忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第43話『時縄勇太は最愛の彼女に永遠の愛を誓う⑥』

「いやいや、まさかこんな偶然があるとはね……」

 

 ガッハハハと豪快に笑い出すサユさん。

 彼女は結愛の両肩に手を置き、後ろから抱きついた。

 

「アタシたちと一緒の旅館だったとはね、結愛ちゃん」

 

 彼女の明るい笑みとは裏腹に、結愛は困惑状態だ。

 透き通った美しい琥珀色の瞳がダークブルーに染まり、遠い眼差しを向けている。

 嫌がる素振りも見せないのは、余程衝撃的な出来事だったのだろう。

 

「これも何かの運命かな? ねぇねぇ、結愛ちゃん」

「……………………」

 

 無理もない話だ。

 地元から離れた土地で、彼氏と二人でバカンスを楽しんでやる。

 そんな気持ちを持って出かけたのに、余計な二人が混じってしまったのだから。

 俺自身も折角の旅行で知り合いに出会うまでは許せる。

 だが、同じ宿に泊まるというのは、ちょっと嫌だなと思っちまうからな。

 

「ごめんね、時縄くん。結愛さんとの旅行だったのに」

 

 俺の隣に来て、彩心真優が片目を閉じた状態で両手を合わせてきた。

 言葉は一丁前に申し訳なさそうだが、口振りは笑っていた。

 絶対にこの悪女は邪魔してやったぜとでも思っているだろう。

 

「この辺は色んなホテルや旅館があるのに、どうしてここに?」

「ペット可の旅館って珍しいんだよ」

 

 にゃるほど、そうだったのか。

 結愛に優しく抱かれた状態の黒猫が「にゃぁ〜」と可愛らしく鳴く。

 あたかも、自分もここにいますよ〜と自己主張するかのように。

 火傷を負って苦しんでいたこともあったが、今ではスッカリ元気なようだ。

 

「あ、そうだ。勇太くん、結愛ちゃん!!」

 

 何か良いことを思い付きましたとばかりに大きな声を出すサユさん。

 俺たちが視線を向けると、無邪気な笑みを浮かべ、「えっへん」と胸を大きく張ってきた。

 胸元に見事な放物線が描かれ、俺は思わず「おお」と叫びそうになった。

 と言えども、最愛の彼女が居る手前、そんな下品なことはできないのだが。

 ともあれ、リア充オーラ全開で俺たちとは住む世界が違う人種は言う。

 

「どうせなら一緒に食事でも取ろうか? そっちのほうが盛り上がるでしょ?」

 

 盛り上がるか盛り上がらないかの二択なら、盛り上がるだろう。

 二人で食べるよりも四人で食べたほうが楽しいかもしれない。

 しかし——。

 

「…………さ、サユちゃん。二人は恋人同士で思い出作りに旅行をしてるんだよ」

 

 俺が言いたいことを、彩心真優が代弁してくれた。

 初対面の相手で歳上の女性であるサユさん。

 俺が彼女を否定することは難しい。

 そう判断し、彩心真優が気を遣ってくれたのだろう。

 

「思い出作り? んなこと言っても、思い出に残るのは熱い夜だけでしょ?」

「「「……………………」」」

 

 サユさん以外の全員が沈黙。

 結愛も彩心真優も赤面したまま硬直している。

 昭和時代の清純派アイドルと似たような雰囲気を醸し出す結愛が下ネタNGなのはまだ理解できる。だが、彩心真優。お前は違うだろ? お前、俺と二人きりのときは、結構な下ネタをバンバンと抜かしてくると思うんだが? それなのにどうして乙女ぶってるの?

 ヤフーの知恵袋にて、悪女の実態を質問したい気持ちになりつつも、俺は覚悟を決めた。

 リビングでドラマ見てたら、突然濡れ場シーンが出てきて、家族全員が沈黙しちゃった。

 あの何とも言えない雰囲気が漂う状況を変えるのは俺しかいないと。

 

 ここは男である俺がビシッと否定するしか——。

 

「——いいよ、一緒に食べても」

 

 そう呟いたのは、最愛の彼女——本懐結愛だった。

 あの引っ込み思案で消極的な彼女が言ったのである。

 結愛は幼い頃から、俺が他の女の子と関わることを極端に嫌う。

 だからこそ、彩心真優やサユさんと関わることさえも嫌だと突っぱねると思ったのに。

 

「で、彼氏の勇太くんはどうかな? 結愛ちゃんはそう言ってるけど?」

 

