忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第9話『時縄勇太は悪女の乙女心を溶きほぐす①』

 受験には魔物が棲んでいる。成績の上昇と低下で、心を揺れ動かされるのだ。

 それ故に、心を病んでしまい、没落する生徒が後を立たない。周りからの期待は、果てしなく大きいものだろう。俺自身も、医学部に入ると心に決めた以上、想像を絶するほどの重圧を感じている。今にも逃げ出したくなるほどのな。

 

 なぁ、彩心真優。

 お前はどうして突然予備校に来なくなったんだ?

 受験に対する悩みなんて、お前は持ってないだろ?

 予備校内の模試で、毎回名前が掲載されてるじゃないか。

 それなのに、どうしてお前は……。

 

「ねぇ、勇太。あたしの話聞いてる?」

 

 ベッドから身体を乗り出し、結愛は俺の瞳を覗き込んできた。

 少し怒ってるような心配しているような曖昧な表情。

 そんな姿も可愛いなとバカ彼氏な俺は思ってしまう。

 それにしても……どうして俺はあんな奴のことなんかを。

 悪い悪いと謝るのだが、結愛は眉毛を縮めて。

 

「もしかして疲れてるんじゃない?」

 

 流石は俺の彼女だ。俺の体調をしっかりを把握している。

 正直な話、最近の俺は寝不足が続いている。

 彩心真優と関わることが多くなってから、俺は勉強時間があまり取れていなかった。

 でも、元凶が消えた今、俺はアイツに奪われた時間を取り戻そう。

 そう思い、徹夜を何度も続けて、勉学を進めているわけなのである。

 しかし、愛する彼女の手前、俺は心配させるようなことは絶対に言わない。

 

「疲れて何かないよ。結愛の笑顔見たら、一瞬で元気に元どおりだぜ」

 

 結愛が白い手を伸ばしてきた。

 顔を押さえられ、身動きが取れなくなる。

 真正面に映るのは、この世界で最も可愛い彼女の姿。

 結愛は唇をすぼめながらも、俺へとゆっくり近づいてくる。

 

 おいおい、結愛。これはキスしてってことなのか……?

 そういうことだよな……? そういうことでいいんだよな?

 もう俺は迷わないぜ。

 任せろ、俺が結愛の唇を軽やかに奪ってやるぜ!!

 と、思い、俺自身もタコのように唇を尖らせた瞬間。

 

「ほら、やっぱり目に大きなクマができてるよ!!」

 

 だよね……うん。

 少しでも期待した俺がバカでした。

 知ってたよ。うん、知ってた。

 結愛が自分から積極的になることはないわな。

 邪な気持ちが働いた俺の負けでした。

 

「……ほら、やっぱりぼぉーとしてるじゃん」

 

 チーンと魂を今にも浄化されそうな俺を見て、結愛は指摘してくる。

 久々に結愛とキスできるかもと思っていただけに反動が大きいのだ。

 こんな病院内でキスするなんて、雰囲気もへったくれもないんだけどさ。

 

「これは違うんだが……」

「言い訳は聞きません!!」

 

 本懐結愛は一度言ったら、聞き分けのない奴だ。

 でも、そこには優しさがあって、俺は頬が緩んでしまう。

 

「今日は早めに帰って疲れを取ったほうがいいよ」

「俺は結愛と一緒に居たいんだけど?」

「……別にLIMEとかでも連絡は取れるじゃん」

「た、確かに……」

「それにさ、あたしは勇太のことが心配なんだよ」

 

 一生懸命勉強に励む彼氏。

 俺はそれがカッコいいと思っていた。

 だが、結愛には「心配だ」と思わせていたなんて。

 確かに、無理して頑張る奴を見ていたら、不安に思っちゃうよな。

 これ以上、結愛に迷惑も心配も掛けたくないので、俺は帰ることにした。

 

「んじゃあ、今日はもう帰るぞ」

「うん。気を付けてね!!」

「分かってるって。結愛もお大事にな」

 

 愛しの彼女に見送られながら、俺は病室を出る。

 何だか、新婚さん気分になったのは内緒である。

 でもいつの日かこんな日常が当たり前になるのだろう。

 だって、俺と結愛は結婚すると思うから。と言っても、その気持ちは俺だけかもしれないがな。結愛がどう思っているのか知らないので、俺だけ浮かれてる可能性も十分あり得るが。

 

 やべぇ、俺って意外と乙女チック……??

 

◇◆◇◆◇◆

 

 梅雨は嫌いだ。突然、雨が降り出すから。

 愛する彼女と楽しいひとときを過ごしたのに。

 その楽しさが吹き飛ぶほどの大雨だ。家に帰ったら、速攻でお風呂に入ろう。

 そう決意しながらも、俺は人様を苛立たせる雨に負けずと抵抗した。

 

 坂の上にある病院からの帰り道は、スピードが嫌でも出てしまう。

 俺はブレーキを掛けながら走行するのだが、最近は「キィーキィー」と奇怪な音が鳴るようになった。雨音で、今日は隠せているかもしれない。だが、正直音が鳴るのは恥ずかしいものだ。一目がないのが、唯一の救いだが。理由は定かではないが、結構年季が入ったママチャリなのだ。でも、ブレーキが掛からないというわけでもない。なので、わざわざ買い換える必要はないだろう。

 

 愛車への思いを馳せながらも、俺は坂を下り終え、車道へと出る。

 その後は、快調な滑り出しであった。タイヤが擦り減り、多少ハンドルが取られることもあった。

 だが、スリップすることもなく、順調だったのに——。

 

 俺は目撃してしまった。進行方向の前方に人影があることに。

 その人影は、膝を付けた状態で道路に蹲み込んでいた。

 変な奴が居るんだなと、最初は思っていた。

 だが、近くにつれて、その影が見覚えがあるものへと変わっていく。

 

「……な、何やってるんだよ。あ、アイツ……こ、こんなところで」

 

 傘も刺さずに、天から落ちる雨を直に受ける彩心真優の姿を。

 しかし、本日の彼女は普段通りの輝きを発していなかった。

 いつもならば宇宙から落ちてきた未知の生命体のように、輝きを放つ粒子を撒き散らしているのにも関わらず。今だけは、その影を持つ少女はただの石ころであった。

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