蜘蛛の糸を掴めたら   作:SHALC7

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一話 中編になります。


一話 中編

 紫莉を買い取った組織は、世界は近いうちに滅びると終末論を唱えている、俗に言うカルト教団だった。

 彼らの教義はキリスト教、仏教、イスラム教など世界各国で信仰されている宗教は人々を欺くため悪魔が作り出したもので、救世主である教祖が仕える神こそが、絶対神であると謳っていた。

 ここまでならよくあるカルト的考えだが、この教団は少し違った。

 彼らが憎む悪魔は古代から政治に干渉し、今もなお国家の中枢に隠れ潜んでいると言う。 その悪魔を倒すためには、手始めに日本の国家そのものを一度作り変えなければならないという与太話を信者達に説いている。

 簡潔に言えば日本でクーデターを起こそうとしている狂った集団だった。

 教団を率いる教祖、山村は口が上手く彼の口車に乗せられた人達が次々と入信している。信者の数は五十人を超えたらしい。 

 山村は法律に触れるか触れないか事業で大金を稼いでいた。 他にも信者から巻き上げた金も教団の運用資金に当てている。

 豊潤な資金を使い山村はクーデターを果たすため軍隊を作ろうとしていた。 日本国内だけでなく海外にも手を伸ばし、退役軍人やPMCを積極的に雇おうとしている話だ。

 だが、そこで問題がいくつか挙がった。

 そもそも、集まってくる者たちの大半が金目当てであり、教団の教義に感銘を受ける者はほぼ居ないようだ。 海外の有名なPMCから引き抜こうとしたこともあったらしいが、まともな思考を持っている人からすれば相手にもされない。

 そこで山村が思いついたのが、兵士を一から育てるというものだ。

 戸籍登録がされていない子供を買い取り、雇った傭兵達に訓練をさせ教団の矛として利用する考えだ。 紫莉はこのプロジェクトの実験的、いわばモルモットとして扱われていた。

 これらの内容は、全て教官から聞かされたものだ。 

 訓練は日中問わず行われた。 刃物や銃器の扱い方、格闘術や状況においての戦術の立て方など様々なものだった。 少しでも泣き言を言ったり、手を抜いたりすれば教官に折檻されるため紫莉は気を休める時が片時もなかった。

 紫莉はこの生活を始めた頃は、精神が崩壊する一歩手前まで追い込まれたが、紫莉が壊れてしまい計画の進行が遅れるのを憂いた山村によって、紫莉の体調を信者達に確認させ不備があるならば訓練を中止したりもしてくれた。

 だが、その扱いも最初だけだった。 何度も体調が優れないことを伝えていたら、嘘をついていると非難され、結局無理やり訓練させられることとなった。

 

 

 ▼

 

 

 紫莉が桂依に売られてから半年以上が経過した頃。

 紫莉は訓練を終え、教官の手によって自室に連れていかれていた。

 

 

「さっさと中に入れ」

 

 

 大柄で体格の良い男に背中を小突かれた紫莉はよろめきながら部屋に入る。 

 この男は、マヌエルと呼ばれているメキシコ系男性で、紫莉の教官だ。

 マヌエルは背丈が百八十センチ近くあり、服の上からわかるほど筋骨隆々だ。 胸板は分厚く、腕や脚は丸太のようだった。 加えて人相も悪く、綺麗に剃りあげている頭髪やTシャツの袖口から覗くタトゥーが狂暴さを際立てていた。

 

 

「ったく、お前は相変わらず射撃が下手くそだな。 半分も当たってねえ」

「すみません」

 

 

 マヌエルは流暢な日本語を喋り、呆れた様子で両腕を組む。

 

 

「近接格闘術の才能はピカイチなのに勿体ない。 立派なシカリオ(暗殺者)になれんぞ」

 

 

 マヌエルは元々メキシコの麻薬カルテルに属していたらしく、彼は組織に仇をなす者を消す役割を担うシカリオとして活動していた。 だが、所属していたカルテルが敵対勢力によってボスや幹部達を皆殺しにされ、行き場を失っていた所を教団がヘッドハンティングしたらしい。

 歳は三十後半であるが、日々鍛えているため衰えることはないと豪語していた。

 

 

「まあ、いつも言っている通り外した分はペナルティだ」

「……はい」

 

 

 紫莉はその場に跪き両手を地面に着け、濁った瞳でマヌエルを見据える。

 

 

「偉大なる神と教祖様、そしてマヌエル様から賜った弾薬を粗末に扱ってしまい申し訳ございません。 愚かな私にどうか罰を与えてください」

 

 

