 的を見やると、確かに射撃の上手い彼女らしからぬ結果だった。 すると、紫莉の左隣にいた千束も「私も当たんな~い」とカラカラと笑った。 

 紫莉は、ベンチに置いてある弾丸をつまみ上げる。 通常、弾頭には銅や鉛などで成形された金属が多く採用されているが、この弾薬は違う。 特徴的な赤い弾頭には、粉末樹脂と金属粉末を混ぜ固められた特殊なものが使用されている。 いわゆるゴム弾やフランジブル弾に属する代物だった。 

 この類の代物は弾頭自体の重量が軽いため、空気抵抗などの要因で命中率があまり良くない。 距離が開けば開くほど、命中率は著しく下がる。

 よくこんな弾で今までやってこれたな、と紫莉が思っていると、たきなが「それであんな戦い方をしていたんですね」と気持ちを代弁してくれた。

 

 

「そ、近づけば絶対に当たる!」

「射撃、ヘタクソなのかと思ってました」

「ちょいちょい、千束ちゃんファーストやぞぉ」

 

 

 このあいだ本部に行った以来、二人の距離は縮まっていた。 正確に言えば、たきなの態度が柔らかくなっている。 フキとの模擬戦を経て何かが吹っ切れたのか、以前に見られた復帰に対する執着心が薄れているように思えた。

 それに関しては紫莉もであったが。 あれ以来、紫莉も皆達との関係を改善しようと試みていた。 他愛もない世間話をしたり、常連客に混じってボードゲームで遊んだりする程度だったが、紫莉にとっては手漕ぎボートで大海原に旅立つ気分だった。

 けれど、紫莉の杞憂だった。 店の皆も常連客達も、紫莉が変わろうとしていることに気づいてくれたのか、快く出迎えてくれた。

 本当にありがたいことだ。 だが、もちろんただ甘えるつもりはない。 自分のことは出来る範囲は自分で片づける。 基本スタンスは何も変わらない。

 紫莉は“グロック21”に実弾を入れたマガジンを挿し込む。 指でストッパーと安全装置を操作し、引き金を指の力を込める。 引き金を引く度、銃身が跳ね上がろうとするのを、抑えつけながら、再びスライドが後退するまで撃ち続けた。

 

 

「おぉぅ……」

「これは……」

 

 

 射撃を終えると、千束とたきなは声を漏らした。 だが、紫莉の射撃が上手いからではない。 むしろ逆だった。

 的にはいくつもの弾痕が開いていたが、中央の赤い円には一発も届いていなかった。

 

 

「本当にヘタクソですね」

「そんなはっきり言うなよ……これでも努力してるんだ」

 

 

 たきなの率直な感想が紫莉に突き刺さる。 心の中でため息をつくが、反論の余地が無かった。 我ながら、この程度の腕でよくファーストだったと恥ずかしさを覚えるほどだった。

 肩を落とす紫莉の横目で、今度はたきなが実弾での射撃を行った。 彼女の狙いは正確無比で、次々と的の中心を射抜いていく。 千束は「すごーい、機械みたい」と感嘆していた。

 紫莉も同様の反応だ。 ドローンを撃ち抜いた時も思ったが、彼女の腕前は今まで見てきた中で一番だった。 射撃が苦手な自分にとっては、彼女のセンスが喉から手が出そうになるほど羨ましい。 

 けれど、無い袖は振れないは理解している。 苦手なことを克服することも大切ではあるが、そればかりに囚われていては何も変わらない。

 そして、そんな自分に驚いた。 ここ最近、気持ちの切り替えがスムーズに出来るようになったからだ。 かつての自分なら、たきなの腕前を目の当たりにしただけで、胸が締め付けられるような敗北感に苛まれていただろう。 だが、今は違う。『それでいい』と自分に言い聞かせる余裕があった。

 

 

「ま、まあ誰にでも得手不得手はあるしね。 ていうか、二人とも無理して先生の弾使わなくても良いんだよ。 紫莉はともかく、たきなはそんだけ上手だったら急所外せるだろうし」

「急所を狙うのが、仕事だったんですけどね」

「もう違うでしょ~」

 

 

 千束の言う通りだった。 たきなほどの腕前ならばそれも可能であろう。 だが、自分の場合はそうはいかないことは理解していたが、どうしてもこの弾を使いたい理由が紫莉にはあった。

 

 

「いや、俺はこれで良い」

「えー……まあ、無理には止めないけど……そんなに気に入ったの?」

「言ったでしょ『やりたいこと探せ』って。 あれから俺なりに色々考えたけど──もう人は殺したくない」

「え」

「……今まで散々殺してきて、虫が良いことを言ってるのは分かってる。 これで罪が消えるとも思っていない。 けど、俺が出した答えだ。 俺はもう、誰も殺したくない」

 

 

