忘れちゃいなよ、初恋なんて   作:平日黒髪

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第64話『時縄勇太は最愛の彼女に依存している⑤』

「おじゃまします」

 

 俺はそう呟きながら、靴を脱いだ。

 本懐結愛の自宅へと上がるのは中学生時代振りだ。

 小学生の頃は毎週のように遊びに行ってたんだけどな。

 何の変哲もない立派な二階建ての一軒家。

 小規模ながら庭付きで、結愛の母親が以前までは家庭菜園をしていたはず。

 週末は結愛のお父さんも家に居て、一緒にゲームをしていた記憶がある。

 だが——。

 

「結愛のお父さんとお母さんは?」

 

 明かりはどこも点いていなかった。

 病院生活を送る娘が帰ってきたというのに。

 玄関の明かりぐらいは点いていてもいいのではないかと思えるほどに。

 

「今日はパパもママもいない。二人きりだよ」

「……二人きり」

 

 その響きは生々しく聞こえた。

 玄関で立ち尽くす俺を不思議そうに結愛がジッと眺めてくる。

 

「もしかして勇太はあたしと一緒は嫌なの?」

「そういうわけじゃない! 二人は帰って来ないのか?」

「朝帰りじゃないのかな? あたしも詳しくわからないけど……」

 

 結愛の両親は仕事が忙しいのだろう。

 毎日朝から晩まで働いているのだ。

 俺も、大人になればそんなふうになるのかもな。

 あぁ、大人にはなりたくないぜ。

 

「それよりも早く行こう、勇太」

 

 結愛はそう言いながら、玄関の鍵を閉め、チェーンまで付けた。

 俺の視線に振り返った結愛は俺の腕を掴んだ。

 それから昔と変わらず、無邪気で明るい笑顔を浮かべたままに。

 

「あたしの部屋に行こっ!」

 

 結愛は電気も点けることもなく、二階へと繋がる階段を上がってく。

 俺はその姿を後ろから眺める形となる。

 暗い空間を進むわけだから、何度も足を踏み外しそうになる。

 ただ、俺は結愛の姿を追いかけた。

 

「ここがあたしの部屋だよ」

 

 暗かった視界に突如として入り込む眩しい光。

 俺は細めた目を開く。

 結愛に自慢気に紹介された部屋は——。

 

「——————ッ!!」

 

 小学生の頃に遊びに来たときのままだった。時が止まったと思うほどに。

 小学生に上がる際に購入したと思われる勉強机に、新品同然のベッド。

 至るところに可愛らしいぬいぐるみの数々が置かれている。

 白の壁には、学生時代の写真がペタペタと貼られていた。

 と言えども、大半の写真は小学校段階のものばかりだが。

 それ以外の写真は一人で撮影したものか、俺と撮ったものばかりだ。

 

「勇太、どうしたの? あたしの部屋にドキドキしてるのかな?」

 

 大半の人間は趣味嗜好が変わるし、歳を重ねるたびに部屋の模様替えを行う。だが、結愛の部屋は何も変わらなかった。

 病院生活の身だから、わざわざ部屋を変える必要がないのだろう。

 もしかしたら、彼女の両親がこの部屋をそのまま残すことを望んでいるのかもしれない。自分たちの娘がまだ元気だったあの頃に戻れるかもと切望して。

 

「いや……緊張しちゃって、あははは」

 

 女の子の部屋に上がる。

 逆に緊張しない男が居るのかって話だ。

 人様に自分の部屋を見せる。

 言わば、それは自分のパーソナルスペースを見せることだ。

 俺がもっと結愛の知らないことを知るというのに。

 結愛が平然な態度を取っているほうが、俺はおかしいと思うのだが。

 

「今からもっとスゴいことするのに、勇太はまだまだ子供だね」

「結愛には言われたくないんだが?」

「そうかな? あたしって子供っぽい? どのへんが?」

「そ〜いうところだよ、そ〜いうところ」

 

 大人か子供か。

 どちらか一方で分けろと言われたら、結愛は子供だ。

 俺の前では無邪気で明るい子供の頃のまま。

 でも、時折、結愛はドキッとすることを言ってくるのだ。

 

「今のあたしは、もう大人だよ?」

「どこが?」

「忘れちゃったの? 勇太があたしを大人の女にしてくれたんだよ」

 