 マヌエルが嗜虐的な笑みで口元をゆがませた。 紫莉は額を床に着けマヌエルに許しを請いた。

 額を床に着けたと同時に紫莉の後頭部にも固い物を押し付けられる感触が伝わる。 マヌエルが履いているブーツで踏んできたからだ。 額と後頭部に鈍い痛みが広がる。

 マヌエルは典型的なサディストだった、紫莉が訓練でミスをしたり課せられたノルマを達成できなかったりするとペナルティと称した暴力を平然と振るってくる。 

 紫莉は唇を嚙みながら必死に耐えた。 腹の底では、この男を殺してしまいたいという怒りの衝動が溶岩のように湧き上がってきたが、手練れの殺し屋に挑むなど一匹の蟻が巨大な象に立ち向かうようなものだった。

 紫莉に出来ることは、ただひたすらに耐えることしかなかった。

 

 

「まあまあ、マヌエルさん。 それくらいにしておきなさい」

 

 

 不意に声が聞こえた。 マヌエルが面白くなさそうに舌打ちをすると、頭部に感じていた圧力が無くなった。

 紫莉が顔を上げると、そこには山村がいた。 

 黒い髪をきっちりと七三分けに撫でつけ、教祖の証である青と金の刺繍が入ったストールを首から掛けている。 マヌエルに比べると大分細身であるが背丈は少しだけ低い程度だ。

 

 

「紫莉さん。 本日もご苦労様です。 良い訓練になりましたか?」

「は、はい。 今日も大変充実した訓練でした」

 

 

 紫莉は動揺を隠そうするが、顔が引きつってしまい上手く笑えない。 これから起こることが分かっているからだ。

 紫莉の言葉に山村は苦笑いを浮かべた。

 

 

「そうですか。 充実していた割に成績は余りよろしく無いようですね。 銃弾も只ではない事はもちろん分かっていますよね?」

「もちろん、分かっています! 私のような身寄りの無い子供をここに置いてくださって居ることや、神の尖兵になるための訓練をさせてもらっていることは分かっています」

「では、なぜ上達しないのですか? 今こうしている時にも悪魔達は世界を荒らし、人々を苦しめている。 君は選ばれた存在なのに、やっていることは時間の浪費だけです」

 

 

 淡々と詰め寄ってくる山村に紫莉は萎縮する。 なんとか言い訳を並べようとするが、思考が纏まらない。 助けの求めようにもここには味方はいない。 山村の後ろにいるマヌエルに視線を向けるが、彼はにやにやと笑みを浮かべながら、二人のやりとりを眺めているだけだった。

 山村が大きなため息を吐くと、マヌエルの方を向き直った。

 

 

「マヌエルさん。 あれを用意してください」

「了解」

 

 

 マヌエルが腰に下げていた物を山村に渡す。 それは革製の編み上げ鞭だった。

 紫莉は冷や水を掛けられたように一気に青ざめる。 再び額を床に擦りつける。

 

 

「申し訳ありません! 次こそはやり遂げるので、どうかそれだけは勘弁してください!」

 

 

 紫莉は必死に懇願したが、山村の答えは言葉では無く鞭が風を切る音だった。

 

 

「ううっ」

 

 

 背中に焼けるような鋭い痛みが走り、紫莉は苦悶の声を上げる。 たった一度打たれただけだが、意識が飛びそうになる。

 

 

「私も心が痛いです。 君のような幼い子供にこのような事をしなければならない事が。 ですが、君は悪魔達と戦う存在になるのですから、これくらいの痛みには耐えてもらわないといけません」

 

 

 紫莉がいくら泣き叫んだところで、山村の手が止まることはなかった。 乾いた音と自身の悲鳴がしばらく部屋に響いた。

 

 

「ふう。 この辺にしておきましょうか。 これ以上は明日の訓練に支障が出てしまいます」

 

 

 山村が満足気な声を出しに鞭を打つのを止めてくれた。

 

 

「では、明日からの訓練はもっと励むように。 マヌエルさん行きましょう」

「ああ」

 

 

 山村とマヌエルは靴音を立てて部屋から出て行った。

 解放された紫莉は呻き声を出しながら、蹲ったまま横向きに倒れこむ。 目から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出てくる。

 

 

「もう嫌だ…… 誰か俺を殺してくれ……」

 

 

 紫莉は胎児のように身体丸めて呟いた。

 本当に神がいるのならば、前に読んだことがある小説のように空から糸を垂らして欲しい、と心から願うのだった。 

 

 

 ▼

 

 