 紫莉は、はっきりとした口調で宣言した。 紫莉の脳裏には、これまで自分が奪ってきた命の記憶がちらついていた。 目を閉じれば、消えることのない後悔と罪の重さが胸を締めつける。 けれど、その業を背負っていく覚悟を決めた。

 部屋が水を打ったように静まり返ったが、すぐに千束が瞳を輝かせ嬉しそうな声を上げる。

 

 

「うん……うん、良いよ紫莉! その目標すっごく良いと思うっ」

「ちょ、いきなり抱き着くな! 放せ……って、ああもう!」

「そっかそっかー私と同じになりたいわけかぁ。 さては私に憧れてるなぁ~? 正直に言ってみな~ほれぇ~」

「なんでそうなるんだよ……」

 

 

 千束のポジティブさに若干呆れながら、紫莉は彼女の腕からするりと抜け出した。 人との関わり方を変えようとしている紫莉だったが、千束のようにグイグイ距離を詰めてくるタイプはやはり苦手だ。

 千束はいたずらっ子のようにニヤリと笑って口元に手を当て、「素直じゃないな~」とからかうように言ってきた。 彼女を適当に流していると、たきなが神妙な面持ちで口を開いた。

 

 

「ですが、紫莉の腕では不安ですね。 この命中率では、自分を守り切れないと思いますが……」

「まあ、そうだけど……」

「逆に今までどうやって戦ってきたんですか?」

「うーん。 俺、体が大きくないだろ? だから、それを生かしてなるべく動き回るようにしてて、相手の死角から襲ったり、極力一対一の状況を作ってさ。 それこそ近づけば絶対に弾は当たるから、ショットガンを使ってた」

「なるほど。 どのメーカーを使ってたんですか?」

「レミントンM870だよ。 頑丈、整備も簡単、カスタム性も幅広い。 ズボラな俺が扱うにはピッタリだ」

 

 

 紫莉にとって“M870”は特別な銃だった。 ファーストになった時から、ほとんどの任務をその銃と共に過ごしていた。 言い換えるならば、三本目の腕と言っていいほど信頼していた。 だが、サードへ降格した時に没収されていたため、現在は持っていない。

 その時、千束が「あ」と何かを思い出したかのように声を出した。 彼女は倉庫へ足を運ぶと、ガンケースを抱えて戻ってきた。

 

 

「それは?」

「んーとね、先生の知り合いが前に譲ってくれた物らしいんけどさ。 私も使わないし、すっかり忘れてたよ」

「開けても?」

「どうぞ」

 

 

 紫莉は千束からガンケースを受け取り、フタを開けると目を丸くした。 中に入っていたのは黒で艶消しされた“M870”が入っていた。 モデルは“TAC14”と呼ばれるソードオフタイプだった。

 紫莉はケースから本体を取り出す。 ずっしりとした重さに何処か懐かしさを感じた。 前後にハンドストップが設けられたフォアハンド、猛禽類の爪のようなグリップ。 銃口にサイレンサーを取り付いていれば、正にファースト時代に愛用していた物になる。

 

 

「……もしかして、例の弾、12ゲージ用もあるのか?」

「うん、あるよ」

「使わせてくれっ!」

「おぉう……今までにない食いつき……」

 

 

 紫莉は鼻息を荒くして、千束へ身を寄せた。 普段の紫莉からは想像もしない反応に千束は困惑していた。 

 12ゲージ用の非殺傷弾を用意してもらった紫莉は、慣れた手つきでレシーバーの下部に開いた穴へ弾を装填していく。 フォアエンドを引き、チャンバー内に弾を送り込む。

 そのまま紫莉は、ブースを乗り越えレーンの中に入り、的の近くまで足を進めた。 そして、三メートルくらい手前で止まった。

 息を吸い込み、大きく深呼吸をする。 息を短く吐き出すとともに、腕を伸ばし目線の高さまで銃を持っていくと、引き金を絞った。 乾いた発砲音が地下室に反響し、赤い粉末が空中に漂った。 硝煙の匂いが鼻をくすぐる中、紫莉は静かに銃を下ろした。

 紫莉は満足げに頷きながら、千束達の方に振り返る。 

 

 

「これなら誰も殺さず、自分の身を守れる。 問題解決だ」

 

 

 ほくそ笑む紫莉に、千束は「だね」と頬を緩ませ親指を立て、たきなは「……まあ、紫莉がそれで良いのであれば」と納得してくれたのだった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

「ねぇ、紫莉」

「ん?」

 

 

 その日の夜。 静かな店内で掃除をしていた紫莉の耳に、千束の声が響いた。 呼びかけられた紫莉は手を一旦止めた。 視線を向けると、千束はいつになく真剣な面持ちで、顎に手を当てていた。

 

 なんだ? 錦木がこんな表情をするなんて。 ヤバいことでも起きたのか……? 

