忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第61話『時縄勇太は最愛の彼女に依存している②』

 最終講義が終了し、自習時間だけになった。

 学生たちの自主性に重んじるこの予備校では——。

 最終講義が終了次第、各自で「帰るか」「残るか」を選ぶことができる。

 

「一緒にコンビニ行かない? もしくはラーメン屋でも可だけど」

 

 毎度のことながら、黒髪少女——彩心真優が話しかけてきた。

 最終講義終了後、少し長めの休憩時間があるのだ。

 この時間帯に、生徒たちは仮眠を取ったり、食事を取ったりするわけだ。

 で——俺や彩心真優などの居残り組は、夕食をここで取るわけである。

 

「ラーメン屋は予備校終わってからでもいいだろ。今の時間帯は人が多いし」

「了解〜!! なら、今日の夜は楽しみにしてるね!!」

 

 正直な話——毎日勉強を行うことは苦痛である。

 勿論、勉強自体が好きな人には楽しいことかもしれない。

 ただ、そこに点数勝負という戦いがある以上は、それは辛いものになるのだ

 だからこそ、ちょっとした息抜きも必要だということだ。

 

「真優ってさ、いつも何か食ってないか?」

 

 俺が知る限りでは——。

 彩心真優はいつも何か口に含んでいる。

 最近のお気に入りはグミのようだ。

 

「腹が減ったら戦はできぬというでしょ?」

「お前はいつも腹が減ってるから戦えなさそうだな」

「それを言われると……何も言い返せないよ」

 

 俺と彩心真優が階段を降り、最寄りのコンビニへ向かおうとしていると——。

 

「おい……さっきの茶髪の女の子めちゃくちゃ可愛くなかった?」

「マジで天使だろ、ていうか……彩心様よりも俺はあの子派だわ」

「いやいや……それは流石に言いすぎだろ。でも、別格の可愛さだよな」

「マジでそれだわ。予備校の女子なんて、全員芋臭い女しかいねぇーもんな」

「あの子……坂道アイドルとかのオーディションを受けるべきじゃねぇーかよ」

 

 俺と彩心真優の横を通り過ぎる冴えない男子たちが、何か小言を言っている。

 その一回だけなら、非モテ男子の悲しき会話に留まっていただろう。

 しかし、その会話が男女問わず、行き交う人々の誰もが喋っているのだ。

 

「ねぇ、あんな可愛い女の子……うちの予備校にいたっけ?」

「真優ちゃん以外には、アタシの可愛い子レーダーは反応していないはずだけど」

「なら、この予備校の人じゃないってこと? でも、なら何しに来たのかな?」

「あれじゃない? 彼氏に会いに来たとか!!」

「何それ? めちゃくちゃエモいんだけど、その展開!!」

 

 予備校の外が一際騒がしい。今回の発端は予備校の玄関前のようだ。

 

「何があったのかな? 気になるよね、こ〜いうのって」

「めちゃくちゃ可愛い女の子が予備校の外にいる。ただそれだけの話だろ」

「気にならないの?」

「気にならないよ、今も目の前にいるだろ? めちゃくちゃ可愛い女の子がさ」

「………………嬉しい」

 

 そう呟き、彩心真優は頬を緩めて下唇を噛んだ。

 二番目の彼女だからという理由抜きで、今の姿が更に可愛かった。

 思わず抱きしめたくなる気持ちを抑え、俺は上履きから靴へと履き替え、予備校の外に出る。

 

「何だよ……この騒ぎは」

 

 有名人でも現れたのか。そう錯覚を引き起こすほどの騒ぎようだ。

 男女問わずの大人数が集団で、たった一人の茶髪少女の周りを囲んでいたのだから。

 その様子は、民衆の前に現れた新興宗教の教祖にしか見えない。

 どうやらその少女は類稀なる容姿を持ち、更には庇護欲を掻き立たせているらしい。

 全員の瞳がハートマークへと移り変わり、彼女と少しでもお近づきになりたいと思っているのがわかる。だが、その少女は困惑気味な表情を浮かべ、目を左右に動かしている。

 

「えとえと、ええと……み、皆さん。お、落ち着いてくださ〜い!!」

 

 大きな声で注意するものの、周りの奴等は聞く耳を傾けない。

 って……あれ?

 あれは……結愛じゃないか?

 

「勇太ッ!!」

 

 俺の姿を見るなり、話題の中心に佇む少女が大きな声を出す。

 その瞬間——彼女の虜になった信者たちがゆっくりと振り返る。

 それから俺の顔を見るなり、「ケッ!! またアイツか!!」という怒りの眼差しを向けてきた。

 無意識の間に作り出した信者の群れを押し除けつつ、結愛は俺の前に現れた。

 

「あの……勇太。これ……そ、そのお弁当!! あたしが作ったの」

 

 ペコリと頭を下げ、両手を差し出してくる。

 そこにあるのは風呂敷に包まれた弁当箱。

 突然の事態に思わず、表情が歪みそうだ。

 結愛の目から見えないかもしれないけど、後方の信者たちが睨んでくるんだもん。受け取る以外の選択肢が、俺にはないじゃないか。

 

「…………ええと、そ、そのありがとう」

 

 他に聞きたいことは山ほどある。

 だが、この状況は極めてマズい。

 予備校内で俺は彩心真優と付き合っているということになっているのだ。

 

(実際、今も二番目の彼女として付き合っているのは事実だが……それが本命の彼女にバレてしまうのは困る。命の危機に関わるぞ)

 

 うっかり誰かが口を滑らせた瞬間——。

 

「どうしていつもいつもアイツなんだよ!」

「悔しい気持ちはわかるが、抑えろ抑えろ」

「ていうか、あの子……見たことあるかも」

「見た? ってどこで? ってか、あの男とどんな関係なんだよ」

「ていうか、アレは弁当箱だよな? アイツって——」

 

 ——彩心真優の彼氏じゃないか。

 

 そんな声が上がるのは時間の問題であった。

 誰が一番最初にそれを口に出したのかは知らん。

 だが、それは徐々に徐々に浸透し、最愛の彼女の元にも届いたようだ。

 

「ねぇ、勇太」

 

 俯かせていた頭をゆっくりと上げ、結愛は虚ろな瞳を向けてきた。

 太陽よりも眩しい瞳を持っているはずなのに……。

 その明るさは何処へ消え失せてしまったのか。

 現在、彼女の瞳に映るのは混沌の闇しか見えなかった。

 

「今、とってもとっても聞き捨てられない言葉が聞こえてきたんだけど?」

 

 最愛の彼女は口元だけを薄く伸ばして微笑んだ。

 本来ならば、その笑顔一つで俺の心は幸せになれるのだが……。

 今回ばかりは微笑まれるだけで、俺の寿命が数年単位縮んだ気がする。

 更には、結愛の周り一体からは謎の冷気が流れており、俺の首元を締め付けてくるのだ。まさか……これは毒か? 毒の冷気でも流れているのか。

 

「黙ってるけど? どういうことかな? 教えてよ、勇太」

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