忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第12話『時縄勇太は最愛の彼女に甘えてしまう①』

「ううう……く、苦しい……」

 

 身体の自由を奪う倦怠感と頭痛を伴う高熱。

 梅雨の湿気を受け、羽毛布団の中は熱気に満ち、大量の汗が溢れ出している。それにも関わらず、俺は寒気が止まらず、歯をガクガク震えてしまっていた。

 

「もう無茶ばっかりするからだよ、勇太」

 

 あぁ、その通りだ。無茶ばっかりしたからだろう。

 受験生なのに、俺——時縄勇太は風邪を引いてしまったのだ。

 バカである。大馬鹿ものである。

 第一優先は、受験勉強だと分かりきっているのに。

 それなのにあの女——彩心真優を助けてしまったばっかりに。

 俺は体調を崩し、寝込んでいるわけである。

 と言えども、後悔はない。うん、多分ないはずだ。

 あの日見た、彩心真優の笑顔を見れただけで、十分良かった。

 やっぱり、人様の役に立てるのはいいことである。

 

「今後はあたし中心じゃなくて自分中心で生活してね」

 

 ん? 待て待て。

 今、何か声が聞こえてきたような……?

 

「勇太は昔から無茶ばっかりするから心配なんだよ」

 

 嘘だろと思った。

 俺を見下ろす形で、愛する彼女の姿が見えるのだ。

 風邪を拗らせてしまい、どうやら幻覚でも見ているのだろう。

 ……このままでは、体調を治すまでにどれだけ時間が——。

 

「????」

 

 いや、はっきり見えてるな。幻覚ではありえない。

 長年幼馴染みをやってきているのだ。

 見間違えるはずがないさ、愛する彼女のことを。

 

「……ど、どうしてここに結愛が居るんだ?」

 

 とりあえず、俺は疑問を呈してみた。

 すると、可愛らしい我が彼女は困った表情を浮かべて。

 

「もうぉ〜さっきも説明したじゃん。忘れちゃった?」

 

 頭がクラクラしていた頃に、適当に返事していたらしい。

 そんな俺を心配げに眺めつつも、結愛はもう一度説明してくれる。次は絶対に聞き逃さないから安心してくれよ。

 

「お見舞いだよ、お見舞い。勇太のお母さんに聞いて飛んできたの。体調崩してるって聞いたからさ」

 

 心配を掛けないように、俺は黙っていたのに。

 母親の野郎が告げ口していたらしい。クッソタレが。

 

「お前大丈夫なのか?」

「失礼だな、勇太は。あたしは病弱かもしれない」

 

 でも、と呟いてから。

 

「でもずっと病室に居るような女の子でもないんだよ」

 

 今日は何日だと思い、スマホを手に取る。

 俺が体調を崩した日は、三日前だった。

 ということは、既に数日が経過しているのだ。

 そして、今日は————。

 

「悪い。俺のせいで、今日のデート行けなくなって」

 

 外出許可が降りたので、一緒にデートに行こう。

 結愛からそう誘ってくれたのに、俺は風邪を拗らせちまった。あまりのキツさに時間感覚を失い、デートのことを忘れちまっていた。彼女との大切な時間だというのになぁ。

 

「あたしは全然気にしてないよ、勇太」

 

 それにさ、と言いながら、結愛は俺の手を握ってきた。

 彼女の手は、冷たかった。発熱している俺にとっては、熱冷めシート的な役割を果たしている。気持ちいいので、そのままずっと触っていてほしいものだ。

 

「今日もデートみたいなものだし。お家デート。えへへ」

 

 結愛はくしゃぁっとした笑みを浮かべた。

 俺はその姿を見るだけで、心が和むのだ。

 人の心を癒す能力があると言ってもいいね。

 もしも、俺が医学部に進学したら、本懐結愛の笑顔を研究しようかな。愛する彼女の笑顔は人の心を癒すのかとね。

 

 そんなバカ彼氏足る想像を膨らませていると——。

 

「あ、そうだ!!」

 

 と呟きながら、結愛が勢いよく立ち上がった。

 手を離して欲しくなかったが、後追いはできない。

 まるで、子供みたいな反応してたら、俺のカッコよさが半減してしまうからな。熱を引いたら、心が寂しくなって誰かに甘えたくなる。そんな話を聞くが、アレはマジだな。

 

「何か食べたいものとかある?」

「結愛って料理とか作れるの?」

「それってどんな意味かな?」

 

 ニコニコ笑顔で訊ねられてしまう。

 俺、何か言っちゃいけないこと言いました?

