忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第50話『時縄勇太は悪女のおねだりを叶える③』

 人類が滅亡して二人だけが生き残った世界。

 そう言われても納得してしまうほどに、夜の砂浜は閑散としていた。

 車の音も聞こえなければ、人の声も聞こえない。ただ、押し寄せては戻される波の音だけがそこにはあった。

 

「さて張り切って行こうか」

 

 よしっと気合いを入れるために、彩心真優は腕をグッと曲げる。

 強力な助っ人が入ったものだ。これは頼りになること間違いなしだ。

 夜の浜辺を懐中電灯(サユさんの私物。肝試しに行く計画だったが、彩心真優が猛烈に拒否して使用することはなかった)で照らしつつ、砂浜に埋もれた貝殻を拾っていく。

 

「時縄くんは、ずっと昔から結愛さん一筋だったの?」

 

 その質問が飛んできたのは突然だった。

 若い男女が海へ遊びに来たのに、貝殻探しに夢中になっている。この光景は如何なものかと、疑問に思っている際中の出来事だ。

 

「あぁ、そうだったよ。結愛のことが昔から好きだった。一目惚れだった」

 

 俺は手を止めることなく、当然のように返答する。わざわざ嘘を吐くつもりはない。

 自分の素直な気持ちを伝えたほうがいい。

 

「で、今もまた何度も何度も一目惚れしてるよ。この子が好きなんだってさ」

「見てたらそれぐらい普通にわかるよ。時縄くんがあの子が大好きって」

「俺の愛は伝えなくても伝わってるのか」

 

 指摘されて初めて知った事実だ。

 俺の愛は言葉要らずなのか。

 

「あぁ〜あ、本当にどうしてだろうねー」

 

 そう自嘲気味に呟き、予備校で一番頭が良い少女は砂浜へと指先を押し当てる。

 グルグルと小さな円を描きながら。

 

「どうして自分なら大丈夫だと思っていたんだろうね」

 

 ざぁざぁと寄っては離れていく波の音。

 月光に照らされた肌が青白く見える。

 

「私さ、バカなことを思ってたよ」

 

 彼女は貝殻を集める手を止めることなく、淡々と語っていく。

 それはまるで深海に眠る巨大な岩石をひっくり返すように。

 

「おとぎ話とかを見ていたらさ、お姫様は必ず王子様と結ばれるじゃない?」

 

 疑問を投げかける声には苦しそうで、彼女の瞳は震えていた。

 

「それと同じで、私も自分が好きな人に出会えたら——」

 

 ここで一度言葉を溜め、彼女は自分なりに諦めを付けたかのように。

 

「その人と絶対に結婚してやるんだと思ってたけど、そう簡単じゃないんだね」

 

 残念なことに、俺は甲斐性がない。

 乙女心に寄り添うほどの大人な対応ができない。

 

「どうして人は傷つくのに、誰かを愛してしまうんだろうね?」

 

 儚い恋心に終止符を打つ少女は、そう質問を投げかけてきた。

 叶う恋もあれば叶わない恋もある。

 それなのに、なぜ人は誰かを好きになり、愛そうとするのか。

 確かに謎である。だが、俺の口から言えることとすれば。

 

「感情を抑えきれない。それが恋なんだよ」

「それなら、誰かに恋をした時点で呪われてしまうのかもしれないね」

「恋は呪いってか?」

「報われない恋なのに、感情を抑えきれないなんて……辛すぎるよ」

 

 彩心真優の言う通りだ。

 報われない恋なのに感情を抑えきれないのは辛い。

 俺の場合は、結愛と恋人になれたからよかったものの……。

 もしかしたら、「勇太とは付き合えない」と断れる可能性もあるわけで。

 そうなったら、俺はこの「好き」という感情をどこにぶつけていただろうか。

 

「叶わない初恋は、いつまでも呪われ続けないといけないのかな?」

 

 素直な疑問を呈してきた恋に敗れた少女のために、俺は平凡な答えを出す。

 

「次の恋でも探せばいいんじゃないのかな?」

「次の恋をしても、初恋を忘れることはできないと思うけど」

「男は最初の恋を忘れられなくて、女は最後の恋を忘れられないそうだ」

「つまり、新たな恋をしたら、私は時縄くんのことを忘れられるってこと?」

 

 一般的にはそう言われているらしいぞ、ソースはないけどね。

 

「でも、私は一生忘れられそうにないよ。キミのこと」

 

 彩心真優は言い切った。

 そこには確かな覚悟があった。

 

「——本気で大好きだから」

 

 報われない恋の末路。選ばれなかった少女の決断。

 それは——。

 

「私は忘れない。キミのことを絶対に」

 

 初恋を忘れずに生きていくという人生。

 

「キミが私以外の誰かと幸せになって、キミの記憶から私との思い出を何もかも忘れたとしても、私は——」

 

 私だけは、と言葉を言い直して、彼女は熱く燃え滾った想いを語る。

 

「私だけは時縄くんと過ごした日々を絶対に覚えているよ。今の私が、どれだけ時縄くんのことを好きだったかということも。時縄くんに選ばれなくてどれだけ苦しかったということも、全部全部全部——」

 

 初恋が報われなかった少女は手のひらを開いた。

 そこには無数のガラス破片があった。

 色も形も違う、漂流してこの浜辺に辿り着いたものたちが。

 それをビニール袋へと入れながらも、彼女は真っ直ぐな瞳を向けて。

 

