蜘蛛の糸を掴めたら   作:SHALC7

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一話後編になります。

前に投稿した話を見返すと、大変読みにくいと感じたため修正してみました。


一話 後編

 知らない天井だった。

 

 何処だここ。

 

 ゆっくりと上体を起こし辺りを見渡すと、病院の一室のような印象を受ける場所だった。

 部屋の中には消毒液のような匂いが漂っており、紫莉が寝ていたベッドも今まで使っていた小汚い物ではなく清潔な物だった。

 紫莉は意識を失う前の事を思い出す。

 どうやらあの謎の少年や女性に助けられ、ここに連れてこられたようだ。

 紫莉はあの地獄から抜け出した事に心の底から安堵した。 だが、同時に山村の事も思い出す。

 彼に対し殺意を持っていなかったと言えば嘘になるが、まさか本当に自分の手で命を奪ってしまうとは思ってもみなかった。 

 どんな悪人であったとしても、一人の人間の命を奪ってしまった事には変わりない。 山村の生気を無くした表情が脳裏にちらつく。

 紫莉はベッドの上で頭を抱える。

 あれは事故だ。 あいつは俺にあんな目にあわせてきたんだ、当然の報いだ。

 自分を正当化する言い訳を心の中で繰り返すが、考えれば考えるほど罪悪感が膨れ上がっていく。

 戸をノックする音が聞こえた。 紫莉が反射的に返事をすると、白衣を着た男が入って来た。

 

 

「気分はどうだい?」

 

 

 白髪混じりの初老の男性は紫莉に訊ねてきた。

 

 

「……あなたは? ここは何処ですか」

 

 

 質問を質問で返すようで悪いと思ったが、紫莉にとっては重要なことだった。

 

 

「私は芦原、この施設の主任医長だ。 そして、ここは政府公認組織が所有している施設だ。 そんなに警戒しないでくれ、君を傷つけたりしない」

 

 

 紫莉の警戒を解くためか、芦原と名乗った男は柔らかい笑みを浮かべて診察を始めてきた。

 診察の結果、紫莉は栄養失調状態であるが命には別状はないらしく、数日もすれば体調も戻るとの事だ。 ただ、背中を始め身体中に刻まれた傷跡は今後も残ってしまうらしい。

 

 

「政府……ってことは、あなた達は警察の方ですか?」

「うーん、警察とは似てはいるが少し違うね」

「じゃあ、自衛隊ですか。 ――いや、自衛隊にあんな少年兵がいるはずがない。 あったら大問題だ」

 

 

 紫莉は例の少年達の事も含めて訊ねてみるが、芦原は正体をはっきりとは明かしてはくれなかった。 彼の曖昧な態度に紫莉の不信感は内心大きくなっていく。

 

 

「助けてもらった事に関しては感謝しています。 でも、そちらの素性も明かさずに信用しろというのも無理があります」

「君は子供にしては妙に鋭いな。 分かった、我々が何者なのかを教えよう」

 

 

 芦原は部屋の隅に置いてあった車椅子をベッドの横に準備してくれた。 利用者が自分で操縦する事が出来る操縦桿が付いた電動式の物だ。

 紫莉はその上に乗せてもらうと、彼に押してもらう形で廊下に出た。

 施設の中は清掃が行き届いており清潔そのものだがどこか不気味であった。 しばらく廊下を通り職員達とすれ違ったが、紫莉を見てくる目は奇異なものに感じられた。 

 しばらく施設内を進んで行くと芦原が足を止めた。

 壁はガラス張りになっており、下には映画のセットのような光景が広がっていた。 屋根がない建物の壁が複雑に入り組んでおり、まるで特殊部隊が訓練に使うキルハウスのような作りだった。

 紫莉はこの光景に既視感を覚えた。 まるで紫莉がいた教団の訓練施設を高規格に向上させた印象を受ける。 キルハウスの中には何人かの子供の姿が見えた。 紫莉と同世代か少し上に見える少女達だった。 驚くべきことに彼女達の手には拳銃が握られており、二手に分かれて撃ち合っていた。

 彼女達が使用しているのは非殺傷弾のようで、被弾した子は派手な色に染まっていた。 しかし、彼女達の顔を見る限り遊びを楽しんでいる様子はなく、真剣に銃撃戦に取り組んでいるように思える。

 

 

「ここは一体なんですか」

 

 

 紫莉は声を震わしながら訊ねる。

 

 

