忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第11話『時縄勇太は悪女の乙女心を解きほぐす③』

「いいよ、別に。これは私の問題だから」

 

 これ以上関わってくるな。

 そんな声色だが、俺は気にしない。

 お節介焼きを通り越して、面倒な奴だという自負はある。

 

「二人で探したほうが早いだろ? 気にするなよ」

「いや、だ、だから……私はこれ以上アンタにッ——!!」

 

 彩心真優の口が荒々しくなる。「アンタ」なんて口調を使うなんてな。

 からかっているときは、得意顔で「時縄くん」なんて言ってくる癖に。

 心の中を掻き混ぜられているのだろう。だが、俺も「お前」と呼び捨てしてるし、お互い様だ。

 

「関わって欲しくないんだろ? それぐらいは分かってるよ」

「なら、なんで? どうしてこんなに付き纏ってくるのよ! 一人にさせてくれないのよ!!」

「二人で探したほうが早いからだよ。ただそれだけの話だ」

「で、でも……」

「ウジウジしてる時間があるなら、さっさと教えろ。俺も暇じゃないんだからな」

 

 彩心真優も合理的な判断ができたようだ。

 一人で探すよりも二人で探した方が早い。

 単純な仕事算の問題である。

 断っても無駄。コイツは諦めても、付き纏ってくる。

 彩心真優はそう判断したのか、「はぁ〜」と長い溜め息を吐いてから。

 

「……時縄くんと一緒に自転車乗ったでしょ? 多分、そのときに落としたかも」

 

 彩心真優を祖母の元まで連れて行った日か。

 もう1週間前の話じゃないか。

 

「そのときに落としたって? 自転車に乗ってるときってことか?」

「……う、うん」

 

 工場跡地から病院までの道のり。

 距離にして1〜2キロはある。それを探せということか。

 現在の視界は雨も降ってて極めて悪い。だが、全然見えないわけではない。

 

「よしっ!! 今から探すぞ!!」

 

 気合いを入れてみたんだけど、俺は重要な情報を忘れていた。

 

「それで、思い出の品ってのは?」

「ええとね。それは————」

 

 彩心真優はスマホを取り出し、一枚の写真を見せてきた。

 小さなシロクマのキーホルダーだ。

 もふもふした素材を使ったぬいぐるみである。

 そういえば、彼女が持ち歩くリュックサックに付いていたかもな。

 

「何? 私がこんな可愛い趣味してたらダメなの?」

「そ〜いうわけじゃないよ。人様から貰ったものを大切にするんだなと」

「これはね、おばあちゃんが北海道行ったときのお土産なの」

 

 お土産で貰ったキーホルダーを今でも大切に持っている。

 正直、家族や親戚に貰ったものでさえ、何処にしまったのかは分からない。

 だが、結愛からのプレゼントは別だ。

 中学の頃に結愛から貰った手編みのマフラーは今でも使ってるし。

 

「で、どこまで探したんだ?」

「基本的には、全部探した。でも、全然見つからない」

「なるほど。なら、今から手当たり次第に探すしかないな」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 俺も一度だけ、スマホを落としたことがある。

 後日、警察署から電話が掛かってきて、見つかったと連絡が来た。それを受け取る際に聞いた話なのだが……。

 俺たちが住む田舎町では、8割から9割の確率で、スマホや財布などの貴重品は本人の元へと戻ってくるらしい。

 でも、それ以外のもの。言わば、雑貨などの類は戻ってくる確率は、1%あるかないかだと語っていた。

 

 つまり、見つかる確率は極めて低いわけだが……。

 

「……やっぱり、俺の見間違いってわけじゃなさそうだな」

 

 工場跡地から病院までの道のりを何度も行き来した。

 普段は、予備校の机と向き合っている。なので、久々に体を動かすのは、気持ちが良かった。

 だが、数時間経っても止まない雨に、俺は徐々に体力を奪われていく。体温が冷え、急激に身震いしてしまうほど。勿論、自転車を漕いで、無理矢理体温を上げたけど……。

 

