忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第36話『時縄勇太は悪女の色香に抗えない③』

「はい、私の勝ちでいいよね? この勝負はさ」

 

 宝探し勝負。その勝敗が決まった。

 最初は良い勝負なのではと思ったものの、彩心真優の圧勝であった。

 俺も健闘はしていたはずなのだが、全体の三分の一程度しか取れなかった。

 

「さぁ〜てどうしようかなぁ〜。時縄くんには何をしてもらおうか」

「ちょっと待てよ。俺は元々強制的に……」

「逃げるんだね。本当に卑怯だね」

「…………クソ、分かったよ。煮るにも焼くにも勝手にしろ」

「ならさ——」

 

 そう無邪気に微笑む彩心真優。

 プールの中に入っていたので髪も身体も濡れている。

 ミルク色の肌に付着する水滴がやけに艶かしい。

 また、濡れた黒水着は皮膚へと張り付く、彼女の美しい肢体を更に際立たせる。

 そんな彼女を見ていると、思わず視線を逸らしてしまう。

 

「んぅ〜? どうしたのかなぁ〜? もしかして興奮してるの?」

 

 途中で言葉を止め、彩心真優が琥珀色の瞳をキラキラさせてきた。

 後ろに手を組みながら、彼女が少しずつこちらへと歩み寄ってくる。

 それから、またしても、彼女は濡れた桃色の唇を近付け「もしも」と囁いてくるのだ。

 

「もしも、私があの子と別れてと言ったらどうする?」

「そんなの聞くことはできない」

「そういうと思ってた」

 

 だから、と誘惑上手な悪女は新たな言葉を吐いてきた。

 耳元に触れる彼女の吐息。塩素が混じったプールのにおい。

 俺の頬を掠める彼女の濡れた髪。ポツンと突起した乳房。

 

「だからさ、身勝手でワガママな私に許しを欲しいんだ」

「許し……?」

 

 問い返す俺に対して、彼女は「そう」と呟いた。

 銀河を連想させるような瞳を熱っぽくさせ、再度口を開いた。

 

「私が時縄くんのことを好きで居続けていいって許しだけ欲しいんだ」

「……………………」

 

 俺はこの女のことを一つ勘違いしていたかもしれない。

 この女のことだ。

 変な内容の命令を下してくると思っていた。

 それ故に、こんな簡単な命令でいいのかと思ってしまうほどだ。

 

「時縄くんは別に私のことを好きでも嫌いでも構わない」

 

 ただね、私が時縄勇太くんのことを好きで居続ける許しが欲しいの。

 そうもう一度お願いされてしまい、俺は結論を下した。

 

「別にいいよ」

「ほんとう?」

「誰を好きになろうがなるまいが、お前の勝手だからな」

「ありがとう。とっても嬉しい」

 

 彩心真優はガッツポーズを取った。

 普段はクールで涼しげな表情を浮かべているのに。

 意外な一面を見て、俺は思わず笑ってしまう。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 俺と彩心真優はプールを出て、ラーメン屋へと向かっている

 遊び疲れてしまい、お腹が空いてしまったのだ。

 田舎町と言えども、まだ人通りが多い街中。

 区画整理も順調に進み、店の明るい光が夜道を照らしている。

 

「プール気持ちよかったでしょ?」

「あぁ、最高だな。久々には」

「カラダが安らぐよね。嫌なことも全部忘れてさ」

「確かに。受験勉強のことを完全に忘れてたわ」

「水の中って音が殆ど聞こえなくなるじゃない?」

 

 隣を歩く彩心真優がそう呟く。

 予備校終わりにそのまま来たので、彼女の格好はラフなものだ。

 少し大きめなシャツに、藍色のロングスカート。

 一応予備校内では、露出が激しい服装を禁止されているのだ。

 

「私さ、それが大好きなんだよね。全ての音が消えて、自分だけの世界がそこにあるから」

「ポエマーかよ」

「……詩人振ってるわけじゃなかったんだけど、言いたい気持ちは分かるでしょ?」

 

 それにしても、と呟きながら、彩心真優は話題を変えてきた。

 

「私たち二人はどんなふうに見られているんだろうね」

「別になんとも思われてないだろ」

「またまた〜。そうやって逃げるよね」

「お前はそこまで彼氏彼女だと思われたいのか? 他の人に」

「うん。隣に居るこの人が私の彼氏ですって教えたいじゃん」

「お前はただの友達だけどな」

「友達なんだ、私は」

「友達であり、ライバルだ。医学部を目指す者同士だからな」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 雑談を交えながら歩くこと十分程。

 商い中のすだれが掛かるラーメン屋へと、俺たちは足を踏み入れる。

 店内は落ち着いた雰囲気がある感じで、内装は木材を使用している。

 カウンター席とテーブル席があり、テーブル席は座敷になっている。

 カウンター席には、丸太をそのままぶった切ったと言われても納得できる椅子が並べられている。俺と彩心真優はカウンター席を選び、メニュー表を確認した。

 