「見ての通り訓練施設だ。我々はここで、運命に翻弄された子供たちをリコリスとして、新たな人生を歩むための訓練を施しているんだよ」

「リコリス? 一体何の話をしている。 あんた、気は確かか」

 

 

 まったく意図が掴めない紫莉は苛立ちから敬語を崩してしまう。 質の悪い冗談かと思ったが、芦原の表情は真剣そのものだった。

 

 

「私は君がただの子供ようには思えない。 だからこそ聞きたい」

 

 

 芦原は紫莉に前に立ち、しゃがみ込んで視線を合わせてくる。

 

 

「君は平和というものはどうやって成り立っていると思う?」

「な、なんだよ。 いきなり」

 

 

 芦原の哲学的な質問に紫莉は即座に答えられなかった。 彼は紫莉の答えを待たずに続ける。

 

 

「とある偉人は言った。 『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』と。 人間という生き物は利己的な存在だ。 政治思想、文化や宗教的価値観、小さなものでは食の好みでさえの争いに発展する。 価値観の違いによる争いは個人間ならそれほどでもないが、それが集団となり地域を巻き込み、国中に影響を及ぼすことになるとどうなる?」

「あ、争いが大きくなっていき、平和じゃ無くなっていく……?」

「そうだ。 君を監禁していたあの教団に限らず、日本国内には争いの種を持つ者は大勢いる。 そんな奴らが放っておいたら日本はどうなってしまうだろう」

 

 

 芦原が紫莉の肩を強く掴んでくる。 肩に指が食い込み、紫莉は顔をしかめた。 

 芦原の目には山村と同じような狂気じみた何かが宿っていた。

 

 

「そのために我々が居る。 八咫烏の下、日本の秩序を守るための抑止力となり、我々は暗躍し平和を脅かす全ての要素を排除していかなければならない」

「だから、教団を襲撃したのか。 信者達も一人残らず殺して……」

「当然だ。 奴らは当然の報いを受けたまで。 君もそう思っているのだろう? まあ、正確に言えば手を下したのは別の組織にはなるのだがね」

 

 

 教団を壊滅させた組織など、紫莉にとってはどうでも良かった。 紫莉からしてみれば教団も芦原が所属する組織も似たり寄ったりだった。

 紫莉の中にあったのは、カルト教団よりも質が悪そうなこの組織から今すぐ逃げ出さないといけないと感じる焦燥だった。 早く逃げなければ、今度こそまともな人生を送れないという危機感が膨れ上がっていく。

 

 

「君は選ばれたのだよ。 リコリスとなり、山村のような不穏分子を駆除していけばよいのだ。 大丈夫、彼らのような杜撰なやり方はしない。 君の人生を必ず意味あるものにしてみせるよ」

 

 

 君は選ばれた。

 紫莉は、山村に散々言われた呪いの言葉を掛けられ我慢の限界を迎えた。

 

 

「ふ、ふざけるな! また、俺に人殺しの訓練をやれって言うのか。 ようやくあの地獄から抜け出せたのに!!」

 

 

 紫莉は衝動的に芦原の顔に拳をぶつけた。 火事場の馬鹿力というのだろうか、栄養失調の身体から出た拳は彼の鼻先に的確に当たり鼻血を引っ張り出した。 しかし、殴られた彼は怒るどころか、口角を吊り上げ気色の悪い笑みを浮かべてきた。

 

 狂っている…… こいつも完全に狂ってやがる。

 

 紫莉は芦原の底知れぬ狂気に完全に呑まれてしまい、戦意を失いそうになる。

 

 

「おい、お前何してやがる!」

 

 

 突然、紫莉と芦原の間に誰かが割り込んできた。

 額をさらした濃い茶髪をショートヘアにして、勝気な雰囲気を感じる三白眼が特徴的な子だった。 三白眼の少女は紫莉の胸倉を片手で掴み上げると、反対の手で頬を殴りつけてきた。 

 紫莉の視界に星が飛んだ。

 

「フキくん、私は大丈夫だよ。 手を離してあげなさい」

「でも、芦原さん、血が出てるじゃないですか!」

「いいから」

「……はい」

 

 三白眼の少女は、今にも二発目を紫莉に食らわせてきそうな勢いだったが、芦村に宥められ手を離してくれた。 離してはくれたが明らかに敵意を持った態度は崩さなかった。

 

 ああ、なぜこうなるんだ。 

 

