忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第39話『時縄勇太は最愛の彼女に永遠の愛を誓う②』

 先に断言する。これは夢の話だ。

 それも、一度経験した苦い過去をベースに生み出した悪い夢だ。

 

「ウソだろ……? どうして……どうして……」

 

 大学の合格発表日、俺はスマホ片手に立ち尽くしていた。

 画面に映るのは、無機質に並んだ数字とアルファベットの羅列。

 自分の番号を何度も確認するも、そのページには表示されていなかった。

 

「去年も落ちて……今年もまた落ちたのか、俺は」

 

 医学部受験を目指して毎日必死に勉強していたのに。

 両親に多額の出費を払わせたくせに、俺はまた失敗したのか。

 次こそは必ず医学部に入学し、立派な医者になると誓っていたはずなのに。

 

「——————うう!!」

 

 ブーブーと立て続けに鳴り響くのは、スマホの通知音。

 送り主は両親とその親戚。

 合否が気になり、結果を聞き出そうとしているのだ。

 と言えども、俺は彼等へ返信を送る気力もなく、ただ茫然とするのみ。

 無力でちっぽけな情けない自分への怒りを押し殺していると——。

 

『結愛:結果はどうだった? 四月から医学部入学おめでとう!』

『結愛:って、まだ合否が決まったわけじゃないのにごめん。一人先走って』

『結愛:でも、あたしは信じてるよ。勇太が絶対に受かっているって』

 

 最愛の彼女から送られてきたのは、一寸の狂いもないほど純粋な言葉。

 しかし、俺はそのあまりにも優しく、でも傷付けるのに十分な言葉に悔し涙を流した。

 

「ごめん……結愛。約束守れなくて……ごめん、結愛……医者になれなくて……」

 

◇◆◇◆◇◆

 

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

 

 激しい動悸に襲われ、俺は嫌な夢から目覚めた。

 呼吸は乱れ、大量の汗を掻いていた。

 シャツが肌に纏わり付き、不快感が拭えない。

 

「大丈夫? うなされてたけど」

 

 結愛の優しい声を聞き、俺は呼吸を整える。

 先程までの出来事は夢なんだ。あれは現実の出来事ではない。

 そう自覚しながら、俺は口元を緩めて。

 

「あぁ、大丈夫だよ」

「そっか。それならよかった」

 

 結愛が微笑む。

 俺はその最高の笑みを下から覗き込む形で見ていた。

 今まで意識していなかったが、俺の頭上には双璧の果実がある。

 更には、頭と首筋には柔らかく温かな人肌が触れている。

 この状況を考えるに、どうやら俺は膝枕してもらっているようだ。

 

「ん? 待て……結愛、これはどういう状況だ?」

「勇太があたしの太ももに夢中」

「俺が変態みたいに聞こえるんだが!!」

「頬っぺたをスリスリさせて息をふーふーしてたのに?」

「…………眠っている間の俺はなんてことを!!」

「という完全犯罪? 眠っている間の行為も責任問題が発生すると思う」

「んなわけあるか。そこまで俺は器用な人間じゃないよ」

 

 もしもそんな器用さがあるなら、もっと卑猥なことをしているはずだ。

 

「俺……どれくらい寝てた?」

「お弁当を食べてからずっと寝てたよ」

 

 本日の昼食は結愛の手作り弁当だった。

 海苔を巻いたふっくらおにぎりと、俺好みな脂っこい茶色系統のおかず。「作り過ぎた」と本人が言う通り、俺用の弁当箱には所狭しとおかずが敷き詰められていた。

 容器はプラスチック製の使い捨て弁当箱を使用し、おにぎりはラップで包まれていた。結愛曰く、帰宅するのが明日になる都合上、厄介な荷物を減らしたかったようだ。実際、夏場は腐臭問題を起こす可能性もあるし、英断と言うしかない。

 

「それにしても……勇太の寝顔可愛いかったなぁ〜」

 

 そう言いながら、結愛は手元のスマホを大事そうに握りしめている。

 普段はのほほんとしている結愛だが、本当に気が利く女の子だ。

 将来は有望なお嫁さんになるだろう。俺はそう確信してしまう。

 

「……結愛、とりあえず寝顔を撮影するのは禁止にしようぜ?」

「ダメ。隙を作った勇太が悪い。それにこれも大切な思い出のひとつ」

「そうだな。大切な思い出のひとつだよな」

 

 結愛の意見に同調しながらも、俺は彼女の寝顔を撮影する決意をした。

 大切な思い出を作るのだ。これは別に悪いことではないよな?

