忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第35話『時縄勇太は悪女の色香に抗えない②』

「プールなんて……中学生以来だぜ、全く」

 

 目の前に広がる景色は、県内有数というだけはある大型プール。

 屋内と屋外。どちらにも専用プールが設置しているらしい。

 さっさと屋外の遊び心満載なウォータースライダーで遊びたいのだが……。

 

「彩心真優の野郎……まだかよ? もしかして太り過ぎで水着が着れないのか?」

 

 先に断りを入れておくが、これは浮気ではない。

 彼女持ちの癖に、彼女以外の女と一緒にプールに出かけるな。

 そんな要らない恨みを買いそうだが、これには理由があるのだ。

 適度な運動を取り入れることで、勉強効率が上がるというのだ。

 これは科学的にも証明されていることで……別にやましいことをしているわけではない。

 と、俺が最愛の彼女——結愛への言い訳を考えていると——。

 

「——————ッツ!!」

 

 俺は視界を奪われた。

 後方から誰かが俺の目元を手で覆っているのだ。

 一体誰だと抗議の声を出そうとした瞬間——。

 

「だ〜れだ?」

 

 耳元でクスクスと笑う、俺がよく知る少女の声。

 言わずもがな、正体は分かる。

 

「彩心真優だろ? わざわざ変な真似をするなよ」

「ご名答。時縄くん、私のことを声だけで認識できるんだね」

「当たり前だろ。毎日のようにお前と一緒に飯を食ってるんだ。嫌でも覚えるよ」

 

 予備校内で一番関わる生徒は、彩心真優だ。

 彼女以外とは殆ど、俺は関わらない。関わる必要がないと判断しているからだ。

 別段、俺が嫌われているからというわけではない。まぁ、別に嫌われていてもいいが。

 

「で、彩心真優。そろそろ俺の目を隠すのはやめてほしいんだが?」

 

 正体がバレたのにも関わらず、彩心真優は手を解いてくれないのだ。

 視界が完全に消えた状態。俺は身動きを上手く取れないのである。

 

「私の水着姿がそんなに見たいんだ。しょうがないなぁ〜」

 

 視界がパッと明るくなる。

 後ろに居たはずの、彩心真優が俺の前に現れた。

 予備校の時とは違い、現在の彼女は髪を一纏めにしていた。

 俗に言うところの、ポニーテールとシュシュの組み合わせ。

 鍛え上げた肢体を持つ彼女は余裕げな笑みを浮かべている。

 日頃から健康的な生活を欠かさないのだろう。

 どこ一つとっても美しく、一種の芸術作品と見間違えてしまうほどだ。

 

「どうかな? 私の水着姿に興奮しちゃった?」

「興奮? バカそうな男が好きそうな水着を着ているだけじゃん」

 

 彩心真優の水着は黒単色の紐タイプ。

 胸元の中央は可愛らしく蝶々結びしており、左右には見事なたわわが実っていた。

 布の面積が全く足りず、水着自体の設計ミスを疑ってしまうほど。

 そんな水着を身に纏う少女は可憐な笑顔を浮かべて。

 

「ちなみに選んだのは、時縄くんだよ」

 

 そう呟きながら、彩心真優は抱きついてきた。

 背中に埋もれるのは柔らかな二つの果実。

 確かな豊潤さと弾力があった。

 あの日——彩心真優が一線を越えた日、俺は彼女のそれを揉みしだいた記憶が蘇る。

 桃色の唇から耽美な喘ぎながら「もっと乱暴にしていいよ」と求める彼女の声が。

 

「どうしたの? 固まっちゃって」

「お前がさっさと離れてくれないかと思ってるんだよ」

「嫌なら私を引き剥がしたらいいんじゃないの?」

 

 嫌なら引き剥がせばいいだけだ

 俺には最愛の彼女——本懐結愛がいるのだから。

 ここは彼女持ちの身として……。

 

「私は時縄くんのことが大好きだよ」

 

