忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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間話:『熱情②』

「……あはっ」

 

 本懐結愛は乾いた笑みを漏らした。

 ぐにゃりと曲がった口元。まばたき一つしない茶色の瞳。

 ヘラヘラと愛想笑いを浮かべながらも、彼女の視線は一点に注がれている。

 

「これ誰かな……?」

 

 時縄勇太が住む家。八畳程度の和室。

 その中央でスヤスヤ眠る彼氏に、結愛は問いかける。

 だがしかし、眠っている彼が気づくはずがない。

 数分ほど経った頃、結愛は「……あはは」と笑った直後——。

 

「ねぇ、教えてよ、勇太!!」

 

 静寂な部屋に怒号が交じる。

 突然大きな声を出し、窓ガラスがビリビリと揺れる。

 だが、時間が経つにつれ、その共鳴も止まってしまう。

 先程まで浮かべていた笑みは、消えてしまった。

 自分の「死期」を知った預言者のような表情を浮かべて。

 

「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」「勇太」

 

 今にも壊れそうな声を投げかける。

 最初は、相手を萎縮させるような強い口調であった。

 だが、一向に返事がなく、次第に声が小さくなっていく。

 まるで、喉に異物が詰まっているかのようにに掠れたものだった。

 

「勇太、聞いてる……?」

 

 必死に自分は訴えている。

 それなのに、相手はスヤスヤ眠っている。

 こっちの感情はぐちゃぐちゃになっているのに。

 それなのに、相手は全く反応してくれない。

 許せなかった。無性に不快な気分であった。

 

「ほんとうは聞こえてるんでしょ? 寝てるフリをしてるんだよね?」

 

 もう一度問い返してみた。

 だが、彼は全く起き上がることはなかった。

 やっぱり無駄だったか。

 そう思いながらも、本懐結愛の思考は加速していく。

 

(それにしても、あの女の正体は一体何だろうか?)

(もしかして、浮気でもしているのだろうか?)

(あの女は一体何者……? 私の敵ってことなの……?)

 

 考えれば考えるほどに、嫌な予想が思い浮かんでしまう。

 こんな状況を変える為には、問いただすしかない。

 一度決めたら、すぐに実行してしまうタイプの本懐結愛。

 行動性だけは異様に高い彼女は「よいしょ」と可愛らしい声を上げ、僅かにお尻を持ち上げた。そのままニッコリと笑みを浮かべながらも、彼女は彼氏のお腹辺りに腰を落ち着かせるのであった。

 

「うっ!!」

 

 彼氏の苦しそうな声が漏れる。

 風邪を引こうが、引くまいが関係ない。

 愛する彼氏の上を陣取った彼女はペロリとベロを出す。下唇を舐めた彼女はクスッと笑みを漏らし、時縄勇太の顔へと手を伸ばす。

 眠っている彼の目蓋を無理矢理開き、それから彼女は訊ねる。

 

「あたしのいうこと聞こえてるでしょ?」

 

 白目を剥いた時縄勇太。

 彼は快眠状態で、聞こえているはずがない。

 だが、本懐結愛にはそんなこと関係ない。

 

「勇太が悪いんだよ、あたしのせいじゃないからね」

 

 そう呟きながら、結愛は勇太の太い首へと手を掛ける。少し力を入れるだけで、彼の口から「うっ」と苦しそうな声が出てくる。

 その姿を見ながら、本懐結愛は「ふふ」と不敵な笑みを浮かべた。

 小学生程度の少年少女が小さな虫を殺すときに漏れ出てしまう純粋だけど、邪悪に満ちたあの笑みだった。

 

「……勇太が悪いんだからね。あたしを無視しちゃうから」

 

 女の子という生き物は寂しいのだ。

 いつまでもどこまでも自分だけを愛してほしいのだ。

 自分のことだけを考えてくれる都合の良い王子様を待ち望んでいるのだ。だからこそ、彼女は更なる大胆な行動に出てしまう。

 

「あたし以外の女と連絡を取ってるから悪いんだもん」

 

 この手が何のためにあるかを示すように。

 

「だから、これはお仕置きだよ。悪い子にはお仕置きが必要だから」

 

 腰を浮かせた結愛は全体重を使って、勇太の首を絞める。

 力加減は強弱をハッキリさせる。

 苦しそうな声をあげたら、弱く。

 平気そうな顔をしたら、強く。

 じわりじわりと相手の体を蝕んでいくのだ。

 

「あたし、勇太しか居ないんだよ」

 

 彼女はいう。

 

「勇太しか、あたしには居ないんだよ」

 

 彼女はいう。

 

「もしも勇太が浮気してたら……」

 

 涙を流しながらも、本懐結愛は微笑んだ。

 悲しいのか嬉しいのかさっぱりだ。彼女の気持ちを理解できる人間は、この世界にはもうどこにも存在しないかもしれない。

 

「あたし、本気で殺すからね。勇太のこと」

 

 愛の告白を言ったかのように、本懐結愛は顔を真っ赤にさせる。

 恥ずかしいことを言ってしまった。

 そう思ったのか、彼女はほっぺたに両手をくっ付けながら。

 

「えへへへ。もう今、はっきり言ったからね」

 

 結愛は一方的に話しかけている。それでも彼女も今回の内容はどうしても聞かせたかったのだろう。もう一度問いかけるようにいう。

 

「分かった? 浮気してたら、あたし殺すからね。勇太のこと」

 

 返事はない。

 だが、結愛は自分の気持ちを吐き出せて気分が良かったようだ。

 落ち着きを取り戻した彼女は甲高い声で笑いながら。

 

「……まぁ、いいや。勇太もそれは理解してると思うし」

 

 ヒューヒューとぎこちない息を吐く勇太。

 その上に跨り、結愛は愉快げに笑うのであった。

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