「ここは味噌ラーメン専門店なのか」

「時縄くんは味噌は苦手?」

「いや……九州男児は豚骨一択じゃないかと思って」

 

 味噌の味は、北海道、伊勢、江戸前などなど。

 どこかで聞いたことがある味噌の名前ばかり。

 正直、初心者の俺にはさっぱり分からなかった。

 とりあえず、人気ナンバーワン商品を選べば間違いないだろう。

 ちなみに、彩心真優も初めて来る店だと言うが、手慣れた様子である。

 

「北海道味噌炙りチャーシュー麺を二つお願いします。麺は大盛りにしてもらって、それとチャーシュー丼も二つください!!」

「……こういうのって、男が注文するものじゃないのか?」

「私の声ってさ、結構通るほうだと言われてるんだよね〜」

「まぁ〜お前が率先してくれるから、めちゃくちゃ助かるんだけど」

「彼女さんと行くときはどうしてるんだ?」

「ラーメン屋みたいな物騒とした場所には来ないよ」

「確かに、ランチ時の牛丼屋とラーメン屋は刺し違えることもあるかもしれないからね」

 

 特に二郎系ラーメンに行こうとすれば、店主と客の間で何が起きるのか……。

 考えただけで恐ろしい。結愛は小食だし、完璧に目の敵にされることであろう。

 

「時縄くんはさ、夏休みの計画とか立てた?」

「俺たち浪人生なんだけど!!」

「同じ夏は二度と来ないよ」

「結愛も似たようなこと言ってたなぁ〜」

「私、意外と結愛さんと仲良くできるかも」

「結愛は人見知りが激しいタイプだから無理だな」

 

 小学校の頃は社交的だった。

 だが、病に犯されてから、結愛は人見知りが激しくなっていった。

 俺の知る限りだが、結愛には同年代の友達が居ない。

 同年代の知り合いといえば、幼馴染みの俺ぐらいだろう。

 

「で、彼女さんとは一緒にどこか行かないわけ?」

「…………旅行に行く予定だよ」

「旅行? 男女二人で?」

「そうだよ」

「青春だね。で、どこに行くの?」

「海がキレイなリゾート地」

 

 俺と結愛の二人だけの楽しい最高の旅行。

 何としてでも、邪魔者を入れないようにしなければ。

 そう思い、俺は詳しい詮索を避けるために問い返すことにした。

 

「で、お前のほうはどうなんだよ?」

「全国津々浦々食べ歩きツアーを決行予定!!」

「お前らしいな」

「と言っても、予備校もあるし、そう休めないんだけどね」

「俺たちの身分は半端者だからな。それは仕方ねぇ〜よ」

「でも、私も海には行くつもりだよ。サユちゃんに誘われてるからね」

 

 サユちゃん。

 前にも聞いたことがある名前だな。

 でも、サユという名前の生徒が予備校内に居たっけ??

 俺の中で、彩心真優のエア友達なのではないかと思っているんだが。

 

「サユちゃんが言うにはさ、水族館と花火大会もあるから絶対楽しいってさ」

「まぁ〜良かったじゃん。お前も計画ができてさ。お互い、楽しい夏にしようぜ」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 俺と彩心真優は満足気な表情で店内を後にした。

 感謝の心を込め、頭を下げる店員さんにも好印象である。

 

「……味噌ラーメンの美味さを再確認できた気がする」

「私も……。味噌ラーメンってこんなに美味しかったんだと感動した」

「俺もだよ。サッポロ一番の味噌ラーメンで満足してた俺がバカらしく感じる」

「即席ラーメンと店で食べるラーメンを食べるのはよくないよ」

「それにしても……アレは美味すぎる」

 

 極太のチャーシューが四枚。

 スープを覆い隠すように乗り、炙り特有の香ばしさが食欲を掻き立ててくるのだ。

 濃厚な味噌スープ。こってりした味だが、一口飲めばもう虜になっちまう。次から次へと飲みたくなる味付け。時間の経過と共に溶けるバターが、更なる旨味を引き出す。

 そして、麺。縮れ麺を採用し、これがスープの味を凝縮しているのだ。言わば、スポンジ。他にも、もやしやミンチ肉などが入っており、美味しさをこれまでかと引き上げる。

 

「ねぇ、時縄くん」

「ん? どうしたんだ、彩心」

「あのさ、今からちょっとだけ……私に付き合ってくれない?」

「…………別にいいけど、何をするんだ?」

「時縄くんにまだお礼をしていなかったと思って」

「俺たちの間で貸し借りの関係は終わったはずだろ?」

「それはそうだけど……まだ返しきれていないものがあるから」

 

 僅かに視線を逸らす彩心真優。

 困惑する彼女の姿さえも、彼女は愛らしい。

 まるで、お菓子を沢山食べて咎められる乙女のように。

 

「あのさ、とりあえず……私の家に寄ってもいいかな?

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