 

「え〜とさ、結愛の料理は美味しいから困るなぁ〜って」

「正直に答えなよ、勇太。誤魔化しは効かないよ?」

 

 下手な嘘では流石に無理か。

 幼馴染みの目を誤魔化そうとしても無駄か。

 俺は諦めて、正直に話すことにした。

 

「メシマズ展開が来る予感が……」

「失礼だね、あたしでも作れるよ」

「本当に?」

「……簡単な料理ぐらいなら、あたしでも」

「いや……これでも前科があるからな。結愛は」

 

 時は遡ること、俺たちが小学校五年生の頃の話。

 家庭科の授業で、ハンバーグを作ることになった。

 俺の大好物であるハンバーグが食べられる。

 それも、大好きな幼馴染み——本懐結愛が作るのだ。

 当時の俺は、さぞかし上手い飯が食えると思っていた。

 だが、しかし、その日の昼食で食った飯は、焦げたものだったのだ。

 

「もう昔の話でしょ? いつまでその話を引っ張るのかな?」

「……アレは衝撃的な出来事だったからな。ついつい思い出して」

「勇太にイイことを教えてあげる!!」

 

 変なセミナーを開くインチキ小金持ちインフルエンサーのように。

 

「人間は成長するんだよ!! いつまでも同じ人間はどこにもいないよ!」

「それは一理あるかもしれないな。あまり期待はしないで待ってるよ」

「期待はしてよ!!」

「カップ麺でもいいんだぞ」

「カップ麺は料理じゃありません!」

 

 ふんっと鼻を鳴らしながら、結愛は腕を組んだ。

 料理できない扱いされて、余程悔しいのだろう。

 たださ、別に女性が作る必要はないと思うけどな。

 結愛と結婚するなら、俺が毎朝ご飯を作ってあげるのに。

 

「あたしの手料理食べられるの貴重だよ?」

「確かに、普段は全く料理しないもんな」

「病院に居るからできないだけだよ!!」

 

 今のはちょっと失礼だったかもな。

 結愛だって、嫌だから料理しないわけでもないし。

 あくまでも、病院生活中だからできないだけでさ。

 

「でも、今のうちに勉強しとかないと」

「ん?」

「あたしだって、花嫁修行しないと」

「花嫁修行? 誰と結婚するの?」

「決まってるじゃん。勇太だよ?」

 

 俺と結愛は両思いだ。

 俺は彼女が大好きで。彼女も俺が大好きで。

 なんて、素晴らしいことだろう。

 神様、俺に生命を与えてくれてありがとう。

 たださ……。

 

「勇太、何その困った反応は?」

「結婚はちょっと気が早いかなと」

「スタートダッシュが大切なんだよ!!」

「気持ちは分かるぞ。お前ら何年も付き合ってるんなら、さっさと結婚しろと思っちゃうこととかあるもんな」

 

 うん、と頷いたあと、結愛は小さな声で呟く。

 

「それに私は病弱だから……」

 

 病魔に侵されている彼女は心細い声色で。

 

「いつまで生きられるか分からないもん」

 

 本懐結愛が患っているのは、心臓に関する病だ。

 生まれつき不整脈の気質があったらしく、激しい運動や感情を大きく昂らせてしまうと、ぶっ倒れてしまうのである。

 不整脈が起きるのは、突然起きるので対処の仕様がない。

 実際、不整脈を原因に、心不全、心筋梗塞などを起こす者は多く、年間死亡率は4%を超えている。

 

「心配するなって、俺が絶対治してやるからさ」

「……風邪を引いてる勇太に言われてもねぇー」

「風邪はな、治療薬がないんだよ」

「流石は将来医者になる人だね。詳しい」

「人づてに聞いた話だけどな」

 

 話は終わりだ。

 そう言わんとばかりに、結愛は立ち上がった。

 それから背中を向けた状態で、彼女はいう。

 

「おかゆでいいよね、別に」

「うん。頼むよ、飛び切り美味しいおかゆをさ」

「よしっ。なら、張り切って作っちゃうぞ〜!!」

 

 明るい声で彼女はいい、台所へと向かっていく。

 だが、俺は見逃さなかった。

 彼女が歩みを進めるにつれて、水滴が落ちていることに。

 

「……俺に気を遣いやがって」

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