忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第45話『時縄勇太は最愛の彼女に永遠の愛を誓う⑧』

「酒だぁ〜!! 酒を飲むぞぉ〜!! 野郎どもぉ〜!!」

 

 俺以外の三人は浴衣を着ている。

 全員心の底から似合っているし、お風呂上がりということもあり艶っぽい。

 火照った身体と水滴がまだ付着する髪。

 それに、甘くて男心を誘惑する香りが漂ってくるのだ、三人から。

 特にサユさんに至っては胸が今にも綻びそうで危険な気がするけども。

 

「サユちゃん、私たちは未成年なんだけど?」

「んな固いことを言わさんな、真優」

 

 サユさんは戯けたように言い、真剣な表情で改めて。

 

「今の間にお酒を強くしとかないと、新歓でお酒をグイグイ飲ませられてお持ち帰りされちゃうかもしれないぞ。特に真優みたいな気が強い女は餌食にされやすいからねぇ〜」

「私は新歓とか参加しないから。そんな如何にもバカそうな連中とは」

「とか言いながら、イケメンな先輩に騙されて行くことになるんだよ?」

 

 大学生にもなってもいない浪人生の身。

 俺はサユさんの発言が正しいのか間違っているのか判断できない。

 俺の隣を歩く結愛はそんな話を聞き、切なそうな表情を浮かべている。

 自分とは、あまりにも遠い世界のお話だと感じているのだろう。

 

「結愛をお持ち帰りするのは俺でいいか? 今ここで予約してもさ」

「…………うん、いいよ。勇太があたしを選んでくれるなら」

「なになに〜? お二人さん、何をイチャついているのかなあ〜?」

「サユちゃん、二人だけの世界に浸っているんだから許してあげなよ」

 

 美女一人に、美少女二人。

 それに冴えない男が一人(俺)の四人衆。

 

——黒髪清楚な美女が浴衣姿とか、マジで俺得過ぎるんだが!!

——あの集団ってモデルさん? 撮影でもしてるのかな?

——あの栗色の女の子、マジでタイプだわ。幸薄そうで幸せにしてやりたい。

——やめとけっ。あんなウブそうな子こそ、裏で何考えているのか分からないんだよ。

 

 それはもう嫌というほどに周りからの視線を浴びる。

 他の人々からはどんなふうに見られているのだろうか。

 もしかしたら美女を連れ回すヤリチン男とか思われているのか。

 いやいや、流石に俺みたいな男がそうなるはずはないよな。

 心の中でツッコミを入れていると、旅館の食堂へと辿り着いた。

 

「よぉ〜し。座席はここだ!! ビールサーバーに近いからね!!」

 

 子供みたいに大きな声を出し、サユさんは座席を確保した。

 座席は自由らしく、どこに座ってもいいようだ。

 食堂はホテル会場のように広く、テーブルが至る箇所に置かれていた。

 俺たちが座った座席は丸テーブルで、お互いの顔を見つめ合える形だ。

 何か問題が起きればすぐに対応できるようにスタッフも常駐済みである。

 

「よかったな、彩心さん。ごはんのおかわりは自由らしいぞ」

「まぁ〜ね。果たして、私の胃袋を満足できるかしらね?」

 

 食べることが大好きな彩心真優は気合いが入っていた。

 その心意気は、焼肉食べ放題で元手を取ろうと躍起になる人たちみたいだ。

 

「老舗旅館の味をトコトン味わってやるわ。もうお腹ペコペコだし」

「恥ずかしいからスタッフを困らせる真似だけはするなよ、彩心さん」

「流石に遠慮というものを知ってるわよ、私そこまでバカじゃないし」

 

 言い争う俺と彩心真優を眺めているサユさん。

 彼女は素朴な疑問を投げかける。

 

「アタシが言うのもなんだけどさ、二人は名前で呼び合わないの?」

「名前?」「名前で呼ぶ?」

 

 俺と彩心真優は二人ほぼ同時に疑問を出す。

 なぜ、名前で呼ばなければならないのかと。

 そもそも論、俺と彩心真優は「彩心さん」と「時縄くん」で言い慣れてきた。

 だからこそ、このままでイイと思っていたのだが……。

 

「いやぁ〜。アタシの名字も、彩心なんだよねぇ〜。だから、ちょっとなと思って」

 

 サユさんは彩心真優の従姉だったよな……。

 なら、確かに彩心姓になるんだよな。

 

「二人は予備校で仲良しみたいだし、名前でいいじゃん」

「確かにそれもそうね……。時縄くん、私を名前で呼べば?」

「名前で呼ぶねぇ〜。でも——」

 

 突き刺さるような視線を感じ、俺は振り向く。

 結愛が俺の後ろに突っ立ち、柔和な笑みを浮かべている。

 笑っているはずなのだが、口元が若干歪んでいるように見える。

 もしかして、結愛さん、怒っていますか??