 

 普段のひょうきんさを潜ませ、何かを考えこむ千束に、紫莉は全身に緊張が走った。 胸のざわつきを押さえ、紫莉は固唾を呑んで彼女が口を開くのを待った。

 

 

「紫莉って──どんなパンツ履いているの……?」

「……は?」

 

 

 一瞬、思考が止まってしまった。 耳を疑ったが、間違いなく千束の口から出た言葉だ。セクハラまがいの質問に、紫莉は気味悪さから距離を取った。

 

 

「ちょ、ひ、引かないでよぉ! 別に変な意図は無いってば!」

 

 

 誰が聞いても変な質問だった。 紫莉は全身の力が抜けてしまい、思わずため息をついた。 何か真面目な相談かと思ったのに、身構えて損した気分だ。

 

 

「まぁ、なんだ……あんたの性的嗜好についてはとやかく言わないが、そういう発言は控えた方がいいと思うぞ」

「ち、違う違う、そういう意味で言ったんじゃないってば! クルミは? クルミは見たことある? 

「あるわけないだろ」

 

 

 ちゃぶ台の上に寝転がり、携帯ゲームで遊んでいたクルミも千束の問いをばっさりと切り捨てた。 

 紫莉は千束が心配になってきた。 表面上では陽気に振舞っているが、実はとんでもないストレスを抱えているのかもしれない。 そうでなければ、人の下着事情を気にするなどしないだろう。

 ちっぽけな自分に何が出来るか分からないが、恐る恐る訊ねた。

 

 

「……悩みがあるなら一応聞くぞ?」

「だからぁ、誤解だってばぁ! う~ん……ちょっと来て!」

 

 

 千束は椅子から立ち上がると、紫莉の腕を引っ張った。 その足で更衣室に向かい、戸を勢いよく開けると部屋の中にはたきなが居た。 いきなり部屋に乗り込んできた紫莉達に、たきなはギョッとしていた。

 千束は大股でたきなに近づくと、突然スカートをめくりあげた。 紫莉は「馬鹿、何してんだ!?」と叫び反射的に顔を背けようとしたが、しっかりスカートの中が見えてしまった。 だが、紫莉の目に映ったのは、色気の欠片もない男物の下着──いわゆるトランクスだった。

 千束はわなわなと身を震わせながら、たきなを問い詰め始める。

 

 

「たきな、何で……何でこんなの履いてるの!?」

「何って……下着ですけど」

「そーじゃなくて! 男物じゃん!?」

「こ、これが指定の物なのでは……?」

「し、指定ぃ……!? 誰がそんなこと」

 

 

 千束がさらに詰め寄ると、たきなはおずおずと困ったように答えた。

 

 

「その、店長が」

「先生がっ!?」

 

 

 紫莉は頭を捻りながら思った。 

 

 指定の下着だと?  そんな規則聞いたことがないが……いや、まさかそんな馬鹿な……。

 

 紫莉が混乱していると、千束は足音を立てて更衣室を出て行った。 慌てて彼女の後を追いかけると、彼女はカウンターにいたミカに「先生、どういうこと!?」と詰問していた。 彼は何のことか分かっていないようで、ポカンとした表情をしていた。

 紫莉は興奮の治まらない千束に代わって、事の経緯を説明した。 すると、ミカは思い出したかのように、腕を前の方に組みながら頷く。

 

 

「あぁ。 たきながここに来て間もない頃、店の服は支給するから、下着だけは持参してくれと伝えたんだ」

「どんな下着がいいか分からなかったので」

「だからといって、トランクスはないでしょ……」

「いやそれは店長が……」

「私も好みを訊かれたからな」

「アホかっ!!」

 

 

 千束が鋭いツッコミをする傍ら、紫莉は目をつむりながら額を押さえた。 前々からたきなの常識はズレていると感じていたが、ここまでとは思わなかった。 リコリスとして育てられたとはいえ、下着くらい自分で判断がつけれるだろうに。 それに自分の好みをそのまま伝えるミカもどうかと思った。

 

 

「はっ! まさか……」

 

 

 千束は忙しなく声を上げると、ゆっくりと首を回した。 彼女の視線は紫莉の方へ向けられた。

 嫌な予感がする。 紫莉は、千束の視線が下半身に注がれていると分かってしまい、背筋が凍りつきそうになった。

 千束が近づいてくるよりも先に紫莉は、彼女との距離を取った。 人前で下着を晒されるなどの恥辱を味わうなどまっぴらごめんだ。

 

 

「なんで逃げるの!?」

「当たり前だ! 俺のまで確認する必要なんてないだろ」

「実は紫莉もトランクス履いてるんでしょ! 駄目だよっ女の子がそんなもの履いたら」

「確かに俺も男物のボクサーだけど、人がどんなパンツ穿くかなんて自由だろ!?」

 