 

「勇太は頑張ってるよ」

「えっ……?」

「寝言聞いてたの。また落ちたって」

 

 結愛は優し気な笑みを浮かべ、情けない俺の頭をゆっくりと撫でた。

 

「勇太なら大丈夫だよ。勇太が頑張ってること、あたしは知ってるから」

 

 俺が結愛を見ているように、結愛も俺を見ているのだ。

 彼女の前ではカッコいい彼氏のままでいたいのに。

 寝ている間に彼女を心配させてしまうとは……。

 

「ごめんな、結愛。心配掛けちまって」

「ううん。それはこっちのセリフだよ」

 

 結愛はそう呟き、目尻を細めて。

 

「あたしのせいで医学部に入らなきゃって切羽詰まってるだよね?」

「…………そうだな。追い込まれてるよ。どうすればいいんだろうってな」

「それじゃあ、今から勇太におまじないをしてあげる」

「おまじない……?」

「うん、おまじない。勇太がこれ以上自分を追い詰めないために」

 

 穏やかな微笑を浮かべ、結愛は静かに顔を寄せてきた。

 鼻先が触れ合う寸前の距離で、彼女の吐息と栗色の髪が頬を撫でた。

 蜂蜜色の瞳が俺を深く見つめ、心臓の鼓動が速まる。

 彼女は俺の頬へと両手を添え、完全に逃げ場を奪った。

 

「勇太はもっと甘えてもいいんだよ」

 

 俺の視界いっぱいに広がるのは、最愛の彼女の姿。

 幸せな眺めだなと思う頃には、お互いのおでこ同士が静かに触れ合い、確かな安らぎが押し寄せてくる。

 

「勇太なら大丈夫だよ。勇太なら絶対に合格できる」

 

 一年後の話なのに結愛は断言した。

 俺の成績が不安定な状況にも関わらず、合格が保証されているとでも言うように。

 

「本当はね、今回の旅行は勇太のためを思ってなんだ」

「ん? どういうことだ?」

「今回だけは、勇太に勉強のことを忘れて遊んでもらおうと思って」

 

 俺は毎日勉強に励んでいる。

 朝から晩まで休みなくだ。

 それを知るからこそ、結愛は一泊二日の旅行を計画してくれたのか。

 

「頑張り屋さんな勇太にも休息が必要でしょ?」

 

 俺は根詰めて勉強する癖がある。

 周りから心配されるほどに。

 良い意味で言えば、それはストイック。

 悪い意味で言えば、ただの狂人にしか見えないのだろう。

 

「結愛の言う通りだな、偶には休息も必要だよな」

「うん。勇太だって年頃の男の子だもん。我慢しなくていいんだよ」

 

 長い睫毛に、アーモンド形の大きな瞳。

 彼女は頬を朱色に染め、微笑を作る。

 その後、俺の手を掴み、自らの胸元へと押し当てた状態で言うのだ。

 

「もっともっとあたしを感じていいんだよ、勇太は」

 

 確かな膨らみがある胸元を揉み、俺は人肌のぬくもりを知る。

 たった一度揉んだだけなのに、また揉みたいと強く思ってしまうのだ。

 服の上から触れただけなのに、俺は興奮が止まらず、鼻息が荒くなってしまう。

 

「あたしはね、勇太のたったひとりの彼女なんだよ」

 

 冷静さを失う俺に対して、結愛は母性溢れる笑みを浮かべる。

 その姿を見るだけでもう全てを投げ捨て、彼女を襲いたい欲望が生まれてしまう。

 

「だからさ、勇太はもっともっと頼っていいんだよ。もっともっとドキドキしていいんだよ。もっともっと求めてくれていいんだよ。もっともっと甘えてもいいんだよ」

 

 結愛はそう呟き、俺の唇を奪おうとした。

 だが途中で動きが止まる。

 車内のアナウンスが鳴り響いたのだ。

 俺たちが片道四時間を掛けて目指した目的地へと。

 

「残念。タイムアップ」

 

 甘い吐息が頬を掠める中、結愛は添えていた両手を離した。

 名残惜しそうな瞳を浮かべたまま、彼女は俺のおでこに唇を合わせた。

 

「この続きは夜にお預けだね、勇太」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 潮風が流れる海辺際の無人駅。

 改札口もなければ、駅員の姿もない。

 あるのは、駅の名前が書かれた大きな看板と切符入れ用の金属箱。

 俺たちは、地平線上に続く水の世界に圧倒されていた。

 

「海だな」

「海だね」

 

 テトラポットに波が押し寄せ、大きな水しぶきを作る。

 その後、またすぐに新たな波が現れる。

 それを何度か繰り返すのを眺め、俺は思わず笑ってしまった。

 

「夏って感じがしてきたな」

「そうだね。早く海に行って遊びたいね」

「結愛は泳げないだろ?」

「…………水遊びぐらいはできるから」

 

