蜘蛛の糸を掴めたら   作:SHALC7

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二話前編になります。


二話 前編

 紫莉は年季の入ったスクーターに跨がり、都内の道路を駆け抜けていた。 

 日が昇っては来たが、この時期の東京の平均最低気温は十度前後しかない。 吹きさらしの身体に春の冷たい風が染みる。 けれど、バイクの速度を緩めるわけにはいかない理由があった。

 アルファチームが担当する現場に向かっている道中、司令部から緊急の連絡が飛び込んできた。

 内容は衝撃的だった。 アルファチームの一人が敵に捕縛されてしまったらしく、迂闊に手を出せない状況に陥っているようだ。 司令部からは一刻でも早く向かうように指示された。

 

 今日は厄日か。 嫌なことが立て続けに起きやがる。

 

 紫莉は心の中で悪態をつきながら、ハンドルを切る。 もう少し先に行けば、待機しているデルタチームの姿が見えてくるはずだった。

 走り続けること数分。 ビルの裏口にベージュ色の制服を着たサード・リコリスの集団が見えた。  

 デルタチームの面々は、紫莉のバイクのエンジン音に気づき手招きしてきた。 彼女達の前でバイクを停め降車する。 妙な視線を感じた。

 どうやら彼女達は、増援にファースト・リコリスが来ると思っていなかったらしく、紫莉の制服をじろじろと見つめてきた。

 紫莉は、一番近くにいた緑の髪留めをつけ前髪で片目が隠れたリコリスに訊ねた。

 

 

「状況は?」

「え? ええ、何も変わってないわ。 司令部からは待機するように言われてるし、フキさんからも特に連絡はきてない」

「そうですか……」

 

 

 紫莉は状況が好転してないことに落胆したが、すぐに頭を切り替えどうすれば良いのか考える。 事を長引かせると状況はますます悪化していくだろう。 痺れを切らした敵が人質を殺害する事態も想定される。

 紫莉は捕まっているリコリスを助けたかった。 別に捕まっている子が親しい間柄という訳でもなく、そもそも誰が捕まったのかは知らなかった。

 紫莉をこんな気持ちにさせているのは、小さな命の灯を絶やしてしまったことだ。 勝手な想像にはなるが、その子が病気を治す事が出来れば、両親から愛情を注がれ幸せに過ごせたかもしれない。 紫莉の人生のような事例を送る可能性が無いとも言えないが、限りなく低いだろう。

 他人からすれば独りよがりに過ぎないかもしれない。 だが、紫莉のとっては大きな贖罪のつもりだった。

 

 

「……内部に突入しましょう。 相手の裏を取り奇襲をかけ人質を救出します」

「ええ!? あなた何言ってるの。 待機命令が出ているじゃない、命令違反はまずいわよ!」

「行くのは自分だけです。 皆さんは引き続きここの警戒をお願いします」

「いくらあなたがファーストでも、一人で行くのは無謀じゃないかしら……?」

「一人で戦うことは慣れています。 何も心配要りません」

 

 

 サード達は考え直すように言ってきたが、紫莉は聞く耳を持つ気はなかった。 一人で良いのは慢心ではなくいつもの事だったからだ。

 紫莉がDAから与えられていた任務は、特殊な事例が大半だ。 標的が元特殊部隊の隊員や相手が殺傷力の高い装備を有する者達だった。

 日々訓練を積んでいるリコリスであっても、重武装の敵とまともにぶつかれば多大な損耗は免れない。

 リコリスの通常装備は“グロック21”と呼ばれる拳銃だった。 任務によっては短機関銃“クリス・ベクター”を使用するが、それでも高規格の自動小銃や機関銃相手では頼りなく感じる。 

 十年前であればリコリスでは手に負えない任務はリリベルが担当していたが、電波塔事件以降DA上層部では、リリベルよりリコリスの方が有益と判断されたようで彼らの影響力は低下した。 そうなれば、リリベルに割り当てられていた案件の一部はリコリス側に流れてくる。

 リコリス派の上層部達は、ある一人のリコリスよって手に入れた影響力を守るための存在を欲し始め、そこで紫莉に白羽の矢が立った。 DAに忠実であり任務遂行率もフキに次ぐほどで、当時のセカンド・リコリスの中でも高い評価を得ていたからだ。

 上は紫莉にファーストの階級と戦闘法に合った武器を与え、自分たちの地位を守るための駒になれと命じてきた。 直接そう言われた訳ではないが、なんとなく察したのだ。

 サード達との押し問答の末、最終的に紫莉は階級をちらつかせて決着させた。 このような場合にはファーストの階級は効果的だった。

 紫莉はバックからグロック21を取り出した。 サプレッサーを取り付け、スライドを引きセーフティは最後に解除する。 M870を使わないのは散弾では人質に当ててしまう可能性があるからだ。 スラグ弾も持ってはいるが、射撃の腕は相変わらずなので候補から外した。

 

 

「春川達は何階に?」

「六階よ。 ねえ、せめて司令部に報告は……」

「時間がありません。 失礼します」

 