 

 ヤバい口が滑った、と紫莉が思った時には既に遅かった。 千束は「そっちかぁ……」と何故かショックを受けたようにうなだれ始めてしまった。 

 千束の気持ちも理解できなくはない。 確かに男が女物の下着を穿いていたら、変だとは感じてしまったり、その逆もまた然りだ。 

 だが、紫莉は元男であるが故に女性物を選択することすら考えたこともない。 この身体がもう少しだけ、発育が良かったなら嫌でも意識したかもしれないが、今後もその予定はないだろう。

 

 

「も~君達はホント……よし、二人とも明日の十二時、駅集合ね」

「仕事ですか?」

「ちゃうわ! パ・ン・ツ買いに行くのっ」

「……おい、ちょっと待て。 なんで俺も行かないと行けないんだ」

 

 

 メンバーに含まれていることに対して、疑問を呈す紫莉。 しかし、千束は聞く耳を持ってくれず「あ、制服着てくんなよぉ。 私服だからね私服!」と言い残して、店から出て行ってしまった。

 面倒なことになってしまった。 適当に理由をつけてバックレようかと思ったが、行かなかった場合の方が余計に面倒くさくなりそうだ。

 どうしたものかと悩んでいると、真面目な顔をしたたきなが口を開いた。

 

 

「指定の私服はありますか?」

「う、うーむ」

 

 

 そう訊ねられたミカは、困ったように腕を前で組みながら天を仰いだ。

 

 ……指定の私服って何だよ。

 

 やはりどこかズレているたきなに、紫莉も頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 梅雨も過ぎ、青空に映える太陽が活発に活動していた。 気温は連日上昇しており、日差しの下を歩くだけで、汗が噴き出てきた。 夏本番を迎えた頃には、毎日三十度を超えそうな勢いだった。 紫莉にとっては、非常に過ごしにくい季節がやってくる。

 滴り落ちる汗をハンカチで拭きながら、紫莉は集合場所である北押上駅に着いた。 腕時計で確認すると、約束の時刻の十五分前で千束達の姿はまだ見えなかった。

 

 少し早すぎたか。 ……これじゃまるで、俺が浮かれてたみたいだな。

 

 誰かと出掛けるという行為が久しぶりだった紫莉は、昨晩から妙にそわそわしてしまっていた。 正確に言えば、倉木紫莉として生まれ変わってから初めてのイベントだ。

 それに今回の目的が下着を買いに行くことだったので、余計に気分が乗らない。 いくら十五年間女性として生きたとしても、心の性までは変わらない。 今更女性として振舞うことも気が引ける。 だからこそ、女性物の下着を買いに行く機会が訪れるなど考えたことすらない。 もしかしたら、これをきっかけに自分の中の何かが変わるかもしれないが。

 

 ──いや、それはない。 うん、絶対。

 

 紫莉は、余計な思考を頭から追い出すように、両手で頬を軽く叩いた。 気持ちをリセットしていると、千束が明るく手を振りながら近づいてくることに気づいた。 彼女は赤いロングシャツに黒いブラウス、白のショートパンツという、活発な彼女らしい出で立ちだった。

 

 

「おはよ~紫莉。 早いね~」

「おはよう。 そっちこそ」

「もっちろん! 今日は特別な日だからね」

「ただの買い物だろ」

「そーゆうつれないこと言わないのぉ。 私たち花の女子高生だよ? 僅かしかないこの瞬間を楽しまなきゃ!」

 

 

 大げさに手を広げ、ロングシャツの裾をはためかせた千束は、白い歯を見せた。

 世の中の女子高生は、そういう思考で生きているのだろうか。 前世での学生時代の記憶など、ろくに思い出せない紫莉にはいまいちピンとこなかった。 だが、千束の言い分には賛成できる。 学生の本分は勉学かもしれないが、遊ぶことも同じくらい重要である。 遊びを通してからしか得られない経験もあり、その時に身についたものは意外と今後の人生に役にたったりするものだ。

 そんなことを考えていると、千束がまじまじとした視線を向けてきた。 紫莉は「何だよ、何か変なとこあるのか?」と訊ねた。

 

 

「いやぁ、紫莉の私服姿、新鮮だなぁって思って。 あ、別に変なわけじゃないよ。 むしろイメージ通り」

 

 

 紫莉の今日の服装は、黒の長袖ティーシャツにオリーブ色のカーゴパンツというシンプルなものだ。 腕時計以外のアクセサリーも着けていない。 女性物のファッション事情に疎いことは当然、元からシンプルな服装が好みである紫莉にとって無難な選択だった。

 

 

「でも、もったいないなぁ。 紫莉可愛いんだから、もっとオシャレすれば良いのにー」

「俺的には着れれば良いんだよ。 それにあんまり肌が出るやつは着れないし」

 