 俺はリュックサック一つ。

 結愛は大きなキャリーバックと小物入れ用の手提げ袋を一つずつ。

 

「旅館までの道のりはこっちだな。行くぞ、結愛」

「勇太!! 自分で持つからいいよ!! キャリーバック!!」

 

 後方の結愛が抗議の声を上げるが、俺はそれを無視する。

 荷物持ちが俺の仕事だ。女の子に手を煩わせるわけにはいかない。

 

「ここが旅館か。雰囲気があるな」

「老舗の旅館。創業100年以上だって」

「こ〜いう場所ってお化けとかが出るんだろ?」

 

 数秒間の沈黙。

 隣でニコニコ笑顔だった結愛の表情が固まる。

 変な温度差を感じていると、結愛が小さな声で呟き、服の袖を掴んできた。

 

「……………………勇太のバカ」

「結愛……もしかして幽霊とか苦手なのか?」

「ゆゆゆ幽霊とか……ぜ、ぜんぜんこわくにゃい」

「噛んでるぞ、結愛」

 

 病院生活の結愛と言えども、意外と幽霊が怖いようだ。

 これは新たな発見だ。幽霊に怖がる結愛の姿も見てみたい。

 そんな邪な考えが過ぎりつつ、俺は彼女の手を握って旅館内へと足を踏み入れる。

 

「スゴイ地味だな」

「勇太。口が悪い。風情があると言わなきゃ」

 

 俺たちが案内されたのは、レトロな雰囲気が漂う畳の座敷部屋。

 テレビは薄型の最新型だが、照明や部屋の内装が全体的に古臭かった。

 

「でもよかったじゃん。フロントで幽霊は出ないって言われたし」

「……当たり前。幽霊なんて非科学的なものが出るはずがない」

 

 プイっと顔を背けつつ、結愛はそう呟く。

 それから視線を僅かに俯かせたままに。

 

「勇太のほうがよかったね。混浴にも入れるらしくて」

 

 流石は老舗旅館というべきか。

 男性風呂・女性風呂以外にも、混浴風呂があるというのだ。

 それも予約を取れば、私用で利用も可能だというのだ。

 勿論、女将さんから口を酸っぱく「ハメを外しすぎるのはダメ」だと言われたが。

 

「それにしても、結愛……どうしたんだ? ソワソワして」

「……えっ?? ええと、そ、その……」

 

 結愛は足元をモジモジさせる。

 程よい肉付きがある細い白肌を擦り合わせる。

 その姿が異様に扇情的に見え、俺は鼻を啜ってしまう。

 

「……勇太。ちょっと耳を塞いでてほしい」

「はぁ? どうして?」

「…………お手洗い行きたいから」

 

 音漏れを気にしているのか。

 別に、俺は全く気にしないのだが。

 ともあれ、結愛は女の子。気になるのだろう。

 

「テレビ点けてるから。それでいいだろ?」

「わかった。でも聞いてたら……絶対許さないから」

「排泄音を有り難く思うほど、俺は特殊な性癖はないぞ」

 

 結愛はトイレへと向かい、俺はテーブルへ置いてあるリモコンを手に取る。

 電源ボタンを押してみるのだが——。

 

「あれ? 電源が点かないな」

 

 何度か試してみるが、全く電源が点く気配すらない。

 静寂な空気だけが漂う中、謎のせせらぎが聞こえてきた。

 俺はその正体が何かに気付き、慌てて行動する。

 どうやらテレビのコンセントが入っていなかったようだ。

 俺は気を取り直して、テレビの電源を入れると——。

 

「ねぇ、勇太。まだ夕食まで時間があ——」

 

 ベストタイミングで結愛が戻ってきた。俺はテレビに夢中だった。そうだ。俺は何も聞いていない。変態小僧のような真似は一切していない。

 

「あれ? 結愛? どうしたんだ? 顔を隠して」

「ええええっと……勇太はずっとテレビ見てたの?」

「当たり前だろ。テレビに夢中だったぜ!!」

 

 言った後に、しまったと思った。

 テレビ画面に映し出されるのはアダルトビデオ。

 旅館へと遊びに出かけた男性と女性が交わり合う姿があったのだ。

 俺は慌ててチャンネルを変え、報道関係のニュースへと切り替える。

 

「勇太も男の子だもんね。大人な女性が大好きだよね」

「待て待て。これは誤解だよ、結愛」

「でも夢中だったんでしょ?」

「それは言葉のあやで……ええと」

 

 誤解を解くのに、無駄に時間が掛かった。

 だが、結愛は納得した様子で、ほっと肩を撫で下ろした。

 

「で、今からどうする? まだ時間があるし」

 

 俺がそう訊ねると、結愛は飛び切りの笑顔で断言する。

 

「水族館に行きたい!!」

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