数十分にも及ぶ深い愛情伴うキス。
お互いの酸素を奪い合い、窒息死しそうになるまで続けた。
酸欠状態から解放された現在、脳内に幸福感が一気に迸る。
「……これぐらいすればもう大丈夫だよね?」
口元から唾液を垂らす本懐結愛。
日焼け知らずの肌を仄かに朱色に染め、「はぁはぁ」と荒々しくも可愛らしい息を切らしている。
そんな姿を見ていると、このまま襲いたくなる気持ちになってしまう。
「まだもう少ししたいよ、結愛」
結愛の腕を掴んで、まだ離れたくないと自己表示。
本音を伝えてみたものの、結愛は冷静だ。
「ダメだよ、おばさんが帰ってきちゃうかも」
「大丈夫だって。もう少しなら……絶対」
「ダメだよ。これは勇太が元気になってからだね」
体調が万全ではない。
だが、ここで機会を逃す男ではない。
家族が誰一人居らず、彼女と二人っきりなのだ。
このままキス以上の行為に耽っても——。
「勇太。今、とっても悪いこと考えていたでしょ?」
「いや……そ、その……」
「もっとエッチなことしたいの?」
「……そ、それは」
「そうだよね、勇太も年頃の男の子だもんね」
感慨深いです。
とでも言うように、結愛は唇を窄めて共感を示した。
もしかして、このまま二人で一線を越える展開になるのでは。
そう少しでも期待した俺に、結愛は「でも」と続けた。
「だ〜め。これ以上したら、歯止めが効かなくなっちゃうでしょ?」
興奮は治ることを知らない。
最も性欲に弱い部位は膨張し、パンツに擦れてしまっているのだ。
愛する彼女をこの場で脱がせて、カラダを貪りたい。もっともっと気持ちいいことがしたい。いいじゃないか。俺は普段から結愛のために何でもしているのだ。だから、今日ぐらいは——。
彼女を自分の手で更なる快楽へと堕とし、悦に浸ったとしても。
そんな邪な感情が生まれた瞬間。
「それに、今日は……勝負下着じゃないから嫌なんだ」
突然漏れ出た結愛の本音。
聞き慣れない単語に、俺は首を傾げて。
「勝負下着……?」
反芻してから初めて意味を理解し、俺は思わず笑ってしまう。
「そんなに笑うことじゃないでしょ?」
「い……いや。勝負下着じゃないから嫌って……」
「男の子はヤレればいいだけかもしれないけど、女の子には重要な要素なんだよ。勝負下着を履いてないと、やっぱり気分がね……」
ヤルときはスッポンポンになるのだ。
別に気にする必要はないと思うのだが……。
やはり、乙女心は難しい。
「勝負下着ってさ、どんなの?」
キスを交え、テンションが昂った俺はそう訊ねた。
すると。
口の前で人差し指をくっ付けた結愛は、バッテンを作って。
「内緒です」
そう答える彼女の姿を見て、今にも抱きつきたくなる。
俺は世界で一番幸せな者である。これに絶対偽りはない。
◇◆◇◆◇◆
「この食器もう下げてもいいよね?」
「いいけど……どうして?」
「ん? 洗うからだよ、洗うから」
「そこまでしなくていいよ。すぐに母さん帰ってくると思うし」
飯を作ってくれた。
それだけで十分嬉しいのに。
更には、食器を洗ってくれるなんて。
「ううん。任せて!! 作るだけ作って洗わずに帰るお嫁さんにはなりたくないからさ。もう既に勝負は始まってると思うから!!」
「気が早過ぎるだろ……」
「ううん。勇太の役に立ちたいの。それにできる女だと思われたいから」
「結愛はもう俺の役に立ってるよ、十分な」
「そうかな……? えへへ、嬉しいな」
微笑んだ結愛は、ささっと食器をまとめた。
「あたし、台所にいるから。その何かあったら教えてね」
「……分かった。結愛も何か異変があったら、俺に教えろよ」
「勇太は自分の心配をしなさい! 今日は病人なんだから!」
「心配なんだよ、結愛のことが。自慢の彼女だからさ」
「……両想いだね、あたしたち。お互いのこと心配してて」
これが恋人同士ってことなのかな。
そう呟き、本懐結愛は立ち上がり、台所へと向かっていく。
俺は布団に横になり、彼女の姿を見守ることにした。
エプロンに着飾った彼女は服の袖を捲り、「よぉ〜し」と意気込む。
流し場に立つ彼女は水を流し、軽めに食器の汚れを取る。一度汚れが取れたのを確認してからか、スポンジを泡立て、食器を洗っていく。
病院では一切見れない本懐結愛の自然な姿。
そんな姿をこれから先もずっと見ていたい。
いや、一生見ていたい。絶対に俺が幸せにしてやる。
そう心に決めていたとき、突然スマホが「ピコン!」と鳴り響いた。
「……ん?」
一度気になると、俺はどうでもいいことでも気になる。
この通知音は一体何だろうか。
そう思い、スマホへと手を伸ばす。
『真優「昨日の授業分、全部ノートにまとめた」』
彩心真優からだった。
勉強ガチ勢の俺が予備校を休んでいる。
それを知った彼女は、余程体調が悪いと確信したのだろう。
毎日連絡を送り、励ましの言葉を掛けてくれるのだ。