 

 傷跡のことを思い出したのか、千束はバツが悪そうに表情を曇らせ「……ごめん」と謝ってきた。 

 紫莉は慌てて手の平を振り「き、気にするなよ。 そういう意味で言ったことじゃないのは分かってる」とフォローしておいた。

 

 

「お待たせしました」

 

 

 気まずい雰囲気になりそうなタイミングで、たきなが現れてくれた。 しかし、たきなを見た瞬間、紫莉は表情を強張らせ、一方の千束は何か言いたげに頬を引きつらせた。

 たきなは半袖Tシャツと横に白いラインが入ったジャージ。 足元にはスリッポンタイプの靴を履いていた。 千束と比べるとお世辞にもおしゃれともいえないが、特段変な恰好ではない。 問題は背中に背負っているものだった。

 紫莉は率直に訊ねた。

 

 

「……銃、持ってきたのか?」

「駄目でしたか?」

 

 

 たきなは、何が問題なのかと本気で分かっていないように、平然と応えた。 彼女はあろうことか、制服も着ていないのに、銃が入ったバックを背負ってきたのだ。 DAの規則上、制服を着用していない状態ではリコリスとしての特権は発動しない。 もし、警察などに見つかったりでもすれば、一大事になる。

 けれど、仕方のないことだった。 紫莉や千束のように、外の世界で活動した経験があれば話は別だが、普通のリコリスとって銃を背負って外出するのは日常生活の延長だった。 そもそも任務外で外出できないリコリスにとっては、何らおかしな行動ではない。 中には自販機の使い方も分からない者も居るくらいだ。 

 千束は声を震わせながら、たきなに忠告する。

 

 

「と、とりあえず抜くんじゃねぇぞ……」

「はい。 ところで二人とも、その衣装は自分で用意したものですか?」

「衣装じゃねぇよ……」

 

 

 わざとボケているのではないかと思わせるたきなの発言に、紫莉は熱中症でもないのに目まいがしそうだった。

 大きく咳ばらいをした千束は、まず始めたきなの服を買うことを提案してきた。 たきなは制服と訓練用の衣服しかを持っていないらしく、そのことを知った千束が、一枚でもいいから私服を持っておくことを勧めた。 すると、たきなは服のことは分からないから、選んでくれと言った。 千束は「え、私が選んで良いの!?」と目を輝かせ跳ねるほど喜んでいた。

 そこから何軒かの服屋を巡った。 店に入る度に千束は、たきなに似合いそうな服を手に取り、次々と彼女の体にあてがっていた。

 

 

「……楽しそうですね、千束」

「うん、めっちゃ楽しーっ! こうして年が近い子と一緒にショッピングするの、ずっとやってみたかったんだ~!」

 

 

 気分が最高潮に達したのか、千束は「よっしゃ! 試着祭りじゃー!」と叫ぶと周りの客や店員がくすっと笑っていた。 たきなが試着室から姿を現す度に「おぉおお! めっちゃ可愛いっ~」などと大声を上げ、時には拍手さえしていた。

 普段クールなたきなも、褒めちぎられるのが満更でもないようで「どうも……」と照れくさそうにしていた。

 その後も化粧品店や靴屋を巡ったのち、ようやく本来の目的地である下着屋に向かった。

 いざ店を前にして尻込みしてしまった紫莉は、「……やっぱ、俺はここで待ってるよ」と千束に伝えた。 しかし、あっさりと拒否され半ば強制的に店内に引きずり込まれてしまう。 

 店内にて二人が下着を選んでいるのを待っている間、紫莉は非常に居心地の悪い時間を過ごした。 フリルが付いたもの、派手なレースで装飾されたもの。 右を見ても左を見ても布に囲まれるこの空間は、元男である紫莉にとって、息が詰まりそうなほど窮屈だった。

 

 ……あんなもん誰が着るんだよ。

 

 ほぼ紐で構成された代物を見て、ついそう思ってしまう。 どうしても機能性を重視してしまう紫莉にとっては、理解が出来ない領域だった。 

 そして、一通りの買い物を済ませた紫莉達は、休憩がてらカフェに訪れた。 テラス席に案内され店員に注文を済ませた直後、紫莉はテーブルに突っ伏した。

 

 つ、疲れた……買い物ってこんなにハードだったけ……? 

