蜘蛛の糸を掴めたら   作:SHALC7

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七話 前編になります。
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七話 前編

 平日の昼下がり。

 紫莉は瞳に涙を溜めながら、大きなあくびを漏らす。 背を伸ばし体を左右に揺らすと、節々からポキポキと小気味の良い音が鳴る。

「んっー」と小さく唸りながら店内を見渡すと、自分以外に誰も居ないことを再確認した。

 千束とたきなは外回りの仕事に出ていて、ミズキは遅番。 クルミは常連客らとボードゲームの店に行っており、店長のミカは近所に用事があると言って外出中だった。 

 店長不在のため、客が来てもすぐにコーヒーを出せない状況だったが、常に閑古鳥が鳴いているこの店には余計な心配かもしれない。

 

 

「……暇すぎる」

 

 

 紫莉はカウンターに頬杖をついたまま、目だけで棚に置かれた小型テレビに目線を移す。 リモコンを使いテレビの電源を入れると、ワイドショーが映し出される。

 画面には『地下鉄脱線事故から一ヶ月──事故原因は未だ不明』というテロップが白文字と赤背景で表示されていた。

 あの日の出来事が紫莉の脳裏に蘇る。

 それは紫莉が千束達と下着を買いに行った日の夕方だった。 帰り道、駅構内へ向かう入口が封鎖されていることに気づいた。 ちょうど帰宅ラッシュの時間帯だったため、大勢の人が駅前に集まり、周囲にはざわめきが響いていた。 

 その際近くにいた通行人の会話が偶然、紫莉の耳に入ってきた。

 

 

「おい、地下鉄が脱線したらしいぞ……」

「え、マジかよ……? 俺ら帰れねぇじゃん」

 

 

 紫莉は事故が起こったことにも驚いたが、それとは別のことに気を取られてしまった。

 入口の封鎖を行っていたのは、警察だけでなかったからだ。 警官が立っている奥に黒いスーツを着た男達の姿が見えた。 

 紫莉には、彼らがDA関係者であるとすぐに分かった。 更に周囲に視線を巡らせると、数人のサード・リコリスの姿も確認できた。

 背筋に冷たい汗が流れる。 何かとんでもないことが起きているのではないかと、リコリスとしての勘が警鐘を鳴らす。

 紫莉が声を掛ける必要もなく、千束とたきなも異変に気づいたようで自然と警戒の色を濃くしていた。 同じ場所に多くのリコリスが待機しているということは、ろくでもない事態が起きている証拠だったから。

 たきなは顔色を変え「何かあったんでしょうか!?」と現場に向かおうとした。 しかし、千束に止められる。

 千束は彼女の腕を掴み、小声で静かにこう言っていた。

 

 

「私服で銃出したら、警察に捕まるよ? 言ったでしょ、制服を着てない時はリコリスじゃないって」

「ですが……」

「ほら、今日は帰ろ? 戦利品もあるし」

「……はい」

 

 

 千束の言うとおりだった。 銃はおろかナイフも持っていない自分達が行ったところで、何の役にも立たない。

 それに既に手遅れなのであろうと紫莉は直感していた。

 紫莉の視線は、通行人に紛れていた一人のサード・リコリスに止まっていた。 少女の顔色を青白くしていた。 口を手で覆っており、足は小刻みに震え、今にもその場にへたり込みそうだった。 何も訊かずとも良くない状況が起きたのは明白だ。

 それ以上彼女の姿を見ていらなくなった紫莉は、心の中でこう思いながら逃げるようにその場を立ち去った。

 

 ……せめて、犠牲が少なくあってくれ。

 

 しかし、その淡い期待も虚しく砕け散った。

 後日、ミカから事故の詳細を訊かされた。 騒動の原因は脱線事故などではなく、武装集団による駅の爆破事件だった。 

 DAも事前にテロリストの存在を察知しており、多くのサード・リコリスを投入。 回送列車に乗せたリコリス達による先制攻撃を行ったが、激しい銃撃戦に発展してしまった。 その最中、敵の一人がホームに仕掛けていた爆弾を起爆し、敵味方共に吹き飛ばした──とのことだ。

 自爆によるDA側の死傷者は三十五人にまで上った。 命からがら救出された少女達も五体満足とはいかず、リコリスとしての人生を絶たれるほど悲惨な結果に終わったらしい。

 だが、そんな凄惨な現実も決して表に出ない。 現に報道では人が乗っていない回送列車の脱線事故扱いとされ、死傷者もゼロと発表されている。 それがDAによる情報統制による“真実”として世に出回っている。