「もう帰ろう。多分、そ〜いう運命なんだよ。きっと」

 

 顔を俯かせたまま、彩心真優はそう呟いた。

 俺が来る前から、彼女はずっと探し続けていたのだ。

 もう精神的にも肉体的にも限界なのかもしれない。

 

「嫌だ。俺は絶対見つけるまで帰らない」

「もういいよ、別に。ありがとう、一緒に手伝ってくれて」

 

 彩心真優は心の中で一区切り付けたのだろう。

 お開きモード全開な口調で続けて。

 

「ねぇ、もう帰ろう。時縄くんだって、早く勉強したいでしょ?」

 

 あぁ、そうだ。

 俺はさっさと家に帰って、勉強がしたい

 少しでも自分の成績を上げるために、時間を使いたいからな。

 だが、諦めることはできない。

 

「なぁ、彩心真優。お前は本当にそれでいいのか?」

「いいって言ってるでしょ。こんなに探しても見つからないんだもん」

 

 にへっと、口元を薄めながら。

 

「もしかしたら、誰かが拾ったのかもね。もしくは、車に潰されてしまったのかも。他にも、餌と間違えて、鳥が咥えちゃった可能性もあるし……だから、仕方ないんだよ、今回の件は」

 

 彩心真優の意見は、正しいかもしれない。

 合理的な判断をすれば、1週間以上も前に失くしたものを探すのは困難だ。

 

「でも、それでいいのよ、もう。おばあちゃんだって、何の恩返しもしなかった孫にはバチを与えたかったのかも。何かしようと思ったら、何でもできたはずなのに。それをしなかった孫には————」

 

 悲劇のヒロイン振る彩心真優。

 あまりにも自嘲気味なことばかり言うので、俺は言葉を被せてしまう。

 

「だから、お前は諦めるのか?」

「……諦めるしか道はないの。アンタだって、もうヘトヘトじゃない」

「あぁ、確かにヘトヘトだ。さっさと家に帰って、風呂でも浴びたい気分だよ」

 

 俺は本心を伝えた。

 

「なら、さっさと家に帰りなさいよ!! 私のことなんて忘れてしまえばいいじゃない。それで全部解決する話じゃない!! それなのに、どうしてアンタは帰らないのよ!!」

 

 あぁ、頑張った。俺たちは頑張って探し続けた。

 でも、見つけることはできなかった。

 そんなオチで良い気もする。だが、しかし——。

 

「お前にとって、それは大切な物なんだろ?」

 

 人間には譲れないものが、誰にでもある。

 俺にとって、それは本懐結愛だ。本懐結愛を救うためなら、この命を投げ出してもいいと本気で思っている。それぐらい、俺はアイツを本気で好きなのだ。アイツのことを本気で愛しているのだ。

 重すぎると言われても構わないさ。事実なのだから。嘘が混じっていない本音なのだから。

 そして、彩心真優にも、その譲れないものがあった。自分の大切なものだからこそ、受験生の癖に、予備校をサボってまで、彼女はずっと探し続けていたのだ。祖母との思い出を。

 

「そ、それは……」

 

 彩心真優の返答は、歯切れが悪くなる。

 彼女にとって、掛け替えのない思い出なのだろう。

 清算したくても清算することができないものなのだろう

 

「俺は医者じゃない。でも、医学の道を歩もうとしている者だ」

 

 耳触りな雨音が一層酷くなる。

 だが、俺は構うことなく、続けて。

 

「医者は体の傷を治すことはできる。でも、心の傷までは治すことはできない」

 

 どんなに優れた医者でも、心の傷を治せない。

 人の心を完璧に把握することが不可能だからだ。

 

「…………だ、だま……り、なさい……」

「お前がばあちゃんから貰った形見は大事なもんなんだろ」

「…………だ、黙りなさい」

「ここで引き下がったら、お前の心の傷は癒えないままだ」

「黙れッ!! 黙れッ!! 黙れッ!! 黙れッ!! 黙れッ!!」

 

