忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第54話『時縄勇太は最愛の彼女と悪女の間で揺れ動く②』

 夏の陽射しが嫌なほどに差し掛かる昼休み。

 俺は予備校一の美少女と名高い彩心真優のご指導の下、数学の成績を一点でも伸ばそうと必死に勉学に励んでいた。

 

『わからない問題があったら、お姉さんに何でも聞いてね』

 

 彩心真優は最初そう言い、ウインクまでしてきた。

 まるで、女子大生風家庭教師を装うかのように。

 

『ちなみにこの問題が全部解けたら、お姉さんからのご褒美がありまぁ〜す』

 

 俺はへいへいと適当に返事を出し、彼女から提出された数学の問題を解いたわけだが。

 

「凄い!! 凄いよ!! 全問正解だよ、時縄くん!!」

 

 彩心真優は、俺の急成長っぷりに度肝を抜かれ、声を張り上げていた。

 と言えども、別にこれは凄い話ではない。

 彼女から出された問題は、何度も自分で解いた問題なのだから。

 彩心真優が言うに、数学は同じ問題を何度も解くことが一番良いらしい。

 

「俺を甘く見るなよ、彩心真優。俺は日々成長しているんだからな」

 

 数学の学習方法は以下の通りだ。

 

① 問題が解けない場合は潔く解法を確認する。

② 解法を読み込み、どのような形で問題を解くかを理解する。

③ 解法の理解を終えた後、実際に問題を解いてみる。

 

 言うは易く行うは難し。

 特に、②の解法を読み込み、問題の解き方を理解するステップが難しい。

 ただ、逆に言えば、その点をクリアすれば、問題は解けたも同然となるのだから。

 

「やっぱり何か変なものでも食べちゃった?」

「お前じゃねぇーから変なものを食べたりはしないよ!」

「なら、消費期限切れの食べ物を食べたりとかは?」

「もったいない精神が溢れ出て、エコロジーな現代社会にはピッタリだけど、絶対にそれはお前のエピソードだろ!!」

「床に落ちちゃったものでも、三秒以内ならセーフだと思って食べちゃったりとか?」

「三秒ルールを信じていた時代が、俺にもありました……」

 

 ただ床に落ちたものを食べるとしても、それ以上に手のほうが汚いと思うがな。

 特に、現代人なんて、スマホを触りまくってると思うし。

 手を洗わずに、コンビニのおにぎりを食べる奴だっているし。

 そう考えると、衛生面的には、床に落ちてもギリセーフなのかもな。

 

「で、時縄くん。どうしてニタニタしてるの? 気持ち悪い笑みを浮かべて」

「気持ち悪かったとしても、それを本人に言ったらダメだぞ。傷付くんだからな」

「ごめんごめん。悪気はなかったの。ただ素直な気持ちが出ちゃって」

「素直な気持ちって……余計人を傷付けることってあるよね。小さな子供の言葉って」

 

 ねぇ、お兄ちゃんって、学生でもなければ社会人でもないんだよね〜?

 なら、何者なのぉ〜? 教えてよ〜お兄ちゃん〜。

 という近所の純粋なガキが現れたら……俺は発狂する気しかないぞ、マジで。

 親戚の集まりとかで、小さな子供に聞かれることあるけど……マジで耐えきれないわ。

 

「で、何があったの? もしかして、私のブラが透けて見えてた?」

「エロガキかよ!! デジタル世代の俺は女性の裸を見飽きてるわ」

「それとも、眼鏡姿の私に見惚れてたとか?」

「いや……確かに気になってたよ。お前が眼鏡を掛けてるのはな」

 

 彩心真優は視力が悪くないはず。

 それにも関わらず、赤縁の眼鏡を掛けているのだ。

 普段と異なる姿に、多少ドキッとするし……。

 知的な美人さんに見えなくもないのは事実なのだが……。

 

「それが原因でニヤけてたわけじゃねぇーよ、俺は」

「あれ〜? おかしいなぁ〜。普段と違う私に惚れてたと思ってたのに」

「どんだけお前の中での、俺は惚れやすい性格をしてるんだよ」

「言ってる本人が一番惚れやすい性格をしてるんだけどね」

「自分で言っちゃうのかよ!!」

 

 彩心真優は、惚れやすいが、飽きっぽい性格だと思う。

 うん、ただ思うだけだ。実際はどうか分からないけどな。

 

「結愛がさ、言ったんだよ」

 