 

 片目隠れの忠告を聞き流し、一度建物内部に入って非常階段への扉を探した。 外から回り込めば裏を取れると考えたからだ。 

 階段への道はすぐに見つけることが出来た。 一気に駆け上がり目的の階まで急ぐ。  

 六階に着くと標的の姿が見えてきた。 彼らに気づかれないように移動し、物陰から様子を窺うと捕縛されているセカンド・リコリスも確認できた。

 

 この人数なら素早くやればいける。

 

 紫莉は標的の斜め後ろに位置に陣取っている。 煙幕を使って相手の視界を奪い、接近して仕留めた方が良さそうと思った。 

 バックを体の前に回し、スモークグレネードを取り出そうとした瞬間だった。 金属的な怒号のような音が鳴り響いた。

 紫莉はそれが銃声だと瞬時に理解すると、被弾を防ぐため体を縮める。 弾丸が空気を切り裂く音と共に、床のコンクリートや窓ガラスを粉砕していく。

 

 気づかれたのか! 

 

 鋭利なガラス片が容赦なく降り注いでくる。 紫莉はとりわけ頭部だけは守るため、さらに体を小さくする。 やがて、銃声は鳴り止んだ。 

 上体を起こし周囲を見渡すが、巻き上げられた土埃によって、わずかな数メートル先の景色もぼんやりしか見えない。 目を凝らすと、誰かがこっちに近づいていた。

 紫莉はグロック21を構えてシルエットに向けた。 ここにいるのは武器商人一味であり、最低でも一人は生け捕りにしなければならないと、司令部から釘を刺されているため狙いは足元に向けた。 しかし、段々と視界が開けていくとシルエットの正体が分かった。

 リコリスだった。 “PKM”と呼ばれる機関銃を携えていたが、紫莉と色違いの紺色制服を着ていた。 向こうもこちらに気づいたようで、紫莉の姿を見ると目を丸くした。

 彼女は透き通るような長い黒髪を降ろし、意志の強そうな整った顔立ちをしていた。 名前は井ノ上たきな、京都から転属してきたリコリスだったはず。 

 紫莉は、たきなの存在は噂程度で聞いていたが、直接の面識はなかった。 去年から忙しく余程の事がないと本部には戻らなかったからだ。

 

 

「ファースト・リコリス? なぜ、こんな所に」

「たきな!」

 

 

 たきなに物珍しそうに見られていると、今度は聞き覚えのある声が聞こえてきた。 視界が完全に開かれると、次に紫莉の目に入ってきたのは、同階級の春川フキだった。

 フキは制服と同じような顔色をしており、激高しているのは明白だ。 拳を握りしめながらたきなを睨みつけていた。 紫莉はフキとの出会いが脳裏にちらついた。

 フキの後方に視線を動かすと、彼女のチームの隊員がいた。 一人は床に横向きにもう一人は心配そうな表情で介抱しようとしていた。 

 二人の名前は蛇ノ目エリカと篝ヒバナだ。 捕まっていたのはエリカのようで、酷く震えているのが紫莉の方からでも分かる。

 そして、どうやらたきながこの惨状を作り出した張本人のようだ。 彼女が持っているPKMがそれを物語っている。

 

 

「エリカを殺す気か……!」

「でも…… 生きてますよね?」

 

 まじかよ、こいつ。

 

 紫莉は、たきなのとんでもない発言に衝撃を受けた。 紫莉に背を向けているため、表情こそ分からないが、悪びれているようには思えなかった。

 フキの三白眼が更に鋭くなり、握っていた拳をたきなに振るった。 腰の入った強烈な右ストレートがたきなの頬に直撃し、彼女の体を大きく揺らした。 見ていた思わず紫莉は顔をしかめる。

 

 

「てめぇ、本当に自分が何をしたのか分かってねえのか──」

 

 

 フキは、倒れ込んだたきなに追い打ちをかけそうな勢いだったが、紫莉がいることに気づくとたきなと同じ反応を見せた。 あまりの怒りで、今まで紫莉の存在を認識していないようだった。

 

 

「……なんでお前がいるんだよ。 紫莉?」

「あー 援護に来たつもりだったんだが…… 必要なかったみたいだな」

「司令部の命令か?」

「それは、その……」

 

 

 紫莉は返答に困った。 確かにフキ達のフォローに回るように指示は受けていたが、内部にまで突入しろとは言われていない。 

 予定では武器商人を単独制圧し、任務を完了させるつもりだった。 これだけ大きな任務を解決すれば、多少の命令違反も目を瞑ってもらえると考えていた。 しかし、この状況はあまり良くない。 生け捕りにする目標が全て血の海に沈んでしまったからだ。

 結果的言えば任務は失敗。 紫莉は待機命令を無視して独断でこの場に来てしまったことにも捉えられる。  あの時のサードの忠告が頭をよぎる。 

 完全な言い訳にしかならないが、妙な贖罪意識と薬の影響で判断力が鈍っていた。 冷静になって考えてみればみるほど、愚かな選択をしてしまったと後悔し始めた。

 紫莉がおどおどし始めると、フキはため息をついてきた。

 