 その日の夜だった。

 紫莉は山村に付けられた傷が酷く痛み、寝ることすらままならなかった。

 枕元に置いてあるデジタル式の時計をみると、午前一時を表示していた。

 紫莉が監禁されている部屋は六畳ほどの広さだった。 元々ホテルの一室として利用されていたらしく、くたびれた寝具や衣類を置いていくためのクローゼットがある以外は、ユニットバス式の洗面台しかない。

 窓は内側から木の板が打たれており外の様子を見ることは出来ない。 天井からぶら下がっている小さい電灯が唯一の灯りだ。 外に出る扉も反対側から鍵が掛かっており、自由に出入りすることも出来なかった。

 

 いつまでこの地獄が続くのだろうか。 彼らの言いなりになり、人殺しの道を歩まなければならないのか。

 

 暗い部屋で自問自答する紫莉。 ここに来て何度も考えたが未だに答えは出ない。

 時には自分で命を絶つことを試みたこともあった。 しかし。天井の隅に設置してある監視カメラで紫莉の行動はチェックされている。 一度舌を噛み切ってみたが、即座に信者が駆け付け取り押さえられてしまった。

 その後は、山村とマヌエルにこっぴどくやられてしまったので、最早その気にもなれなかった。

 

 

「ん?」

 

 

 なにやら外が騒がしかった。 いつもであればこの時間は静かで何も聞こえないほどだが、今日はやけに物音が聞こえた。

 布団から出て入口の扉に耳を当てる。 微かにしか分からないが、銃声のような乾いた音や誰かの怒声が聞こえた。

 急に扉が開き、慌ててのけ反った紫莉は尻もちをついてしまう。

 顔を上げると、血相を変えた信者の一人が立っていた。

 

 

「おい! 早く逃げろ。 悪魔達の襲撃だ!」

 

 

 男が叫んだ瞬間、一発の銃声とともに男のこめかみから血が飛び散った。

 

 

「ひっ!」

 

 

 身体の自由を失い崩れ落ちた男を間近で見た紫莉は思わず後退る。 男の頭部からは血が溢れだし床の色を塗替えていく。

 廊下から複数人が移動する足音が聞こえてきた。 

 我に返った紫莉は、咄嗟にクローゼットの中に飛び込んだ。 戸を急いで閉め息を殺す。

 足音はすぐ大きくなり部屋の中に入ったところで止まった。

 部屋の灯りがともされる。

 紫莉の心臓は今までにないほど早く動き、この音が外の足音の主に聞こえてしまわないだろうかと心配になるほどだった。

 

 

「こちらズールワン。 一人排除した。 未だパッケージは確認できない、繰り返すパッケージは確認できない」

 

 

 若い少年の声が聞こえた。 

 紫莉はクローゼットの隙間から外の様子を窺う。

 部屋の中に居たのは、軍隊で使うツナギ服のような恰好をした四人組の少年だった。 全員自動小銃を手にしており、一人だけ赤色の服で他の三人は白色基調の服だった。

 

 

「了解。 引き続き捜索を続けろ。 フォー、この部屋を捜索しろ。 ツーとスリーは周囲を警戒。 気を抜くなよ、相手はいかれた狂信者たちだ」

 

 

 赤服の少年が三人の白服に指示を飛ばし自らも部屋を探り始めた。

 フォーと呼ばれた少年が、紫莉が隠れているクローゼットに近づいてくる。 近くに来て分かったが、フォーは四人の中で一番背が小さく幼い顔立ちだった。

 フォーの表情は緊張で強張っており、小銃の先が震えているのが分かる。

 

 

「フォー、肩の力を抜け。 訓練通りにやれば大丈夫だ」

「は、はい!」

 

 

 フォーは上擦った声で返事すると、慎重に紫莉が隠れているクローゼットへ腕を伸ばしてくる。

 

 もうだめだ、見つかる!

 

 紫莉は目を固くつむり覚悟を決めた。

 

 

「隊長。 ヤンキーチームから報告です!」

 

 

 突如、隊員の一人が声を上げた。 何やら物々しい雰囲気だ。

 

 

「現在ヤンキーチームが敵と交戦中! ヤンキーフォーがKIA、ヤンキーワンを含む二名がWIA。 至急援護を求めています!」

「なんだと、敵の数は?」

 

 

 赤服が尋ねると、白服は歯切れが悪そうに言う。

 

 

「敵は男一人ですが、かなり手練れのようです。 おそらく例のメキシコの殺し屋かと」

 

 

 マヌエルだ。 彼はまだ生きているらしい。

 

 

「っ! 全員捜索中止。 ヤンキーの救援に向かう。 エックスレイにも向かうように伝えろ!」

 

 