 俺は本懐結愛から処女を奪った。

 女の子にとって、初めてを喪失することは勇気がいることだろう。

 実際、太古の昔では性行為そのものは子孫を繁栄することに直結しており、命懸けの行為だった。

 だからこそ、本能的に女性がカラダを許すことは並大抵のことではない。

 

「お風呂のスイッチを入れてくるね、勇太はここで待ってて」

 

 結愛はそう告げると、そそくさに部屋を出て行った。

 自分が先程言ったことを思い返し、恥ずかしくなったのだろう。

 スーパーの外で待たされる犬の如く、俺は結愛の帰りを待つことにした。

 と言えども、俺はジッと黙って待ち続けるほど野暮な男でもない。

 結愛の部屋にはどんなものがあるのか。

 俺は彼女不在をいいことに物色してみることにした。

 俺は彼氏だ。本懐結愛の恋人である。

 彼女の下着の一つや二つを取り出してみることぐらいは——。

 

「あ、これ……小学校の頃の卒業アルバムだ」

 

 自分のものはどこに片付けてしまったのかは覚えていない。

 だが、結愛は今でも大切に保管していたようだ。

 俺はアルバムを取り出し、ペラペラとページを捲っていく。

 

「六年一組……俺と結愛のクラスだ」

 

 先に言うが、俺はロリコンではない。

 ただ、子供の頃の本懐結愛も大好きなだけだ。

 というか、結愛のことが大好きで大好きで堪らないだけ。

 誇張抜きで言う。

 小学生時代の本懐結愛は天使だった。

 一人ずつの名前が掲載される個別写真だけで、その可憐さがわかる。

 天真爛漫な笑顔を浮かべる姿は世界で一番可愛いと言ってもいいだろう。

 

「…………結愛、結愛……結愛……結愛……結愛……結愛」

 

 他のページも確認していく。

 本懐結愛は、クラスの中心にいた。

 どの写真でも真ん中にいて、一際輝いていた。

 カメラマンの立場から見ても、最高の被写体だったに違いない。

 逆に俺は、結愛の取り巻きの一人に過ぎなくて——。

 結愛の周りには、俺以外の男も沢山いて——。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな」

 

 本懐結愛は世界で一番可愛い。

 この世界で一番守りたい存在。この世界で一番尊い存在。

 誰にも渡さない。誰にも奪わせはしない。

 誰にも本懐結愛は、誰にも本懐結愛は——。

 

『結愛ちゃんと六年間一緒で楽しかった!』

『中学生になってもずっと仲良しでいようね!』

『本懐と一緒で楽しかった。また中学でよろしくな』

『結愛のこと大好き!! 中学でもずっ友だよ!!』

 

 卒業アルバムの最後のページ。

 そこに書き綴られた文章の数々。

 クラス全員は疎か、学年全員から貰っているのでは。

 そう思えるほどに、彼女のアルバムは幸せに満ちていた。

 

「……結愛は俺が幸せにするんだ。俺が結愛を幸せにするんだ」

 

 もう二度と、結愛を他の誰にも奪わせはしない。

 あの頃は、本懐結愛は遠い存在に過ぎなかった。

 でも、結局、最後の最後まで残ったのは俺だけだ。

 俺だけが、本懐結愛を救うことができるんだ。

 だけど、怖い。

 何か得体の知れない恐怖がある。

 もしかしたら……と。

 

「……結愛は俺のものなんだ、結愛は俺のものだ!!」

 

 本懐結愛は人を惹きつける才能を持っている。

 今日も結愛は、予備校の連中の心を奪っていた。

 またいつの日か、結愛は俺のことなど忘れて、他の男と——。

 俺よりも遥かに顔も性格も良い男を見つけて、その男と——。

 そしたら、この俺の存在は——。

 

「——勇太、どうしたの? 怖い顔をして」

 

 本懐結愛が戻ってきた。

 卒業アルバムを手にして、押し黙る俺を見つめてくる。

 その向日葵色に輝く瞳が俺だけに向けられている。

 あの頃は、決して俺だけのものではなかったものが。

 全ての人間に平等に向けられていた美しい瞳が。

 今だけは、今は——。

 

「卒業アルバムを見返してただけだよ」

 

 それで、と俺は薄く口元を伸ばして。

 

「今も昔も、俺は本懐結愛のことが大好きだって再確認できたよ」

 

 結愛がまた俺以外の誰かと関わったら……。

 その誰かとの関係性を全部ぶち壊そうと思えるぐらいにね。

 

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