 事件を事故に変え、悲劇は美談に変える──DAの何時ものやり口だった。 三十五人の人命が無駄になったと言うのにも関わらず。

 相変わらずリコリスを駒として扱っている上層部に反吐が出るが、同時にテロリストへの強い忌避感が紫莉の胸に湧き上がる。

 人間である以上、どんな思想を持つことも個人の自由だ。 少なくとも、紫莉にはそれを否定する気も権利も無い。 だが、彼らのように自分達の主張を通すため、罪の無い無関係の人々を巻き込もうとするやり方だけは、到底理解出来ない。

 紫莉が非情な現実に心を乱されていると、入口のカウベルが鳴る音が耳に入ってきた。

 パブロフの犬の如く、席を立った紫莉は客を出迎える。

 

 

「いらっしゃいませ。 好きなお席へどう──」

「おや、君は……?」

 

 

 その声を聞いた瞬間、紫莉は息が詰まるような感覚に襲われる。

 来店したのは、丁寧に撫で固められた金髪に質の良さそうな紺色のスーツを着た壮年の男性だった。 顔には多少の皺は刻まれているものの、それでも若々しい印象を受ける。

 だが、最も目を引いたのは彼の眼差しだった、 穏やかそうな顔の裏にある、何かに傾倒しているかのような冷ややかな瞳。

 吉松シンジを目の前にして、紫莉の口元に浮かんでいた接客用の笑みを消え失せ、残ったのは引きつった表情のみだった。

 

 

「ええと……私の顔に何か付いているのかい?」

「──あ、いえ、申し訳ありません……こちらの席にどうぞ」

「ありがとう」

 

 

 吉松は軽く頷きながら、カウンター席に腰掛ける。 そして、視線を店内に巡らせた後、ふと首を傾げる。

 

 

「もしかして、君以外は居ないのかい?」

「はい。 全員出払ってまして……もう少しすれば、店長は戻って来ると思うのですが」

「そうか。 なら、少し待たせてもらおうかな」

 

 

 紫莉は、これ以上表情を崩さないように奥歯を噛みしめた。 ミカが居ないことを理由に、彼が帰ることを期待したが、その狙いは外れてしまう。

 

 と、とりあえず、注文だけは訊いておくか。 クソ、何でこういう時に限って……

 

「お先にご注文を伺ってもよろしいでしょうか?」

「エスプレッソとおはぎをひとつ。 ここのおはぎは絶品だからね」

 

 

 ウィンク混じりの笑顔を向けてきた吉松に、紫莉は鳥肌が立ちそうだった。 彼のような男性が好みの人ならイチコロで落ちたかもしれないが、紫莉にとっては胡散臭さを余計に際立たせるだけだった。

 紫莉は何とか取り繕い、「かしこまりました。 ……申し訳ありません、店長に連絡してきます」と軽く会釈をして、一旦バックヤードへ足早に向かう。 

 更衣室の扉を閉めた瞬間、全身が粟立つような感覚に襲われ、脂汗までも噴き出てくる。

 

 駄目だ……どうしても思い出しちまう……

 

 吉松と初めて会った時のことがフラッシュバックする。 あの時倒れたのは、確かに自身の体調不良によるものが大きな要因だった。 しかし、改めて彼と相対して理解出来た。

 紫莉は吉松のことが苦手──いや、はっきりと嫌いだと断言できる。 彼を見ていると、忌々しい過去の記憶が蘇ってくる。 その中で真っ先に思い浮かんだのは、山村の顔だった。

 山村は本気で日本を転覆させようとしていた。 信者達を武装させ、はした金で買い取った子供に対し、雇った殺し屋直伝の技術をたたき込もうとするなど狂気の沙汰でない。

 頭のネジが二、三本飛んでいないと思いつきも実際に行動にも移していないだろう。 

 そして、その狂気の臭いが吉松からすることが不思議で堪らなかった。

 

 落ち着け……彼はただの客。 それにミカさんの知り合いだ。 あんなクソ野郎達とは違う──違ってくれ。

 

 紫莉は目を固く瞑り、頭の中でそう言い聞かせる。 すぐ人を疑うのは紫莉の悪い癖だった。

 何とか落ち着きを取り戻した紫莉は、すぐにミカに電話をかけた。

 数回のコール音の後、通話が繋がる。 

 

 

 ―どうした紫莉、何かあったのか。

「お忙しいところ申し訳ありません。 吉松さんがお見えになったので、連絡させていただきました。 店長が戻るまで待つとのことで……」

 ―シンジが? ……分かった、急いで戻る。 もう店の近くまで来てるから、悪いがコーヒーの準備をしておいてくれ。

「承知しました」

 