 

「あたしに遠慮なんてしなくていいよ、勇太」

「結愛がそう言ってくれるなら——」

 

 俺が言葉を続けようとすると、結愛が重ねるように言う。

 

「勇太と真優ちゃんはお友達だもんね。お友達なら名前で呼び合うのは普通でしょ?」

 

 お友達という言葉を、わざと強く言っているように聞こえるが……。

 それは俺の気のせいなのか。それともわざとそう言っているのか……。

 

「だってよ、勇太くん。真優って呼んであげなよ、ほら」

「いやいやいや……突然、名前呼びっていうのは……ねぇ? 時縄くん」

「あぁ……うん。何かちょっと調子狂うよな、突然そう言われるのはさ」

 

 じれったい俺と彩心真優の関係を見て、サユさんはニタァと薄気味悪い笑みを浮かべている。この人、本当に性格が悪いな。彩心真優が俺のことを好きってことを知ってて。

 

「名前ぐらい呼んであげればいいんじゃないかな? 何の特別な意味もないから」

 

 結愛は断言し、口元を僅かに緩ませる。

 名前呼びぐらいで一喜一憂している俺たちをバカにするように。

 と言えども、言動が一致していなかった。

 プルプルと強く握りしめた拳には青い血管が浮き上がっていた。

 

「——真優」

 

 その名前を呼ぶのは、今回が二回目であった。

 彩心真優の家で手厚い介抱を受けた日以来の呼び方だ。

 あの日、懇願する彼女のために、俺は「真優」と呼んだ。

 愛すべき存在——本懐結愛とは一度も越えたことがない関係を持ち、お互いのカラダを激しく求め合うために。

 

「…………あははは、何だか照れちゃうね。名前で呼ばれるのはさ」

 

 白い頬をさくらんぼのように赤く染め、彩心真優は指先で軽く掻く。

 

「私は時縄くんでいいかも。こっちのほうが何かしっくりくるし」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 座席に着くと、食事がすぐに運ばれてきた。

 まず初めに目に飛び込んだのは色鮮やかなポテトサラダと生野菜。瑞々しさ溢れる新鮮な野菜は、日頃不摂生な食事を取る俺には持ってこいである。

 

「この中身は何かな?」

 

 蓋が付いた小さな器を指差し、結愛は小首を傾げた。

 手を合わせて「いただきます」も言っていないのに、中身を確認するのはどうかと思うものの、大切な彼女の質問に返答するほうが大切であった。

 僅かに蓋を開くと、そこから湯気と共に食欲を唆る出汁の香りが漂ってきた。

 中身の正体は茶碗蒸し。器一面には黄金色に輝く卵が広がっている。

 

「……茶碗蒸しか。銀杏とかは入ってないよね?」

「さぁ〜食べてみるまで分からないよ」

「銀杏があったら勇太にプレゼントする」

「プレゼントというか、ただの好き嫌いだろ?」

 

 俺と結愛が喋る間にも、料理は次から次へと並べられていく。

 鶏そぼろとかぼちゃの煮物、貝が大量に入った赤出しの味噌汁、キノコをふんだんに使用した炊き込みご飯——どうやら本日の夕飯は和食御膳になりそうだ。

 彩心真優は目をキラキラ輝かせ、頬を幸せそうに緩ませている。

 今にもよだれが溢れ出しそうな気配がある。本当に食いしん坊な奴だ。

 

「うわぁ〜これ何? お刺身なの? 食べ物というより芸術作品だよね、これは」

 

 彩心真優は飾り切り細工の刺身を間近で覗き込んでいる。彩りの良い切り身を組み合わせて作られたバラは、食べるのを躊躇してしまうほどの出来栄えである。

 俺自身、何度か魚を捌いた経験があるが、身を傷めずに切るのは至難の技だ。

 この旅館で働く料理人の技量を伺える一品だと美食家振った心持ちでいると——。

 

「何言ってるのさ。真優は花より団子でしょ?」

 

