忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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間話:『宣戦布告』

【彩心真優視点】

 

「やべぇ……も、もう出ちまう……うう、や、やばい……も、もう」

「いいよ。全部私の中にぶちまけて。何もかも」

「……わかった。彩心さんも一緒に気持ちよくなろう」

「う、うん……んんっ♡ そ、そこは……だ、だめぇ……んんっ」

 

 私——彩心真優は今の今まで特定の男性を好きになることはなかった。

 勿論、小さな頃は祖父や父親のことを好きじゃなかったと言ったら嘘になるだろう。

 でも、自分と同じぐらいの年頃の男の子を好きになったことは一度足りともなかった。

 地元では有名なお嬢様学校に通っていたから、男性と触れ合う機会が少なかった。

 そんなふうに言い訳ができるかもしれない。

 でも、自分の身の回りに居る若い少女たちは私と同じ環境にいるのにも関わらず、他校の男子生徒や家庭教師の大学生、または少し歳が離れた社会人を好きになっていた。

 そんな少女たちの恋愛を、私は自分には関係ない話だと聞き流していた。

 

 しかし、今——私は後悔している。

 もっと彼女たちの話を聞いていればよかったと。

 

「彩心さん、本当に大丈夫? やっぱり初めてだから……そ、その痛みが……?」

 

 この世界で一番好きな人と、私は繋がっている。

 誰かを好きになるなんてありえないと思っていたあの私が。

 恋愛なんて、自分には縁もゆかりもないと思っていた私が。

 と言えども、彼にとって——私は二番目の女に過ぎないのだが。

 

「……最初は痛かったけど、今はもう大丈夫」

 

 今はもう大丈夫。それはただの強がりだった。

 実際は、今でもジンジンとした痛みが引き続いている。

 ただ、彼に心配を掛けないように、私は笑みを浮かべるのを決して忘れない。

 世の中の女性はこの痛みを乗り越えているんだと思うと、尊敬の念しかない。

 だけど——。

 

「……た、たぶん」

 

 ほんの少しだけ、やっぱり彼に優しく接してもらいたかった。

 二番目の女に過ぎないとしても、今だけは一番に愛してもらいたい。

 今だけは。

 今だけは、あの子のことを忘れて、自分のことだけを見てほしい。

 

「不安だからさ……あのギュッと力強く抱きしめてほしい」

「それでいいのか?」

「うん。私、時縄くんのためなら我慢できちゃうから」

「我慢って……痛むんだったら、もうやめても」

「ううん。いいの。時縄くんの初めてを誰にも渡したくないから」

 

 この世界で一番好きな人と、私は繋がっている。

 彼が力強く抱きしめてくれる度に、幸福感が全身を包み込む。

 彼が私を求める度に、彼の役に立っていると自覚できる。

 

「お願い……時縄くん。な、名前で呼んで」

「名前……?」

「う、うん。真優って呼んでほしい。今だけでいいから」

「……い、今だけ」

「うん。そしたら、私……もっと頑張れると思うから」

 

 彼は私以外に好きな女の子が居る。

 病弱な彼女のために医学部に入ろうと思う聖人君子なのだ。

 まぁ、そんな彼女を裏切って、私と関係を持ってしまっているけど。

 私も、彼のことを悪く言える立場ではないけど。

 

「真優」

 

 自分の名前を呼ばれただけで、口元がニヤけてしまった。

 胸がときめいてしまった。彼のことを好きなんだと実感が湧いてしまった。

 

——本当にバカだな、私。

 

 彼のことを好きになったとしても、勝ち目がない可能性が高いのに。

 自分のことを好きになってくれる保証なんてどこにもないのに。

 彼以外にも、この世には見た目が良い男や優れた才能がある男なんてゴロゴロいるはずなのに。

 

「名前だけじゃなくて……愛してると言ってよ。今だけでいいから」

 

 それなのに——今の私には、彼以外の男なんて眼中にないんだから。

 

「愛してるよ、真優」

「私も愛してる。勇太のこと」

 

 荒い息を吐き出す彼。

 逞しい背中に腕を回して、私は彼の首元に唇を当てる。

 奥深くへと押し当てられる度に、慣れない感覚が押し寄せてくる。

 体内に異物が入れられているのだ。

 初めてなら、誰もが似たような感想を抱くことだろう。

 ただ、嫌な気は全くしなかった。

 彼と一緒ならば。偽りだとしても、彼に愛してもらえるのならば。

 

「んんっ。そ、そこ……や、やばい……だ、だめぇ……」

 

——どうして好きになったんだろ?

——許される恋ではないと分かりきっているのに

——でも、この一度胸に灯ったこの熱だけは。

——この感情だけは、絶対に嘘ではないと教えてくれる。

 

 体内に迸る熱い感覚。

 一度も感じたことがない、謎の高揚感と浮遊感。

 彼も満足した様子で、私の上に覆いかぶさってきた。

 私は彼をゆっくりと抱きしめ、お疲れ様のキスを交わした。

 それから彼女持ちなのに他の女の子と関係を持つ悪い彼氏に宣戦布告した。

 

 

「ねぇ、時縄くん。私、やっぱり諦めきれないよ。キミのこと」

 

 世界で一番好きな人が幸せになってほしい。

 その気持ちは大いにあるのだが、私は彼の隣にずっと居たいと思ってしまった。

 彼には、世界で一番可愛い彼女さんがいるのに。

 私がこれ以上彼と関わったら、ただの迷惑としかいいようがないのに。

 でも、この気持ちだけは、この感情だけは絶対嘘を吐きたくないのだ。

 今だって彼のことを好きだなと自覚できているのだから。

 彼と触れ合うだけで。彼の側に居るだけで。彼の匂いを嗅ぐだけで。彼の声を聞くだけで。彼の姿を見るだけで。

 心臓の鼓動が早くなって、脳内が彼のことでいっぱいになって。

 もう彼の言うことなら、何でも信じられるほどバカになっちゃっているんだから。

 

「俺には……結愛が——」

 

 その台詞は聞き飽きた。

 言い訳を行う彼の唇を奪った上で、私は得意気な表情で語る。

 

「安心していいよ。あの子のことは全部私が忘れさせてあげるから」

 

 困り顔を浮かべる彼。

 まだ最愛の彼女のことを愛しているのだろう。

 拒絶されたと言っていたのに。

 本当に嫉妬しちゃうな、私は身体さえも彼に捧げたのに。

 まだ、彼の一番になれていないんだからさ。

 でも、それも時間の問題だよね。

 

「時縄くんが結愛さんよりも私のことを好きになればいいだけでしょ?」

 

 これは——。

 最愛の彼女を愛する彼氏くんと。

 そんな彼氏くんを奪おうと企む悪女()の。

 不健全で不道徳で、でも純愛な物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——梅雨編完結——




次回から新章「夏編」を投稿予定。

アンケートを作ったので回答して頂けると、物凄く嬉しいです。

【梅雨編終了段階】本懐結愛と彩心真優。どちらがお好みのヒロインですか?

  • 本懐結愛
  • 彩心真優
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