 

 紫莉は通話を終えると、ほっと息をついた。 足が悪い彼を急かすようになってしまい、若干の罪悪感も芽生えたが、今は安堵の方が勝ってしまう。 

 ミカの指示通り、準備をするためキッチンへ足を運んだ。 とはいえ、紫莉が出来ることなどたかが知れており、あっという間に手持ち無沙汰になってしまった。

 

 これで良しと。 ……流石にそろそろ戻らないと不味いよな。

 

 いくら苦手な相手でも客は客だ。 流石に長時間一人で待たせておくのも忍びない。 

 紫莉は腹を括りホールの方へ戻ると、カウンター席に静かに腰掛けていた吉松に声を掛ける。

 

 

「お待たせてしまい申し訳ありません。 店長はもうすぐ戻るとのことです」

「ありがとう。 こちらこそすまないね、急かすようで」

「いえ……」

 

 

 こちらの方に非があるのにも関わらず、逆に謝罪をしてくる吉松に紫莉は肩を丸める。 見た目通りの紳士的な振る舞いに、紫莉はやはり考えすぎだったかと内心反省する。

 

 

「ええと、紫莉ちゃん……だったかな?」

「え?」

「いや、お互いこうやって話すのは初めてだからね。 改めて自己紹介をさせてもらうよ。 私の名前は吉松シンジ。 よろしく」

「……あぁ、ご丁寧にどうも。 倉木紫莉です。 以後お見知りおきを」

 

 

 吉松が微笑む。 その笑顔には確かに悪意の欠片も感じられない──にも関わらず、紫莉はやはりどこか居心地の悪さを覚えた。  その笑顔の奥に潜む何かが、自分の心の奥底を僅かにかき乱しているような気がしてならなかった。

 

 

「あれから体調はどうだい?」

「……あの節は失礼しました。 要らぬ心配を掛けてしまったようで」

「君が謝る必要はないよ。 誰しも体調が悪いことはあるさ」

「恐縮です……」

 

 

 お前の顔を見て気分が悪くなった、などとは口が裂けても言えない。 そんな事を面と向かって言えるほど、紫莉の神経は図太くない。 今でさえ込み上げてくる恐怖心に耐えているのだ。

 紫莉は話題を変えようと「よ、吉松さんは、店長とはどういったご関係で? 元仕事仲間とか?」と訊ねてみた。 正直興味は無かったが、無言の空間が生まれるよりはマシだと思ったからだ。

 

 

「──昔、ちょっとね……」

 

 

 吉松の返事は空返事に近いものだった。 彼の反応に紫莉は、自分の質問が不適切であったと瞬時に理解した。 ミカと旧友ということは、彼も裏世界に属している──またはいたのだろうか。 仮にそうだとすれば、話しにくいことばかりであろう。 少し考えれば分かることなのに紫莉は自分の行動を少し後悔した。

 吉松はそれ以上何も言わず、会話は途切れてしまった。 紫莉が心配していた無言の時間が訪れてしまった。 店内には小型テレビで流れているバラエティ番組の笑い声だけが響いていた。

 こういう時に千束が居れば、すぐに新しい話題へと切り替えてくれるのだが、対人能力の低い紫莉にはどうしようもなかった。

 紫莉が次の話題を見つけようと必死に思考を巡らせてた時、吉松が口を開いた。

 

 

「君は千束ちゃんとの付き合いは長いのかい?」

「に、錦木ですか? いえ、そこまで長くは……小さい頃一度だけ会ったことはありますが」

「もし良ければ、その時のことを訊かせてくれないか?」

 

 

 なぜそんな事を訊きたいのか、と紫莉は疑問に思ったがこの場をやり過ごせるならば、多少は話しても良いと思ってしまう。 

 紫莉は千束と初めて出会った時のことを話す。 始めは詳しく話すつもりはなかったが、続ける度にこの紳士は「何の競技だったのか」など、根掘り葉掘り訊こうとしてくる。 

 馬鹿真面目に『銃を使った殴り合いでした』などとは言えないため、紫莉は脚色を織り交ぜて喋る。

 吉松は金色の瞳を真っすぐ紫莉の方へ向け、一句一句を聞き洩らさないといわんばかりに真剣な面持ちで耳を傾けていた。

 正直辛かった。

 

 

「──と、というのが自分と錦木の出会いです」

「……千束ちゃんはそんなに強かった?」

「……正直手も足も出ませんでした。 彼女のみたいなのが俗に言う天才なんだなぁ、と嫌でも思い知らされましたね」

「天才、か……──やはり私の目は間違っていなかった」

「は、はい?」

 