 サユさんが冷静にツッコミを入れ、彩心真優はそれに間髪入れずに言い返す。

 

「それはそうだけど……私にだって芸術の心得はあるわよ」

「まぁ〜確かに真優は天才画伯だよね、誰にも共感されない絵を描く能力だけは」

「ちょっと待ってよ!! それは小学生の頃の話でしょ!!」

 

 バカにされるように、天才画伯と言われるところを見るに……。

 才女な彩心真優と言えども、絵の才能はどうやらないみたいだ。

 実際に彼女が描いた絵を見たことがないから分からないけども。

 

「天ぷらだよ!! 天ぷら!! それも海老だよ、海老!!」

 

 食事には関心ゼロだと思っていた結愛が俺の肩を揺らしてきた。

 顔一面に浮かぶのは嬉々の色で、彼女と共に旅行へ来て正解だと思った。

 毎日病院食の彼女にとっては、新鮮なメニューなのだろう。

 

「うううううう〜〜!! これはもしや!!」

 

 最後の最後に運ばれてきたのは一人用の小鍋。

 取り分け皿の上には、まだ殻を割っていない卵の姿もある。

 グツグツと甘辛い香りを煮立たせる姿は「早く食べて」と訴えているようだ

 蓋を被せたままの鍋から溢れ出す湯気が体内に入るだけで満足度があった。

 冬に「すき焼き」ならまだしも、夏に「すき焼き」とは如何なものか。

 そう悩む気持ちも一瞬あったが、霜降り肉と野菜が煮込まれる姿を見ていると、「食べたい」という感情しか湧き上がらなかった。

 

「それじゃあ、乾杯〜〜!!」

 

 サユさんはビールジョッキを勢いよく高く上げる。

 それに合わせて俺たちもソフトドリンクが入ったコップを上げた。

 ごちそうを目の前に食べないのは損だ。そう思い、俺は箸を進めて行く。

 どこに箸を進めても、美味いものしかない。このままでは太ってしま——。

 

「どうしたの? 結愛ちゃん、元気がないぞ」

 

 異変に気付いたのはサユさんだった。

 俺の隣に座る最愛の彼女が箸を進めていないのだ。

 ただ、ジッと椅子に座り、黙り込んでいたのである。

 

「ごめん。お薬を飲まなくちゃと思って……」

 

 食事前と後に、結愛は薬を飲まないといけない。どんな薬を服用しているのかは知らんが、彼女を蝕む病を和らげるには必要なのだ。

 彼氏の俺が結愛の事情をもっと理解していなければいけなかったのに……。

 

「ごめんなさい。心配を掛けちゃって。先にみんなは食べてていいから」

 

 結愛は「えへへ」と曖昧な笑みを浮かべ、座席から立ち上がる。

 

「今からあたしはお薬取ってくるから。ごめんね……みんなの空気壊しちゃって」

 

 俺を含め、結愛以外の三人は励ましの言葉を吐く。

 それを聞き、結愛は「うん。ありがとう」と微笑んだ。

 ただ、その笑みには少し影があるように見えてしまう。

 自分のせいで楽しい空気が一気に冷めてしまったことを悔やむように。

 

「——俺も行くよ。結愛を一人にはできない」

「あたし一人でも大丈夫だよ? 子供じゃないんだから」

 

 子供扱いされたことが気に食わないのか、結愛はほっぺたをぷくっと膨らませる。

 それから聞き分けが悪いバカな俺の両肩に手を置いた状態で。

 

「ほら、勇太は座っててよ。あたしは一人でも大丈夫だから」

 

 そうキッパリと言い、結愛はこの場を去って行く。

 その小さな背中を目で追いながら、俺は暫しの間考えた。

 本当に彼女を一人で行かせてもいいのだろうか。彼女を一人にさせていいのかと。

 

「結愛を一人にできないから、俺も行ってくるわ。すぐ戻ってくるから」

 

 答えはもう出ていた。

 彩心真優とサユさんに告げ、俺は結愛の元へと駆け出していた。

 過保護な彼氏だと思われるかもしれないが、どうとでも言えばいいさ。

 この世界で一番好きな彼女を想うのは、彼氏として当然のことなのだから。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「俺もうっかりしてた。ごめんな、気付かなくて」

「ううん。これはあたしの責任だから」

 

