怪力の肉食動物 作:もこきち
俺は小さいころ自分に自信がなかった。
よくある人にからかわれたからとか、毒親による虐待とかそういうものじゃない。ただ、生まれた時から漠然と自信がなかっただけだ。自信がないことがよくないことだとは思わなかったけど、周りはみんな笑顔で日々を送っている。
ただそれが少し羨ましかった。
小学生にあがってからはサッカーを習い始めた。無為に時間を過ごすのが不安だったから、何かやってみたいと親に相談したらサッカーを勧められた。地元の小さなクラブだったけど、サッカーをするのはすごく楽しくて、気が付いたら暗くなっていたこともよくあった。
自信がなかった俺だけど、サッカーを始めてから少しずつ少しずつ俺の性格も変わっていった。今までは何をするのに自信が持てずに遠回りをしてばっかだったけど、今でも楽しそうなことがあったら飛び込んでみようと思うようになった。
楽しそうなことに例外はない。人を笑わせるのが楽しそうだと思えばコントだってするし、サッカーで面白そうな相手がいたらずっと張り付いてDFすることもあった。
そうしてネガティブから遊び人にジョブチェンジして日々を過ごしていたら、自分宛に一通の手紙が届いた。日本フットボール連合というところで、中身を見てみると【強化指定選手に選出されました】という文が書かれていた。
面白そうだったのですぐに快諾。指定された集合場所に行ってみると数百人の高校生FWが集まっていた。いずれも強者とおぼしき風格があるし、実際に対戦をしたことがあるやつもいる。中には、U-18代表に飛び込み召集された逸材もいる。
交流戦でもするんだろうかとワクワクしていると、壇上に細身の男が現れた。
「おめでとう、才能の原石共よ。お前らは俺の独断と偏見で選ばれた優秀な18歳以下のストライカー300人です」
彼は己を絵心甚八と名乗り、W杯優勝するために屋われた者だと語った。理解ができずに呆けている高校生を置き去りにして、絵心は話を続ける。
「日本サッカーが世界一になるために必要なのは革命的なストライカーの誕生だ。俺はこの中から世界一のストライカーを創る実験をする」
ストライカー誕生に必要な五角形の施設を
俺はこの説明を聞いて震えた。つまりこの
この男は本気だ。本気で俺達が世界一のストライカーになるのを望んでいるし、ふるいにかけられた人間の配慮を全く考えていない。目的のために手段を選ばないその果断な姿勢は、今まで出会ってきた人間の中で最も優れていた。
周りはどうだろうと見まわしてみたら、残念ながらほとんどの学生は納得していないようだ。
この状況にどんな言葉をかけるのかと思って見ていると、反対だろう学生の一人が声を上げる。
「今の説明では同意できません。僕らにはそれぞれ大事なチームがあります! そんなわけのわからない場所に大切なチームを捨てて参加するわけにはいきません!」
「……そっかぁ。世界一のストライカーになることより、こんなサッカー後進国でのハイスクールで一番になりたいような雑魚は帰っていいよ」
レスバ強すぎかよ。
絵心にとってここで声を上げるような人間は
「今の日本に必要なことは共に歩んでいくという組織力なんかより、圧倒的な個の力だ。世界有数の革命的なストライカー達は、皆イカれた稀代のエゴイストだ」
世界一のストライカーであるノエル・ノアの『味方にアシストして1-0で勝つより、俺がハットトリック決めて3-4で負ける方が気持ちいい』という有名なセリフから、今まで世界一に輝いてきた最高のフットボーラーの話をする。
「どうだ最悪だろ!? でもこいつらがNo1なんだ! 日本サッカーに足りないのが
絵心の後ろの扉が、音を立てて左右に開く。
「進め。サッカーとはお前らストライカーの為にあるものだ。ピッチの上ではお前が主役で、それ以外は脇役だと思え。己のゴールを何よりの喜びとし、そのために生きろ。──それがストライカーだろ?」
彼の言葉を聞いた瞬間、俺は扉に向かって走り出した。体の芯が沸騰しているような熱い気持ち。こんなの滾って仕方ない。
今までやってきたサッカーは仮初だった。
──俺はここで死に物狂いのサッカーがしたい!!