 

 紫莉は最後の方が上手く聞き取れず、咄嗟に聞き返す。 しかし、彼の耳には届かなかったようで、何かを噛みしめるように目を閉じていた。

 

 ……やっぱりこの人苦手だ。

 

 気味の悪さを感じていると、変人が目を開ける。 彼は目線を上げたまま、ポツリとひと言漏らす。

 

 

「もう一度彼女と戦ったら君は勝てるかい?」

「え、か、勘弁してくださいよ……何回もやっても結果は変わりませんよ。 それに今は戦う理由もありませんし……」

「……そうか」

 

 

 残念そうに肩を落とす吉松に、紫莉は違和感を覚える。 これではまるで、彼が自分と千束が争うことを望んでいるようだ。

 ますます彼の素性が分からなくなってきた紫莉が頭を捻らせていると、入口のカウベルが小気味の良い音を立てた。

 

 

「遅くなってすまない」

 

 

 現れたのはミカだった。 

 手には買い物袋をぶら下げており、中身がぎっしりと詰まっていた。 暑い外を急いで来たであろう、彼の額には大量の汗が見て取れる。

 紫莉はすかさずミカの元へ行き「お疲れ様です。 お持ちします」と買い物袋を代わりに持つ。 中身は店で使う消耗品の類だったが、結構な重量だった。

 

 

「やあ、ミカ」

「すまない、シンジ。 まさかこの時間には来ると思ってはいなかった……」

「私との仲じゃないか、そんな些細なことは気にしなくていい。 君のコーヒーとおはぎのためなら私は何年も待てるさ。 それに君会うのは最近の楽しみだからね」

「まったく……思ってもない冗談を」

 

 

 吉松の軽口にミカは満更でもない様子だった。 二人の間にはただの友人以上の何かがあるように思えた。

 その証拠にミカの表情はいつも以上に柔らかく、吉松の声音は自分と話している時よりも弾んでいた。

 

 ……本当に仲が良いみたいだな。 まるで元こいび……いやいや、それは考えすぎか。

 

 紫莉は何の根拠もない想像を頭から消すと、袋を持ってバックヤードに引っ込んでいくのだった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

「ご馳走様。 今日も美味しかった」

「また何時でも来てくれ。 歓迎するよ」

 

 

 吉松は入店してから一時間が経過していたことに気づいた。

 千束に会うことが本来の目的だったのが、どうやら用事が立て込んでいるようでしばらくは帰ってこないようだ。 もう少し待ってみようかと思ってみたが、予定があるためそろそろ引き上げなければならない。

 席を立ち会計を済ませ、出口に向かおうとすると、従業員の一人である紫莉と目が合った。 

 

 

「……またのお越しを」

 

 

 彼女は視線から逃れるように、会釈をしてきた。

 吉松自身思い当たる節はないのだが、彼女には苦手意識を持たれているようだった。 無視するわけにもいかないので、軽く手を上げて応えておいた。

 店を出るとうだるような熱気が吉松の身体を包んだ。 カンカンと照り付ける太陽が澄み切った青空を支配している。

 足早に迎えが来ている場所へ向かう。 少し歩いた所に深緑色をした古いタイプの高級セダンが見えてきた。 それが普段から吉松が移動で使っているものだ。

 後部座席を乗り込むと、車内は冷房がしっかりと効いていた。 額や背中に掻いた汗がみるみる内に引いていくのが心地良かった。

 

 

「お疲れ様です」

 

 

 運転手である姫蒲が声を掛けてきた。 

 彼女は吉松の秘書兼ボディーガードとして勤めている女性だった。 非常に優秀で忠実な部下である彼女に吉松は絶大な信頼を置いている。

 

 

「あぁ、ご苦労様。 とりあえず適当に走らしてくれ」

「かしこまりました」

 

 

 姫蒲はゆっくりと車を発進させる。 車は錦糸町から北へ向かい押上方面に向かった。

 吉松は車内から外へと視線を向ける。 視線の先にはかつて観光名所であった旧電波塔がそびえ立っていた。

 傾いている塔を見る度に吉松は千束のことを想い馳せてしまう。 彼女が居なければあの塔は見る影もなく、犠牲になった人々への追悼の意味を込めた石碑だけが設置されていただろう。

 千束があそこでテロリスト達と戦った時の光景が見たかった。  一人また一人と、自分が送った銃で屈強な男達を殲滅している彼女の姿を想像すれば、この仕事に携わることが出来て本当に良かったと心の底から思う。

