忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第28話『時縄勇太は最愛の彼女を愛してる①』

 待ちに待った週末。

 ここ数日は、最愛の彼女——結愛とのデートのためだけに生きていた。そう言っても過言ではないほどに、浮かれまくっていた。

 で、本日、待ち合わせ場所の駅前周辺で立ち尽くしているのだが——。

 

「どうしてお前がここにいるんだよ、彩心真優」

 

 俺の隣に悠然と立ち尽くす背が高い女性。

 暑さ対策のためか、白の帽子を被り、長い黒髪を一纏めにしている。

 そのおかげで、普段では髪の毛で覆われているはずのうなじが垣間見える。

 透き通るほどに純白な肌だ。紫外線対策を日頃から欠かさないのだろう。

 それに——。

 一目見ただけでスタイルの良さが分かる容姿を持ち、周囲の視線を集めている。

 芸能人がお忍び旅行に来たのではないか、そう錯覚してしまいそうだが。

 俺はこの女性の正体を知っている。

 

「どどどど、どうして分かったの……? 完璧な変装だと思ってたのに」

 

 動揺を隠せない彩心真優は大きめなサングラスを僅かにズラした。

 レンズで隠れていた琥珀色の美しい瞳が不思議そうに見つめてくる。

 

「どこが完璧な変装だ。誰が見ても、お前だって分かるぞ」

「そんなことないでしょ。家を出る前に、鏡の前で見たけど分からないと確信したし」

「いや……それで確信できる自信が逆に怖いわ」

「別人だなと思ったよ」

「サングラス一個で別人に成り代われるなら、犯罪率が激増するぞ!」

 

 完璧な変装という割にはどこにも完璧な要素は含まれていなかった。

 というか、それだけで彼女の美貌を隠せるはずがないのだ。

 上は白のブラウスに、下は少し色が燻んだ水色のスキニージーンズ。

 ベルトの位置は腰の位置よりも高く、その中に僅かにブラウスを挟んでいる。

 

「お前さ、変装の才能ないから今後は絶対にやらないほうがいいぞ」

「将来の夢はCIAの女スパイになるのも悪くないと思っていたのに」

「やめとけ。お前ならすぐに捕まって……返り討ちにされる未来しか見えないから」

 

 危険な道に進もうと企むうら若き少女に忠告しつつも、俺は呆れ口調でいう。

 

「で、お前はこんなところで何をしているんだ?」

「別にいいでしょ? 私がここにいても」

「いや……普通に考えておかしいだろ? 人様のデート待ち合わせ場所に現れるなんて」

「私もここに用事があるからいるだけだよ?」

「だからって……わざわざ俺の隣にいる必要はないだろ?」

「日陰がいいじゃない? 日焼けするのも嫌だし」

「ったく……お前と一緒だとペースが乱れるわ。最高に楽しいデートがさ」

 

 今日は愛する彼女との久々のデートなのだ。

 それなのに、変な女が纏わり付いていたら邪魔でしかない。

 

「それはどうしてかな?」

「どうしてって……知り合いがいたら嫌だろ? デート中に」

「そういうわけじゃないよね? 私と一緒だと思い出すからでしょ?」

「思い出す? 何を……?」

「自分でも分かってるくせに。でも、私が思い出させてあげる」

 

 彩心真優はそう呟くと、俺の耳元まで迫ってきた。

 たじろぎそうになるものの、平然な態度を貫こうとするのだが——。

 じゅる。

 耳の奥を舐められた音と、身体中が痺れるような快感。

 

「私が一緒だとあの日のことを思い出しちゃうからでしょ?」

「違う」

「私が一緒だと狂っちゃうよね、彼女への罪悪感が膨らんじゃって」

「違う」

「今日のデートだって、あの日自分が彼女さんを裏切った贖罪なんでしょ?」

「——違うッ!! これ以上、もう何も喋るな!! お前には関係ないだろ!!」

 

 思わず、俺は声を荒げ、彩心真優を突き飛ばしてしまう。しかし、彼女は嫌な顔をせず、優しい笑みで見つめてきた。

 

「ごめんごめん。少しからかいすぎちゃったかな?」

 

 でもさ、と呟きながら、彩心真優は得意気な表情でいう。

 

「まだ彼女さん来ないの? 待ち合わせ時間過ぎてるんでしょ?」

「どうしてお前が待ち合わせ時間を知ってるんだよ?」

「週末はデートなんだって、バカな彼氏さんが教えてくれたから」

 

 結愛とのデートが嬉し過ぎて、ついつい……俺は口に出していたのか。

 墓穴を掘るとは……。

 自分が撒いた種だな、今後は気を付けなければ。

 

「ねぇ、時縄くん。どうして彼女さん来ないんだろうね?」

 

 待ち合わせ時間は過ぎていた。

 もう既に三十分程以上も経過している。

 それにも関わらず、連絡一本もないのだ。

 それってつまり……。

 