 大好き。

 絶世の美女からそう言われると嬉しい。

 ていうか、異性からそう言われると嫌でも意識してしまう。

 

「大好きと言われても困る。俺には結愛がいるから」

「知ってるよ。時縄くんが彼女さんのことを大好きだってことは」

「だからって、私が時縄くんのことを嫌いになったりはしない」

「……あのさ、お前」

 

 俺がそう呟いた頃には、彩心真優は手を離していた。

 俺を一人置き去りにして、彼女はスタスタと歩いていくのだ。

 その後ろ姿を眺めながら、俺は思わず心の声を出してしまう。

 

「……アイツの尻……やっぱりエロいな」と。

 

 その呟きが聞かれたのかは知らん。

 だが、彼女はこちらを怪訝そうな表情で振り向いてきた。

 そのまま未だに立ち尽くす俺の元へと小走りで来て、腕を掴んでくるのだ。

 

「行くよ、時縄くん」

「前を歩いてもいいのに」

「…………変態」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 俺と彩心真優はプールを人並みに楽しんだと思う。

 二人で屋内屋外問わず、様々なプールへ飛び込んだ。

 ウォータースライダを楽しむために何度も繰り返し上った。

 で、現在——。

 俺たちは屋内へと戻り、誰かが置きざりにした巨大な浮き輪に身を任せていた。

 流れるプールなので、勝手に進んでくれるのだ。

 大変ありがたいことに、俺たち以外の客足は少なかった。

 

「なんつーかさ、プールって暇だな」

「安らぎに来たんだからそれでいいんじゃないの?」

「いや……何か、もっと期待していたものと違う」

「どんなものを期待してたの?」

「いや……もっとこうさ。プールって楽しいものだと思ってたんだよ」

「言語化能力下手すぎ」

「…………俺はお前と違ってバカなんだよ」

 

 学生時代、俺はプールの授業が好きだった。

 特に好きだったのは波を作ること。

 方法は簡単で、大人数で同一方向に進むだけでいい。

 たったそれだけで巨大な波が出来上がって——。

 あれ……? たったそれだけなのに何が楽しかったんだろうな、あの頃は。

 

「水の中が楽しいんだったら魚は生きているだけで幸せだね」

「そんなわけないだろ?」

「時縄くんが言っていることはそれと一緒じゃないの?」

「……さぁ〜どうだろう。もう考えるのやめようぜ」

 

 沈黙に続く沈黙。

 時間と共にプールは流れ、同じ場所を5回ほど廻った頃合い。

 

「何かさ、毎日一生懸命勉強してるのってバカみたいだよな」

「どうしてそう思うの?」

「勉強しても幸せになれるとは限らないだろ?」

「勉強しなくても幸せになれるとは限らないけどね」

 

 彩心真優。

 また揚げ足を取るような発言をしやがって。

 

「…………意外とこんなのんびりした生活でもいいんじゃないかと思ってさ」

「時縄くん、さっきまで暇だとか言ってたじゃん」

「暇であることが幸せなんだよ。何も考えなくて済むから」

「何も考えなくて済むことは幸せなの?」

「幸せだと思うぜ。野良猫とかいるけど、毎日幸せそうだろ?」

 

 俺が予備校に向かう途中、野良猫に出会うことがある。

 奴等は呑気にあくびをかまし、二度寝、三度寝する人生を謳歌しているのだ。

 更には、有志の方々に裕福な食事を与えられ、食っちゃ寝の生活である。

 

「野良猫になりたいの?」

「もしもなれるならなってみたいな。毎日十分な食事と睡眠を与えられる存在に」

「なら、私が飼ってあげようか。時縄くんのこと」

 

 俺は自分の耳を疑った。

 彩心真優の言葉をもう一度頭の中で反芻する。

 自分の耳がおかしくないことを確認し、俺は口元を歪めたままに。

 