 吉松が悦に浸っていると、不意に姫蒲が声を掛けてきた。

 

 

「今日は彼女に会えなかったようですね」

「ん? そうだよ。 よく分かったね」

「店内から出てくる時、少し肩を落としているように見えたので。 それにまた彼女のことを考えていたのでしょう?」

「はは、流石の観察眼だ。 優秀な部下を持てて私は嬉しいよ」

 

 

 アラン機関のエージェントとして長年活動してきてから何人かの秘書を持ってきたが、やはり彼女は一つ頭抜けていた。 今後も大いに役に立ってくれるだろう。

 

 

「ところで例の情報はどうかな?」

「まだ完全にではありませんが、あらかた調べはついております。 ご覧になりますか?」

「頼むよ」

 

 

 車が赤信号で停車したタイミングで、姫蒲はセンタークラスターのパネルを操作する。 すると、吉松の目の前にあったリアモニターが起動した。

 そこには少女のプロフィールが顔写真付きで表示されていた。 黒紫色の髪と瞳を持つ少女──名前の欄には“倉木紫莉”と記載されている。 生年月日や身長、過去の活動歴、そして現在の状況──それらの情報が整然と並ぶ画面を見つめながら、吉松は静かに目を細めた。

 

 随分と面白い経歴を持っているな。

 

 吉松は、紫莉がかつて日本に存在していたカルト教団“天啓の門(てんけいのもん)”に属していたことに驚く。 同時に故人である教祖の山村は、過去にアラン機関の支援の対象候補に挙がっていたことがある。 

 彼は恵まれない幼少期を過ごしていた。 しかし、その環境にもめげず、彼は天才的な口の上手さと頭脳で会社を立ち上げ、一時期世の中で少し有名になるほどの功績を立てた。

 だからこそ、彼は()()()()()()()

 アラン機関が支援するのは、想像を絶する貧困や不治の病など、自分や他人の力を借りても決して覆す(くつがえ)ことのできない状況に置かれている者だけだ。 吉松からしてみれば、教祖様は運も良かった。

 司法の網ギリギリとはいえ自分の力と運で事業を成功させ、周囲をそのカリスマ性で欺き続けられたからだ。 その時点での施しを受ける資格は消え去った。

 しかも山村は少し成功したくらいで目の眩んでしまう小者だった。 

 自分は世界を変えられる力がある、自分は神から選ばれた人間なのだと、本気で信じていた故“天啓の門(てんけいのもん)”などという俗物を生み出してしまった。 もし彼が本気でそう思っていたのならば、腹を抱えて笑ってしまう。 自己肯定感が高いことは素晴らしいことだが、それはただの傲慢である。

 “才能”とは神から与えられしギフトであり、持つ者は生まれた時点で役割が既に示されている。 それを勘違いして自分が神などと自負するなど、傲慢以外の何物でもない。

 吉松は込み上げてくる可笑しさが抑えきれず、くつくつと笑いを漏らしてしまう。 ルームミラー越しに姫蒲が視線を向けてきたが、気にもならなかった。

 笑いの波が引いたところで、再び紫莉のプロフィールを読み進めることにした。 とはいえ、それ以上特に興味をそそられる内容は無かった。 しいて言うならば、千束と同階級になるほどの殺しの才覚があることくらいだった。

 

 ふむ、こんなものか……ひとまず千束に害は無いだろう。

 

 吉松は資料を読み終えると、スマートフォンを取り出し、メッセージアプリを立ち上げた。 そして、ミカ宛に『今夜BAR Forbiddenで会おう』と送信した。 すぐに既読が付き、『分かった』と返事が来た。

 “元”想い人からの返事に頷くと、スマートフォンの電源を落とした。 

 

 

「今夜、ミカと会うことになった。 悪いがまた送迎をお願いするよ」

「かしこまりました。 場所はあのバーでよろしいでしょうか?」

「あぁ、頼むよ」

 

 

 吉松は座席にもたれ掛かり深く息を吐いた。

 唐突の誘いだったため、断わられると危惧していたが杞憂に終わった。 ミカには訊きたいことが山ほどある。 以前、千束とどんな仕事をしているのか、と訊ねてみたが、上手くはぐらかされてしまった。 

 十年前に二人でした約束──千束が持つ、類まれなる才能を世界に届けているのか、と。

 あの時は恐らくは他の人の目があったからであろう。 だがもし、彼が再び話をはぐらかすのであれば──あの計画を進める必要も視野に入れることも考える必要がある。

 

 




初投稿から一年が経過しましたが、今まで本作品を読んでくれた方々、本当にありがとうございます。
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