 

 紫莉は、男と女で買い物のプロセスが違うということを思い出した。 男は買い物という行為は目的の物を手に入れるための手段であるに対し、女は買い物自体が目的であり、目的の物が手に入らなかったとしても、過程が楽しめれれば問題ないらしい。 

 もちろん、全ての男女にこの価値観が当てはまるわけではない。 仮にこの場に千束がおらず、たきなと二人きりだったとすれば、さっさと下着を購入して解散していただろう。 あくまでそういう傾向の違いが出ているという話だ。

 疲れを見せた態度が悪かったのか、千束が不安げな表情で訊ねてきた。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ。 久しぶりの外出でちょっと疲れただけ。 少し休めば大丈夫」

「そっか……無理しないでいいんだよ?」

「……次があったら、下着屋だけは勘弁してくれ」

 

 

 紫莉がショッピング自体を嫌がっているのではないと分かったのか、千束は安心したように胸を撫でおろしていた。

 程なくして店員が注文した物を持ってきた。 紫莉はアイスティーのみだったが、残りの二人は呪文のように長ったらしい名前のパンケーキを注文していた。 テーブルの上に置かれた品は、ホイップやフルーツがふんだんに使用されていた。 見るからに甘ったるそうだった。

 千束は目の前に置かれたパンケーキに「ふぁー! 美味しそぉ~」と鼻息を荒くした。 対照的にたきなは「糖質の固まりですね……」と苦言を漏らしていた。

 

 

「野暮なこと言わないのぉ。 たきな、人間一生で食べられる回数は決まっているんだよ。 『全ての食事は美味しく楽しく幸せであれ』だよっ」

「確かにそうですが、リコリスにとって余計な脂肪になるのでは?」

「その分動く! その価値がこれにはあるんだよ!」

 

 

 千束は切ったパンケーキを口に含むと、頬に手を当て破顔させた。 確かにリコリスとしての運動量があれば、このパンケーキのカロリーなど些事であろう。

 紫莉もアイスティーに手を伸ばそうとすると、ふと隣の席の会話が耳に入ってきた。 視線を向けると、中年くらいの外国人夫婦がいた。 彼らは悩まし気な表情で、メニューとにらめっこしていた。 恐らくメニューが日本語でしか書かれていないので、困っているのだろう。

 千束はすぐにその様子に気づくと、迷いなく席を立ち、夫婦に近づいた。 流暢なフランス語で話しかけると、夫婦は安堵したように笑みを浮かべていた。 「何かお困りですか?」と優しく訊ねる千束の姿に、紫莉は素直に感心する。 困っている人を見捨てない彼女らしい行動だった。

 改めて紫莉はアイスティーを口に含む。 このうだるような暑さには、ぴったりの爽快感ある味わいが喉の渇きを潤してくれた。

 その時、心地の良い風が吹いた。 空を見上げてみると、一羽の鳥が飛んでいた。 自由に悠々と青空を飛ぶその姿が、とても美しく思えた。

 

 ……平和だ。 あぁ、なんて平和な時間なんだ。

 

 紫莉は目を閉じ、心の底からそう思うのだった。 一人で感傷に浸っていると、千束が戻ってきた。 彼女は人助けをしたことを自慢することもなく、再びパンケーキを食べ始めるのだった。

 

 

「さて、食べ終わったら次は良いところへ行こうかぁ」

「良いところ? 何処に行くんだ?」

「ふっふっふ。 それはぁ……ここです!」

 

 

 千束はいつの間にか取り出していたカードを、紫莉とたきなに見せつけるように突き出した。

 それは水族館の年間パスポートだった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 旧電波塔麓の商業施設にある水族館。 ここでは約二百六十種類の生物が飼育されており、頭数にすれば約七千匹にもなる。 公式サイトによると、マゼランペンギンやチンアナゴ、そして約五百匹に及ぶクラゲ達が目玉としている。

 千束はこの水族館が好きだった。 リコリコを立ち上げた幼き頃から、ミカに何度も連れてきてもらったし、今では年間パスポートを取得するほど頻繁に足を運んでいる。 だからこそ、どうしても後輩二人をここに連れてきたかった。

 千束の目論見通り、たきなには良い刺激になっているようで、彼女はスマートフォンを片手に生物について熱心に調べている。 その横顔は秘密エージェントであることを忘れさせるほど、無邪気なものだった。

 しかし、紫莉の方は違った。 水槽を見つめる彼女の表情は落ち着き払っていて、まるでこの空間に懐かしさを感じているかのようだった

 紫莉は時折こういう表情を見せた。 三人の中で一番年下であるが、日頃の言動や発言は年に見合っていない。 ミカほど達観しているわけではないが、千束はまるで年上の男性と話している気分になることが多かった。

 

 

「良い場所でしょ? 私のお気に入りなんだ~」

「……あぁ、良いな。 何年ぶりかな、水族館なんて」

「前に来たことあるの?」

「あっ、いや、まぁ……かなり昔だけどな……」

「へー意外だね。 ここに来たの?」

「いや……ここじゃない。 ずっと、ずっと遠い場所だ……どんな景色だったのかも、もうほとんど覚えていないけど」

 

 