 部屋へと戻り、俺は結愛が薬を準備するのを待つ。

 可愛らしいポーチ袋を手に取り、準備が完了したようだ。

 屈んでいた結果、シワが付いた浴衣を結愛は整えた。

 

「それにしても、ありがとうね。わざわざあたしのために」

「いや、心配だからだよ。結愛が他の男に絡まれる可能性もあるし」

「……心配してくれたの?」

「当たり前だろ? この旅館の中で一番可愛い女の子なんだぜ。男たちに声を掛けまくれるかもしれないと思うのは当然だろ?」

「真優ちゃんやサユさんよりも……?」

「当たり前だ。あの二人よりも、俺は結愛のほうが可愛いと思うね!!」

 

 容姿だけを比べれば、あの二人は別格の存在かもしれない。

 ただ、俺にとっては、本懐結愛が最高に可愛い女の子なのだ。

 理由なんて何も要らない。心がそう訴えかけているのだから。

 

「面倒な女の子でごめんね、勇太」

「面倒じゃないよ」

「ご飯を食べる前と食べた後にもお薬を飲む必要がある女の子なんて、面倒だよ」

「結愛——」

 

 俺は彼女の名前を呼ぶ。

 俯きがちな彼女の頬を掴んで、俺は真剣な表情で言い聞かせる。

 

「——自分をそうやって卑下するの、結愛の悪いクセだぜ?」

「……うう、どうしてほっぺたを掴むの?」

「ちょっとしたお仕置きだな。分からず屋な結愛の」

「…………お仕置き?」

「あぁ、何度言っても結愛は聞き分けが悪いからな」

 

 何度、俺が勇気付けたことを言ったとしても、結愛はネガティブ思考に陥ってしまうのだ。勿論、そうなる背景があるのは十分知っているし、理解しているつもりだ。

 ただ——。

 

「俺は結愛のことを面倒なんて思ってないぞ。ていうか、もっと面倒を見たいぐらいだ」

 

 頬を握っていた手を緩めると、結愛は赤色に染まった頬を抑えながら。

 

「勇太はお人好しなの? それとも過保護?」

「お人好しでも過保護でもないさ。結愛の面倒を見れるなら本望って感じだな」

「バカなの? 勇太、勉強のしすぎでバカになった?」

「あぁ、バカになっちまったよ。結愛があまりにも可愛すぎてな」

 

 そう断言して、俺は自分の思いを伝える。

 時縄勇太にとって、本懐結愛という存在がどれだけ大切なのかを。

 

「だからさ、そんな可愛い結愛のために、俺はもっと役に立ちたいんだよ」

 

 本懐結愛の役に立ちたい。本懐結愛にもっと頼られたい。

 彼氏として、俺は彼女のことが本気で好きで好きで堪らないのだ。

 少しでも彼女に愛されて、少しでも彼女を愛したいのである。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 俺と結愛が食堂へ戻ると、彩心真優とサユさんは待ってくれていたようだ。

 大人なサユさんなら分かるが、欲張りで強引な彩心真優が待っているとはな。

 と言えども、箸を止めてブルブル震えるところを見るに、余程お腹が空いているようだ。我慢せずに食べればいいものを、わざわざ気を遣いやがって。

 

「ごめんなさい。あたしのせいで……折角の熱々の料理が」

 

 そう謝罪の言葉を述べながらも、結愛はクマの絵柄が付いたポーチを開いた。

 テーブルの上でそのポーチを逆さにすると、勢いよく薬が飛び出してくる。

 薬を飲むと言えども、多くの人々は二錠や三錠程度だろう。

 だが、本懐結愛が飲む量は、それを遥かに超える量なのだ。

 夥しい量の薬を手に取り、本懐結愛は慣れた手付きで口の中へと放り込む。

 これだけの量を服用して、身体に悪い影響は起きないのか。そう思わせるほどだ。

 俺と同じことを他の二人——彩心真優とサユさんも思うのか、黙ったまま結愛の動向を眺めている。彼女たちの瞳は、本懐結愛という存在を不憫に思う色に染まっていた。最後の薬まで飲み終えた結愛は飛び切りの笑顔を浮かべ、こういうのである。

 

「もうこれで大丈夫だよ。もうこれで……あたしは普通の女の子なんだから」と。

 

 

 ただ、俺は心の中で思ってしまうのだ。

 彼女のテーブル周りにある薬の包装シートを見て。

 

——普通の女の子は、こんな大量の薬を飲むはずがないと。

 

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