 赤服の隊長が部下を引き連れ慌ただしく出て行った。

 少年達が部屋から出て行った後、紫莉はクローゼットの中から恐る恐る顔を出した。 耳を澄ましてみるが、不気味なほど物音ひとつ聞こえない。

 

 何が起こっているのか分からないが、これは逃げるチャンスだ。

 

 思いがけない好機に紫莉は、先ほどとは違う鼓動の速さを感じる。

 倒れた信者の死体を横目に廊下に出る。 廊下に出ても人影は見当たらなかったが、遠くで銃声は聞こえる。

 紫莉は音を立てないようにゆっくりと尚且つ迅速に歩を進めた。 始めて訓練してきたことが役に立った。 

 何室かを周り窓からの脱出を試みるが、紫莉の部屋同様木の板が打ち付けられていた。 板の隙間から外を覗く事は出来たが、周囲に灯りらしきものは無く鬱蒼とした山の風景が見えただけだった。

 窓からの脱出を諦めた紫莉は、他の手段を探すべく下の階に降りることにした。

 

 

「うっ……」

 

 

 踊り場を通り下の階に差し掛かった所で、眼下に広がる光景を見て思わず顔をしかめた。

 下の階には複数の死体が転がっていた。 服装から察するに信者達であろう。

 信者達はあの少年達に抵抗したようで、死体の間にはナイフや銃が落ちていた。

 あまりの凄惨な光景に紫莉は進むのを躊躇うが、引き返しても仕方ないと自分に言い聞かせ足を動かす。

 紫莉は形容しがたい不快な臭いが漂う中、口を手で覆いながら死体を踏まないように歩いていく。 気を抜けば胃の中の物を戻してしまいそうだった。

 ふと、下を見た時女の信者と目が合った。

 彼女は白髪長いの髪を血で赤く染め、仰向きに倒れている。 どうやらまだ息があるようで、微かにだが胸が上下に動いている。

 

 

「い……いやだ。 まだ死にたく……ない。 神様……どうか……お助けを」

 

 

 彼女は目から涙を流しながらそう呟くと、口から血を零し動かなくなった。

 人の死を二度も目の当たりにした紫莉は強い吐き気に襲われた。

 

 

「うぐっ、おげぇ」

 

 

 その場から逃げるように立ち去ったが、吐き気を抑えることが出来ず途中で嘔吐してしまった。

 早くここから逃げなければ自分も彼女達と同じ末路を辿ってしまう可能性はどんどん高くなってしまう。 目の前に降りてきた蜘蛛の糸を掴み損なうことは絶対に避けなければならない。

 周囲を見渡すと壁にこのホテルの間取り図があった。 ぼろぼろで印刷は薄くはなってはいたが地図としての役目は果たせてそうだった。

 現在紫莉がいる場所から、正面ゲートにつながるロビーはほど遠くなかった。 紫莉は正面ゲートならば、人の出入りがあるため通れるはずだと考えた。

 

 

「大丈夫だ。 きっと助かる、俺なら出来る」

 

 

 紫莉は自身を抱きしめながら呟いた時だった。

 

 

「おい!」

 

 

 紫莉は声がした方に視線を向けると、少し離れた所に先ほどのフォーと呼ばれていた少年の姿が見えた。 

 紫莉の脳内に警鐘が鳴り響く。 最悪の光景を思い浮かべてしまい、居ても立っても居られなくなった。

 

 

「う、うわああああああああ!」

 

 

 紫莉は駆け出した。 背後でフォーが止まるように叫んでいるが、構うことなくロビーに向かって走り続けた。

 やがて、ロビーが見えてきた。 しかし、急に飛び出てきた何かにぶつかってしまった。 

 体の小さい紫莉はバランスを崩し派手にこけてしまう。

 

 

「クソっ、誰だ! ゆ、紫莉?」

 

 

 声を聞いた紫莉は我に返り、声の主を見る。

 ぶつかったのは山村だった。 いつもの綺麗にしているスーツは汚れ、髪も酷く乱れていた。 彼は肩を撃たれたようであり、紺色のスーツの一部が赤く染まっていた。

 相手が紫莉と分かった否や、山村は鬼のような形相で紫莉の腕を掴んできた。

 

 

「おい、あの連中をなんとかしろ。 今までなんの為にお前に高い金を払って養ってきたのだと思っている!?」

 

 

 山村は普段の丁寧な言葉遣いとは打って変わった粗暴な口調で捲し立ててきた

 

「信者達は役に立たない、マヌエルの奴は逃げやがった。 私は神に選ばれた存在だぞ。 他の有象無象の命より価値のあるものなのだ!」

 