 紫莉は、まるで何処か遠くにある故郷を想い馳せるように呟いた。 水槽の中で静かに揺れるクラゲのように、彼女の横顔からは遠い過去に漂う静かな悲しみがにじんでいるようだった

 千束の心に小さなささくれが立つ。 最近は少しずつ心を開いてくれているように見えたが、まだ彼女の奥底には何かが潜んでいる気がしてならなかった。 本当は心の内を全て曝け出して欲しかったが、本人が話す気がないことを無理に訊き出すのも気が引ける。 だがそれも時間が解決してくれるだろう。 もしその時が来たら、親身になって話を訊くつもりだ。

 

 

「いつか、思い出せると良いね」

「……そうだな」

 

 

 紫莉は一瞬視線を落とし、微かに頷いた。 彼女は目の光を戻すと、次に見えてきた水槽を指差した。

 

 

「お、次はチンアナゴか。 ふふっ、こいつらも意外と見てて飽きないんだよな──って、何してんだよ、錦木?」

「ん~? チンアナゴの真似」

 

 

 千束は水槽の中で揺れているチンアナゴのように、両腕を高く掲げゆらゆらと全身を揺らす。 「や、やめろよ。 恥ずかしい」と紫莉が声を上げるが、千束は水槽の中のチンアナゴに負けないように腕を揺らす。 周囲の視線が集まっていることに気づいたたきなが「人が見てますよ、リコリスとして目立つ行動は……」と小声で注意するが、千束は堂々と「制服着てない時はリコリスじゃありませぇ~ん」と聞き流しておいた。

 その後、水族館を巡っている最中、いつからあの弾(非殺傷弾)を使っているのかという会話になった。

 別に隠す理由もなかったため、正直に「誰かの時間を奪うのは気分が良くない。 それだけだよ」と答えた。

 人を殺めるということは、その人が持つ全てを奪うことだ。 時間は人間に平等に与えられた唯一の財産だ。 それを他者が奪うという行為は、どんな理由であれ、取り返しのつかない行いだと思う。

 そこで出番が来るのが、あの弾(非殺傷弾)だった。 殺傷能力がないとはいえ、弾が当たった瞬間、全身を激痛に膝が崩れるだろう。 それはまるで内臓がひっくり返り、どんな屈強な男でも身を悶えさせるほどだ。 それこそ、死んだ方がマシだと思うほどの。 

 千束も博愛主義を謳っているわけではない。 悪を赦すほど寛容でもなく、すべての命を平等に扱えるほど聖人でもない。 だが、利己的な理由で人を傷つける者に対しては、命の尊厳を守りながらも、それ相応の代償を払わせるべきだと考えている。

 せっかくの楽しい外出の雰囲気を壊さないよう、明るく振舞って伝えると、たきなは「ふふっ。千束は謎だらけですね」と口元を緩めた。

 千束は親指と人差し指の間を顎に当てる。

 

 

「ミステリアスガール? そっか~そんな魅力があるのかぁ私」

 

 

 千束が得意げに鼻を鳴らしていると、紫莉が横から問いかけてきた。

 

 

「でも、何でDAを出たんだ?」

「え?」

「殺さないだけだったらDAでも出来るはずだ。 少なくともアンタほどの実力があれば」

「あ~それはねぇ……んーと、人探しかな?」

「人探し?」

 

 

 紫莉は小首をかしげ、意味が掴めないような表情を見せた。

 

 

「……会いたい人がいるの。 大事な大事な人で、ずっと捜してるんだ。 ──ほら、これ知っている?」

 

 千束は笑みを浮かべながら、服の下からペンダントを取り出した。 金色のフクロウを模した精巧なチャームが光を受けて淡く輝いている。

 たきなには心当たりが無かったようだが、紫莉のチャームに反応を示した。 彼女は「それって、もしかしてアラン機関とかいうやつか……?」と少し目を見開いた。 

 たきなが眉をひそめて「アラン機関って何です?」と訊ねると、紫莉が代わりに答えた。

 

 

「俺も詳しいことは分かんないけど……確かスポーツ、文学、芸術、とか幅広い分野で支援を行っている謎の支援機関だったはず。 支援対象は日本だけでなく、世界中に存在するとか」

 

 

 紫莉の回答を肯定するように頷く千束。 彼女のアラン機関への認識は、世間一般に広く知れ渡っているものと同じだった。

 千束達は一旦水族館のカフェスペースに移動した。 そして、千束は自分がアラン機関からの支援を受けた者──『アランチルドレン』であることを明かした。

 たきながスマートフォンを指でスクロールしながら、時折画面と千束が差し出したチャームを交互に見比べている。 そして「確かに同じものですね……」と言う。 紫莉もそれが本物であると分かると、感嘆するように静かに喉を鳴らしていた。

 

 

「ですが、何の才能で支援を……?」

「ふふーん。 見て分からなぁい?」

 