 彩心真優が叫ぶ。

 青白い顔。真っ赤に充血した瞳。

 声を聞く限りでは、怒っているようにしか聞こえない。

 でも、違う。彼女は肩を大きく揺らして震えていたのだ。

 

「お前だって、分かってんだろ? それが諦めたくても、諦めないぐらい大切なものだってことぐらい。それを失くしちまったら、今後の人生で何度も後悔するってことぐらい。俺よりも何倍も頭がいいお前なら、そこまで全部分かってるんだろ?」

 

 図星を突かれて、彩心真優の身体がピクリと反応する。

 

「だから、俺は絶対諦めない。それだけの話だ」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 その後も、俺たちは捜索を続けた。

 自転車で何度も行き来し、道路上にある可能性はないと判断した。残るは工場跡地だけとなり、隈なく探しているのだが。

 

「諦めが悪いよ。もう帰ろうよ」

「生憎、俺の辞書に『諦める』という文字はないんだよ」

「風邪引くわよ。それでもいいの?」

 

 彩心真優はいつもの段差に座っている。

 途中休憩を挟まないと、やっていられないのだ。

 と言っても、俺は集中力が切れずに探し続けているが。

 

「俺はバカだからな。風邪は引かないんだよ」

 

 そう呟きながらも、俺は作業を続行する。

 

「それに雨も止んだ。追い風が来てるんだよ」

 

 工場跡地は野原だ。

 人のくるぶしぐらいの草木が生い茂っている。

 なので、俺は草を掻き分けながら探していると。

 

「にゃ〜ん」

 

 俺の前に一匹の黒猫が現れた。

 ここに来たときには、屋根の下に居たのに。

 いつの間にか、遊びに出かけていたらしい。

 

「にゃこ丸、お前も一緒に探してくれるのかぁ〜?」

 

 そう訊ねたとき、俺は気付いた。

 にゃこ丸の口に、何かが咥えられていることに。

 にゃこ丸は俺の前に来ると、咥えていたものを落とした。

 それは、小さなシロクマのぬいぐるみだ。

 数時間以上前に、彩心真優が見せてくれた写真と同じもの。

 

「デカしたぞ!! にゃこ丸」

 

 見つかった。

 無性に嬉しくなって、俺はにゃこ丸を抱き寄せる。

 それから、赤ちゃんのように「高い高い」と持ち上げようとするのだが、「にゃにゃ!!」と爪で引っ掻かれてしまう。

 

「ちょっとにゃこ丸にちょっかい出さないでよね」

 

 彩心真優が腕を組んで歩いてきた。

 にゃこ丸を取られたと思い、ご立腹のようだ。

 

「見つかったぞ」

「えっ……?」

「ほら、これじゃないのか?」

「………………」

 

 彩心真優が固まった。

 もう見つからないと思っていたことだろう。

 それが、遂に見つかったのだ。

 彼女の瞳から涙が溢れ出す。

 止めようと思っても、止まらないだろう。

 でも、彼女は決して涙を拭うこともなく。

 

「おいおい。泣くなよ」

「…………あ、ありがとう」

「ん? ごめん。もう一回いいか?」

「ありがとうと言ったのよ……聞き返すなッ!!」

 

 正論すぎる返答を貰った。

 だが、数時間まで死んだ顔をしていた彩心真優。

 彼女の表情に、笑みが戻った。それが無性に嬉しかった。

 

「なぁ、彩心」

 

 それに、俺は思う。

 彩心真優には、悲しい顔は似合わないと。

 彼女にふさわしいのは——。

 

「やっぱり、お前は笑っていたほうがいいと思うぜ」

「……時縄くんに言われる筋合いはないわ」

 

 でも、と呟きながら。

 

「でも……そのあ、ありがとう。必死に探してくれて」

「どういたしまして」

「また借りを作ってしまったわね……」

「借り? 何言ってんだ。今回のは、俺の自己満だろ?」

「で、でも……」

「もしも、礼を返したいというなら、クラフトコーラでも奢ってくれよ。それで全部チャラだ。それでいいだろ……?」

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