「……………………それって冗談?」

「本気だよ、私」

「本気になったらダメだろ! 人様を飼うとか言うな!」

「にゃこ丸と同じくらい愛して育ててあげるのに」

「彩心真優は思わないのか? 毎日朝から晩まで勉強してバカみたいなだなって」

「私はそこまで根詰めて勉強してないから分からない。それに元々勉強好きだし」

「…………お前に訊ねた俺がバカだったよ」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 流れるプールに来てからどのくらいの時間が経過したのかは覚えていない。

 ただずっとグルグル同じ場所を回っているのみ。

 彩心真優と一緒にダラダラと雑談を交えて、あれでもないこれでもないと喋るのみ。

 でも、意外とその雑談が心地良く、俺はもっと喋りたいと思っていると——。

 

「よしっ!! 今から違う遊びをしようか」

 

 用事があると言い、一度はプールから離れた彩心真優。

 彼女がプールサイドへと戻ってきた。

 もうそろそろ帰るかと思っていただけに、違う遊びを提案されて困ってしまう。

 俺は浮き輪のまま、プールから上がり、彩心真優へと駆け寄って。

 

「で、違う遊びって何だよ?」

「簡単な遊びだよ。宝石探し」

 

 そう呟きながら、彩心真優は手元の袋を開いた。

 その中に入っていたのは、大小形や色が異なるビー玉。

 

「何が宝石だよ。ただのビー玉じゃないか」

「水中でも同じことを言えるかな?」

 

 ビー玉を一粒取り出し、彩心真優は親指と人差し指で挟んだ。

 それを自分の瞳まで持ち上げ、透かして彼女は空中を見上げている。

 と言えども、こちら側としては、燻んだビー玉にしか見えないのだが……。

 

「今から私がこれをプールの中へと投げます。で、これを沢山集めたほうが勝ちってわけ」

「疲れるだけだろ。んなことやっても、安らぎに来たんだろ? 俺たちはさ」

「勿論、それだけじゃあつまらないよね。だから、大人の遊びをしようよ」

「大人の遊び?」

 

 聞き返す俺に、彼女は微笑みながら。

 

「そう。負けたほうが何でも一つ相手の言うことを聞くって遊び」

「負けたほうが何でも一つ相手の言うことを聞く」

「時縄くんにイイことを教えてあげる」

 

 彩心真優はそう笑みを浮かべて、俺の首元へと顔を近付けてきた。

 それから俺の瞳を覗き込むかのようにして、無邪気な声で言い放つ。

 

「上手くいけば……私のおっぱいを触ることだってできるよ」

 

 俺の視界は、一直線に注がれる。

 扇情的な黒い布に覆われた彩心真優の豊満な白磁色の乳房に。

 ぷるるんと柔らかそうで、一度揉んだら理性を失いそうな女性特有の部位に。

 

「それも生でいいよ」

「……な、生」

「水着の中に手を入れて、直接触ったほうが気持ちいいと思う」

 

 いやいや、コイツは何を言っているのだ。

 

「もしかして着衣状態で揉むほうが好きだった?」

「違うわ!!」

「それなら生で決まりだね」

「それじゃあ、始めるよ。よぉ〜いどん!!」

 

 彩心真優はビー玉を投げた。

 投げ込まれた先は、水深二・五メートルを誇るこの施設最大のプール。

 一足先に走り出した彼女の背中を追いかけ、俺は水の中へと飛び込んだ。

 

 ざぶぅうううううううううんんんんんんんんんんんんんんん。

 

 やるとは一言も言っていないのだ。

 だから、別に彩心真優との遊びに参加する必要はない。

 それは分かっているのだが……。

 

「——————————」

 

 水中の中で見える景色に、俺は思わず呼吸を止めていた。

 ビー玉が光り輝いていたのだ。

 陸上では全く輝いて見えなかったはずなのに——。

 水中の中では、まるで宝石の一種と言われても信じてしまうほどに。

 大小異なるビー玉は星々のように光り輝いていたのだから。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ」

 

 呼吸が苦しくなって、俺は浮上する。

 もう一度酸素を取り込む。

 それから、自分が勝負をしていることを思い出し、宝石探しを始めるのであった。

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