「結愛が可愛過ぎて某大手事務所のスカウトに誘われてるんだよ、多分」

「脳内お花畑だね? 私という存在を放っておくスカウトマンがいるとは思えないけど」

「現在、結愛は向かってきてるんだよ。俺に会うために急いで」

「そうかな? 本気で好きな人とのデートなら遅れるなんてありえないと思うんだけど」

「ううっ……お前さ、結愛が俺のことを好きじゃないみたいな言い方はやめろよ」

「私だったら、絶対に遅れて来ないから。好きな人とのデートなら」

 

 だからさ、と呟きつつ、彩心真優は俺の腕を引っ張ってきた。

 

「もう私と一緒に何処か行こうよ」

「はぁ……? お前、何を言って……」

「時間も守れない彼女さんなんて忘れて、私とデート——」

 

 俺のスマホが振動した。

 確認すると、そこに表示されたのは愛する彼女の名前。

 

『結愛:ごめんなさい』

『結愛:バスの時間見間違えて、一本乗り遅れちゃった』

『結愛:今、どこかな?』

 

「ほら、見ろ。結愛は来ただろ?」

「あぁ〜あ、残念。今日は時縄くんを独り占めしようと思っていたのに」

 

 俺はスマホをフリックして、自分の現在地を教える。

 すると、すぐに結愛からの返事が戻ってきた。

 

『結愛:ん〜? ちょっと探してみるね』

 

 結愛は出かける機会が少なく、場所がイマイチ分からないのだ。

 これは俺が探し出すしかないな。

 そう確信していると——。

 前方百メートル先に、結愛と思しき女の子を発見した。

 

『勇太:見つけた、今からそっち行く』

 

 俺からの返事を見て、結愛は頭をあちらこちらへと動かしている。

 その可愛らしい挙動に微笑みながら、俺は彼女の元へと動き出す。

 

「じゃあな、彩心真優。これ以上、俺の邪魔はするなよ」

「流石にそこまで私も鬼じゃないわよ。私は……都合のイイ女でいいから」

 

 彼女持ちの男をデートに誘う悪女に別れを告げ、俺は結愛の元へと歩き出す。そんな俺の後方で立ち尽くす少女は、更なる言葉を紡いだ。

 

——愛する人の幸せを奪ってまで、自分だけ幸せになれる勇気なんてないわよ。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「ゆうたッ!!」

 

 歩み寄る俺を発見し、結愛はパッと笑みを作って走り寄ってきた。

 くるぶしを隠してしまうほどに長い白いワンピースに、青いリボンが付いた麦わら帽子。

 遠目からでも分かるあたふたな動き。普段から運動していないのが見え見えだ。

 そんな彼女の姿を見ていると、俺は無性に悲しくなってしまった。

 というのも、小学生の頃は元気に走り回っていたのだから。

 それなのに、今の彼女は数メートル走っただけでバテバテなのだから。

 

「本当にごめんなさい。あたしからデートに誘ったのに、こんなに遅れちゃって……」

 

 俺の前に来るや否や、結愛は頭を下げてきた。

 深々と下げられてしまい、若干周りからは変な視線を受けてしまう。

 しかし、頭を下げる彼女にはこの独特な雰囲気を感じることができないようだ。

 

「デートの待ち合わせ時間は覚えていたんだけど……バスの時刻を見間違えてた。ダイヤ改正したっぽくて……以前までの時刻で調べてたらしくて……」

 

 ダイヤ改正か。結愛は病院暮らしの人間だ。

 バスに乗る機会は少ないはずだ。

 時刻表が変更したことに気付かないこともあるか。

 

「結愛、頭を上げてよ。結愛の言いたいことは伝わったから」

「…………ほんとう?」

「あぁ、本当だ。結愛が謝りたいという気持ちも、俺と一緒にデートに行きたいって気持ちも、とっても伝わってきた。結愛に会えてよかったよ」

 

 結愛は恐る恐ると言った感じで、頭を上げた。

 

「……どうして笑ってるの? 勇太」

 

 小首を傾げる愛すべき彼女に、俺は本心を伝えた。

 

「やっぱり俺は結愛のことが好きで好きで堪らないと思ったからだよ」

「………………人前だよ、勇太。そ、その……は、恥ずかしいよ」

「別に恥ずかしがる必要はないだろ? 当然のことなんだからさ」

「……それとこれとは別でしょ。面と向かって言われるのは……反応に困る」

 

 二人きりのときは甘えたがりな彼女だが、人前では余程恥ずかしいようだ。

 市販で売られているタコさんウインナー(小さなお子様が大好き)みたいに頬を赤く染め、本懐結愛は俺から目線を逸らした。

 その挙動一つ一つが愛おしくて堪らず、俺は彼女をゆっくりと抱きしめていた。

 

「……ゆ、勇太??」

 

 自分よりも圧倒的に細い首から放たれた言葉。

 突然、何が起きたか理解できず、可愛らしい瞳が点になっている。

 更には、目蓋を数回繰り返し、長い茶色の睫毛がピクピクと動いた。

 

「どうしたの……? いきなり抱きついてきて」

「結愛が無事でよかったと思ってさ」

「あたしが無事でよかった……?」

 

