忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第14話『時縄勇太は最愛の彼女に甘えてしまう③』

 数十分にも及ぶ深い愛情伴うキス。

 お互いの酸素を奪い合い、窒息死しそうになるまで続けた。

 酸欠状態から解放された現在、脳内に幸福感が一気に迸る。

 

「……これぐらいすればもう大丈夫だよね?」

 

 口元から唾液を垂らす本懐結愛。

 日焼け知らずの肌を仄かに朱色に染め、「はぁはぁ」と荒々しくも可愛らしい息を切らしている。

 そんな姿を見ていると、このまま襲いたくなる気持ちになってしまう。

 

「まだもう少ししたいよ、結愛」

 

 結愛の腕を掴んで、まだ離れたくないと自己表示。

 本音を伝えてみたものの、結愛は冷静だ。

 

「ダメだよ、おばさんが帰ってきちゃうかも」

「大丈夫だって。もう少しなら……絶対」

「ダメだよ。これは勇太が元気になってからだね」

 

 体調が万全ではない。

 だが、ここで機会を逃す男ではない。

 家族が誰一人居らず、彼女と二人っきりなのだ。

 このままキス以上の行為に耽っても——。

 

「勇太。今、とっても悪いこと考えていたでしょ?」

「いや……そ、その……」

「もっとエッチなことしたいの?」

「……そ、それは」

「そうだよね、勇太も年頃の男の子だもんね」

 

 感慨深いです。

 とでも言うように、結愛は唇を窄めて共感を示した。

 もしかして、このまま二人で一線を越える展開になるのでは。

 そう少しでも期待した俺に、結愛は「でも」と続けた。

 

「だ〜め。これ以上したら、歯止めが効かなくなっちゃうでしょ?」

 

 興奮は治ることを知らない。

 最も性欲に弱い部位は膨張し、パンツに擦れてしまっているのだ。

 愛する彼女をこの場で脱がせて、カラダを貪りたい。もっともっと気持ちいいことがしたい。いいじゃないか。俺は普段から結愛のために何でもしているのだ。だから、今日ぐらいは——。

 彼女を自分の手で更なる快楽へと堕とし、悦に浸ったとしても。

 そんな邪な感情が生まれた瞬間。

 

「それに、今日は……勝負下着じゃないから嫌なんだ」

 

 突然漏れ出た結愛の本音。

 聞き慣れない単語に、俺は首を傾げて。

 

「勝負下着……?」

 

 反芻してから初めて意味を理解し、俺は思わず笑ってしまう。

 

「そんなに笑うことじゃないでしょ?」

「い……いや。勝負下着じゃないから嫌って……」

「男の子はヤレればいいだけかもしれないけど、女の子には重要な要素なんだよ。勝負下着を履いてないと、やっぱり気分がね……」

 

 ヤルときはスッポンポンになるのだ。

 別に気にする必要はないと思うのだが……。

 やはり、乙女心は難しい。

 

「勝負下着ってさ、どんなの?」

 

 キスを交え、テンションが昂った俺はそう訊ねた。

 すると。

 口の前で人差し指をくっ付けた結愛は、バッテンを作って。

 

「内緒です」

 

 そう答える彼女の姿を見て、今にも抱きつきたくなる。

 俺は世界で一番幸せな者である。これに絶対偽りはない。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「この食器もう下げてもいいよね?」

「いいけど……どうして?」

「ん? 洗うからだよ、洗うから」

「そこまでしなくていいよ。すぐに母さん帰ってくると思うし」

 

 飯を作ってくれた。

 それだけで十分嬉しいのに。

 更には、食器を洗ってくれるなんて。

 

「ううん。任せて!! 作るだけ作って洗わずに帰るお嫁さんにはなりたくないからさ。もう既に勝負は始まってると思うから!!」

「気が早過ぎるだろ……」

「ううん。勇太の役に立ちたいの。それにできる女だと思われたいから」

「結愛はもう俺の役に立ってるよ、十分な」

「そうかな……? えへへ、嬉しいな」

 

 微笑んだ結愛は、ささっと食器をまとめた。

 

「あたし、台所にいるから。その何かあったら教えてね」

「……分かった。結愛も何か異変があったら、俺に教えろよ」

「勇太は自分の心配をしなさい! 今日は病人なんだから!」

「心配なんだよ、結愛のことが。自慢の彼女だからさ」

「……両想いだね、あたしたち。お互いのこと心配してて」

 

 これが恋人同士ってことなのかな。

 そう呟き、本懐結愛は立ち上がり、台所へと向かっていく。

 俺は布団に横になり、彼女の姿を見守ることにした。

 エプロンに着飾った彼女は服の袖を捲り、「よぉ〜し」と意気込む。

 流し場に立つ彼女は水を流し、軽めに食器の汚れを取る。一度汚れが取れたのを確認してからか、スポンジを泡立て、食器を洗っていく。

 病院では一切見れない本懐結愛の自然な姿。

 そんな姿をこれから先もずっと見ていたい。

 いや、一生見ていたい。絶対に俺が幸せにしてやる。

 そう心に決めていたとき、突然スマホが「ピコン!」と鳴り響いた。

 

「……ん?」

 

 一度気になると、俺はどうでもいいことでも気になる。

 この通知音は一体何だろうか。

 そう思い、スマホへと手を伸ばす。

 

『真優「昨日の授業分、全部ノートにまとめた」』

 

 彩心真優からだった。

 勉強ガチ勢の俺が予備校を休んでいる。

 それを知った彼女は、余程体調が悪いと確信したのだろう。

 毎日連絡を送り、励ましの言葉を掛けてくれるのだ。

 更には、体調を戻し、予備校に復帰しても困らないように、授業の内容をノートにまとめ、写真で送ってくれているのだ。

 