 

 千束は背後の壁に貼ってある、飲み物のグラビアポスターと同じポーズを取ってみる。 軽い冗談のつもりだったが、二人から「それはない」と断言されてしまい、少しへこみそうになった。

 気を取り直して、千束は自分の才能について考えたことあるか、と二人に問いかけた。

 

 

「何かあれば良いんですけどね」

「右に同じ」

「でしょ? そんな感じになるわけ。 普通自分の才能を自覚できる人なんて、そうそういないよねぇ」

「それで見つかったのか? その人は」

 

 

 千束はゆっくりと首を横に振った。 もうその人物を探し続けて十年にもなるが、手掛かりは何ひとつ得られていない。 そもそもアラン機関という存在自体が、個人なのか団体なのかもはっきりとは分かっておらず、支援を受けた他のアランチルドレン達も全容は把握していないだろう。

 けれど、千束にはひとつだけ分かっていたことがあった。

 

 

「もう……会えないんだろうなぁ。 ──ただ、ありがとう、って言いたいだけなんだけどね」

 

 

 千束は水槽に視線を向けながら、そう呟いた。 独り言に近いものだったが、場の空気は水を打ったように静かになった。 紫莉とたきなは同情するかのような目で千束を見ていた。

 しんみりした空気にしてしまった、と千束が少し後悔していると、突然たきなが席を立った。 彼女は水槽の方まで小走りで駆けて行った。 一体どうしたのか、と千束が声を掛けようと思った瞬間だった。 

 たきなは片足立ちになると、もう片方の足を後方へ伸ばし、合わせた両手を前へ突き出す。  そして、「さかなー」と謎の掛け声を披露し始めた。

 彼女の謎の行動に千束は一瞬面をくらった。 しかし、たきなが彼女なりに慰めてくれているのだと、すぐに理解した。 言葉にならない嬉しさが胸の奥から込み上げてくる。 真面目な彼女がこのような形で励ましてくれるなど、考えてもみなかった。

 

 

「おお、さかなかぁ! じゃあ、私もチンアナゴー!」

「くっ、あはは!」

 

 

 込み上げる笑いを抑えきれず、千束とたきなは大きな声で笑った。 先ほどよりも周りの人達からの注目を集めていたが、まったく気にならなかった。

 一旦笑いの波が過ぎたところで千束は、まだ参加していない一人に目を向けた。 紫莉は顔を引きつらせて、首と手のひらを激しく振った。

 

 

「な、なんだよ。 俺はやらないぞ……」

「ほら、紫莉も一緒に! ね、たきな?」

 

 

 うんうん、と頷くたきな。 紫莉は目を泳がせながら、必死に逃れる手段を考えているようだったが、今回ばかりはそうはいかない。

 観念したのか紫莉は近くまで来ると、片足を少し後ろに上げる。 そして、両手を左右に小さく揺らしながら、「ま、マダラエイ……」と消え入るような声量で言った。

 普段とのギャップが相まって余計に可笑しかった。 千束はくつくつと笑いながら、勇気を振り絞った後輩を称える。

 

 

「マダラエイかぁ。 良いねぇ、ナイスチョイス!」

「……うっせ、二度とやらねぇぞ」

「あ~ん、怒んないでよぉ~ゆかりぃ」

「……別に怒ってねぇし」

 

 

 彼女が言っているのは本当だろう。 以前怒らせた時のような、雰囲気はなく単純に恥ずかしさから拗ねているだけのようだ。 意外と子供っぽい一面が見られたのは嬉しい収穫だった。

 紫莉は頬に若干の赤さを残したまま「ほら、次行くぞ次!」と先に行ってしまった。 たきなと共に後を追いかけようとした時だった。

 

 

「それ、隠さない方が良いですよ?」

「え?」

 

 

 たきながペンダントを指差して、まっすぐな目で言った。 そして、彼女は今まで一番の笑顔を見せながら言葉を続ける。

 

 

「めっちゃ可愛いですよ」

「……あ~! コイツ~! ふふっ、ありがとね。 ほら、次はペンギン島だよ!」

「ペンギン!?」

 

 

 たきなが目を輝かせる。 ペンギンの言葉を聞いた瞬間のその反応があまりにも無邪気で、千束の笑みはさらに深まった。

 先に行ってしまった紫莉を追いかけるため、二人は小走りで駆け出す。 たきなの笑顔、紫莉の少し照れた表情、そして自分の心の中に満ちるこの温かさ――すべてが、千束の胸を満たしていた。

 

 ああ、楽しいな。本当に二人に出会えて良かった。

 

 ペンギン達が待つ水槽に向かって走りながら、千束は心の中でそっとそう呟いた。

 三人のリコリス達は、それぞれの過去や想いを抱えながらも、青春のひとときを楽しむのであった。

 

 

 

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