 もう答えは決まっているよねと脅すかのように、サユさんは目線を向けてきた

 結愛と二人きりで恋人同士の楽しい時間を過ごしたい。その気持ちも少なからずあるが、結愛が自分から「いいよ」と言ったのである。ここは結愛に任せるべきか。

 

 ただ、一応、最終確認を取ったほうがいいよな。

 

「結愛、本当にいいのか?」

「うん、いいよ。みんなで食べたほうが食事は美味しいでしょ?」

「それはそうだけど……」

 

 本懐結愛は病院生活を送る身だ。

 もしかしたら、もっと多くの人と関わりたいのかもしれない。

 この機会も普段とは違う人たちと触れ合える貴重な経験と思っているのかもな。

 

「勇太は嫌なの? みんなで食事を取るの」

「…………嫌じゃないよ」

 

 そうだ、嫌じゃない。嫌じゃないはずだ。

 この感情は一体何だろうか。何が引っかかるのだろうか。

 俺は結愛に「二人で食べたい」「勇太と食べたい」と言って欲しかったのか。

 その言葉を待ち望んでいたのだろうか。折角、彼女が変わろうとしているのに。

 他人と関わることが苦手な結愛が変わろうと努力しているのにも関わらず。

 

「はいは〜い。それじゃあ、決定だね〜」

 

 サユさんはパチパチと手を叩き、俺と結愛へと温かい眼差しを向けて。

 

「というわけで、夕食時には色々と聞かせてくれよ、二人のことをさ」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 旅館の部屋へと戻った後、俺と結愛は夕食までの時間を自由に過ごすことにした。

 夕食は十九時。

 現在時刻は十七時になったばかり。単純計算で今から二時間程度は暇だ。

 サユさんと真優は先にお風呂に行くということで、夕食は遅めになったわけだ。

 

「クラちゃんはやっぱりカワイイ。何回見てもカワイイ!!」

 

 そう断言し、結愛は黄色と白を基調としたクラゲのぬいぐるみを抱き寄せる。

 余程気に入ったらしく、もう既に名前まで付け、頬擦りまでしている。

 クラゲだからクラちゃん。意外とネーミングセンスは悪くない。

 その姿が何とも可愛らしく、俺は結愛と一緒に旅行に出かけてよかったと心底思う。

 

「…………何かな? その恥ずかしいよ、ジィーと見つめられるのは」

 

 ぬいぐるみへの頬擦りを止め、結愛は顔を真っ赤に染める。

 本懐結愛は十八歳の少女。

 ぬいぐるみで遊んでいる姿を眺められ、恥ずかしさに耐えきれなったのだろう。

 俺としては、そんな彼女の姿さえも「可愛いな」と思えるのだけど。

 

「結愛がこんなに喜んでくれてよかったと思ってさ」

「……喜ぶに決まってるじゃん。大好きな勇太との旅行だよ?」

「そう言ってもらえると、彼氏冥利に尽きるってもんだな」

「……あたしも彼氏にそう言ってもらえて、彼女冥利に尽きるよ」

 

 結愛はそう呟き、もう一度クラちゃんを強く抱き寄せる。

 ぐにゃりと身体部分が曲がるクラちゃん。キノコ頭の部分だけは原型を留めている。

 

「でも知らなかったな。勇太にはあんな可愛いお知り合いが居るなんて」

 

 結愛の口から出てきた言葉は切なげで淡々としたものだった。

 俺の方へと視線を向けることもなく、ただぬいぐるみへと寂しげな瞳を向けている。

 

「勇太はさ、真優ちゃんとはどんな関係なの?」

「どんな関係って……別に俺とアイツは何もないよ。ただの予備校の知り合いってだけ」

「それにしては仲が良さそうに見えたけど……」

「アイツが社交性あるだけだよ。だから、別にアイツとは何も——」

 

 俺は最低な嘘吐き野郎だ。

 彩心真優と一線を超えた関係にあるのに。

 またしても本当のことを言えず、嘘を積み重ねている。

 

「うん。分かるよ。真優ちゃんと少しだけお喋りしたけど、あたしとは全然違う人だった」

「あぁ〜そう思えば……彩心真優と二人きりで何を話していたんだ?」

 

 結愛と彩心真優は二人きりで何かを話していた。

 遠くから眺めていた身としては、どんな話をしていたのかは気になる。

 

「気になる?」

「まぁ〜それはな。もしかして、俺が聞いちゃいけないことなのか?」

「ううん。そ〜いうことじゃないよ」

 

 結愛は首を横に振った。

 続けるように「ただ」と呟いてから。

 

「ただ、お友達になろうって言っただけだよ」

「お友達……?」

「うん、お友達。あたし、病院生活だから友達がいないじゃない?」

 