 

「……まあいい。 それは後だ。 まずは司令部に報告しなきゃならん。 ちっ、まだ通信障害が直ってやがらねえ」

「通信障害?」

 

 紫莉はフキの関心がそれたことに安堵するが、知らなかった事実に眉をひそめた。 フキにその事を訊ねようとするが、彼女は行ってしまった。 自分でも司令部との通信を試みるが、返ってくるのはノイズだけだった。

 

 ラジアータを介した通信で障害だと? 珍しいこともあるもんだ。

 

 DAの通信はラジアータによって管理されている。 この障害がもしラジアータの不調によるものなら、とんでもない事だがその考えはすぐに消した。 DAが誇るスーパーAIにそんな事が起こるのは考えにくい。 本当にラジアータの不調が原因なら今日はDAにとっても厄日だ。

 紫莉が思案にふけていると、たきながふらふらと立ち上がってきた。 彼女の白い肌は林檎のように赤くなっている。 同じ経験をした身として少しだけ同情した。

 たきなは立ったまま呆然としていた。 彼女の中ではフキに殴られた理由が見つからず、困惑しているような感じが見て取れた。

 気まずい空気が流れる。 フキは電波が良い場所を探して歩き回っており、セカンド二人は離れた場所にいる。 気の利く男ならここで優しい言葉を掛けるかもしれないが、紫莉にそれをする気はない。

 たきなから離れて何か情報集めをしてもよいが、緊張の糸が切れて紫莉の身体は疲労感や眠気を覚えだしてきたので、なるべくならここから動きたくなかった。 しかし、隣で石像のように固まっている彼女のことが気になる。

 

 

「あの…… これ、良かったら使ってください」

「え?」

 

 

 紫莉がいつも携帯している湿布を差し出すと、たきなは小さく声を上げ再び目を丸くしていた。 彼女の頬の腫れはかなり酷かったので、早めに処置しないと治りが遅くなってしまうと思ったからだ。 けれど、たきなは紫莉の顔とキットを交互に見ると、首を横に振ってきた。

 

 

「……いえ、結構です。 自前のがありますので」

「いいから」

「……ありがとうございます」

 

 最初は拒まれたが、紫莉はたきなの手を取り、半ば押し付けるように湿布を渡す。 たきなは消え入りそうな小声で頭を下げ礼を言ってくれた。

 

 悪い子ではなさそうだ。 でも、なんであんな事なんかしたんだ? 

 

 紫莉は一瞬、深く考え込んだ。たきながなぜあのような行動を取ったのか、その理由が紫莉の心を駆け巡る。 しかし、その思考は突然中断された。 

 紫莉が首を傾げ、疑問を深める中、たきなの背後にある敵の死体が微かに動くのを感じたのだ。 一瞬のうちに、紫莉の疑問は恐怖と警戒に取って代わられ、全ての注意がその動きに集中した。 生き絶え絶えの敵がうつ伏せに近い状態で、たきなの背中に拳銃の口を向けているのが目に飛び込んできたからだ。

 

 

「こ、このガキ、どもが…… くたばれ!!」

「危ない!」

 

 

 敵は震える腕を懸命に伸ばし、引き金に指を掛け今まさに力を込めようとしていた。 

 咄嗟に紫莉は叫び、たきなを払いのける形で横に突き飛ばす。 連続で花火が破裂するような音が鳴ると同時にこめかみに突き刺すような痛みが走った。

 紫莉は歯を食いしばり痛みに耐えながら、敵に駆け寄り銃を奪うため足を上げた。 しかし狙いは外れ、鉄芯入りローファーの先は彼の顎に吸い込まれていく。

 紫莉のつま先には骨を砕く嫌な感触が伝わり、歯が赤いポップコーンのように弾けた。 紫莉の顔に動揺の色が浮かび上がる。

 銃声に反応したフキが紫莉の元に血相を変えて寄ってきた。

 

 

「紫莉、大丈夫か!?」

「春川、医療キットをくれ! 商人が死ぬ!」

「馬鹿! 頭から血が出てんぞ!」

「俺のことなんてどうでも良い、こいつが死んだら、大事な情報源が無くなっちまうんだぞ!!」

 

 紫莉は唾を飛ばして、医療キットをフキに要求したが彼女の表情は険しいものだった。 そして、紫莉にとって今一番聞きたくない言葉を放ってきた。

 

 

「そいつはもう助からない……」

 

 

 フキが言わなくても紫莉には分かっていた。 彼の口から溢れ出た血が、首元まで真っ赤に染めており、体もピクピクと痙攣していた。 誰がどう見ても助かる状態には思えなかった。 けれど、紫莉は敵を延命する措置を止めることは出来なかった。

 

 死ぬな、頼むから死なないでくれ。

 

 紫莉の願いは天に届くことなく、程なくして商人は絶命するのだった。

 

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