忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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間話:『熱情①』

「ごめん、勇太。お待たせぇ〜」

 

 食器を洗い終え、水滴一つないほどに拭き取ることができた。

 これならば、どこに行っても恥をかかないお嫁さんだろう。

 そう確信しながら、本懐結愛は愛する彼氏の元へ戻る。

 彼女の手にはお皿があり、その中には切り分けられた真っ赤なリンゴ。

 皮を上手に剥き、ウサギさんの型を作っている。

 これも全ては時縄勇太のためだったのだが——。

 

「……勇太、寝てる」

 

 愛する彼氏の元へと戻ってきた結愛。

 だが、彼女は唇を尖らせてしまう。

 さっきまで起きていたはずなのに。

 もしかして寝ているフリをしているのか。

 少しだけ、カマをかけてみるか。

 

「いいのかなぁ〜? このまま寝てたらチュウしちゃうよぉ〜?」

 

 彼氏の耳元で、結愛は甘い声で囁いた。

 狸寝入りなら、これで何か反応を起こすかもしれない。

 賢い結愛は口元をニタニタさせ、様子を待ってみた。

 だが、しかし——。

 

「むにゃむにゃむにゃ」

 

 時縄勇太は言語化できない言葉を話すのみ。

 一体、どんな夢を見ているのだろうか。

 彼女として大変気になるのだが、人の夢に入り込む隙はない。

 

「もうあたし、一人でリンゴを食べちゃうからね〜」

 

 彼に気付いてほしくて、少しだけ声を大きくする結愛。

 彼女はウサギ型のリンゴを手に取り、口の中に入れる。

 シャッリと爽快な音が響き、可愛いウサギさんの頭はなくなってしまう。

 

「甘いのに……何かちょっと物足りない」

 

 食べた感想を述べ、結愛は唇を尖らせる。

 目線の先は、愛する彼氏。

 スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているのだ。

 

「彼女が遊びに来てるのに、彼氏が寝てどうするのかな〜?」

 

 呆れ声で言いながらも、結愛はお皿へと手を伸ばす。

 彼氏がたくさん食べてくれるだろう。

 少しでも早く治すためには、食べるの一番だろう。

 そう張り切って、余計に切りすぎてしまったのだ。

 

「……勇太のために切ってあげたのに」

 

 愚痴を溢しながらも、結愛はリンゴを噛み砕く。

 シャッリと、無機質な音が響いた。

 それでも、愛する彼氏は起きることはない。

 ただ。

 

「これもこれで悪くないかも」

 

 そう呟きながら、本懐結愛は口元を薄く伸ばした。

 

 こうして彼が寝ているのは、自分が役に立ったからだと。

 自分がここに来たから、彼は安心してくれたんだと。

 自分の存在価値を認められたような気がしたから。

 

「可愛い寝顔だね、勇太。えへへへ」

 

 本懐結愛は愛する彼氏の頭を撫でながらも、自分のスマホを取り出す。

 ホーム画面に浮かび上がるのは——小学校の卒業写真。

 結愛がまだ病魔に犯される前、彼女の笑顔が絶えなかった時代の品だ。

 クラスの中心人物だった結愛は真ん中に立ち、ピースサインを送っている。

 その周りには男女問わず、友達というべき掛け替えのない存在がいる。

 どんなに時が経っても、どんなことが起きたとしても。

 この友情だけは、この絆だけは、絶対に消えないと思っていたのに。

 

「……勇太だけだよ。ずっとあたしのそばにいてくれるのは」

 

 結愛は弱々しい声を吐き出した。

 今にも泣き出してしまいそうなほどだった。

 じんわりと目尻が熱くなる。

 このままでは涙が滾れ落ちそうだった。

 

「勇太は絶対にいなくならないよね?」

 

 結愛はそう呟き、愛する彼氏の顔をゆっくりと触れる。

 だが、熟睡中の時縄勇太が起き上がることはない。

 

「寝込みを襲うのはマズいかな? でも彼女だから問題ないよね?」

 

 結愛は体勢を屈め、愛する彼のほっぺたに唇を合わせる。

 傍ら見れば、これは幸せの瞬間とも言うべき光景だろう。

 スマホの内カメラに映る光景を見て、本懐結愛は口を深く歪めた。

 

「えへへへへ。結構イイ写真が撮れたよ」

 

 写真撮影を終了し、結愛は出来栄えを確認する。

 彼女も年頃の女の子だ。

 写真の見栄えが気になってしまう。

 と言えど、基準は単純だ。

 自分が可愛く撮れていれば何でもOK。

 

「勇太にも送ってあげるね」

 

 最も自分の映りがいい写真を選び、LIMEで送る。

 すると——。

 

 ピコンッ!!

 

 布団の近くから通知音が聞こえてきた。

 手を適当に伸ばしてみると、固いものが見つかった。

 まだ少しだけ温もりが残っていた。

 

「ん? これ……? 勇太の?」

 

 スマホを触ったまま、眠ってしまったようだ。

 グッスリと眠る彼氏を見る。

 この調子ならば、まだまだ眠っていそうだ。

 結愛は手元のスマホと、彼氏を何度も見比べる。

 そうしている間に、結愛の心に悪鬼が混じった。

 

——勇太はどんなことを調べているのだろう?

——勇太はどんなことに興味を持ってるんだろう?

——勇太は寝る前にどんなことをしていたんだろう?

 

「……ちょっとだけなら大丈夫だよね?」

 

 彼氏のスマホを見るのはよろしくない。

 個人情報の塊だと理解している。

 それでも気になるものは気になってしまうのだ。

 

「……だれ? コイツ」

 

 結愛は戸惑いの声を漏らす。

 中身を見るつもりはなかった。

 ロック画面を見てやろう。

 それぐらいの甘い気持ちだった。

 それなのに——。

 

『真優「早く元気になってね」

 

 ロック画面を占領するLIMEの通知。

 『真優』というのが送ってきた相手の名前らしい。

 

「……女だよね、これ絶対に」

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