 だから、欲しかったんだ。自分と同年代の女の子のお友達が。

 そう切なげに呟く結愛を眺めながら、俺は胸が締め付けられる思いになった。

 本懐結愛を誤解していたかもしれない。俺は彼女を大人びた存在だと思っていた。

 だが、彼女も一人の少女なのだ。一人の普通の女の子なのだ。

 だからこそ、同年代のお友達を欲しくなるのは当然か。

 

「でも、本当によかったなぁ〜。真優ちゃんがあんなにイイ子で」

「ん? イイ子? アイツが? どこが?」

「いや、だって……あたしとお友達になってくれたんだよ? 何もない空っぽなあたしと」

「結愛と友達になりたい人は、この世界にゴロゴロいるだろ」

「そうかな? でも、そこまでお友達は増やしたくないかも」

 

 友達が増えることはいいことではないのか。

 そんな疑問を抱いていると、結愛がその真意を教えてくれた。

 

「だって増やしすぎたら、勇太と一緒に過ごす時間が少なくなっちゃうでしょ?」

「あぁ、それは困るな。俺も結愛の友達が増えることは嫌だな」

「でしょ? それなら今後、あんまり勇太もお友達増やしちゃダメだよ?」

「えっ……?」

「勇太の友達は、あたしの友達でもあるんだから」

 

 だから、と呟きつつ、結愛はクラちゃんの触手をブンブン振り回しながら。

 

「勇太はこれ以上お友達増やしたらダメだからね。分かった?」

 

 結愛が何か威圧を掛けているわけではない。それは分かるのだが、彼女の周りから異様なオーラを感じてしまうのだ。それが何かは分からない。肌に纏わり付き、粘着してくる嫌な感じだ。首元まで襲ってきたその異様な空気に耐えきれず、俺は言うしかなかった。

 

「分かってるよ……俺は勉強一筋だからな。これ以上は増やさないよ」

「うん。それならいい。勇太は医学部に入学して、医者になるの。その後、あたしの病気を治すんだから。それ以外の目標は何も要らない。そうだよね? 勇太」

 

 自分が言う分には構わないのだが、結愛がそれを言う必要があるのか。

 何か押し付けがましい気もするが、それを口にするのはやめといたほうがいいか。

 俺は彼女に「あぁ」と相槌を打ち、手元にあるポリッピーの袋を開いた。

 五種アソート商品で、俺がお気に入りのチーズ味である。

 

「勇太。ご飯前に食べていいの? 後から、ごちそうが食べられなくなるよ?」

「俺の胃袋を舐めるなよ。豆ぐらいで満腹になるわけないだろ?」

「やっぱり男の子だよね、勇太は。食べ盛りだ」

「歩き回って腹が減っちまったからな。これは仕方ねぇーよ」

 

 豆を食べると、無性に喉が渇く。

 コップに注いでいたエナジードリンクを飲もうとしたのだが、もう既に空だった。

 

「結愛。悪いけど、冷蔵庫からジュースを取ってくれない?」

 

 冷蔵庫の近くに座っている結愛にそうお願いすると、彼女は立ち上がった。

 残り半分ぐらいのエナジードリンクを手に取り、それを見せてくる。

 俺はそれに対して「それそれ」と首肯すると、結愛が持ってきてくれた。

 

「もう本当に勇太は甘えん坊さんだよね」

「偶には甘えたいんだよ」

「そっかそっか。勇太は甘えたいんだ、あたしに」

 

 そう微笑みながら、結愛がコップに炭酸飲料を注いでくれる。

 炭酸の泡が溢れないように真剣な眼差しを向ける姿も最高に可愛い。

 長い睫毛に、大きな瞳。色白できめ細やかな肌に、明るい色素の髪。

 果たして、これが本当に俺の彼女なのかと自分でも疑問に思うほど可愛い女の子だ。

 自分で言うのもなんだけど……あまりにも可愛すぎて、俺にはもったいないぐらいだ。

 

「またこっちを見てる。何かな?」

 

 疑惑の眼差しを向けながらも、結愛は自分用のコップにリッチカルピスを注ぎ入れる。

 子供の頃から結愛は炭酸が苦手で、カルピスが大好物だった。

 特に原液から作るカルピスが好きで、昔は一緒に飲んでいた記憶がある。

 で、このリッチカルピスは、原液カルピスに劣らず、濃ゆい味付けなのらしい。

 