 ニヤけ顔になっていた原因はこれに違いない。

 

「俺と一緒に夏祭りに行きたいってさ」

 

 八月二十五日。本懐結愛の誕生日。

 この日、俺は結愛と一緒に地元の夏祭りに参加する。

 今年は特大の花火が打ち上がるらしいし、最高の思い出になることだろう。

 

「夏祭り……そっか、もうそんな時期か」

 

 彩心真優は遠い眼差しを浮かべ、そう呟いた。

 夏祭りや花火大会と聞けば、夏というイメージが湧くかもしれない。

 しかし、逆に言えば、それは夏が終わるということを意味する。

 俺たちが住むこの街では、夏祭りは一年に一回しかないのだから。

 それも、八月下旬の頃にしか。

 

「で、お前からのご褒美ってのは何だよ?」

「……えっ? ええと……ご、ご褒美とかないよ?」

「問題を解く前に言ってたよな? 全問正解ならご褒美があるって」

「何もないよ。あ、でもよかったら、私の胸でも揉んどく?」

「いいのか??」

「興味津々だねぇ〜。本当時縄くんはダメな男の——」

「とでも俺が言うと思ったか?」

 

 俺は呆れたように言う。

 生憎だが、クズでダメな彼氏は卒業したのだ。

 今後俺は彼女を第一に考え、彼女に尽くし続ける最高の彼氏。

 最近は少しばっかし、ダメな部分が目立ったけども……。

 これから先は、もう結愛しか見ない。結愛だけを見ると決めたのだ。

 俺はあの子のために少しでも頑張ろうと思っているのだから。

 あの子の幸せこそが、俺の幸せでもあるのだから。

 

「それじゃあ、俺はそろそろ教室に戻るわ」

「うわぁ。抜け駆け禁止でしょ!!」

「抜け駆けじゃないだろ? 席に戻って予習をやっときたいんだよ」

「えぇ〜。私よりも勉強を取るんだぁ〜。時縄くんは」

「あぁ、凡人な俺が天才に勝つためには地道な努力しかないからな」

 

 俺はそう別れを告げ、お手製の単語カードをペラペラと捲りながらトイレへと向かう。

 誰もいないのを確認し、個室にひっそりと入る。

 そこで、俺はズボンも脱ぐことなく、便座の上に座り、頭を抱え込んでしまった。

 

「ははははははははは」

 

 地道な努力といえば、聞こえはいいかもしれない。

 ただ俺は勉強に縋りたいだけだ。

 勉強に集中さえすれば、嫌なことを全て忘れられるから。

 もう遠いようで近い将来——本懐結愛がこの世を去ってしまう現実から逃げるために。

 本当、俺の人生って何か意味があったのだろうか?

 結愛と出会う以前よりも、結愛と出会った後のほうがもう人生は長い。

 その後、結愛が病に倒れてから……俺の生きる目標は「医者になって、本懐結愛の病を治す」ことになっていたはずなのに。

 

「……どうしてなんだよ。おかしいだろ、こんな世界」

 

 たった一人の愛する彼女さえも、俺は助けることができないなんて。

 

◇◆◇◆◇◆

 

【彩心真優視点】

 

「あぁ〜あ。先手を打たれちゃったなぁ〜」

 

 私はググッと背伸びを行う。

 丸まった背中がグビグビと音を立てる。

 朝から晩まで席に座るのだ。

 それはもう身体の節々が悲鳴を上げるはずだ。私は唇へと指先を当てながら呟く。

 

「夏祭り一緒に行こうって誘いたかったのに」

 

 彼と交わしたキスの味が忘れられない。

 自分の指先に軽く唇を付けてみるが、これでは全く物足りない。彼の唇には及ばない。

 ただ、私は決して求めたりはしない。

 

「でも、その言葉を言う勇気なんてない」

 

 というか、私は何をやってるんだろ?

 時縄くんのことを諦めると決めたのに。

 これからは二人の未来を考えようと思っていたのに。それなのに、私は——。

 

「あぁ、私全然諦めきれてないのかな?」

 

 理性はダメだと拒否してるのに。

 心の中がグツグツと煮立っているのだ。

 彼のことが好きだと。時縄勇太が好きと。

 

「……でも、この気持ちは私の胸に」

 

 抑えていないとダメだよね……?

 時縄くんを困らせる真似はしたくないし。

 もしもこれ以上、彼のことを好きになったら、私はダメな女の子になっちゃうから。

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