「いいよ、別に。これは私の問題だから」
これ以上関わってくるな。
そんな声色だが、俺は気にしない。
お節介焼きを通り越して、面倒な奴だという自負はある。
「二人で探したほうが早いだろ? 気にするなよ」
「いや、だ、だから……私はこれ以上アンタにッ——!!」
彩心真優の口が荒々しくなる。「アンタ」なんて口調を使うなんてな。
からかっているときは、得意顔で「時縄くん」なんて言ってくる癖に。
心の中を掻き混ぜられているのだろう。だが、俺も「お前」と呼び捨てしてるし、お互い様だ。
「関わって欲しくないんだろ? それぐらいは分かってるよ」
「なら、なんで? どうしてこんなに付き纏ってくるのよ! 一人にさせてくれないのよ!!」
「二人で探したほうが早いからだよ。ただそれだけの話だ」
「で、でも……」
「ウジウジしてる時間があるなら、さっさと教えろ。俺も暇じゃないんだからな」
彩心真優も合理的な判断ができたようだ。
一人で探すよりも二人で探した方が早い。
単純な仕事算の問題である。
断っても無駄。コイツは諦めても、付き纏ってくる。
彩心真優はそう判断したのか、「はぁ〜」と長い溜め息を吐いてから。
「……時縄くんと一緒に自転車乗ったでしょ? 多分、そのときに落としたかも」
彩心真優を祖母の元まで連れて行った日か。
もう1週間前の話じゃないか。
「そのときに落としたって? 自転車に乗ってるときってことか?」
「……う、うん」
工場跡地から病院までの道のり。
距離にして1〜2キロはある。それを探せということか。
現在の視界は雨も降ってて極めて悪い。だが、全然見えないわけではない。
「よしっ!! 今から探すぞ!!」
気合いを入れてみたんだけど、俺は重要な情報を忘れていた。
「それで、思い出の品ってのは?」
「ええとね。それは————」
彩心真優はスマホを取り出し、一枚の写真を見せてきた。
小さなシロクマのキーホルダーだ。
もふもふした素材を使ったぬいぐるみである。
そういえば、彼女が持ち歩くリュックサックに付いていたかもな。
「何? 私がこんな可愛い趣味してたらダメなの?」
「そ〜いうわけじゃないよ。人様から貰ったものを大切にするんだなと」
「これはね、おばあちゃんが北海道行ったときのお土産なの」
お土産で貰ったキーホルダーを今でも大切に持っている。
正直、家族や親戚に貰ったものでさえ、何処にしまったのかは分からない。
だが、結愛からのプレゼントは別だ。
中学の頃に結愛から貰った手編みのマフラーは今でも使ってるし。
「で、どこまで探したんだ?」
「基本的には、全部探した。でも、全然見つからない」
「なるほど。なら、今から手当たり次第に探すしかないな」
◇◆◇◆◇◆
俺も一度だけ、スマホを落としたことがある。
後日、警察署から電話が掛かってきて、見つかったと連絡が来た。それを受け取る際に聞いた話なのだが……。
俺たちが住む田舎町では、8割から9割の確率で、スマホや財布などの貴重品は本人の元へと戻ってくるらしい。
でも、それ以外のもの。言わば、雑貨などの類は戻ってくる確率は、1%あるかないかだと語っていた。
つまり、見つかる確率は極めて低いわけだが……。
「……やっぱり、俺の見間違いってわけじゃなさそうだな」
工場跡地から病院までの道のりを何度も行き来した。
普段は、予備校の机と向き合っている。なので、久々に体を動かすのは、気持ちが良かった。
だが、数時間経っても止まない雨に、俺は徐々に体力を奪われていく。体温が冷え、急激に身震いしてしまうほど。勿論、自転車を漕いで、無理矢理体温を上げたけど……。
「もう帰ろう。多分、そ〜いう運命なんだよ。きっと」
顔を俯かせたまま、彩心真優はそう呟いた。
俺が来る前から、彼女はずっと探し続けていたのだ。
もう精神的にも肉体的にも限界なのかもしれない。
「嫌だ。俺は絶対見つけるまで帰らない」
「もういいよ、別に。ありがとう、一緒に手伝ってくれて」
彩心真優は心の中で一区切り付けたのだろう。
お開きモード全開な口調で続けて。
「ねぇ、もう帰ろう。時縄くんだって、早く勉強したいでしょ?」
あぁ、そうだ。
俺はさっさと家に帰って、勉強がしたい
少しでも自分の成績を上げるために、時間を使いたいからな。
だが、諦めることはできない。
「なぁ、彩心真優。お前は本当にそれでいいのか?」
「いいって言ってるでしょ。こんなに探しても見つからないんだもん」
にへっと、口元を薄めながら。
「もしかしたら、誰かが拾ったのかもね。もしくは、車に潰されてしまったのかも。他にも、餌と間違えて、鳥が咥えちゃった可能性もあるし……だから、仕方ないんだよ、今回の件は」
彩心真優の意見は、正しいかもしれない。
合理的な判断をすれば、1週間以上も前に失くしたものを探すのは困難だ。
「でも、それでいいのよ、もう。おばあちゃんだって、何の恩返しもしなかった孫にはバチを与えたかったのかも。何かしようと思ったら、何でもできたはずなのに。それをしなかった孫には————」
悲劇のヒロイン振る彩心真優。
あまりにも自嘲気味なことばかり言うので、俺は言葉を被せてしまう。
「だから、お前は諦めるのか?」
「……諦めるしか道はないの。アンタだって、もうヘトヘトじゃない」
「あぁ、確かにヘトヘトだ。さっさと家に帰って、風呂でも浴びたい気分だよ」