更には、体調を戻し、予備校に復帰しても困らないように、授業の内容をノートにまとめ、写真で送ってくれているのだ。
『勇太「ありがとうな。俺のためにわざわざ」』
メッセージを送ると、すぐに既読が付いて。
『真優「別に気にしなくていい」』
『真優「それで体調は大丈夫?」』
俺はその後も、彩心真優と連絡を取り続けた。
面白いほどに会話が進み、長々と続いてしまったのだ。
しかし、急激に眠気が襲ってくる。
結愛の手料理を腹いっぱいに食ったのだ。
満腹感と充足感から、俺の目蓋は徐々に閉じていった。
◇◆◇◆◇◆
「あ、勇太。やっと起きてくれた」
俺の前には、本懐結愛の姿。
彼女は、くしゃっとした笑みを浮かべてくれる。
窓から差し込む夕陽を見て、時間経過が窺える。
「俺、どれくらい寝てた?」
「三時間ぐらいかな? あたしが戻ってきたときには寝てたよ」
「……マジか。ごめん」
「ううん。いいんだよ、別に」
結愛は首を振る。
それから「大事な話がある」と切り出した。
大事な話か。一体何だろう。
そう思いながら、俺は身体を起き上がらせる。
「ねぇ、勇太」
最愛の彼女に名前を呼ばれ、俺は彼女を見据える。
夕陽に照らされ、一層輝きを放つ茶色の髪と瞳。
秘境の森。その奥地にひっそりと住む妖精みたいな彼女は言う。
「今後はもうお見舞いに来なくていいから」
来なくてもいい。
突然告げられた宣告に、俺の頭はパンクしてしまう。
もしかして、結愛に嫌われてしまったのか。
結愛は俺以外に好きな人ができてしまったのだろうか。
だから、社会のお荷物とは関わりたくない。
そんなことを思っているのだろうか。
考えれば考えるほどに嫌な予想ばかりが思い浮かんでくる。
「何言ってるんだ? 結愛、それ冗談だよな?」
「自分の体調をしっかりと考えて行動してほしいの!」
膝の上に両手を置き、固く閉じた本懐結愛。
俺を見据える彼女の瞳は、真剣さしかなかった。
純度100%の真面目な意見だ。
「俺が病院に行くのは迷惑か?」
「迷惑じゃないよ。嬉しいよ、嬉しいんだよ」
嫌われたわけではなかった。
結愛が嬉しいと言ってくれている。
それだけで、俺は救われた気がした。
「あたし、勇太の負担にはなりたくないの」
両膝に置いた拳を握りしめ、彼女は捲し立てる。
「受験勉強が大変だってこと、あたしも分かる」「だから、無理する勇太をこれ以上見たくないの」「最近雨が酷かったでしょ? 風邪引いた原因もそれだよね?」「毎日あたしに会いに来ることで、勇太の迷惑になってた」
違う。違う。違う。
違うんだ、結愛。
結愛に会いたい。会いに行く理由なんてそれだけだ。
俺が勝手にやってるだけ。
だから、迷惑なはずがないんだ。
迷惑じゃないんだよ、結愛は。
逆に結愛に会うことで、俺は英気を養っていたんだ。
つまり——。
「今回の件は、全部俺の体調管理不足だよ」
だからさ、と呟き、俺は結愛の肩を掴む。
小さい頃は、俺よりも大きかった彼女の身体。
ただ、今では触れたら壊れてしまいそうなほど小柄だった。
「結愛が気に悩む必要なんてないんだよ」
「……勇太、また自分のせいにした」
「えっ?」
「また、あたしのために全部自分のせいにした」
結愛のせいじゃないんだよ。
そう伝えたいだけだったんだが……。
これで安心すると思っていたんだが……。
「今後、毎日お見舞いに来るのは禁止だからね!!」
「はいはい。俺を心配してくれてるんだろ?」
分かってます雰囲気を醸し出す俺。
ただ、今後も毎日会いに行くつもりだ。
結愛だって、俺に会えたら嬉しいと言ってくれたし。
「もしも毎日来たら嫌いになるから!」
「そ、そんなッ!! ど、どうして??」
「やっぱり勇太。毎日会いに行こうと考えてたでしょ?」
呆れたような声を出しながらも、結愛は腕を組む。
「勇太の目標は何?」
「医学部に入ること」
「でしょ? その為にも今ある時間を大切にしないと」
「でも、俺は結愛との時間も大切にしたいんだよ」
「来年も一緒に居られる時間が減っちゃってもいいの?」
俺はバカだった。短絡的思考でしかなかった。
今会いに行くことを止めることは、長期的視点で見れば、結愛との時間を増やすことに繋がるのだ。
俺は結愛の提案に乗り、病院に行く頻度を減らすことにした。
結愛との時間を少しでも増やすためだ。
その為には、今ある貴重な時間を削ることも大切なのだ。
「あ、そうだ。勇太」
「夏に入ったらさ、一緒に花火が見たい」
「いきなりだな」
「最近、夜に花火が打ち上がってるのを見ちゃってさ」
「花火……?」
「うん。打ち上げ花火がね。バーンバーンって」
夏休みの予定が一つだけ決まった。
と言っても、俺は浪人生。休みなどないのだがな。
ただ、これだけは絶対に行かなければならない重要事項。
今年の夏、俺は愛する彼女と共に夏祭りに行く。
それだけは、どんなことがあっても必ず行く。