 結愛はカタコトのように呟いた。

 その真意が分からなかったようだ。

 俺は彼女にも伝わるように、もう一度言い直した。

 

「結愛が全然待ち合わせ場所に来ないから心配したんだよ。何かあったのかなってさ」

 

 線が細く、肉も殆どない彼女の身体。言い方は悪いが、痩せ細っているというのが本音。

 逆に言えば、細身でスタイルが良いと評することもできそうだが……。

 大半の男性にとっては、もっと肉付きが良い女性を好みそうな気がするが。

 気弱な彼女が待ち合わせ場所に、現れなければ不安に思うのは当然のことだろう。

 

「もしかしたら、結愛が何か大変な事件に巻き込まれたんじゃないかって。結愛が悪い人たちに捕まってしまったんじゃないかって。結愛がもしかして……倒れたんじゃないかって。俺は心配で心配で……堪らなかったんだ」

 

 俺は結愛を愛している。

 結愛だけを俺は愛している。

 その言葉に決して偽りはない。

 だって、俺はこんなにもドキドキしているのだから。

 だって、こんなにも彼女の安否を気にしているのだから。

 だから、俺は——結愛以外の女性を好きになるなんて決してありえない。

 

「そっか……心配、心配、心配、心配か……心配してくれたんだ、あたしを」

 

 心配。

 その言葉を何度も呟きながら、結愛は理解を示してくれた。

 固まっていた表情が徐々に明るいものに変化していく。

 その過程を知るに、彼女は俺からの愛の深さに気が付いたのかもしれない。

 

「勇太、安心して。あたしは絶対に勇太の前から居なくならないから」

 

 結愛は俺の耳元でそう囁き、ギュッと強く握りしめてくれた。

 彼女から愛を囁いてくれるのは珍しく、俺は妙にソワソワしてしまう。

 ただ、これだけは先に伝えておく必要があるだろう。

 

「今後は心配するから連絡を先にくれ。遅れるなら遅れるって頼むよ」

 

 俺が心配性なだけかもしれない。

 だが、俺は彼女のことが本気で大切なのだ。

 自分の命よりも。自分の全てを投げ打ってでも守りたい存在なのだ。

 

「うん。約束する。今後は連絡を先に入れるね。遅れるなら遅れるって」

 

 そう微笑む愛する彼女を見ていると、俺は心底幸せ者だなと思ってしまう。

 というか、彼女の笑顔一つで、今日まで勉強した甲斐があったと思うね。

 毎日朝から晩まで勉強の浪人生にとっては、それが至極の幸福なのだと。

 

「ところで、勇太。さっき一緒に話し込んでた女性は知り合いなのかな?」

 

◇◆◇◆◇◆

 

【彩心真優視点】

 

「悪女になれたらどれだけ楽なんだろうね……」

 

 私はそう呟きながら、絶賛片思い中の彼を眺めていた。

 高架広場から眺める景色は、人々が豆粒程度にしか見えないのに。

 遠目からでも彼をしっかりと捉えることができてしまう。

 

「……本当、私はバカだよ。無駄だって分かってるのに」

 

 今から始まるのは、私と彼のデートではないのに。

 彼と彼が愛する彼女さんとのデートなのに。

 そんな現場からさっさと離れてしまえば、苦しまずに済むのに。

 最初からここに来なければ、自分の気持ちを傷付けずに済むのに。

 

「どうしてここまで来ちゃったんだろうね、私は……」

 

 予備校が休みだけど、それでも彼に会いたいと思ったから……?

 彼が他の女の子とデートするとしても……?

 一目だけ見れれば十分だと思ったから……?

 

「もしかしたら、自分にも勝ち目があるか確認したかったからかな?」

 

 美貌には自信があった。

 どんな女の子が来ても勝てるつもりだった。

 でもさ——。

 

「私と全然違うタイプじゃない。時縄くんが好きなのは……」

 

 彼が楽しそうに話すのは、自分とは違う小柄なお姫様みたいな少女。

 お人形さんという表現が一番近いかもしれない。

 とっても可愛いのに、何処か不安定さがある感じ。

 心の底から守りたいと思える感じの、可愛らしい女の子だ。

 逆に私は……。

 

「カラダも大きいし、誰かに守られるような女の子じゃないもんね」

 

 あぁ、本当によかった。

 今日はサングラスを掛けてきて。

 この涙は自分一人のものだから。

 

「やっぱり時縄くんはあの子がお似合いなのかもね」

 

 私の前では決して見せてくれない笑みを浮かべてるもん。

 もしも、あの笑みをほんの少しでも私にもくれたら……。

 そう願ってしまうのも、自分を苦しめることになるのは分かってる。

 

「それでも一番になりたいんだよ、私は」

 

 大好きな人が他の女と一緒に楽しそうに喋っている。

 その姿を見るだけで、どうしてこんなに苦しいのかな……?

 どうしてこんなにも泣き出しちゃいそうになるのかな……?

 本当に意味が分からないよ、さっきまで何とも思ってなかったのに?

 

「本当嫌になっちゃうな。愛してるって言葉が、こんなに辛いなんて」

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