 殴られた紫莉は完全に意気消沈してしまい、最早抵抗する気力など湧いてこなかった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 紫莉は表情一つ変えずに、たった今手を下した男の死体を探っていた。 探っている最中なぜか過去のことを思い出してしまい、今さら何になるというのだろうと頭を振って気持ちを切り替える。

 男が落としたスマートフォンを拾い、中を見てみようとしたがロックが掛かっていた。 これは任務完了後に情報部に提出しようと思い、背負っていたサッチェルバックに仕舞う。

 

 ここにもう用はない。 始めの部屋に戻ろう。

 

 紫莉は、男の仲間を殺害した部屋に物資が入っているであろう木箱を確認していたので、そちらに向かうことにした。

 木箱がある部屋に戻って来た。 蓋が開いている物から確認を始め、未開封の物は上に置いてあったバールで抉じ開けた。箱の中身は男が言っていた通り、様々な生活物資だった。

 紫莉は深いため息が漏らす。 ここの拠点は外れだったからだ。 本命は春川フキが率いるアルファチームが担当している場所だろうと推測する。

 紫莉は右耳に装着しているインカムで司令部に通信を入れる。

 

 

「こちらエコーワン、建物の制圧を完了。 敵からも情報を得たが、ここに目標物は無い」

 ―こちら司令部。 本当か? 銃器の類は何も無いのか? 

「ああ。 あっても敵が所持していたものが数点あるのみだ。 確認した箱の中には下品なポルノ雑誌しかない物もある」

 

 

 紫莉は、グラマラスな女性が際どい水着を着ている表紙の本を眺めながら答えた。 

 オペレーターが紫莉の軽口に言葉を詰まらせた。 オペレーターの名前はよく知らないが、司令部に所属する堅物そうな若い男性だったはず。

 

 

 ―こほん。 了解した。 現在、他のチームは任務継続中だ。 エコーワンはそのまま待機しておいてくれ。

「了解。 エコーワン、アウト」

 

 

 紫莉は次の指令が来るまで少し休むことにした。 木箱を背もたれ代わりに腰を降ろして、天井を見上げた。

 紫莉がリコリスとなってから数年が経った。 始めはリコリスになるのを拒否し、色々な問題を起こしたが、ある出来事を境にリコリスとしての人生を受け入れた。 いや、正確には諦めたのだ。

 最早どうでも良い。 日本の治安を守ること、罪なき人々をテロの脅威から遠ざけることなど、紫莉には関心が無かった。

 何一つ疑問を持たず、どんな状況においてもDAが殺せと命じた者を葬っていく。 自分が生きる価値は人を殺すことによって保たれると悟ったのだ。

 今回の任務に就く前も県外にて別の任務を遂行していた。 その任務を終え都内のセーフハウスに戻ってきたのは、日付が変わった頃だった。

 シャワーを浴び、最低限の食事を済ませ、床に入った。 だが、最近は不眠症が酷くなっており中々眠りにつくことが出来ずにいた。 睡眠薬を飲もうと思い始めた時、本部から緊急の命令が入った。

 連絡してきたのは上司の楠木だった。

 なんでも、東京都内で千丁もの銃が動く大型取引が行われることをラジアータが検出したらしい。 ラジアータとは、DAが所有する全インフラの権限を持つ高性能AIだ。

 彼女曰く余りにも大規模な取引のため、紫莉にも出動しろとのことだった。

 普通なら満足な休息も与えられぬまま、次の任務に送り出すなど考えられないだろう。 だが、そうも言ってられない状況だというのも理解できるし、楠木には別の意図があるように感じられた。

 憶測にはなるが、紫莉の存在を良く思っていない上の連中からの圧力だ。 千丁の銃取引など日本国内で戦争を起こせるレベルの事案で、ファースト・リコリスである紫莉を投入しないなどあってはならない。

 楠木はDAの司令官ではあるが、彼女を遥かに凌ぐ権力を持つ者達が上にいる。 奴らの正体はファースト・リコリスである紫莉でさえ全ては知りえない。 いずれ無事にリコリスを引退し、その後もDAに籍を置くのであれば知りうる機会が訪れるかもしれないが、知りたくもない。

 紫莉は任務に就くことを承諾すると、その折に楠木は謝罪してきた。 「すまない」と一言だけだったが紫莉は、彼女の立場を考えると十分なほどだと思った。

 紫莉は次の指令がまだ来ないため、殺した三人の死体を探っておこうと腰を上げた。 長髪と坊主頭の衣服を探ったが手掛かりになりそうなのは、同じくスマートフォンだけだった。