 

 紫莉には彼の言っている言葉の意味が分からなかった。

 あれほど大層な説法を説き、涼しい顔で暴力を振るってきた男が、自身の命が危ぶまれ取り乱すさまに言葉が出なかった。

 

 

「動くな!」

 

 

 振り返るとフォーが拳銃を突きつけていた。 彼は全身傷をだらけで、今にも倒れそうだった。 けれど、瞳はまだ死んでいなかった。

 

 

「両手を見える位置に出してその場に跪け!」

「この無礼者が、誰に向かって命令している。 私は神の代弁者だぞ!」

 

 

 フォーが鋭い声で怒鳴ると山村は立ち上がり、スーツの内側から拳銃を取り出してフォーと対峙する。

 

 

「いかれた狂信者め。 無駄な抵抗はやめて、その子をこっちに渡せ」

「黙れクソガキ。 こんなことをしてただで済むと思っているのか」

 

 

 汚い言葉でお互いを罵り合う両者の間で紫莉は頭を抱える。 この窮地を脱するための方法を考えるが、何一つ名案が浮かんでこない。

 

 なんで俺がこんな目に。 俺が一体何をしたって言うんだ! 

 

 理不尽な状況に対する怒りが込み上げてくる。 そして、その怒りの矛先は山村に向かった。

 

 こいつさえいなければ。 こいつが俺を買い取らなかったら! 

 

 頭上にある山村の顔を見た瞬間、紫莉の中で何かが切れた。

 紫莉は座ったまま身体を捻り山村の膝裏を右手で掴む。 次に後転のような体勢を取りながら右足と左手を彼の股に通し、残った左足を返しながら彼の足に巻き付いた。

 フォーに気を取られていた山村の姿勢を崩すのは簡単だった。 

 紫莉の思いがけない反撃に、山村は情けない声を出しながら倒れた。 紫莉はすかさず山村から拳銃を奪い取り、彼に銃口を向けた。

 

 

「ま、待て!」

 

 

 紫莉は引き金を引いた。 至近距離から放たれた銃弾は山村の額に穴を空ける。 飛び散った血が紫莉の方にも飛んできた。

 

 あれ、何してんだ俺。

 

 気持ちの悪い血の感触を頬に感じた時、紫莉は正気に戻った。 

 眼下にある目の光を失った山村、彼の返り血で染まった自身の手、焦げ臭い香りを発する拳銃。

 自分が人を殺めてしまった事を知覚した瞬間、全身に冷たい水を掛けられたような寒気が紫莉を包み込む。

 

 

「今だ!」

 

 

 呆然としている紫莉の背後からフォーが飛びかかってきた。

 

 

「やめろ! 離せ!」

「大人しくしろ、敵じゃない」

 

 

 フォーは敵意が無いことを伝えてきたが、紫莉は信じられなかった。 手足を激しく動かし必死に抵抗するが、小柄な紫莉は為すすべなく取り押さえられ、手足も拘束されてしまった。

 

 

「お前ら一体何なんだ。 俺も殺すのか!」

 

 

 頭だけを動かし彼に問いかけるが、フォーはインカムで誰かと話し始めたので何も答えてはくれなかった。

 拘束されて数分もしない内に腹に響く大きな音が聞こえてきた。 

 フォーに担がれ外に出ると、二機のヘリコプターが空から降りてきた。 民間機のような小さな機体ではなく、米軍などが使う双発の大型ヘリコプターだった。

 ヘリコプターが着陸すると、フォーと同じ格好をした少年達や医療品を抱えた大人が姿を現し、慌ただしく建物の中に入っていく。

 紫莉はフォーに担がれたまま、彼らと反対方向に進んでいく。  

 機内に入ると、若い女性が居た。 青と白を基調とした詰襟風の上着とタイトスカートを着用していた。

 

 

「任務お疲れ様でした! その子は我々が引き取ります!」

 

 

 女性は、ヘリコプターのエンジン音にかき消されないように大声で話しかけてきた。 彼女の背後には担架が設置されており、側には医療器具を持った人達も居た。

 フォーは紫莉を担架に乱雑に乗せると、女性の耳元に顔を近づけた。

 

 

「こいつを助けるために皆死んだ! 殺したら絶対に許さないぞ!」

 

 

 彼の言葉が紫莉にナイフのように突き刺さる。 赤服を含めた少年達はマヌエルの手によってやられてしまったらしい。

 せめて、彼に感謝の気持ちを伝えようとするが、爆音のせいで届かない。 

 フォーは紫莉を強く睨みつけてくると、すぐに背を向けて機外に行ってしまうのだった

 

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