俺は本心を伝えた。
「なら、さっさと家に帰りなさいよ!! 私のことなんて忘れてしまえばいいじゃない。それで全部解決する話じゃない!! それなのに、どうしてアンタは帰らないのよ!!」
あぁ、頑張った。俺たちは頑張って探し続けた。
でも、見つけることはできなかった。
そんなオチで良い気もする。だが、しかし——。
「お前にとって、それは大切な物なんだろ?」
人間には譲れないものが、誰にでもある。
俺にとって、それは本懐結愛だ。本懐結愛を救うためなら、この命を投げ出してもいいと本気で思っている。それぐらい、俺はアイツを本気で好きなのだ。アイツのことを本気で愛しているのだ。
重すぎると言われても構わないさ。事実なのだから。嘘が混じっていない本音なのだから。
そして、彩心真優にも、その譲れないものがあった。自分の大切なものだからこそ、受験生の癖に、予備校をサボってまで、彼女はずっと探し続けていたのだ。祖母との思い出を。
「そ、それは……」
彩心真優の返答は、歯切れが悪くなる。
彼女にとって、掛け替えのない思い出なのだろう。
清算したくても清算することができないものなのだろう
「俺は医者じゃない。でも、医学の道を歩もうとしている者だ」
耳触りな雨音が一層酷くなる。
だが、俺は構うことなく、続けて。
「医者は体の傷を治すことはできる。でも、心の傷までは治すことはできない」
どんなに優れた医者でも、心の傷を治せない。
人の心を完璧に把握することが不可能だからだ。
「…………だ、だま……り、なさい……」
「お前がばあちゃんから貰った形見は大事なもんなんだろ」
「…………だ、黙りなさい」
「ここで引き下がったら、お前の心の傷は癒えないままだ」
「黙れッ!! 黙れッ!! 黙れッ!! 黙れッ!! 黙れッ!!」
彩心真優が叫ぶ。
青白い顔。真っ赤に充血した瞳。
声を聞く限りでは、怒っているようにしか聞こえない。
でも、違う。彼女は肩を大きく揺らして震えていたのだ。
「お前だって、分かってんだろ? それが諦めたくても、諦めないぐらい大切なものだってことぐらい。それを失くしちまったら、今後の人生で何度も後悔するってことぐらい。俺よりも何倍も頭がいいお前なら、そこまで全部分かってるんだろ?」
図星を突かれて、彩心真優の身体がピクリと反応する。
「だから、俺は絶対諦めない。それだけの話だ」
◇◆◇◆◇◆
その後も、俺たちは捜索を続けた。
自転車で何度も行き来し、道路上にある可能性はないと判断した。残るは工場跡地だけとなり、隈なく探しているのだが。
「諦めが悪いよ。もう帰ろうよ」
「生憎、俺の辞書に『諦める』という文字はないんだよ」
「風邪引くわよ。それでもいいの?」
彩心真優はいつもの段差に座っている。
途中休憩を挟まないと、やっていられないのだ。
と言っても、俺は集中力が切れずに探し続けているが。
「俺はバカだからな。風邪は引かないんだよ」
そう呟きながらも、俺は作業を続行する。
「それに雨も止んだ。追い風が来てるんだよ」
工場跡地は野原だ。
人のくるぶしぐらいの草木が生い茂っている。
なので、俺は草を掻き分けながら探していると。
「にゃ〜ん」
俺の前に一匹の黒猫が現れた。
ここに来たときには、屋根の下に居たのに。
いつの間にか、遊びに出かけていたらしい。
「にゃこ丸、お前も一緒に探してくれるのかぁ〜?」
そう訊ねたとき、俺は気付いた。
にゃこ丸の口に、何かが咥えられていることに。
にゃこ丸は俺の前に来ると、咥えていたものを落とした。
それは、小さなシロクマのぬいぐるみだ。
数時間以上前に、彩心真優が見せてくれた写真と同じもの。
「デカしたぞ!! にゃこ丸」
見つかった。
無性に嬉しくなって、俺はにゃこ丸を抱き寄せる。
それから、赤ちゃんのように「高い高い」と持ち上げようとするのだが、「にゃにゃ!!」と爪で引っ掻かれてしまう。
「ちょっとにゃこ丸にちょっかい出さないでよね」
彩心真優が腕を組んで歩いてきた。
にゃこ丸を取られたと思い、ご立腹のようだ。
「見つかったぞ」
「えっ……?」
「ほら、これじゃないのか?」
「………………」
彩心真優が固まった。
もう見つからないと思っていたことだろう。
それが、遂に見つかったのだ。
彼女の瞳から涙が溢れ出す。
止めようと思っても、止まらないだろう。
でも、彼女は決して涙を拭うこともなく。
「おいおい。泣くなよ」
「…………あ、ありがとう」
「ん? ごめん。もう一回いいか?」
「ありがとうと言ったのよ……聞き返すなッ!!」
正論すぎる返答を貰った。
だが、数時間まで死んだ顔をしていた彩心真優。
彼女の表情に、笑みが戻った。それが無性に嬉しかった。
「なぁ、彩心」
それに、俺は思う。
彩心真優には、悲しい顔は似合わないと。
彼女にふさわしいのは——。
「やっぱり、お前は笑っていたほうがいいと思うぜ」
「……時縄くんに言われる筋合いはないわ」
でも、と呟きながら。
「でも……そのあ、ありがとう。必死に探してくれて」
「どういたしまして」
「また借りを作ってしまったわね……」
「借り? 何言ってんだ。今回のは、俺の自己満だろ?」
「で、でも……」
「もしも、礼を返したいというなら、クラフトコーラでも奢ってくれよ。それで全部チャラだ。それでいいだろ……?」