「結愛が可愛すぎて見惚れてただけだよ」

「……………………勇太は恥じらいとかないの? クサイセリフばっかり言って」

「事実を言ってるだけだぜ。別に恥じらう必要はないだろ?」

「ふぅ〜ん。勇太はあたしにメロメロなんだ」

 

 嬉しさ半分恥ずかしさ半分という笑みを浮かべて、結愛がコップを口に付ける。

 ゴクゴクと飲む姿は可愛らしく、写真立てに飾りたい気分になるほどだ。

 と言えども、お口が小さい結愛は一気に全てを飲み干す真似はせず、ちまちまと飲んでいる。どこかのお嬢様とは大違いだぜ。アイツは一気に飲み干すクセがあるからな。

 

 そんなことを悠長に考えていると——。

 

「えっ……?」

 

 結愛の手からコップが落ちた。

 まだ中に大量に入っていた白濁液が、畳の上と彼女の衣服を容赦無く汚した。

 

「んんんんんんんんっっっっっ」

 

 お尻を付けた畳に付けた状態で、結愛は身体を丸めてしまう。

 右手で心臓部分を押さえ、息苦しそうに呼吸を荒げている。

 突然の事態に頭がパニックになる俺に対し、結愛は優しい瞳を向けてきた。

 

「だ、だ、だ、だ、だ……だいじょうぶ……だ」

 

 大丈夫なはずがない。

 結愛の身体に異常事態が起きているのだ。

 苦しんでいるのだ。それは絶対に間違いない。

 

「大丈夫って……絶対大丈夫じゃないだろ!!」

 

 俺はスマホを握り、然るべき場所へと連絡を入れようとするのだが——。

 

「大丈夫。ちょっと手が滑っちゃっただけだけだから」

 

 結愛が俺の腕を掴んできた。力強く。

 呼吸は先程よりも息苦しさはなくなっている。

 けれども、まだ不安定な状況が続きそうだ。

 

「手が滑ったって感じじゃないだろ?」

「…………別に何でもない。大丈夫だから」

 

 大丈夫だと言い張る結愛には悪いが、俺は結愛のことが心配だった。

 彼女がこれ以上苦しむ姿なんて見たくない。見たいはずがなかった。

 

「勇太、ママにも病院にも電話を掛けちゃダメだからね……」

 

 苦しそうに息を途絶えながらも、結愛はそう忠告してきた。

 余程辛いのか、瞳は半開きで、今にも気絶してしまいそうだ。

 けれども、俺の前だということもあり、彼女は必死に笑顔を浮かべるのだ。

 

「もしも電話を掛けたら折角の楽しい旅行が台無しになっちゃう。あたし、もっと勇太と一緒に居たい。あたし、もっと勇太のそばに居たい。勇太のことが大好きだもん。勇太にもっと甘えたいし、勇太にもっと甘えてほしいんだもん。だから、まだ帰るわけには行かないんだもん。あたし、今日という今日を今まで楽しみに待ってたんだよ!!!!」

 

 悲痛な叫びを上げながらも、結愛は俺の腕を更に強く握りしめてくる。

 小さな彼女の手のどこにそんな力があるのかと思ってしまうほどに強かった。

 だが、その力は徐々に緩まっていくのだ。まるで、溶け始めた氷のように。

 

「またあの場所に戻ったら……あたしは可哀想な女の子に戻っちゃう。そんなのヤダよ」

 

 本懐結愛は涙を溢れさせながら、続きの言葉を吐いた。

 

——だからさ、神様。

——今日一日だけは、たった一日だけでいいから。

——あたしを普通の女の子にしてください。

 

 それは切ない少女の願いだった。

 今日という今日を楽しみに待ち続けた病弱な女の子の。

 

「ねぇ、お願い。勇太……明日には絶対帰るから。今日だけは普通の女の子でいさせてよ」

 

 たった一日。されど一日。

 本懐結愛は病院生活を強いられる身だ。

 いつでもどこでも外出していいわけではない。

 だからこそ、一日の重みが俺とは全く異なるのだ。

 

「…………分かったよ、結愛。でも、次体調が悪くなったら、俺は電話を掛ける」

「…………ありがとう、勇太。あたしをまだ普通の女の子でいさせてくれて」

 

 呼吸を荒げて苦しそうに笑顔を浮かべる結愛。

 彼女の痛みが、苦しむが、少しでもなくなってほしい。

 だが、どうすればいいのか分からない俺は彼女をゆっくりと抱きしめた。

 

「結愛は可哀想な女の子じゃないよ。世界で一番幸せな女の子になるんだから」

「世界で一番幸せな女の子……?」

「あぁ、俺がこの手で必ずそうさせるから。だから、もう少しだけ待っててくれ」

 

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