俺と一緒に進んだ人間がいたが、その後全員がこの
「……252番、チームWか」
渡されたユニフォームに書かれた番号を見ながら、迷路みたいなコンクリートの壁を進んでようやく辿り着いたチームWの部屋。中に入ってみると、既に10人ほど集まっていてその全員が着替えを済ませていた。
特に知り合いもいなかったから、話しかけずにすぐにロッカーで着替えを済ませた。ぼーっと待っているのも暇だし、適当に誰か話しかけようかなと考えていると、さらに一人入ってきた。
「おっ」
俺は彼を知っている。鹿児島で飛びぬけたフィジカルと攻撃力から彼を知る者は多く、この部屋のやつもほとんどが彼を知っているようだった。
「……鹿児島の巨神兵」
だれかがぼそっと呟いた声は不思議と全員の耳に届いた。けれど噂の張本人である志熊恭平の耳には届かなかったようで、彼は無言で着替えを始める。
「おいおい、なんであんなやつと同部屋なんだ」
「わかんねぇよ! もし敵だったらどうするんだ。俺まだサッカーやめたくねぇよ」
「……と、とりあえずあんまり刺激しない方がいいかな」
「いや待て、逆に仲間の可能性もある。先に仲良くなる方がいいんじゃないか?」
隅っこでこそこそと志熊に対する対応を考えている連中を見ながら、俺もどうやって志熊に話しかけるか考えていた。
理想は「やあ志熊くん! 君と仲良くなりたいな!」「うん! 俺も仲良くなりたいと思ってたんだ!」だけど、聞く限り彼は相当なおばあちゃん子で、知らない人と喋るのは良くないことらしく全然話してくれないらしい。
かわいいなーと思う反面、面倒だなーとも思う。おばあちゃん子に悪い子はいないという俺の勝手な考えを頭の中で想起していると、話しかけるタイミングを完全に見失ってしまった。そのうち打ち解けらればいいかなと思っていたら、幸運にもその機会はすぐに訪れた。
『着替えは終わったか? 才能の原石どもよ……』
壁に取り付けられたモニターから絵心甚八が現れた。
「出た。絵心甚八」
『やあやあ。今同じ部屋にいるメンバーはルームメイトであり、高め合うライバルだ。お前らの能力は俺の独断と偏見で数値化されランキングされている。
見渡す限りではこのチームでは俺が一番上だな。志熊もいるし油断できないな。
『
こんなに都合がいいことあるのか?
他者を平気で蹴り落とすであろう絵心が、こんなおいしい餌だけを置いて俺達をあそこまで煽るのか少し疑問に思った。番号が下位なのは間違いないけど、この先いくらでも巻き返せると考えたら絵心の主張は少し弱いように感じた。
だけど、俺の疑念は絵心の次の言葉で確信に変わった。
『ただし、
やっぱりそうだったか。299人を蹴落として最後の一人になれと言っているやつが、餌だけを置いて後は頑張れなんてそんな甘いわけがなかった。
「じゃ、じゃあ俺たちはここで負けたら終わりなのかよ!」
『そうだ。だが安心しろ。サッカー後進国の高校選手権程度なら何も制限をかけるつもりはない』
呆気に取られている間に、絵心は話を続ける。
『ここで勝ち上がるには『エゴ』が必要だ。今からその素質を測るための入寮テストを行う。
──さぁ、”オニごっこ”の時間だ』
天井からガコッと扉が開いてサッカーボールが一つ落ちてくる。
『制限時間は136秒。ボールに当たった奴が”オニ”となり、タイムアップの瞬間に”オニ”だった1人が
絵心の映っていた画面が消え、代わりにチームの中で最も番号が低い者に切り替わった。
「う~俺がオニだっぺか。仕方ない、誰が負けても恨みっこなしだべ!」
ボール保持者であるバンダナくんは、自分の順位より一つ上の人間を狙ってボールを運ぶ。チーム最下位なだけあってあまりうまくないが、キックの精度はかなり高い。プレイ視野もそこそこあるし、うまく鍛えれば化けそうだ。
時間が100秒を切ったところで、バンダナくんの蹴ったボールが別の人間に当たった。
「やったべ! 後は逃げるだけだ!」
「……ちくしょう」
当てられた人間は悪態をつきながらボールをもって駆け出す。部屋の隅で固まっている連中を標的にしてボールを蹴っているが中々当たらない。時間が刻一刻と迫ってきて、残り時間が30秒を過ぎたあたりから次第に焦りが出てきた。
「やべぇ、このままじゃ……!」
当てられなかった未来を想像して絶望していると、その絶望を嘲笑うかのように自然とボールを掠め取った人間がいた。
「いただき」
「な、なにしてんだよお前!」
「このまま終わってもつまらないでしょ? だったらちょっと戦ってみたいやつがいるんだよね」
ボールを掠め取った時光は、標的の相手に向かって一直線に突き進む。
「……俺か」
「そうだよ志熊くん!」
蹴ったボールを志熊はサイドステップで右に小さくかわすと、そのまま俺が走っている方向と逆の方向に逃げた。
「俺には当てられない」
「甘いよ志熊くん!」
志熊へ蹴ったボールが壁に当たって跳ね返る。時光はその跳ね返ってきたボールをそのまま壁に向かって蹴り返す。
「! まじか」
「これはよけれないだろ?」
跳ね返ってきたボールが志熊の背中にまっすぐ進む。志熊はもう一度右によけようとするが、そこにぎりぎり追いついた時光は体をぶつけて行く手を阻止する。
「おまえっ!」
「俺の武器は
「チッ!」
残り10秒。志熊は咄嗟に体をぶつけてきた時光の力を利用し、逆方向へ体を傾ける。ボールはすぐそこまできていたが、運よく当たらずにボールは前へ転々と進んだ。勝負に勝った志熊は満面の笑みで時光を見下ろす。
「俺の勝ちだ!」
「まじかぁ、今ので当たらないか。これは俺の負けだ」
残り5秒。志熊の力がなくなった時光は持ち前のクイックネスで最後の力を振り絞り、仕方なく自分は生き残れたと安心して休んでいた人間へと、照準を絞って右足を振り切る。
弾丸のように勢いよく蹴られたボールは、
奇しくも当たった人間は時光がボールを掠め取ったやつだった。