『勇太「ありがとうな。俺のためにわざわざ」』

 

 メッセージを送ると、すぐに既読が付いて。

 

『真優「別に気にしなくていい」』

『真優「それで体調は大丈夫?」』

 

 俺はその後も、彩心真優と連絡を取り続けた。

 面白いほどに会話が進み、長々と続いてしまったのだ。

 しかし、急激に眠気が襲ってくる。

 結愛の手料理を腹いっぱいに食ったのだ。

 満腹感と充足感から、俺の目蓋は徐々に閉じていった。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「あ、勇太。やっと起きてくれた」

 

 俺の前には、本懐結愛の姿。

 彼女は、くしゃっとした笑みを浮かべてくれる。

 窓から差し込む夕陽を見て、時間経過が窺える。

 

「俺、どれくらい寝てた?」

「三時間ぐらいかな? あたしが戻ってきたときには寝てたよ」

「……マジか。ごめん」

「ううん。いいんだよ、別に」

 

 結愛は首を振る。

 それから「大事な話がある」と切り出した。

 大事な話か。一体何だろう。

 そう思いながら、俺は身体を起き上がらせる。

 

「ねぇ、勇太」

 

 最愛の彼女に名前を呼ばれ、俺は彼女を見据える。

 夕陽に照らされ、一層輝きを放つ茶色の髪と瞳。

 秘境の森。その奥地にひっそりと住む妖精みたいな彼女は言う。

 

「今後はもうお見舞いに来なくていいから」

 

 来なくてもいい。

 突然告げられた宣告に、俺の頭はパンクしてしまう。

 もしかして、結愛に嫌われてしまったのか。

 結愛は俺以外に好きな人ができてしまったのだろうか。

 だから、社会のお荷物とは関わりたくない。

 そんなことを思っているのだろうか。

 考えれば考えるほどに嫌な予想ばかりが思い浮かんでくる。

 

「何言ってるんだ? 結愛、それ冗談だよな?」

「自分の体調をしっかりと考えて行動してほしいの!」

 

 膝の上に両手を置き、固く閉じた本懐結愛。

 俺を見据える彼女の瞳は、真剣さしかなかった。

 純度100%の真面目な意見だ。

 

「俺が病院に行くのは迷惑か?」

「迷惑じゃないよ。嬉しいよ、嬉しいんだよ」

 

 嫌われたわけではなかった。

 結愛が嬉しいと言ってくれている。

 それだけで、俺は救われた気がした。

 

「あたし、勇太の負担にはなりたくないの」

 

 両膝に置いた拳を握りしめ、彼女は捲し立てる。

 

「受験勉強が大変だってこと、あたしも分かる」「だから、無理する勇太をこれ以上見たくないの」「最近雨が酷かったでしょ? 風邪引いた原因もそれだよね?」「毎日あたしに会いに来ることで、勇太の迷惑になってた」

 

 違う。違う。違う。

 違うんだ、結愛。

 結愛に会いたい。会いに行く理由なんてそれだけだ。

 俺が勝手にやってるだけ。

 だから、迷惑なはずがないんだ。

 迷惑じゃないんだよ、結愛は。

 逆に結愛に会うことで、俺は英気を養っていたんだ。

 つまり——。

 

「今回の件は、全部俺の体調管理不足だよ」

 

 だからさ、と呟き、俺は結愛の肩を掴む。

 小さい頃は、俺よりも大きかった彼女の身体。

 ただ、今では触れたら壊れてしまいそうなほど小柄だった。

 

「結愛が気に悩む必要なんてないんだよ」

「……勇太、また自分のせいにした」

「えっ?」

「また、あたしのために全部自分のせいにした」

 

 結愛のせいじゃないんだよ。

 そう伝えたいだけだったんだが……。

 これで安心すると思っていたんだが……。

 

「今後、毎日お見舞いに来るのは禁止だからね!!」

「はいはい。俺を心配してくれてるんだろ?」

 

 分かってます雰囲気を醸し出す俺。

 ただ、今後も毎日会いに行くつもりだ。

 結愛だって、俺に会えたら嬉しいと言ってくれたし。

 

「もしも毎日来たら嫌いになるから!」

「そ、そんなッ!! ど、どうして??」

「やっぱり勇太。毎日会いに行こうと考えてたでしょ?」

 

 呆れたような声を出しながらも、結愛は腕を組む。

 

「勇太の目標は何?」

「医学部に入ること」

「でしょ? その為にも今ある時間を大切にしないと」

「でも、俺は結愛との時間も大切にしたいんだよ」

「来年も一緒に居られる時間が減っちゃってもいいの?」

 

 俺はバカだった。短絡的思考でしかなかった。

 今会いに行くことを止めることは、長期的視点で見れば、結愛との時間を増やすことに繋がるのだ。

 

 俺は結愛の提案に乗り、病院に行く頻度を減らすことにした。

 結愛との時間を少しでも増やすためだ。

 その為には、今ある貴重な時間を削ることも大切なのだ。

 

「あ、そうだ。勇太」

「夏に入ったらさ、一緒に花火が見たい」

「いきなりだな」

「最近、夜に花火が打ち上がってるのを見ちゃってさ」

「花火……?」

「うん。打ち上げ花火がね。バーンバーンって」

 

 夏休みの予定が一つだけ決まった。

 と言っても、俺は浪人生。休みなどないのだがな。

 ただ、これだけは絶対に行かなければならない重要事項。

 今年の夏、俺は愛する彼女と共に夏祭りに行く。

 それだけは、どんなことがあっても必ず行く。

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