「——私は絶対に忘れない。何があろうともね。全て大切な思い出だから」

 

◇◆◇◆◇◆

 

 真夜中の貝殻探しは無事に終わった。

 ビニール袋にはパンパンになっており、あとは家でシコシコとアクセサリー作りに専念するだけになった。と言っても、それが一番大変だと思うのだが。

 頑張ってくれた彩心真優を労うために、俺は自販機でサイダーを購入し、それを持って浜辺へと戻ると——。

 

(アイツ……完全に黄昏てるな。映画のワンシーンみたいだぜ)

 

 彩心真優は体操座りした状態で、永遠に続く水面を眺めていた。

 身動きを動かさず、ただジッと黙り続ける彼女の頬に俺は買ってきたばかりの缶を押し当てる。彩心真優は「……ちめたい」と声を上げるものの、ほぼ無表情のままであった。

 

「押し当てるの大好きだよね、時縄くんは」

「俺そんなことしてないと思うんだけど」

「あのときは、私のほっぺたにペチンペチンと下半身を——」

 

 変なことを言い出す彩心真優の口を防ぐために、俺は重ねて言う。

 

「風評被害にもほどがあるわ!! 俺は絶対にそんな真似はしていない」

「時縄くんってさ、女の子は全員性欲の捌け口と思ってるでしょ?」

「全員とは失礼な。可愛い女の子は全員そういう目で見ているのは事実だが」

 

 余計なことを言ってしまった。そう思ったときには時すでに遅し。

 うわぁ、最低な男だという見下す瞳を向けられてしまっている。

 

「それよりも、これ飲んでいいの?」

「頑張って人には、それなりの報酬があるべきだからな」

「それならありがたく受け取っておくよ」

「それはどうも。サイダー一本で満足してくれるなら安いもんだ」

「ごめんね、安い女で」

 

 減らず口は続いた。

 

「ただ好きな人のためなら全てを投げ捨てる覚悟があるんだよ、女の子は」

 

 そこまで夢中になれる奴なんて、そうそういないと思うんだがな。

 

「それじゃあ、乾杯といこうぜ」

「いや……ここは献杯にしようよ」

「献杯か。誰に対してだ?」

「過去の彩心真優に対して」

「まぁ、俺は別にそれでいいけど。そこまでする意味あるのか?」

「大切なことなんだよ。過去の自分と決別するために」

 

——献杯

 

 俺たちは二人でそう言い合い、握っていた缶を合わせる。

 カツーンとアルミの音が響く中、疲れが溜まっていた体内にサイダーを流し込む。口内にバチバチと炭酸が広がり、乾いた喉が潤っていく。

 

「私はさ、応援するよ。二人のこと」

「そう言ってくれると嬉しいよ。でもどうして突然そんな立ち回りを?」

「時縄くんには結愛さんが必要で、結愛さんには時縄くんが必要でしょ?」

 

 俺には結愛が必要で、結愛には俺が必要だ。

 俺たちは共依存の関係とは言わずとも、堅い関係で結ばれているのだ。

 結愛はそれを運命の赤い糸と表現していたっけな。

 

「あぁ、俺の人生には結愛が居ないなんてありえないよ」

 

 俺の一言を聞き、彩心真優は握っていたサイダーを流し込んだ。

 蓋を開けたばかりでまだ炭酸が抜けていない状況。

 強い刺激が体内に広がっていくのか、彩心真優は苦笑いを浮かべて。

 

「時縄くんはさ、私のことを少しでも好きになってくれた?」

 

 その質問にバカ正直に答える必要があるのか。

 ここで正直に答えてしまったら、彼女を傷付けるかもしれない。

 けれど、俺が導き出した答えは——。

 

「好きになったよ。少しはな。ただ、それはもう終わった話だ」

 

 気持ち悪い話だと思われるかもしれないが。

 俺は少なからず彩心真優に対して、特別な感情を抱いていた。

 今なら分かるが、それは歴とした恋心だったのだろう。

 勿論、それは彼女持ちの俺が抱いてはいけないものだったはずだ。

 けれど、一度灯ったその恋心に嘘を吐いてはいけない。

 

「ダメだよ、時縄くん。そこはキッパリと断ってくれないと……」

 

 ダメだよと否定しているものの、彩心真優の口元には笑みがあった。

 彼女自身も、「諦める」とか「忘れさせて」とか「応援する」とか。

 そんな明るい言葉で誤魔化しているものの、まだ俺のことを……。

 ただ、彼女の瞳には強い拒絶があった。

 これ以上、この人と関わったら——自分が壊れてしまうのではないかと。

 

「私と時縄くんの関係は、あくまでも友達の関係なんだから」

 

 あぁ、そうだな。俺たちは友達だ。ただの友達。

 

「そうでしょ? 私と時縄くんは予備校のクラスメイト」

 

 俺の返事を聞き、彩心真優はうんうんと頷き、腕を組んだままに。

 

「それ以上の関係でも、それ以下の関係でもないんだからさ」

 

 その声は静寂な夜に沈んでいった。まるで、石ころを海に投げこんだように。

 

「ただ、今日だけは特別。私に初恋を忘れさせるために——」

 

 彩心真優は再度口を開く。いつも通り悪戯な笑みを浮かべて。

 

「この夜が明けるまで、私の彼氏になってよ」

 

 卓球勝負で負けた罰ゲーム。

 いや、悪女のおねだりだった。

 

「この日の記憶を思い出して、今後の人生を歩んでいくから」

 

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