 最後に戸口で射殺した男の元まで足を運び、彼の衣服を漁る。 その中で一通の手紙を見つけた。

 

 このご時世に手紙を送るなど、珍しい奴だな。

 

 紫莉は、もしかしたら重要なことが記されているのではないかと思い、手紙の中身を見た。

 手紙の内容は彼の妻からの物だった。 取引に関係するものではなかったため、紫莉は肩を落とした。 別に必要はないのだが、何気ない気持ちで手紙の続きを読む。

 内容は妻の近況と彼の赤ん坊に関することだった。 彼の子供は難病に侵されており、治療のため多額の金が必要らしい。

 男は子供の治療費のため、傭兵としてテロ集団に加わり仕事をしていたようだ。 妻には傭兵である事を隠して、船乗りとして世界中を回っていると書かれていた。

 読み進めていく度に紫莉は鼓動が早くなっていくのを感じる。 これ以上は読まない方がいい気するが、文字を追う目を止めることができなかった。

 続きを読んでいくと、あともう一回送金すれば手術に必要な金額に達したことやそれを達成すれば三人で過ごすことができるなど、希望にあふれたものだった。

 最後は男に対しての深い愛情を感じられる言葉によって締め括られていた。 手紙の裏には妻と管に繋がれた幼子の写真も入っていた。

 紫莉の胸中はやるせない気持ちに支配された。 手紙を投げ捨て、部屋の中央に戻ると再びバールを手にした。

 

 

「クソ…… クソったれが‼」

 

 

 バールを振り回し、近くにあるものを手当たり次第に殴りつけた。 小さな木箱は脆く一振りで砕け散り、入っていた物が辺りに散乱し床を汚していく。 周囲に殴るものが無くなったら床を叩いた。

 

 

「金を稼ぐ手段なら、まだ他の方法があっただろうが! どうして、どうして……」

 

 

 紫莉は、怒りと悲しみの感情がごちゃ混ぜになり、たまらず叫んだ。 息が苦しくなり、バールを振るう腕も辛くなってきた所で、最後は壁に向かって投げつけた。 虚しく冷たい金属音だけが部屋に響き渡った。

 

 

「……分かってるんだよ。 こんなことしても何も変わらないことは」

 

 

 紫莉は両手で顔覆いながら独り言ちる。 自分がやっていることはただの八つ当たりで、そんなことをしても奪ってきた命が戻る訳ではない。

 だが、間接的とはいえ小さな命を奪ってしまったのは事実だ。 罪の意識が鎖のように巻き付いてくる錯覚までしてくる。

 紫莉はサッチェルバックからピルケースを取り出す。 中身は常飲している精神安定剤であり、即効性を求めて通常の薬より強力な物を支給してもらっていた。 錠剤をいつもより多めの量を口に含み、携帯している飲料水で流し込む。

 次第に激しい動悸も治まってきた。 最近は薬を飲む回数も多少減っていたのに振り出しに戻ってしまった。 手紙を読むのではなかったと、一人後悔しているとインカムからノイズ音が聞こえてきた。

 

 

 ──エコーワン、聞こえるか? 

 

 

 タイミング良くオペレーターが通信を入れてきた。 もう少し彼の通信が早かったら気付かなかったかもしれない。 仮にあの状態で通信が繋がってしまうと大変なことになる。

 精神的が不安定なリコリスなど任務失敗のリスクでしかない。 楠木や上層部に知られてしまったら良くて本部の寮に戻されるか、最悪の場合養成所送りも考えられる。

 せっかく忠実なリコリスを演じ、ファースト・リコリスとなってある程度の自由を得たのだ。 こんな形で失いたくはなかった。

 左手をインカムに持っていく。 事前に深呼吸をして何事なかったように取り繕う。

 

 

「……こちら、エコーワン。 感度良好」

 ──何かあったのか? 随分と息が上がっているようだが。

 

 

 紫莉は心に冷や汗をかいた。 やはり先ほどより呼吸が不自然らしい。

 

 

「問題ない。 次の指示は」

 ──現在、アルファが担当している取引現場で膠着状態が続いている。 状況を打開するために君には現場に急行してもらう。

「了解した。 直ちに行動を開始する」

 ──幸運をエコーワン。 司令部アウト。

 

 

 通信が終わりインカムから手を離す。

 

 何が幸運をだ。 皮肉にしか聞こえない。

 

 オペレーターの形式的な激励に乾いた笑みが浮かぶ。

 生まれつき不幸な紫莉にとっては少しの慰みにもならなかった。

 

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